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ジュリアの言う通り、エマはルーヴェン公爵と公爵夫人の間の子ではなかった。いわゆる庶子である。
つい5年前までエマは、街から少し離れた集落で家族とともに暮らしていたのだが、強盗に遭って家族を失ってしまった。
家族を失った悲しみと、この先の不安でいっぱいになっていたエマの前に現れたのがルーヴェン公爵だった。
「私が君の父親なんだ。君は知らないと思うけど…お母さんからは何か聞いているかい?」
「いえ…」
「お母さんとは愛し合っていたんだけど、家の事情で一緒にはなれなくてね。ずっと君を探していたんだ」
突然現れた父親を名乗る怪しい男ではあったが、エマには差し伸べられた手を取る以外の選択肢がなかった。
怪しい男ではあったが、エマは元々母とふたり暮らしをしており、7歳の頃に母が結婚し、今の父と弟ができたのだ。エマの実の父親については母から聞いたことがなかったため、話の辻褄としては合う。
その後、ルーヴェン公爵家で侍女たちから身なりを整えられたエマの容姿は、周りも、本人すら疑う余地もない公爵の実子であった。
切れ長のエメラルドブルーの瞳に、シルバーブロンドの髪。凛とした顔立ちも、どこをとってもルーヴェン公爵によく似ていた。
「とっても美しいですわ、お嬢様」
ルーヴェン公爵夫婦、エマと同い年の弟であるアレックス、そして侍女らは皆エマに優しかった。孤独も少しずつ薄れていった。
だが、突然現れたエマをよく思わない人間も少なからずいた。
「貴方、異能があるんですってね」
その筆頭がルーヴェン公爵の長女、義姉のジュリアだ。
「どうしてそれを?」
エマは驚いた。彼女が治癒の異能を持っていることは、母に口止めされていたためルーヴェン公爵にも言っていなかったはずだ。
とはいえ貴族の多くは異能を持ち、ルーヴェン公爵も念動力という異能を持つ。娘も何らかの異能を持っている可能性が高いと考えたのだろう。そう結論づけたがジュリアの返事は予想外のものだった。
「何言ってんの?貴方その力で殿下を助けたそうじゃない」
「殿下?」
エマは首を傾げる。つい最近まで田舎で暮らしていたエマにとって、貴族どころか王族など関わる機会のない存在だ。王太子など顔も見たことがない。
だが、異能で人を助けたと言われて、一つ思い当たることがあった。数ヶ月前、街にお使いに行った際に具合の悪そうな少年の体調を治してやったのだ。
「あの子、王子様だったの?」
「嫌な女。母親と同じで男に取り入るのがうまいのね」
そう吐き捨てたジュリアに、エマは思わず固まってしまった。
どうやら異母姉には嫌われているらしいが、その理由は少しあとに知ることになった。
この国では王族の結婚において、血筋と同等以上に異能およびその質が重視される。公爵家という家柄から、ジュリアは王太子妃候補になっていた。
だがジュリアには通常異能が現れるとされる12歳になってもその才が現れず、王太子セシルとの婚約は破談となったのだ。
そのため、異能を持ち、両親から新たな王太子妃候補として大切にされているエマのことを目の敵にしていた。