第4話 仕事
「あー疲れ゙たあ゙あ゙」
朝から宮本家には茜と大翔が事情あって屯していた。とはいうものの、日曜朝の六時半から二人に叩き起こされた碧真にとっては相当不快だった。
「朝方からよく言うわ」
碧真はこっちのセリフだ、と大翔と茜に嫌な顔して言った。
「あんた暇だしいいでしょ」
「暇じゃないっての」
事情というのは、今日人に会う約束をしているためだ。日曜に態々朝っぱらから出るのは癪だが、仕方ない。遥香の指示である以上行くしかない。
「あ、おはようございます」
洗濯を干し終わったシイナが合流した。茜はおっはーと和やかに挨拶した。
「そろそろ遥香さんも来る時間じゃないですか?」
「もうそんな時間か」
「私は家におりますので」
「頼んだ」
シイナも大分慣れてきて、会話も滑らかにできるようになっていた。そう言ってるうちに遥香も合流し、四人で都内のカフェで待つことにした。
「こりゃひでーな……」
ほぼ同じ頃、義原圭介は今日の未明に起きた殺人事件の現場に来ていた。
「腰から首まで綺麗にいってますね」
部下の南田洋平は手袋をつけた手で遺体の傷を触った。
「棚とか天井にまで血がいってんじゃねえか」
現場は妙な緊張に包まれていた。
遺体は松尾という大企業の社長の息子だった。ナイフか何かで腰から首あたりに向かって深く刺したようで、臓器までも切断されているようだった。
「今月立て続けに三件目か――」
二人は車に乗り込み、義原は窓を開けて煙草を吸った。
「多いですよね」
「おかげで多忙に多忙だわ」
義原は溜息混じりに息を吐いた。
「てか今日霧島さんたちとお茶するんですよね?」
「――そうだったわ」
「――忘れてたんですか」
「――完全に」
義原は煙草を吸殻に捨て、南田はエンジンをかけた。
「一応電話だけしとくか」
車は唸るような音を立てて走り出した。
「てか、その義原っていう人ってどんな人なんですか?」
都内のビル内のカフェで、茜が遥香に訊いた。
「んーまあ……何と言うか……」
「友達みたいな?」
「まあそんな感じかな」
碧真が途中でフォローした。
「捜査一課の刑事で、けっこう忙しくはしてるんだけど、まあ今日はちょっとただお茶したいっていうだから」
そう言うと、遥香は頼んでいたコーヒーを静かに飲んだ。
すると、遥香のスマホが鳴った。そのまま電話に出たが、「はい……はい……え? はぁ、わかりました――」と言って電話を切った。
「何かまた事件入っていつ終わるかわからないって」
「どうします? 今日はやめときます?」
「そうね……義原さんも今日は無理そうって言ってたし……今度にしようかな」
「最近多いですよね」
「それだけ忙しいのよ、向こうも」
ここ最近物騒な事件が立て続けに入ってるようで、かなり向こうも大変そうだ。
「えーマジかよ」
大翔は悔しそうに髪をクシャッと持った。
「帰りになんか買って帰ろうか。大翔の奢りで」
遥香は大翔何もしてないし、と大翔に冗談混じりで言った。
「金ないから無理っすよ!」
「出せるでしょ」
「ええ……」
と、そんな会話をしながら、カフェを出た。
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東京のとある河川敷にホームレス街があった。都内にはいくつかあるが、ここはとりわけ環境が酷く、殺人事件もしょっちゅうのように起こっていた。
「また死んぢまったのか――」
長らくここに住んでいる菊池という痩せ細った男は暴漢に殺されたホームレスに手を合わせた。
「ここもそろそろ……このままではさすがに……」
槙田という老女も同様に行った。
「いずれまとめて潰されるだろ」
高架下の縁に座っていた矢部は、廃棄されていたコンビニのビールを飲みながら吐き捨てるように言った。
「どこも似たようなもんだ。今更逃げ込んだとて向こうから追っ払われるに決まってる」
「まだ先のことでしょう?」
槙田の楽観的な言葉に矢部は缶を投げた。
「馬鹿か、そんな悠長なことじゃねえよ」
矢部が続ける。
「今やもう富豪のためだけの国だ。どうせ俺らも近いうちに死ぬ。そもそも今の日本、貧民に人権あると思うか?」
槙田は俯いたまま何も返さなかった。
「富豪と貧民に完全にもう分けられてんだ。政治家だの社長らどもは豪勢で何不自由もない生活をしている。俺らはどうだ、ホームレスは? 炊き出しとかもほとんどカルト宗教関係の宣伝のついでだ。まともに取り合ってくれる輩なんていねえだろ。貧民は富豪に搾取されるか、奴隷にされるか、それが嫌ならこうやって隠れ怯えながら過ごすしかねえ」
菊池は徐に立ち上がり、矢部の缶を拾った。
「ちょっと前にも沢木が野郎の餌食にされたしな」
沢木という男もここにいたが、松尾という社長息子に騙されて玩具にされた挙句殺された。
「あんなやつらを殺してくれる方でもいたらいいんですけどね」
槙田は炊き出しでもらったご飯を静かに食べ始めた。
「いるわけねえだろ。神でもあるまいし」
矢部はビール缶を置き、高架に向かって息を吐いた。菊池は「神――」と呟いた。