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マモゼロ事変with淫魔~退屈の権化たる保健体育の授業を添えて~

 退屈は淫魔を殺す――誇張抜きで。

 母親に保健体育の先生に保健委員長……数多くの猛者が眠ひしめく私の故郷、淫魔の里とも呼ばれる港都市エーデルロイスを飛び出して早数日。魔導バス代をけちり、いつも通り特に根拠の無いが揺るぎもしない自信と共に故郷を飛び出したあの時の威勢はどこへやら。

 私は死にかけていた――耐えがたい退屈に、呑まれかけていた。退屈に殺されかけていた。


「おかしい……おかしいわこんなの……こんな筈じゃなかったのに……全然話と違うじゃない……」


 私が聞いていた話では。この森は大昔に比べれば平和になったものの。今でもそれなりの数の魔物が潜んでいるという話だった。怪鳥に悪鬼、二本首のオオカミモドキ……。その他色々。中には熟練の狩人でも手を焼く大物もいるとかいないとか。

 なんでそんな嘘つくわけ? 皆無よ皆無。カイム。


「ほんと、マジ。ほんと……まっったく居ないじゃない……魔物ゼロ……マモゼロ……マモゼロ事変with淫魔……」


 偶に近くで茂みが揺れて拳を構えて見れば、現れるのは兎やらリスやらなんやらの平和的な小動物ばっかり。そのたびに私の心は萎えた。シナシナ。


「シナシナ大事変……とか言ってる場合じゃないわね……本当にまずいわ……」


 私は握りしめた拳を見つめ、ゆっくりと開く。そこには何も感じなかった。ほんの微かな魔力の残り香すら無い。

 腹が減っている訳でも喉が渇いている訳でも無い。学校でサバイバルの授業は真面目に受けてたからその辺りはどうとでもなる。ありがとう家庭科とサバイバル術を兼任してた先生。

 だけど、それだけじゃ足りない。魔力が。このまま魔力を得られない状態が続けば、本当に死んでしまうかもしれない。

 思い返せば、私の故郷は魔力補給という面ではとても良い環境だったのかもしれない。私より強くて、私のワガママに付き合ってくれる人たちも沢山いたから。


「つくづく厄介ね……淫魔のサガって奴は……」


 正直、笑えない程度には気分が悪い。そしてこんな時に限って、思い出したくもない事を思い出してしまうものだ。

 あれはそう。私が今よりもくすぶりひねくれていた……一応学校に通っていた時の一幕……。


●数年前。淫魔の学校の淫魔の教室、淫魔の授業にて。

 

 退屈は人を殺す。当然淫魔も。

 私は机に頬杖を付きながら、薄く開いた眼で窓の外観察していた。いつもの街並み以外何も無いが、何も無いのが今は丁度いい。頭の中でお気に入りの歌を繰り返し再生する。歌詞はうろ覚えだけど、やっぱりそれ位で丁度いい。

 そんな実の無い観察と鑑賞をしてまで私が逃れたかった退屈は――。


「いいかお前らここは大事だから覚えとけよ!! つまりだな、この×××を使って××××××することで、性別問わずに快楽を与え同時に享受する事が可能だ!! だが××××を間違えれば××××××××みたいな体勢になっちまうからそこは注意だ!! 趣味嗜好は人それぞれ!! 互いの思いやりが不可欠だからな!! あとあえて×××じゃなく××××――」

「×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××!!」


 具体的な描写が躊躇われる程度にハードな内容の保健体育の授業だった。


「ミルクティーとロイヤルミルクティーって何が違うのかしら……」

「……ん? おいフィリア! 本当にここは大事なんだぞ、テストだけじゃなくて淫魔の在り方にも関わる――ちゃんと授業聞いてたか?」


 しまった。保健体育の先生に目をつけられてしまった。ここは穏便に進める為に適切な回答をしなければ。


「聞こえてました」

「聞くんだよちゃんと!!」


 しまった。適切な回答が出来なかったみたいだ。帰りたい。というかよく見たら黒板の板書が凄い。図解までちゃんとしてる。まるで動物園。

 先生はやれやれと頭を振り、カツカツと私の席の近くまでやってきた。やめてほしい。


「あのなフィリア……確かにお前がこういうコトに興味が無いのは知ってるけどな……でも淫魔として生まれた以上。こういう知識は生きる為に絶対に必要になるんだ。分かるだろ?」

「…………」


 また始まってしまった。私の為に言っているのは分かるけど、この話も嫌になる位に聞かされてきた。


「知っての通り、我々淫魔も含め、人間、エルフ、ドワーフ、竜人……あらゆる種族、そして森を跋扈する魔物や獣、植物……ありとあらゆる生命は、水や栄養と同じ様に生きる為には魔力が必要となる。ここまではいいな?」

「……はい」


 何度も聞いたから。


「魔力の必要量は種族や個体差があれど……必要という事実は変わらない。とはいえ。基本的には『生きる為に魔力を得なければならない』なんてことを一々気を付ける必要はない」

「…………」

「例えば空気。ここにも魔力が含まれている。ただ呼吸をしているだけで多少の魔力を得られる。呼吸をしなくても、皮膚から魔力を得られる種族もいる……水の場合も同じだ。つまり水を飲んだり、あるいは水の中に生きてる場合だな。ここまでついてこれてるか?」

「はい」


 …………。


「当然今の話は食べ物にも当てはまる。パンや魚や野菜や肉。言ってしまえばこの世に溢れるありとあらゆるものには魔力が含まれる。つまり普通に生きられる程度の水や食料を摂取していれば、勝手に生きるのに十分な魔力は得られるって訳だ!! 昔はそういったものから魔力を得られにくい体質のものが魔力欠乏症に陥り死に瀕した事もあったが。今では魔力を補給する為の薬やサプリメントも広く普及している! 時代は変わるもんだな!」

「そうですね」

「だがしかし……だがしかしだ!! そんな魔力不足が起きにくいこの時代においてもだ! 魔力欠乏に陥ってしまうモノが存在する! その代表例はどんな奴だ! はいフィリア答えて!!」


 なんだか素直に答えるのが嫌だったので隣の席に座っている保健委員長に目を向けた。今日も牛乳瓶の底みたいな眼鏡で安心する。委員長は私の視線に気づいてにっこり微笑んでくれた。


「……委員長、パス」

「淫魔です」

「自分で答えろやフィリアぁ」


 しまった。ますます先生をヒートアップさせてしまったみたいだ。


「だがそう正解は淫魔だ! 我々淫魔は他種族と違って、息を吸ったり飲み食いする事で吸収される魔力が極端に少ない!! 若い内は必要な魔力が少ない分、それでも十分なんだが……ある程度の年齢に達した淫魔はそれだけでは魔力が全然足りなくなる。誇張抜きで命に関わるんだ……だがしかぁぁぁし!!」


 声が大きい。近いし。無駄に胸がデカイし。


「しかし我々淫魔はそういった手段で魔力を得られない代わりに、とある方法で他種族を凌駕する圧倒的な魔力を得る事が出来るんだ!! さあその方法とはなんだ! フィリア答えて!!」


 やっぱり答えたくない。


「委員長パス」

「パス返し」

「快楽」

「正解!! その通りだフィリア! 流石だな!! その通り我々淫魔は快楽を得る事で体内で魔力を生成する事が出来るるんだ!! 摂取じゃないぞ生成だぞ! これはすごい事なんだぞフィリア!!」

「はあ」


 気の抜けた返事をしたのでしまったと思ったが、先生は気にせず続ける。


「だからこそ! だからこそこの学校ではちゃんとした教育を行っているんだ!! 適切に魔力を得る手段として必要という面もあるが、なにより淫魔が本能と欲望のまま行動しても悲劇しか起きない!! 思いやりと秩序を重んじつつ、優れたテクニックを兼ね備えた淫魔だけが、この世界に馴染み、他種族と交流を図る事が出来るんだ!!」

「でも本当に興味無いし……」

「大丈夫!! 大丈夫だフィリア!! 確かに今は興味が無くてもな、先生がゆっくり色々教えてやるから!! ほんと、先生を信じて欲しい! 確かに××××××××とか××××とかは中々最初は馴染めないと思うけどな。先生だって最初に××××××った時はちょっと失敗したりしたもんだ!! だから一緒に××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××…………アレ? フィリアが席にいないぞ? いつの間に……委員長、なんか見てなかったか?」

「フィリアちゃんなら頭が頭痛で痛くてペインだから可及的速やかに早退するって言ってました」

「それは止めろよ委員長!!」


 ……………………。


「そんな事もあったわね……」


 やっぱり思い出さなきゃよかった。全くしみじみとしなかったし。


「とにかく……誰か闘ってくれる奴を探さないと……でも無理やりは絶対ダメだし……淑女的に……せめて正当防衛な感じで……」

 

 ぼんやりしてきた頭を無理やり稼働させ、森を突き進む。助けてくれる誰かを探し求めて。

 歩いて歩いて、歩いた。誰も居ない、森の中。そして――。

 そしてついに、出会った。


「…………」

「…………」


 私とソイツは互いに黙ったままだった。絶妙な間合いで私達は立っていた。

 ソイツは……とにかくデカイ熊だった。デカイ。とにかくデカイ。デカすぎない? 私の2階建ての実家の3分の2くらいの背丈はある気がする。その顔には、斜めに通る大きな傷があった。ちょっとかっこいい。


「ゲホ、ゼエ……ゼエ……」


 私はデカイ熊の目を覗き込みながら思わずせきこんだ。思った以上に、魔力が不足してきているらしい。

 デカ熊の目からは感情が読み取れなかった。私の事を何だと思っているのか。獲物かただの通りすがりか。だけど。


「…………」


 熊は小さく、頷いた……気が、した。そして。


「グルルァアアアアアアアア!!」


 そして立ち上がり。その鋭く巨大な爪を大きく振り上げた。


「ふ……フフ、フフフフフフフ」


 私は自分でも気持ち悪いと思う様な笑い声と共に拳を握りしめた。やっと。やっとだ。


「感謝するわよデカ熊……ほんとうに。これでやっと……」

「ガァアアアアアアアア!!」

「これでやっと闘りあえる!! 期待外れにはなんないでよね!!」


 そして決闘が始まった。

 決闘は、程なくして乱闘になるとも知らず。

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