第5話 都市伝説
「おー久しぶりだな!」
あれから約一週間後、義原が宮本宅に来た。
「先週は申し訳なかった。こっちから呼んどいて……」
「いえいえ、とんでもないです」
遥香はどうぞ、と義原を中に入れた。碧真も軽く挨拶して、席に座らせた。
「お茶です。どうぞ」
シイナがお茶を義原の前に出した。
「あれ、新しくハウスキーパーさん雇ったのか?」
「ええ、まあ……」
碧真は曖昧な返事をして、取り敢えず濁した。流石に人に頼まれて住ませているんですなんて言えない。
「伊瀬の件もあって、私も何かと忙しいくて仕方なく」
「そっちも大変なんだな」
義原は気持ちわかるわと同情した。
「そっちも大分忙しくしてますよね」
「いやほんと」
義原は少し体勢を崩した。
「ここんところ急に入るから土日だろうがお構いなし、それに殺人事件ばっかだからグロいモノばっか見せられてさすがに気が滅入るし――魔女とゾンビにはほんと勘弁してほしいわ」
「魔女とゾンビ?」
「知らねえのか? まあ知る人ぞ知るみたいな存在ではあるけど」
「いえ全然。滅多にそういう集まりとかも行かないので」
義原は意外そうな顔で碧真を見た。
「碧真が知らないなんて珍しいわね」
「通称『人狩りの魔女』。まあ言うなれば殺し屋だな。殺害成功率一〇〇パーセント、名前も顔もわからない正体不明の女だとよ。一説によると人間兵器じゃないかって言われてるくらい」
「人間兵器?」
「都市伝説だけど、ある研究所がやった人体実験だな。親がいない子供を狙って児童養護施設とかから養子っていう程で攫い、そいつの脳に電極やらを埋め込んで半電脳化、そして度重なる訓練で、洗練され常人を超える頭脳と身体能力を持った人間兵器で構成された軍隊をつくる――って、言うだけでも吐き気するくらいだ」
義原は少し気分が悪そうな顔をした。遥香も確かに気味が悪いですね、と相槌を打った。
「まあもちろんこんな軍隊は存在しない。理由はいろいろあるらしいが、研究が失敗して、その被験体らが散り散りになった、あるいは組織化したっていう説と、そもそもそんな計画自体存在しないっていう説が主流だな」
「碧真も試しに使ってみたら? 人狩りの魔女」
遥香が半分冗談混じりで振った。
「バカ、俺の仕事増やすんじゃねえよ」
碧真は遠慮します、と少し戸惑いながら言った。義原は少し体勢を直した。
「で、ゾンビっていうのは、最近多いもう一つの殺人事件の犯人集団だな。手口は巧妙で計画的犯行なんだが、殺害目的を持たない、というよりかは不明。言動行動が滅茶苦茶で会話もほぼ不可能。取り調べでも暴れ回って取調官を襲おうとしたり、かと思えば急に大人しくなったり――っていった感じで、まるでゾンビみたいだからそう呼ばれているってわけ」
と、やや語気を強めたが、碧真がきょとんとしていたので、義原は少しむずかったか、と身を引いた。
「まあ、くれぐれも背後には気をつけろよ。意外と近いところに居るかもしれねえしな」
碧真は言われなくてもわかってる、という不服そうな顔をした。
義原を見送った後、遥香が「あそうだ、忘れてた」と何やらチケットというよりかは招待状のようなものを取り出した。
「何です? これ」
「あんた宛の招待状。来週の宴会のやつ」
「結構です」
「結構ですって言われても……」
遥香はもう向こうには行く予定って言っちゃったし……と溢した。
「あんまりそういうの興味ないですし、付き合いっていうのもあんまりで」
「まああんたがあまりこういうの好きじゃないのはわかってるけど、今回うちのお得意様だし、あんたもお世話になってる人だから」
「――分かりましたよ」
碧真は渋々承諾した。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
その夜。甲斐田のもとに電話がかかってきた。寝ていた甲斐田はそのせいで起こされて、だれだとは思いつつもスマホを開いた。非通知。大体要件の想像はついた。
「こんな夜中に何だ」
「すみません。この時間しか空いていなくて」
声の主は穏しい感じで、どこか独特の雰囲気のある男に思えた。
「――依頼か?」
「その通りです」
「誰だ」
「獣が出たので、狩りをお願いしたいのですが」
「名は?」
「――荒川慎也です」
「――了解した」
甲斐田はすぐに電話を切ろうとすると、男は「まだ少し」と止めた。
「他に何か?」
「殺す日時と場所、指定できます?」
「いつだ。一週間以降ならいけるが」
「では二週間後、例の祝賀会のときに」
「――わかった」
男はお願いしますね、と言って電話を切った。甲斐田はしばらく携帯を見ていたが、すぐにデスクに置いて布団に戻った。
男は、スマホをポケットに直し、缶コーヒーを飲み干して人気のつかなさそうなところにあったゴミ箱に捨て、夜道を静かに歩いて行った。