第4話
「おはよ、今日は休みだよね。」
「ああ、そう。土曜日だしな、どっかいく?」
「うん、いく。」
「どこがいい?最近あんまりリフレッシュできてないから、うまいもんでも食べに行きたいよな。」
「丸ビルでイタリアン食べたい。とびきり美味しいやつ。」
「お、いいね、いくか。でもまだ朝なんだよな。昼まで何するか。」
「この前買ったワンピースのゲームでもやろうよ。ほら、プレステの。」
「あー全然手付けられてないやつだ。やるかー。ちょ、その前に朝飯食べたい。なんかある?」
「焼きおにぎり冷凍してあるけど、それでも食べれば?」
「ういー、そうしますー。」
「ザザザー。昨晩、23歳の男性が職場で刃物を振り回し、43歳男性が重傷を負った事件がありました。容疑者である男性は、日頃の鬱憤が溜まっていたとのことで、家から刃渡り15センチの包丁を持ちだしたそうです。」
「ほえー、23歳ね。理人と同い年じゃん。」
「新卒かな。そうだよなきっと。43歳ってことはマネージャークラスだな。大手だったらそこまで関わらないはずだから、小さな会社なんだろうな。でも殺人までしちゃうって、よっぽどだよな。」
「ねーさ、こういう時ってどっちが悪いと思う?」
「え?」
「だから、刺した方か、刺された方か。」
「どっちも悪くない。悪いのは世の中の雰囲気だろ。その上司だってきっと上から圧かけられてただろうし、その上だって社会から圧かけられている。結局こういうのは誰が悪いとかじゃなくて世の中全員のせいなんだよな。」
「ふーん、理人にしては真面目じゃん。いいこと言うね。」
「ま、俺もそう言うこと考えてた時期もあったからな。」
「え?」
「あ、焼きおにぎりできた。」
普段は静かな少年が、怒り狂うと牙を向く習性は子鹿も同じらしい。そんな話をボランティアで行った山の女将さんが言っていた。牙っていうのは唾液で磨かれるから、普段から仕舞っている方がより鋭く、より強固になるらしい。この男性もそうだったのだろうか。
自己満足の範囲は超えているため、社会には愛想を尽かしている。自分なんてどうせ歯車の人生で、どうにもならない力で何者にもなれずに終わる。そういう人生がお似合いなんだよと夢の中の老婆に言われたことを思い出す。へーへーと頷くことしかできなかった。
「理人、最近大丈夫?」
「なにが?うわ、焼きおにぎりあっためすぎたわ。」
「いや、なんかちょっと変だなって。なんか目の奥が暗いっていうか、なんというか。」
「別に。ごく普通に生きているだけですけど。」
「ほら、私の実家は裕福だから、理人が無理して働かなくてもやっていけることはできるんだから、あんまり気負わずにいきなよ。」
「なんだよ、それ。」
「あーいや、私はただ、最近理人が本当に辛そうだから。」
「俺には働く資格なんかないってか?」
「そんなこと言ってないじゃん。そもそも働くことなんて義務じゃないし、資格とかそういう話じゃないし。」
「みのりはいいよな。将来なんて考えなくても自由に過ごせるから、こうしてグータラしててもなんも人生には影響ないもんな。」
「ちょっと、なにそれ。やっぱり理人、変だよ。」
「ごめん、今日やっぱ出かけんのやめよ。俺仕事してくるわ。」
やりたいことなんてない。言いたいことなんてない。でもなんか言われたら言い返したくなる。みのりの人生が羨ましいと思えば思うほど、心の距離が離れていく気がする。また言いたくないことを言ってしまった。
働く事なんて義務じゃなくても、働かないといけない気がするから働いているだけだ。働いていなかったら自分に対する罪悪感と無力感できっと押し潰されるだけ。俺は働くことで生きているんだ。そうだ、きっとそうだ。
結末の知らない堕天使は自堕落な生活を送るのだろうか。空の青さを知らない蝶々は、この世界の終焉を何処に見据えているのだろうか。みんなみんな目標があって生きているのだろうか。俺には何もない、そう、俺には何もない。
(「そもそも働くことなんて義務じゃないし。」)
みのりの言葉が心に残ったまま、何もできずただ珈琲をかき混ぜていた。