第2話
「あのさ〜、あんまり変なことしないでもらえるかな?そうやっていつもちんたらしてるから、彼女さんに愛想つかされんじゃないの、全く。」
「すみません、次回からは気をつけます。あの、来週の花園ビギン様との商談資料なのですが、こちらも間に合っていなくて、、、。」
「それ、今日までに絶対終わらせてよ、私だって上に挟まれてんだから、気持ちぐらいわかってよね。早めにやらなかったあなたが悪いんでしょ。あーあ、今日も残業確定ね、可哀想に。」
俺が働いていたのはアワーサイドという人材系の会社で、主に新卒の人材紹介で売上を立てている。新卒1年目から半年たった今、企業側の担当も任せてもらえるようになった。それまでは新卒の子たちのキャリアカウンセラーとして、面談が主な業務内容だ。
正直やる意味なんて見当たらなかった。とりあえず筆が走るようになんだか身も蓋もない働き方をしていた。あっちではこう、こっちではこう、決まり切ったその世界の辛さと言ったらもう。
「ごめん、今日も遅くなりそう。」
「あっそ、分かった。」
みのりとの交際が始まったのはちょうど3年前。俺が大学二年生だったときだ。同じ卓球サークルに入っていて、新歓のときに見かけて可愛いなって思ってた。
「ごめん。」
「いいよ、いつものことじゃん。がんばりなよ、し、ご、と。」
最初は相当な大恋愛だったと思う。大学4年生の時に、就職先の関係で遠距離恋愛になるかもしれないという時期があった。
「私たちって、なんのために同棲してるんだっけ。」
「え?」
「ううん、なんでもない。ご飯は置いておくから、夜食にでも食べて。」
「わかった、いつもごめん。」
最初は家賃が安くなるからという理由で同棲を始めたが、自分が半ば強引に同棲をスタートさせた。みのりは出向先が3月末に急遽変更になって、住む家を解約しなくてはならなくなった時に、俺が家に呼んだ。みのりは喜んでいたし、相当期待していたのだろう。俺があんまりにも帰ってこないから、この半年間ぐらいはかなり寂しい思いをさせてしまっていた。
「おい、コーヒー行こうぜ。まだやってんのかよ、ま、いつものことか。」
「うい、あ、金だけ下ろしていい?」
「うい。俺先行ってるわ。」
同僚の四ノ宮とは同期だ。唯一心を許せる同期と言っても過言ではない。この会社でせまっ苦しい暑苦しい雰囲気を打開してくれるのはこいつだけ。大学はそこまで偏差値は高くないところだが、地頭がいいせいか、会社からは期待の星と言われている。よく自分の仕事が終わるとこうしてコーヒーに誘ってくる。会社の下に喫煙所があるだけマシだ。
「また須崎にやられてんのかよ。あの先輩も言い方きついからなー。あんまり気にすんなよ。あ、そ言えばさ、俺この前面談した学生とご飯行くことになってさ、zoom越しだとめちゃくちゃ可愛いんだけど、実物はどうかなーって思ってんだよ。」
「お前、それ大丈夫かよ。会社にバレたらやべーぞ。」
「大丈夫だって。バレないバレない。バレたとしても数字出してる新卒で期待のエースである俺に何にも家やしないだろ、上なんて。」
タバコを蒸す横顔が妙に遠く感じた。数字。世間的には数字を出さないサラリーマンは邪魔者扱いされる。自分も数字を出せないから、四ノ宮とは違って期待なんてされていない。いつ辞めるか、潰れる前にやめてくれないかなんて噂されているのを面談越しに聞いたこともある。
「んで、四ノ宮はどうすんの、次の会社。」
「あぁ、まだ3年後だろ。俺はこの一年にかけてんだから何にも動いてねーよ。目の前のことだけに集中してるからな。可愛い女子大生と何人ヤレるかでこの社会人生が決まると思ってる。」
「聞いた俺がバカだったよ。いいよなそんな気楽で。」
「ヘラヘラしている方が人生なんていいに決まってるだろ。あんまり力みすぎんなよな。石上はそういうところがつまんねーんだっつーの。」
つまらない人生。自分ではわかっていたが、人に言われると傷が付く。浮つく心にコーヒーを流し込んでなんとか飲み込もうとする。なんだか黒い塊が心の中を渦巻いているような気がしたが。