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警備員の仕事領域はとても広い

作者: 浅賀ソルト

 俺がウラン鉱山の警備員をやっていて受け取る賄賂は1人につき1日千円前後といったところ——円だと為替相場にもよるが細かいことを言うと1500円の方が近い。2000円近くなることもある——で、顔見知りはそれほど多くないので20人程度が管理下にある。つまり日の収入がでかいと4万近くまでいくということだ。

 これをそのまま家に持って帰れるわけではなく、警備主任に半分を渡すことになる。警備主任もその上司に渡しているのは間違いない。

 俺を直接雇っているのは地元の警備会社だが、その警備会社と契約しているのは外国企業だ。おそらく中国だろう。鉱山の採掘権を得て警備員を雇い盗掘を防いでいる。

 最近の問題は2つ。盗掘をしているこそ泥が、最近、鉱石が採れなくなったので賄賂が払えないと言ってきたことだ。俺はだったら別にいいんだぜと言った。警備員としての仕事をするだけだ。もう1つは主任がもっとよこせと言ってきたことだ。8割を寄越せという。そんなに払えない、そもそも毎日20人が来るわけでもなく、時間制なので10時間やる奴もいれば5時間で帰って半分だけ払う奴もいる。だったら別にいいんだぜと言われた。主任としてお前の仕事ぶりを評価するだけだ。

 景気のいいことを言ったが、4万の日収というのはほとんどの場合ありえない。1時間で150円の賄賂、そして10人がいいところ、実際は1万にも満たない。盗掘した鉱石の販売価格を考えても、割に合うのは現状が精一杯といったところだ。

 とはいえ、知ったことではない。

 賄賂はきっちり貰うし、上納金としては半額をキープしてもらう。

「レオ、話がある」

 同僚のバンゼが声をかけてきた。普段から雑談をしているので内容は想像がついた。今日の盗掘は何人いたとか、最近はシケてきたとかそういう話を一通りしたあとでバンゼは警備主任ムパンガが8割寄越せと言ってきているという相談になった。

「それじゃ俺の生活が立ち行かねえ。給料だけじゃメシも食えねえしな」

「まったくだ」

「ああ。みんなそうだよな」

 バンゼはそういって帰っていった。俺も夜警と交代の挨拶をしながら家に帰ったが、バンゼの態度が妙に気になった。

 もう日は落ちていたが、俺は警備主任の家に行った。主任は普通に家にいて飯を食っていた。ちらちら見える家電の質からいい生活をしていることが分かった。主任は家から出てきて、明かりがぼんやりと照らしている街角で俺と二人きりになった。

「なんだ? 来月からは8割だぞ」

「分かってます。バンゼをクビにしてください。あいつの分も俺が働きます。あいつは仕事のできねえクズのくせに、主任の悪口を言ってました」

「バンゼが?」

 警備主任はそう言うと少し黙った。本当に驚いているのが意外だったが、俺は顔に出さなかった。自信はあったがここまで素直に信じられるとは思わなかった。

 俺は言った。「バンゼの客は知ってます。バハチ、アミシ、カレンガ、カベヤの息子のムンガ、カララ、あとフララ、ツィマンガです」

 警備主任は黙っていた。

 俺はさらに言った。「俺は取りっぱぐれません」

 警備主任は俺の顔を見た。「よし、そこまで言うなら考えておこう。前向きな提案だ」

 そして右手を出した。俺はそれを握った。握手をしたとき、警備主任は左手で俺の肩を力強く叩いた。がっしりしたエネルギーのようなものが伝わってきた。

「はい。お任せください。よろしくお願いします」

 従順で使える有能な部下風に俺は言った。過去に誰かがやっていた言葉遣いの丸パクリだったが、こういうときはこういう態度が正解なんだ。

 それと、8割を要求するというのは暴君だと思ったが、握手すると、その権力も納得できた。警備主任は伊達に主任はしてないということか。


 帰ると、俺の家の前に2人の男が立っていた。どちらも俺の担当だ——ンクルとムブイェ——が、あまりいい話ではないような気がしたので、車に置いていた銃を背中に差してシャツで隠してから車を下りた。2人はズボンにシャツといういつもの労働者の格好だったので武装はしてないと思うが、油断は禁物だ。

 ドアを閉めるバタンという音が夜の街に響いた。

「どうした?」

「レオさん、賄賂の交渉の話だ」

「またその話か。無理なものは無理だ。お前たちを見逃すために俺がどれだけ上に賄賂を払ってると思ってるんだ」

「そうはいっても今のままじゃ何のために働いてるか分からねえ。レオさんに払うために働いてるようなものだ」

「それは気の毒だな。俺だってお前たちの力になってやりてえ。これでもほかの奴らよりは良心的なんだぜ」

「それは分かってる。あんたには感謝している」

「まあ立ち話もなんだ。中に入って話そう」

 俺は2人を招き入れた。話というのは簡単だ。こちらとしても金額を下げるわけにはいかない。そうなると盗掘の効率を上げるしかない。もっと鉱山一帯で掘らせてくれという話だ。俺としてもそっちの方がありがたいが、手広くやろうとすると警備主任だけじゃ話がつかなくなる。

 なるほど。バンゼをクビにするというだけの話じゃなくなったな。そろそろ俺ももう一つ上を目指す段階に来たということか。盗掘はだいたい5人前後を1単位とする。そのユニット数を拡大していく必要があるということだ。

 俺の覚悟が顔に出ていたのだろう。いつのまにか2人がじっとこっちを見ていた。

「頼りになります」

「ああ、任せておけ」俺は言った。


 翌朝に俺は鉱山に向かった。警備員の詰所で着替えていると、警備主任とクビになるはずのバンゼが揃って話し掛けてきた。腰には拳銃がぶら下がっていたし、肩には機関銃もあった。あっちは武装済みだった。

 ただし、会話の内容は平和的だった。

「レオ、お前は中国語はできるか?」

「中国語ですか?」まったくできないが「多少はできますよ」

「バンゼと話してみてくれ」

「はい?」

 バンゼはいきなり早口で何かを喋り出した。それが中国語なのは分かるが、内容はさっぱりだった。

「すいません。もうちょっとゆっくり」

「いや、もういい。ちょっと聞いてみただけだ」

「どういうことです?」

「いや、本当に意味はないんだ。聞いてみただけだ」

「聞いてみただけってことはないでしょう。こんなわけのわからない言葉でいきなり話し掛けられて」険悪にならないように、しかしちょっと口をとがらせる感じでチクリと俺は言った。

「別に今すぐどうって話じゃない。ただ中国語が使える方がいいっていうのはお前も分かるだろう?」

「……」俺は何も言わなかった。

「それだけの話なんだ。別に今すぐどうって話じゃない」

 警備主任は同じことを繰り返した。


※参考資料 名字由来net(コンゴ民主共和国)


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