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乱闘:淫魔フィリアVS荒くれゴブリンズVS茶髪ガンマン目つき悪エルフリタVSデカイ熊①

● 

 退屈は人を殺す。当然淫魔も。

 これまでの大して長くも無い一生を振り返りながら、私は心の中で呟いた。

 私達の一生に退屈している暇なんかない、と豪語されたのはいつの話だっただろうか。


「…………ふぅ」


 退屈は人を殺す。当然淫魔も。というか私が。一切の誇張抜きで。


「……ヤバイわ」


 あまりのヤバさにそう呟くしかなかった。全身が魔力不足でカラカラに渇いていくのを感じる。

 私は辺りを見回した。見えるのは木、木、木、木、木。あと草とたまに石と……。


「ヤバイ」


 私は遭難していた。だだっ広い森。静寂と退屈が支配する森の中で。パキパキと小枝を踏み割る感触が嫌に不快に感じる。

 そもそもこれは聞いてた話と違う。この森にはそこそこ危険な魔物がそこそこの群れを成してそこそこはびこっているのではなかったのか。

 食料になる木の実や小さな動物は確かにいるけど、肝心の『相手』がどこにもいない。これではあまりにも退屈すぎる。退屈を通り越して死ぬかもしれない。ガチで。


「大人しくゴブリンの世話になっとくんだった……」


 私が故郷の港町ルズベリー、別名淫魔の里ルズベリーからいよいよ出立するにあたって、ゴブリン運送のバスに乗ってグルっと森を迂回するか、あるいは森を突っ切るのかという選択を迫られた時の自分を殴りたい。強めに。三発ほど。


「狼っぽい魔物は? 草の根を操る木のバケモノは? 奇怪な金切り声を発する鳥の魔物は? なんにも居やしないじゃないのよ……なんなの? そんなに私の事が嫌いな訳?」


 愚痴を吐きながら、近くに生えていた木を軽く小突いていた。ごめんなさい、名も知れない木。


「ふぅ……はぁ……」


 なんだか息も苦しくなってきた気がする。私を数年の間苦しめて来た保健体育の先生が繰り返していた言葉が頭をよぎる。


『いいかフィリア!! 確かにお前がそういう行為、あー……つまりアレだ、エロい……いや、性的な! いや……快楽を追求する行為に全く興味が無いのは知ってるけどなぁ!!』

 やたらと声がデカイ先生だった。あと胸も。

『しかし我々淫魔は他の種族、人間やらエルフやら竜人やら……とにかく色々な種族とは違い、呼吸や食事で身体に取り入れられる魔力が極端に少ないんだ! 今はまだお前も若いから足りているが……これから成熟していくにつれ、これは生きていく上でどうしても障害となる!!』

 魔力。それはこの世界に生きる全ての生物が、生きる為に必要な要素の一つ。魔力が足りなければ、誰であれ死ぬ。そう聞かされていた。耳にこびり付くほどに。

『今の時代、魔力補給用のサプリメントも広く普及している。魔力不足が滅多に起きない時代という訳だが……我々淫魔という種族はその体質上、そういった方法ではほとんど魔力を得られない。だがしかぁし!! 淫魔は淫魔の方法がある……そう!! 我々淫魔は快楽を得る事で、自らの体内で魔力を生成出来るんだ!! 吸収じゃないぞ生成だぞ!! これは凄い事なんだぞフィリア!!』

 すごくうっとうしかったし迷惑だとすら感じていた。けど、あれは本気で私の事を心配してくれていたのだろう。感謝しなくてはならない……いや、感謝するべきなんだろう。

『だからフィリア!! 今は興味が無くても大丈夫!! 先生と一緒にエロい……いや、●●や●●●、●●●●なテクニックや●●●●●な●●●●を覚える事で、快楽を得るその神髄をその身に叩きこんで――』

 いややっぱりしなくてもいいかもしれない。


「すぅ……はぁ……」


 深く深呼吸を繰り返し、再び歩き始める。

 里の暮らしは、私にとって悪い環境では無かったんだろう。頼めば、私の『相手』をしてくれる奴が結構いたから。そういえば保険体育の先生、結局最後まで一回も勝てなかった……。


「ぐるる……」

「あ、どうもこんにちは」


 ばったり。茂みをかき分けその先に進むと、ものすごくデカイ熊が居た。目があったので、とりあえず挨拶してみた。

 ものすごくデカイ。学園にあった校長の銅像位デカい……これじゃあ伝わらないか。まあいいやとにかく規格外にデカい。


「…………」

「…………」


 妙な緊張が走る。互いに目線を外さず、間合いも保たれている。


「ゲホ……ハァ……」


 魔力不足の苦しみで、思わず息が漏れる。デカイ熊が、小さく眉を上げた気がした。

 そして……。

 小さく頷いた、気がした。


「……? ええと……私は淫魔のフィリア……」


 私の言葉を遮る様に、デカイ熊がその両腕を大きく掲げた。


「グルルル……グルアァアアアアア!!」

「わあ」


 私は思わず笑みを零した。どうやらやる気らしい。胸が高鳴り、高揚感と共に僅かに魔力が満ちていくのを感じた。


「私の自己紹介を遮るなんていい度胸じゃない……私は淑女だから、やる気の無い相手にいきなり殴りかかったりしないけど……そっちがやる気なら喜んで相手になってやるわ! かかってきなさいデカ熊!!」

「ガァアアアアアアアアッ!!」


 そして闘いが始まった。


 退屈は人を殺す。当然天才ガンマンエルフも。

 私はいつもの様におじいちゃんと殴り合い寸前の喧嘩をしてから村を飛び出し、おばあちゃんから貰ったリュックサックを背に、迷惑なゴブリン共を狩る為に森の中を彷徨っていた。

 やっぱり訂正。今日おじいちゃんとしたのは殴り合い寸前の喧嘩じゃなくて、私がおじいちゃんの鳩尾に肘鉄を食らわせ、おじいちゃんも私の横っ腹に頭突きを喰らわせた喧嘩でした。

 この喧嘩の原因は10割おじいちゃん側に非があり、私は一切悪くないことをここに誓います。

 私の脳裏に、おじいちゃんとのやり取りが思わずよぎる。


『まぁだそんな事を言っとるんかリタ!! 何がおばあちゃんみたいなスーパーガンマンになりたい、じゃ!! 故郷も家族も捨てた愚かもんみたいになりたいなどと、二度と言うでない!!』

『おじいちゃんはおばあちゃんの夫でしょ!? なんでまたそんな事言うの! おじいちゃんが何て言おうと、私は絶対におばあちゃんみたいなガンマンになるんだから!! もう旅の準備も出来てるもんね!!』

『待たんかぁっ! ワシは許さんぞ! ただでさえ村に訳わからん人間が何度も訪ねてきたり、森を素性の知れぬゴブリン共が荒らし回ったりと慌ただしくなっとるんじゃぞ、こんな時に何を言っとるんじゃ!』

『ぐぅっ……いいよ、じゃあ私が今からゴブリン達に銃弾浴びせて森から追い出すないし排除ないしぬっころして来るから! それでいいでしょ!?』

『待てと言っとるじゃろうがッ!!』

『邪魔しないでよおじいちゃん!!』

 そしておじいちゃんが私の横っ腹に頭突きを叩き込み、私がおじいちゃんの鳩尾に8回位肘鉄を叩き込んだ。


「全く……誰も彼もが私の邪魔をして……!! ふぅ……ダメダメ、ダメだよリタ。今から獲物を狩ろうって時にこんなにイライラしてたら……おばあちゃんならきっと、どんな時でも冷静に標的を撃ち抜いていた筈……」


 私は深呼吸を繰り返しながら、森の中を進む。いつもなら魔物に遭遇していてもおかしくない位の距離を進んでいる筈なのに、今日は全く出くわさない。いや、そういえばここしばらくの間、やたらと魔物の数が減っている気が……。


「その代わりにゴブリンが現れて……ゴブリンが魔物を狩っている……のかな? いや、でも何の為に……そもそもゴブリンは村の結界を出たエルフを襲ってるって話の筈で……」


 ゴブリン。亜人、とも呼ばれる種族の一つ。

 ゴブリンは大昔から魔物の一種として捉えられてきた、とおじいちゃんは言っていた。

 だけどゴブリンの『魔人』が現れてから状況は大きく変わった――と、やっぱりおじいちゃんが言っていた。随分昔の話らしいけど。なにやらその魔人が世界中のゴブリン達にちゃんとした教育を施し、世界の知性ある種族の一員として受けいられるようにした――とかなんとか。ゴブリンは陸海問わずモノや人やエルフや……とにかくいろんなものを運ぶ、世界最大の運搬屋になった……とかも言ってたかな……。

 いや、私も全然詳しく知らないんですけど。そもそも魔人って何でしたっけ。というか、この森に現れたっていうゴブリンは普通に野蛮な振る舞いをしてるみたいだし……。


「居たゾ」

「アア……掛かレ!!」

「ん」


 ガサガサ、と音がして、近くの木から5、6人のゴブリンが飛び掛かってきた。私はすぐに腰に提げた二挺の拳銃を抜き、3体のゴブリンを撃って迎撃する。


「グッ……銃カ!!」

「銃ですけど? ところでいきなり挨拶無しに掛かってくるなんて、ちょっと無礼じゃないですか? ちゃんとした教育とやらはどこに行ったんですか?」


 銃。この世界に流通する武器の一種。その威力は訓練した武術に比べれば弱い……と、されている。あるいは、この世界の生き物が頑丈すぎるのかもしれない。勿論ダメージを与えて敵を無力化する事は出来るし、死ぬときは死ぬけど。

 ある程度の力量を持った相手なら、銃弾を弾いたり避けたりする事も出来てしまう。竜人の戦闘部族なんかは、銃を使うものを馬鹿にすることも珍しくないらしい。

 でも。それでも私のおばあちゃんはそんな銃を使いこなす最強のスーパーガンマンで。私もそうなりたいと思っている。

 だから。


「だから……あなたたちみたいなのに足を引っ張られている暇は無いんですよ」

「何ヲ……」


 一、二、三発。ついさっき撃ち落とし、倒れ込んだゴブリンの額に銃弾を一発ずつ撃ち込むと、それぞれが綺麗に白目を剥いて気絶した。残る3人のゴブリンがじりじりと間合いを詰め、その内の一人が剣を携え斬りかかってくる。


「この森は初めてですよね? 悪いんですけど、ここは文字通り、私の庭なんです。だから無駄ですよ」

 足元に転がっていた小石を軽く蹴り、斬りかかってくるソイツの鼻に叩きこむ。怯んだところで剣を持つ手に一発、胴体に3発銃弾を叩き込むと、ソイツは声も無く倒れた。


「……もう森から出て行ってくれませんか? 何が目的か知りませんけど」


 ゴブリンは応えず、指笛を鳴らす。するとどこに潜んでいたのか、草や木の陰からわらわらと増援のゴブリンが次々と現れて来る。


「…………ちょっと面倒くさいな」


 私は背負ったリュックサックから、『明らかにリュックサックのサイズよりも銃身が長いショットガン』を引っ張り出し、構える。


「うっかり死んでも文句を言わないって方だけ、かかってきて下さい」

「ヤレ、ヤレェ!!」


 ゴブリン達が一斉に私の元に押し寄せ――そして。


「ウアァアアアアアア!! 喰らいなさい、この――フィリアストライクッ!!」

「グァアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 取っ組み合いの状態になった巨大な熊と帽子を被った女性が、傾斜を転がり落ちながら私とゴブリン達の間に突如として現れた。あと女性の方は若干ダサい技名的な奴を叫びながら巨大な熊に頭突きしていた。

 なんで?


「ゲホ、ゲホ……中々やるじゃないのよデカ熊……」

「グルルル……」


 私もゴブリン達も、思わず足を止めていた。そして突然の訪問者たちを目を丸くして見つめる。


「さあ、続きを……ん、何よアンタら」

「グルルル……?」

 

 巨大な熊と女性も私達に気づいた様で、きょろきょろと視線を彷徨わせる。


「…………」

「…………」


 私もゴブリン達も、何も言葉を発さなかった。


「ふむ……なるほど、なるほど。そういう事ね」


 女性は勝手に何かを納得した様で、しきりに頷いていた。パンパンと身体に付いた土をはらいながら。


「私も混ぜなさい」

「ハ?」

「は?」


 は?


「そこの凄まじく目つきが悪いエルフとゴブリン共、アンタ達よく分かんないけど今から闘うんでしょ? 私も混ぜなさい。あとこの熊も」

「ナンデ?」

「なんで?」


 なんで?


「私は久しぶりの愉しみを享受出来ている事が嬉しすぎて、普通に考えると良く分からないことを言っている自覚はあるわ。でもしょうがないじゃない、愉しいんだから。さぁどっからでもかかってきなさい!!」

「グァアアアアアア!!」

「よく分からんガ全員ヤレ、ヤレ!!」

「なんでぇ?」

 

 女性と熊が再び取っ組み合いながらこっちに転がってきて、ゴブリン達がそんな私達に向けて一斉に飛び掛かって来た。

 これって状況を呑み込めない私が悪いんですかね? いや、10割悪くない。

 とりあえず私はよく分からない女性を8発位撃つことにした。

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