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「いきなり掴んで悪かったね」


セシルはジュリアの手首を離して謝罪したが、その表情は険しい。


「今のは…!エマが私に暴言を吐いたので、たしなめようとしただけです」


慌ててジュリアがセシルに言い訳を並べ立てる。だが、その表情がいつもの穏やかさを取り戻すことはなかった。


「姉妹の内緒話を盗み聞きする趣味はないんだけどね。穏やかな雰囲気じゃなかったから」


盗み聞き、と彼は言ったが、とても小声の会話を聞き取れはしないだろう。彼の言う盗み聞きとは、思考を読み取ったことを意味する。いくら言い訳を並べたところでエマとジュリアがどのような思惑でやり取りをしていたかは全てお見通しということだろう。


「僕とエマの婚約の話については僕がそういう噂が流れるようにしたんだよ。婚約自体は陛下とルーヴェン公の間でほぼ固まっていたし、そのイヤリングもその一環だよ」


セシルの言葉に驚いたのはジュリアだけでなかった。驚いた顔をするエマに、セシルは向き直る。


「色々話す時間がなくてごめんね。その前に流れていた、エマの噂を急いで消したかったのもあって。もしかしたらすでにエマの耳にも入っているかもしれないけど、僕との婚約の噂が出始めた頃から、エマについて色々噂が出ていて。とても口にはしたくないような内容だけど、一部はエマの出自に関する事実だった」


エマもその噂については知っていた。


噂好きな令嬢たちの間でどこからともなく出回っていたものだったが、事実としては『ルーヴェン家の次女は元々庶民だった』というものである。それに付随していたものは『男好きで、庶民だった時は男を取っ替え引っ替えしていた』と言う実にくだらない内容であった。セシルが口にしたくないと言ったのは後者の方だろう。


「僕も陛下もエマの出自は侯爵から聞いて知ってるよ。僕はエマが庶民だった時に会ってるし、陛下は出自なんて関係なくエマのことを気に入っている。そもそも伏せているだけで庶子なんて貴族にはごまんといるしね。僕が問題だと思うのは、そんな身内しか知らないはずの事実を言いふらしている人間がいるということ」


彼の言う通り、エマの出自に関して知っている人間は限られている。この国では子供が10人生まれたとしても、成人年齢である17歳まで生きられるのは2−3人程度であった。それは比較的満足な衣食住や医療を受けられる貴族の子供でも50%程度と決して高い水準ではない。


そのため、貴族が子供を世間に公に披露するのは、一般的に婚約者を探す12歳ごろから成人を迎える17歳のタイミングであった。それまでに誰それの家に何人子供がいる、と言う情報は、親族か、よほど親しい間柄でなければ詳しくは知らない。突然公爵に10歳の子供ができたことを怪しむ人間も、出自を知る人間もおらず、噂の出所も自ずと絞られる。


セシルは小さくため息をつくと、ジュリアに顔を向ける。


「君も被害者ではあると思うけど、君のその思慮のなさはいつかどこかで自分の首を絞めることになるよ。現に君の父上は今回のことで君を見限ろうとしている」


ジュリアの顔色はみるみるうちに青ざめていく。今にも泣きそうな表情に、セシルはまたしてもため息をついた。


「僕だって幼馴染の君が不幸になるのは見たくない。父親の愛情に縋るんじゃなくて、父親の権力を利用して幸せになってよ」


そう言うと、エマに手を差し出す。


「エマ、行こうか」


少しだけジュリアのことが気がかりではあったが、エマも彼女に対して思うことはセシル同様であった。


エマが彼の手を取ると、ふたりでバルコニーを後にした。



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