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セシル・フォン・ヴァルドはテレパスである。
他人が考えていることを読み取ることができる異能の持ち主だ。
「つけてくれたんだね、それ」
そう言ってセシルは指でエマの髪を掬った。髪の隙間から覗く小さな耳には、ルビーがあしらわれたイヤリングが揺れている。
そのまま彼が触れた右耳に、一気に熱が集まるのがわかった。
「う、うん!素敵な贈り物をありがとう…」
「ごめんごめん、お礼を言わせたかったわけじゃないんだ。似合ってるよ。エマも誕生日おめでとう」
セシルは満足げに微笑むと、他の来賓に挨拶があるからとその場を去る。
今日はセシルの17歳の成人パーティーだ。この国の王太子である彼の成人を祝うために国内外から重鎮が訪れている。
本当はもう少し話をしたかったが、主役なのに挨拶をして回らなければならないセシルの背中を大変そうだな、と見送る。
「やっぱり本当なのかしら。セシル様とエマ様の婚約の話」
「仲睦まじそうよね、お二人」
「ねえ、見て。エマ様のイヤリング…」
壁の花を決め込んでいたエマに、そうした声とともに注目が集まった。パーティーのはじめから視線は感じていたが、セシルがエマに触れたために余計に皆の視線を集めてしまっている。
同伴していた弟のアレックスを探したが、知らないご令嬢と楽しげに話している。邪魔しては悪いな、とエマは逃げるようにバルコニーへ駆け込んだ。
セシルとの婚約の噂が本当かなど、エマが1番誰かに教えてほしかった。彼とは確かに10歳の頃から親しくはしており、両親や周囲がエマを王太子妃に担ぎ上げようとしている動きも知っている。だが、具体的な話についてはまだ聞かされていない。
夜風に当たりながら物思いにふけっていると「エマ」と背後から声をかけられる。
「お姉様…」
話しかけてきたのは、エマの姉であるルーヴェン公爵家長女のジュリアだった。彼女はエマの耳に輝くアクセサリーに手を伸ばすが、咄嗟にその手を払いのけると顔をしかめた。
「ルビーは王家を象徴する宝石よ?意味を知らずにつけているのかしら?」
「存じていますよ」
だからこそエマは戸惑っていたのだ。王太子が女性にルビーを贈る意味を、セシルが考えないはずがない。
だが、セシルからは婚約については何も聞かされておらず、突然このイヤリングが自宅に贈られてきたのだ。先週誕生日を迎えたエマに対し、「お誕生日おめでとう」という手紙を添えて。
先程の会話で、エマがルビーに戸惑っていることは、テレパスでなくともわかっただろう。にも関わらず、それには何も答えずに、優しく触れるのだ。
2つ年上のセシルは、知り合った頃から優しい少年だったが、あまり考えていることを口にはしなかった。それは今も変わらないが、今のように思わせぶるような、エマの反応を楽しむようなこともしなければ、悪戯っぽい笑みを浮かべることもなかった。だからこそ、その変化が嬉しくもあったし、その理由を口にしないことが歯痒くもあった。
結婚するのであれば彼がエマのことをどう思っているか、その本心を知りたいところである。
彼のことで頭が埋め尽くされていたエマだったが、ジュリアのひとことで現実に引き戻された。
「知っていてつけているの?なおさら恥知らずな子ね。妾の子の貴方が、王子のセシルと結婚なんてありえないのに」