第2話 人狩りの魔女
ある日の夜九時頃、都内のある宴会場でセレブパーティらしきものが開かれていた。らしきものというのは、表向きは食事会と称しており、このパーティで裏取引だのなんだのが行われるからである。巨大銀行の幹部、大手会社社長の息子など多数の重鎮という重鎮やその親族などが集まっていた。
松尾正志もそのうちの一人で、大手企業の社長の跡取り息子だった。彼は金遣いが荒いことで有名で、また度々性加害問題などで訴えられるなどかなりお騒がせ者というにはやや軽い感じだった。このパーティでも顔・スタイルがよく家柄もそこそこ良さそうな女を片っ端からナンパして遊んでいた。女はこの男を褒めまくっているが、本音はウザいとでも思っているのだろう。
だがこの男も裏腹にそんな悠長にはしているわけではなく、実は次期社長が竹内という現常務になるのではという噂があり、内心穏やかではない様子だ。まあというよりかは、不満とか苛立ちのほうが上回ってるだろうけど。
それはさておき、パーティでワインを飲み、やや酒が回ってきた頃、ある一人の男が声をかけてきた。
「松尾さん、松尾正志さん」
松尾は、酒が回っているのかはっきりと返事せず、少しイキリ口調のようにもなっていた。
「ちょっと興味深い話があるんですけど」
男はそう前置きをすると、パーティ会場の外に出た。
「次期社長候補ですから、まあ一応は耳に入っていると思いますけど、竹内康晃、という男、ご存知ですよね?」
「バカ言うんじゃねえ、当たり前だ」
「そうですか。それは失礼」
男は安藤と名乗った。
「その方も候補なんですよね? まあ実際はやや向こう側が有利なようですけども」
松尾はバカにしてるのか、と怒り調子で言ってきた。男はまあまあ、と宥めて、話を続けた。
「ところで、巷で『狩り』が流行っているの、知ってます?」
「狩り――? 何だそれ」
「まあ殺し屋みたいなもんなんですけど、成功率ほぼ百パーセントで有名なんですよ。誰が殺っているのかは不明で、ただ『人狩りの魔女』っていう異名までついていてね」
「へえ」松尾はややにやけた。
「で、その殺し屋に依頼すれば、どんな人でも確実に殺すことができる。例えば――あなたのライバルとか」
「へぇー、なかなか面白いこと言うね」
松尾はワイングラスをワゴンの上に置いた。
「もっと詳しく聞かせろ」
「えーっと、確か――」
松尾はパーティの後、すぐに安藤から聞いた殺し屋というやらに依頼した。安藤曰く、顔や名前を絶対に明かさず、殺しているところすらも分からない。甲斐田という男を通して依頼するらしい。
「もしもし」
「甲斐田さん? ちょっと殺し屋の依頼を」
「ターゲットは?」
「竹内康晃」
「了解した」
「あ! あと――」
松尾は切ろうとする甲斐田を引き留めた。
「あ?」
「金は――」
「いらん」
甲斐田は間を空けず、すぐに電話を切った。
「え――は? おいちょっ――」
松尾はすぐ聞き返したが、すでに切られていた。こういうのは初めてだが、意外と呆気なく終わった。何よりも最後金がいらないと言われたことに困惑した。松尾はしばらくスマホの画面を見ていたが、
「――いやまさかな」
と呟いた。松尾は不思議には思いながらも、そのまま帰路に着いた。
数日後。すっかりそんなことも忘れて、家で十一時まで爆睡してしまった。起きて朝昼兼用飯を食べながらスマホでニュースを見ていると、速報で竹内が死んだというのが上がっていた。まさかと思った。でも現実だった。思わず松尾は椅子から立ち上がった。
「本当に死んだ――」
松尾は急いで朝食を片し、興奮と恐怖ですぐさま会社に向かった。
会社に着くと、既に父を始めとした幹部がいた。そのままこの件に関して会議をし、記者会見をして、解放されたのは〇時過ぎだった。
「これで俺が一番……」
松尾は嬉しさのあまり興奮した。心ここに在らずの状態で、ルンルンになりながら帰った。その途中だった。
唐突に、スナイパーのような銃声がかすかに鳴った。直後、肩あたりに僅かな痛みを感じた。ズキズキではない。チクリとも違う。どうとにも捉えられないが、僅かな痛みと妙な熱さを感じた。
何かと思って触ってみると血が出ていた。幸いにも少し掠った程度で致命傷にはならなそうだったが、その途端、撃たれたと脳がわかった瞬間に激痛が走った。
松尾は急いで路地に入った。そして奥の方へずっと進み、小さめの商業施設の空き倉庫の中にそのまま隠れた。
偶然にも鍵は空いていた。倉庫内は真っ暗で低い天井まで届くほどの棚が密集していて、それが尚更気味を悪くした。倉庫は広くはないが段ボールが入った棚がそこら中に敷き詰められて、松尾はその棚と棚の間に身を潜めた。
「さすがにここにはね――」
松尾はハアハアと息を吐きつつも気を緩めて膝に手をついた。
そのとき、音も立てずに、だが素早く何者かが追っていた。棚の合間合間を縫って、やがてその何者かは松尾を捉え、ナイフを松尾の方に向けた。
松尾が振り向こうとしたときには手遅れで、何者か――シイナのナイフは首元から腰までを滑らかにスライドし、身体を切った。血は見事で華麗なように吹き出し、天井、地面、棚、いたるところに撒き散らせながら松尾はそのままの状態で頭から倒れた。血はキャンバスにアクリル絵の具で描いたように、あたり一面を紅色で染めていた。
「ちょっとやり過ぎたかな……」
シイナは飛び散った血を見て、さすがに怒られると反省した。
「――この服、意外と便利だな」
シイナは、碧真から貰ったメイド服を見つつ、コツコツと足音を立てながら帰って行った。