第6話 祝賀会
「やっぱり人多いですね」
東京にあるホテルで宴会――祝賀会が開かれた。遥香と碧真も参加したが、ホテル内には人でごった返していた。ハードネルという大手IT企業の式典というのもあって、有名人やら資本家やらがそこら中にいた。
「まあさすがハードネルっていったところだな」
「あんまりいい気はしないですけどね」
二人はテキトーに席につき、まもなくして会長の挨拶が始まった。
会長の挨拶は、まずお決まりの定型文から始まり、そこからハードネルの歴史、ここまでこれたのは皆様のおかげです、という感謝といったような内容で、実に二〇分ほどかかった。相変わらず祝賀会というのが苦手な碧真が欠伸をすると、背中を遥香につねられた。
「態度出てる。抑えなさい」
碧真はすみません、と軽く謝って、姿勢をゆっくりと正した。
表で祝賀会が行われている頃、裏は大忙しだった。というのも、この祝賀会もそうだが、これが終わった後の食事会の準備もある。さらには別団体の宴会も重なり、その上普通に一般客の宿泊対応ありと予定が入りに入りまくっていた。
「真柴さん名田さん酒見さんそろそろ食事会の準備! 高部さん峰岸さん白崎さん馬場さん宴会そろそろ始まるから対応して! 柏木さんはクレーム対応! ちんたらしてる時間ないよ!!」
チーフと思わしき人が次々に指示を飛ばす。それに続いてスタッフが慌ただしく準備に走っていた。
「間木名さんは? どこ?」
「わかりません――!」
誰かが叫ぶように言う。チーフが言った人に向かって続ける。
「なんで!?」
「知りません! なんか勝手に出て行って気づいたときには――」
チーフはこんな時間ないときに――! と苛立ちながらも、「江坂さん、ちょっとここ頼んだ! 間木名さん探してくるから!」
と、大急ぎで出て行った。
遡ること六時間ほど前――
「相変わらずのお部屋ですね」
シイナは甲斐田の家に入るなり、むしろ前より酷くなってると呆れた顔で言った。
「仕方ねえだろ。こっちだって忙しいんだし」
シイナは溜息をしながら、ゴミ袋の山を蹴り出し、石鹸で人を殺した後のように丁寧に洗った。
「そんな綺麗に洗わんでも……」
「そうでもしないと気が済まないんです」
「――殺しの弊害か」
部屋はゴミの臭いと煙草の煙で充満していて、シイナは換気して、ファ●リーズをして、片付けて、そうこうしている内に三〇分程が経ってしまった。
「――で、何です? 急に呼び出して」
シイナはガラが悪いように、スマホ片手に訊いた。
「まあ簡単に言ったら殺しの依頼だ。ただ――」
「ただ?」
「会場にお前のご主人様とやらが来るとか」
シイナは一瞬目線を甲斐田に向けたが、少し嫌な顔をしてすぐにスマホに戻した。
「バレなきゃいいんでしょ、バレなきゃ」
「そうはいっても、会場自体ホテルだしいつもみたいに刺し殺してとはいかねえだろ」
「じゃあ毒盛れば?」
「まあ行けんことはないけども――」
「バレないようにホテルスタッフにでも紛れ込めばいいでしょ」
甲斐田はそう簡単にいうけどな……と頭をくしゃくしゃしながら言った。
「失敗するわけないでしょ」
シイナは並々ならぬ自信があった。いや、それよりかは何か別の、普通の人なら感じ得ないようなものがあったように思える。シイナのギラギラとした目を見て、甲斐田はじっとシイナの目を見つつ少し引き気味のような感心の顔をしていた。
シイナは、計画通りホテルスタッフに紛れ、ホテルに潜入した。これだけ大きなホテルともなるとスタッフの数も多く、簡単に紛れられた。
シイナは楽屋で社長への差し入れと称して睡眠薬入りのお菓子をこっそり置いておいた。後は回収して殺すのみ。
そのあとは順調に進んだ。無事に荒川を眠らせて、仮眠室に運んでおくという体で部屋から運び出せた。睡眠薬自体かなり強力なものだから、恐らく運んでる途中に起きることもない。
清掃員に着替えて、荒川をワゴンに入れて、運び出した。
「ほんとにもう……!」
チーフの代川は相当腹が立っていた。今日はもともと大宴会が二件入ってしまい、人員補充でバイトなども雇ってやったのだが、慣れている正社員とは違い遅くミスも多い。ただでさえややこしいこの業務なのに、余計にややこしいこととなった。
「どこにいんのよ……!」
代川はそういうわけであちこち走り回っていた。その途中で清掃員とぶつかったのだ。
「痛っ」
何か変な硬いものに当たったような気がした。
「ごめんなさい! 怪我とかないですか!?」
向こうは大丈夫です、と言いい、すごすごと去ってしまった。ワゴンの中身はわからないが、ぶつかる際に少し変な感触を覚えつつも、そのまま探し続けた。
シイナはその人が見えなくなったことを確認してから、ふっと息を吐いた。危なかった。シイナは胸を撫で下ろした。
取り敢えず荒川を別の場所に隠すため、裏口から出て路地に入った。シイナは一旦ホテルからやや離れた裏倉庫のような場所に隠して戻ろうとした。東京のビル街の灯りが煌々と光る中で、暗闇の中に身を潜めようとするのは、なんだか不思議な気分にもなった。
誰かがスコープでシイナを覗く。その気配にシイナが気づいた瞬間、音と共に頬の横スレスレを何かが通った。
誰かがいる――そう思ったシイナは音のした方向へ即座に向かった。ビルとビルの間の壁の突起を掴んで屋根に飛び乗ると、案の定何者かが銃を持って立っていた。
「何の用? こっちは忙しいんだけど」
「何も。人探しをしてただけだ」
男はシイナの手元の方を見た。
「にしては随分と物騒な装備だね」
「まあな。そうでもしないと、捕まんないからなあ」
男は、銃をナイフに持ち替えて、身を構えた。