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争闘:淫魔フィリアと愉快な仲間達VS聖血騎士団の不愉快な輩達①

 退屈は人を殺す。当然淫魔も。


 私はこれまでの大して長くもない一生の中で、何度も何度も思い浮かべ、何度も何度も体感してきたこの言葉を、また心の中で呟いた。微かなため息を添えて。


「はぁ……」


 今。私を苦しみのどん底へと追いやっている退屈の正体は――。


「ちょっとフィリアさん! 私の席に頭をグリグリ押し付けるのやめてくれませんか! ツノが刺さって運転に集中できないんですけど!!」


 めちゃ揺れるしめちゃ長いめちゃ暇なドライブという名の退屈だった。めちゃ退屈すぎて、私は前の席に頭を預けてグリグリしていた。茶髪のエルフがなんか言っている気がしたが、よく聞こえなかった。


「えー……?」

「えー……? じゃなくて! 痛いんですよ……ってうわっ」


 大きな石にでもタイヤが乗り上げたのだろう。ゴドン、と大きく車体が揺れた。

 魔導車……って言ったかしら。私達が今乗っているコレは、魔力で動かしている車らしい。でもどうせなら空でも飛んでほしかった。実家に置いてあった年季の入った洗濯機位揺れている。


「揺れた時に刺さった! 完全に刺さりましたよツノが! いい加減撃ちますよ!?」

「そんな人殺せそうな目で睨んでこないでよ。しょうがないわね……やめてあげるわ、リタ」

「え! あ、やっぱり私って目つき悪いですかね。へへ、へへへ……急に褒めないでくださいよ……へへ……」


 リタがいつもの様に地獄の様に鋭い目つきで睨んできたので、仕方なく私は頭を上げ、リタの席の背もたれから頭を退けてあげた。私はとても優しい淫魔。

 それはそれとしてリタがにやにや笑っていてやや気持ち悪いなと思った。


「にゃーん……」


 そんなしょうもないやり取りの直後、車のボンネットの上から猫の鳴き声が聞こえてきた。

 意味は分からなかったけど、どうにも私と同じく退屈している様な声色……鳴き声色だった。


「多分私もアンタと同じ気持ちよ……ところでよくこの速度と揺れで振り落とされないわね……ま、そうでもないとニンジャなんかできないか」

「にゃふぅ」

「そうね、分かる分かる」


 何も分からなかった。

 気を取り直し。私は何か面白いものでも無いかと、窓の外にチラリと視線を向ける。

 木があった。沢山。すごく沢山。終わり。エンド。


「木しか無いわ」

「林だからな」

「そうね」

「ああ」

「……木しかないわ」

「林だからな」

「そうね」

「ああ」

「……………………」


 私は隣の座席に座っている、正しい事しか言ってこない男に視線を向ける。

 男。真っ赤な鱗を持つリザードマンは、眼鏡をかけて新聞を読んでいた。

 この暴れ馬みたいに揺れる車の中でよく新聞読めるわね。


「レッド」

「なんだフィリア」

「…………」

「なんなんだ」

「いや。見切り発車で会話を始めたから特に話題が思いつかなくって」

「そうか。正直だな」

「よく言われる」


 沈黙。


「じゃあこうしましょう。レッド、なにか話題を頂戴。そしたら私がとても面白く応えてあげる」

「ほう……」


 レッドはようやく新聞から視線を外す。


「これは今読んでいた新聞に載っていた話なんだが」

「うん」

「ここ近年、魔人達の動向はとても大人しいものだった。我々が乗っているこの魔導車の発明者でもある『魔人オオツキ』とその『牙』達は圧倒的な技術力、発明力でいくつもの国に受け入れられ、馴染みさえしている。魔人ガガドは今から数十年ほど前に遥か北、大雪原に封印されてからは一切動く気配がなく……まあともかく他にもいくつも例は挙げられるが」

「うん」

「どうにもここ最近、魔人達の動きにきな臭いものが増えているらしい。魔人オオツキの牙達は妙に武装兵器の開発を行っている者が増えているらしく。魔人ガガドも、本人には全く動きは無いが、封印地点の周辺の魔物が活発化。他にも多くの例が挙げられる」

「うん」

「それが一斉に起こり始めたその理由、原因はよく分からない……これは何かの凶兆、前触れでは無いかと考える識者も多いらしくてな。吾輩も概ね同じような感想を持っているのだが……フィリアはどう思う?」

「うん」

「…………」

「あ、私ね。えーっと……」


 私はとりあえず顎に手を当てて考える素振りをしてみた。


「そうね。私の考えによると……」

「ああ」

「こう……」

「…………」

「よくない……感じが、するわね」

「そうだな。貴重な意見に感謝する」


 レッドは短く応えると、新聞に目を落としてしまった。私の事をアホだと思っているに違いない。


「待ちなさい」

「待たない。これでも吾輩は忙しいんだ」

「他の話題なら絶対いけるから。もう1回チャレンジさせて」

「はあ……しょうがないな」


 第二ラウンドが始まった。


「これもまた新聞に載っていた話なんだが」

「うん」

「回復魔法、あるいは治癒魔法と呼ばれる魔法――それらの魔法の使い手が、世界的に減少傾向にあるらしい」

「なるほど」

「世界に魔法、魔術の種類は数あれど。回復魔法はその中でも一際生まれつきの才能が必要とされているのは知っているだろう?」

「…………もちろん」

 

 そうだったんだ。


「治癒魔術士が1人居るだけで、街や村の大きなステータスの1つになるくらいだ。どんな国でも引く手あまたで一生職に困る事も無い」

「ふーん」

「国によってはその才能を『神からの贈り物』、あるいは才能持つ者を『神に選ばれし者』と捉え、才能を見出された子供が強制的に神官への道へと進まされることもあるくらいだ」

「へー」


 それでいいんだ神官って。


「どう思う?」

「なんかさっきより問いかけが雑じゃない?」

「話題は何でもいいと言ったのはフィリアだろう」


 確かに。私は顎に手をあててもう一度考える素振りを見せてみた。


「そうね……」

「…………」

「ここは専門家の意見を伺うのがベストだと思うわ」

「なるほど。ヴァイン! どう思う」

「んあ?」


 レッドが前の席、助手席に座っていた金髪の男に声をかけると、その男――ヴァインは私達に眠たそうな目を向けた。寝てたらしい。この怒り狂うバッファローみたいに揺れる車の中で。


「なにがだよ?」

「近年治癒魔術の使い手が減少傾向にある件についてだ」

「はーん、そうなのか……」


 ヴァインはあくびまじりにぽりぽりと頭を掻く。怨嗟に塗れたドラゴンゾンビの如く揺れる車の中で。


「減少ってのが何が原因かによると思うけどな。その、なんだ。例の聖女サマみたいに暗殺でもされてるってんなら俺みたいなのの出番だが。そういう訳じゃねーだろ? 俺の知る腕利きの治癒魔術士はジーサンバーサンばかりだ。普通に老衰で死んで、才能を持って生まれる奴が普通に減ってるってだけだろ。タダのグーゼン。むしろ、今までが多すぎたんじゃねぇの?」

「ふむ、なるほど。確かにそうかもしれないな……」


 ヴァインは色々言っていたし、レッドも神妙な顔で頷いてたけど。叫び駆ける大森の巨大熊の如く暴れ狂う車の揺れのせいで私は何も聞こえなかった。


「いや、つーかよ……」


 ヴァインは眉間に皺を寄せながら運転席のリタを軽く睨みつける。


「揺れすぎだろこの車!! どんだけ運転下手なんだよリタコラァ!! 起きたら急に気持ち悪くなってきたわ!!」

「はぁ!? 色々あって疲れてるだろうから運転変わってあげた私の優しさを何だと思ってるんですかヴァインさんゴラァ!!」


 ヴァインとリタがいきなり喧嘩を始めた。車体の揺れから発せられる轟音を大幅に上回る声量だ。

 元気でいいと思う。ていうかこの揺れはリタの運転が下手だったかららしい。今すぐ上達して欲しい。


「自信アリ気に『大丈夫ですヴァインさん! 運転は私に任せて休んでください!!』 つったからだろうがこらリタこらおうコラゴラぁ!! なんだこの我が子を守る為に怒り闘う巨人の如く揺れる運転はぁ!!」

「例えが長くて意味分かんないんですよ、この……おらぁ!!」

「そもそも魔導車を運転した事あんのかよ!」

「無いですよ!!」


 無いのかよ。

 無いのかよ。


「無えのかよ……いや分かった、悪かったよ。だから1回車止めて運転変われ。このままじゃ誰か吐くぞ。多分俺が」

「嫌ですよ!」


 なんで?


「いいからさっさと代われって……!」

「片手で運転しながら空いた片手でガンアクションをかます練習をしている所なんですから、大人しく座っててください!!」

「おーいいのか? 本当にいいのか? 吐くときはお前のひざ元に吐いてやるがそれでもいいって」

「おいオマエラ。遊んでる場合じゃないでござるよ」


 不意に長い青髪を垂らし、ボンネットの上からぬっと女が車内を覗き込んできた。


「なに? もう猫は飽きたの? トラコ」

「そんなとこでござる。それより、そろそろ着くでござるよ」

「やっと? ふう……退屈で死ぬかと思ったわ」


 私は窓から顔を出して、目を凝らす。

 視線の先には趣味の悪いギラギラした館のてっぺんの一部が見えた。館をぐるっと取り囲む様に高い塀が設置されており、正面には巨大な門が。そして何より目を引くのは、その門の前に鎮座している2体の巨人だ。


「この距離でも見えるって事はまあまあの大きさみたいね……なんなのあいつら? 門番?」

「みたいでござるね。でもあいつら、人間至上主義とか言ってる割に巨人は雇うんでござるね。巨人も人間の内って考えでござろうか」

「ちげーよ」


 トラコの言葉を、ヴァインが短く否定する。


「雇ってるんじゃねえ……見ろよ。アイツらの首を」


 首。

 確かに何かが巨人の首にある。あれは……首輪ね。


「なんか見覚えがあるわね、リタ」

「はい……あの人もあんな首輪を……あれってなんなんですか? ヴァインさん」


 ヴァインはぼりぼりと首を掻きながら、眉をしかめる。


「あれは服従の首輪……『魔人カーディア』が創ったっつー趣味の悪い首輪だ。詳しい説明はいるか? 名前で分かるだろ」

「あれを嵌められた奴は、嵌めた奴に洗脳でもされる訳? なるほどね……」

「まーそんなとこだ。けっ、本当に魔人が絡んでるとはな……」


 ヴァインは一瞬舌打ちした。かと思うと、すぐにニヤリと口の端を歪めるのがバックミラー越しに見えた。


「狩り甲斐があるってもんだ」

「……で、なんでそんなのが見ただけで分かるの? その……狩人協会? だったっけ? そこで魔人の講習会でもあるわけ?」

「まーそんなとこだ」


 どうやら素直に答える気は無いみたいね。ま、いいけど。


「で、どうします? 私のドライビングテクニックであいつらの股下をくぐり抜けて、ドハデに門を突き破ってやりましょうか」

「待ちなさいよリタ。私達は何も最初っから喧嘩しにいくわけじゃないわ。話し合いで済めばそれで十分よ」

「そう言って今まで話し合いで済んだことがあるんですか?」


 無いけど。


「とりあえずあの巨人の前で止まりましょ。で、客人として迎え入れてもらえないか頼んでみましょう」

「絶対無理ですよ」

「絶対無理だな」

「無理に決まってんだろ」

「トラコも無理だと思うでござる」


 絶対とか無理とか言ってんじゃないわよ。


「うっさいわね。やって見なけりゃ分かんないでしょ。それに、誰がリーダーか忘れた訳?」

「はーい……」


 リタは渋々といった様子で頷き、徐々にバカみたいな走行速度を緩めていく。

 一目見た時から分かっていた事だけれど。巨人、めちゃくちゃでかいわね。私の2階建ての実家よりは背丈あるわね。

 あと向かって左の巨人はなんかすごいこっち見てるし。右の巨人なんてぶんぶん腕回してるし。

 まあでもまずは話し合いよね。


「ほんとにやるんですかぁ……?」

「まあ見てなさいって」


 巨人コンビからやや離れた道の脇で魔導車は停止。わたしは一足早く車から降り、スタスタと巨人たちの足元に近づいていく。


「…………誰ダ」


 鋭い目つきでずっとこっちを睨んで来ていた左の巨人が、低く重い声で投げかけて来た。私は軽く咳ばらいをする。


「私、フィリア!! 聖血騎士団の、えー、なんていったかしら。ともかく頭領に会いたくてやってきたんだけど!! 手土産にチョコ香草クッキーも買ったんだけど!! 通っていいかしら!!」

「あの地獄の様にマズいクッキーを本当に持っていく気か……?」


 うっさいわよレッド。美味しいでしょうがチョコ香草は。アイスも美味しいし。


「……人間か?」

「ん……」


 この距離じゃ見えにくいか。

 一瞬だけ返答に迷ったが、隠してもしょうがない。私はかぶっていた皮の帽子を取り、頭に生えた2本の小さな角をしっかりと見せる。


「いや、淫魔」


 ドン!! と轟音がした。同時に全身を揺らすような衝撃。

 腕を振りまくっていた方の巨人が、私に向けて拳を振り下ろしたからだ。

 私は咄嗟に魔力を込めた右腕を巨人の拳に向けて突き出し。勢いを相殺していた。


「………………」


 私は視界を塞ぐ巨大な拳を振り払う。


「なんか文句あるわけ? デカブツ」

「人間以外は、通さなイ」

「人間以外は、殺ス」

「ふーん……」


 私はチラリと後ろに視線を向けると、既に車から降りた4人が得物を構えていた。

 リタ、ヴァイン、レッド、トラコ。


「ごめん、やっぱ無理だったわ」

「そりゃそうですって……それで、私はどっちに弾丸ぶち込みまくればいいんですか? 何となく右にしよっかな」

「おい待て。俺も寝起きのウォーミングアップがしたいんだ。右は俺に狩らせろ」

「吾輩は新聞読んでていいか?」

「トラコもそろそろおやつの時間でござる」


 協調性。


「こんな所でつまずいてる場合じゃないのよ私達は。なのでリーダーの私から、作戦を進呈するわ。少し長くなるけど心して聞きなさい」

「あの、フィリアさんの後ろで巨人たちがもう1回拳を振り上げてるんですけどその件については大丈夫ですか?」

「作戦名、暴力!! 作戦内容、暴力!!」

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