第7話 殺り合い
影郎は一瞬の隙に距離を詰めた。シイナは少し下がって躱したが、ギリギリでシイナにしては余裕がなかった。
シイナは構え直そうとした途端に再び影郎が襲ってきた。シイナは辛うじて影郎の股の下を潜って背後に回るが、すぐに受けさせられた。
シイナは屋根から屋根へと飛び移り、同時に追うように影郎も飛び移る。この男はとにかく速い。銃を時折使っても躱され防戦一方。こっちも向こうに攻撃を仕掛けるがそれも塞がれる。
シイナはビルからビルへと次々に飛び移る。それに続くように影郎も飛び移る。シイナは急に方向を変更、影郎の上を飛び越えて後ろへ回ると、ドンと足を蹴り出して一気に距離を詰めて刃を押す。二人はそのままビルの屋上から外れる。
ビルから飛び落下。そのまま反対側のオフィスビルの七階あたりに飛び込む。窓ガラスは粉砕した。影郎は着地の衝撃でデスクに体をぶつけた。デスクの上の書類が床に落ちた。舌打ちをし、ゆっくりと立ち上がった。
「くっ!!」
後ろを見た途端、背後からいきなりシイナがナイフで襲いかかった。影郎はなんとか躱したものの、シイナは手を首から回して一気に引き寄せ、その流れでナイフを影郎の首に押し当てた。
「――目的は?」
影郎はナイフのほうをみることなく、そのまままっすぐ壁の方を見ていた。
「――あんただ」
「誰の指示?」
「――さァ?」
影郎の首からは血がじわじわと滲み出た。
「あっそ」
そう言うとシイナはナイフを引いた。シュッという音とともにあたりに血が飛び散り、影郎は血を吹き出しながら倒れた。息が途絶えたことを確認した後、シイナはスマホを取り出し、甲斐田に電話をかけた。
「遺体回収お願いします。場所は――」
と言って、オフィスを後にした。
シイナはその足で再び荒川のいる裏倉庫まで戻った。途中で邪魔が入ったせいで計画が崩れたとは思いながらも戻った。裏倉庫からオフィスビルまでそこまで離れてないとはいえこの短時間で移動した距離にしては少し普通ではないような距離だった。
シイナは裏倉庫に戻り、荒川を隠したところを探した。――が、いなかった。
「――逃げられた」シイナはボソッと呟いた。
荒川は千鳥足になりながらも、なんとかホテルまで辿り着いた。控室に戻ると、何人かの社員が座っていた。
「何処にいたんですか!?」
と、社員の一人が荒川に近寄り、倒れそうになる荒川を支えた。
「おぼえてねってえ……」
荒川をソファに座らせた。意識は朦朧としており、正直喋るのだけでも精一杯というような感じだった。
「さしいれあって……それのんでたら……ねむくなって……きづいたら……ぜんぜん……しらんとこで……」
社員たちは顔を見合わせ、取り敢えず荒川を寝かせることにした。
「どうしましょうか……この後まだ社長の挨拶が残ってますし……」
「もうそれは最悪誤魔化すしかないでしょ……副社長にでも頼むしか……」
社員たちはそんなことを言いながら廊下を歩いていた。
一方その頃、碧真は祝賀会の食事を楽しんでいる――訳ではなかった。とにかく、面倒臭い。爺どもの何の面白みのない自慢話聞いて、テキトーに相槌打って……の繰り返し。これが嫌でこういう会は極力避けていたのだった。
「だいぶ疲れてるわね」
遥香がワインを持ってこっちにやってきた。
「そらそうですよ。自慢話延々と聞かされて何が楽しいんですか」
遥香はそれはそうね、と笑った。
「でもこういうところで有益な情報得られたりもするんだし、慣れといた方が良いわよ」
「分かってますけど――」
ここで、司会から席につくよう放送があった。二人はそのまま席についた。
誰もいなくなり、しんとしたオフィスにただ一人影郎は倒れていた。
バイブ音が鳴った。影郎は徐に立ち上がり、埃を払った
「息してる?」
男の声がした。
「してますよ。ピンピンです」
「ならよかった」
「当たり前でしょ」
そう言いながら、影郎は頸動脈あたりを摩りながらシイナが完全に消えたことを確認しつつオフィスの一室を出た。
「すみません。目標取り逃しました」
男はいいよ、別に次のときに殺ればいいと朗らかめな声で言った。ただ一方で、向こうの目の奥に別の感情があるかのようにも感じられた。
「とりあえず帰っておいで」
わかりました、と言い電話を切った。影郎は首をポキポキと鳴らし回した。
会社を出ると、一目につかなさそうなところに一台の車が止まっていた。助手席のドアを開けて乗り込む。
「遅い」
女は真夜中にサングラスをして頭の後ろで手を組んでいた。
「ほんとサングラス好きだな」
「これもおしゃれよ」
女は腕を前にやり、サングラスをとった。
「どう? 順調?」
「――取り逃した」
女ははぁ、と溜息をついた。
「ただ、あの女で間違いはない。顔はしっかりと見た」
ふーん、どんな顔? と女はきくと、影郎は可愛らしい顔、と言うので、女はきっしょ、と言ってエンジンをかけた。
「社長は?」
秘書の川崎は、役員の中井とともに控室に向かった。体調不良の一報を聞いたためである。荒川は熟睡していた。
川崎は中井に車を手配させた。その後社員に連絡してこの後の予定全部をキャンセルするよう伝えた。こういうときに的確に動ける川崎は優秀で、さすが社長の右腕といったところである。中井も感心していた。
「それにしても、なんでこんなことなったんでしょう? 酒飲んでる形跡もないですし……」
「わかりませんね……特に行きは症状とかはなかったんですけど。ただ社員に聞いたら社長が差し入れを食べたら眠くなったと言っていたらしいので、何か飲まされたかもしれませんね……」
川崎は場合によっては通報もすると言った。
川崎たちがどこかに行ったのを見計らってから、シイナは控室に入った。もう一度睡眠薬を飲ませ、同じように清掃ワゴンに入れ、そのままどこかへ移動させた。そして甲斐田から手配してもらった車に乗せた。とりあえず準備はできた。が、いずれ気付かれるのも時間の問題だった。何より途中で意識が朦朧としていたとはいえ睡眠薬を切らせて荒川を一旦ホテルに戻らせてしまったことが失態だった。なんとか誤魔化す必要がある。目を逸らさせる必要がある。
「――ちょっと、荒さないとね」
そういうと、シイナは鞄から装備を取り出した。




