Werewolf
第一話 人間と狼
古くからこの国の山奥のまた奥に太古のまま体は大きく話が出来る生き物が多くいた。
ある日、村の女子が山に山菜や茸、薬草を採りに来ていた。
娘は気が付かずに山の中腹より上に行ってしまった。
其処には入るべからずと云われていた。
「沢山採れたわ、帰らないと」
そう云って周りを見たら中腹より上に来てしまって居た事に気が付いた。
急ぎ山を下りようとした時だった。
「待て、お前は何故此処まで来た、喰らうぞ」
大きな熊が立ちはだかった、その横にはおこぼれを貰おうと山犬が居た。
娘は怯え腰を抜かし足を挫き動けなくなった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
謝り泣くしか出来なかった。
そんな時、娘の後ろから低い声がした。
「お前達を俺が喰らうぞ、娘は諦めて巣穴に帰れ」
暫くにらみ合いが続いた。
熊と山犬は帰って行った。
「ありがとうございます」
そう言って後ろを向くと大きな狼だった。
また娘は驚き尻もちを付いたまま後ずさりする。
「此処に居てはまた食われるぞ」
狼は娘を咥え背中に乗せた。
自分の縄張りに入ったのか娘を降ろし
「驚いたろうな、俺は狼のロウと言う、君は?」
さっきより優しい声で娘に聞いた。
「タエです」
「タエ、何故こんなに奥まで来た?」
「今、村は飢餓に苦しんでいて山菜や茸、薬草を採りに来たのですが、夢中に成って入ってしまいました」
タエは正直に言った。
「足を痛めているのか、其処の川で冷やすと言い」
「はい、ありがとうございます」
タエは川で足を冷やしていた、ロウは何処かに行ってしまった。
足を布で巻きロウが来るまで待って居た。
ロウが帰って来た、木の実や果物を採って来てくれたらしい
「これならタエも食べられるだろう」
「ありがとうございます」
タエは果物を食べ、美味しいと微笑んだ。
洞穴の中に入り眠る、タエが寒くない様にロウは側で寝た。
朝、タエが目を覚ますとロウは外に居た。
「おはようございます」
「タエ、足はどうだ?」
「大丈夫です」
そう答えるとロウは
「だったらすぐに村に帰ると良い、此処はタエには危険だ」
「はい、ありがとうございました」
そう云ってタエはお辞儀し帰ろうとしたが足は良くなって居なかった。
ふらつき倒れそうになるのをロウが身体で支えた。
「すいません」
「タエ、まだ足が良くなって居ないのなら嘘を言わなくていい治るまで此処に居ろ、途中で食われてしまうぞ?」
タエは少し考えてから
「お言葉に甘えます。でも何故ロウさんは私に親切にして下さるのですか?」
今度はロウが考えた。
「分からないな、何故なんだろう?普段だったら人間が殺されようが気にもしないが本当に分からないな」
ロウは答えてくれたが首を傾げていた。
そんなロウが可愛く見えて思わずタエは笑った。
「ロウさん可愛い」
そんなタエを見てロウは胸が締め付けられる。
「タエは笑って居た方が良い、可愛らしい」
ロウが言うとタエは真っ赤に成った。
タエもロウを見て心が乱れ脈が速くなる。
二人共初めての事で良く分からなくなっていた。
暫く経つとタエの足は良くなり歩いても痛くなくなった。
タエは果物取ったり山菜を採ったりしてロウの縄張りの中で過ごしていた。
ロウが小動物を採って来て火に掛け焼いて半分タエに渡した。
「ちゃんと焼いたからタエも食べられるだろう」
タエは山菜の味噌汁を作ってロウに渡し夕食に成った。
味噌汁を食べたロウは
「旨いな、初めての味だが旨い」
ロウが味噌汁を気に入ってくれたことが嬉しかった。
タエは微笑み
「嬉しい、ロウさんに気に入って貰えて、お肉美味しいです、私も初めて食べますが」
二人は楽しい夕食を終えた。
次の日、ロウはタエを呼び山からの景色を見せた。
「わあ凄く綺麗ですね、村が小さく見えます。そしてこんなに花が咲いているのですね」
「タエは花が好きか?」
「はい、好きです。色とりどりで奇麗」
「タエ、足はもう良いのであろう?村に帰れ、皆心配しているだろう」
そう言われたタエは涙を流し俯いた。
「何故泣くのだタエ」
「分かりません、何故かロウさんが帰れと言った時、胸が潰される様で痛い」
ロウはタエの頬を流れる涙を舌で舐め
「タエ、泣かないでくれ、タエが泣くと俺はどうすれば良いのか分からなく胸が痛い」
タエはロウの首に抱き着き泣いた、ロウはタエの頬に頬擦りし落ちつかせた。
「私は、このままロウさんと居たい、駄目でしょうか?」
ロウを真っすぐに見て言うと
「タエ、分かって居るのか?俺は狼だ、其方は人間だ、人と一緒に居た方が良い村に帰れ」
タエの事を考えるとそれが一番良いとロウは考えた。
「ロウさんが狼なのは知っています、ですが私は村に帰るのではなくロウさんと共に居たいのです、私が此処に居るのはロウさんは迷惑でしょうか?」
「タエ、タエを此処に置くと俺はもうタエを放せなくなる、返したくないと思ってしまう、今後、タエが村に帰りたいと泣いても俺は返せなくなる、それがどう云う事か分かるな?」
お互いに本当の気持ちを言う。
そしてタエはロウが気にしていた事を言う。
「ロウさん、私は村に帰りたいと泣きません。ロウさんと此処に居られれば幸せなのです、私はロウさんが好きです。ロウさんは私の気持ちは迷惑でしょうか?」
タエは天真爛漫な女性だった。
「分かった、タエ此処で共に暮らそう」
ロウが言うとタエはロウに抱き着き嬉しいと言った。
花をたくさん摘み酒を用意した。
そして酒を半分ずつ呑んで婚姻の儀式とした。
それから村は飢饉が終わり、タエが居ない事で生贄に成ったと思って喜んだ。
「タエ、本当に良かったのか?婚姻の儀式までして」
「何故ですか?好いた方と夫婦に成りたいと思うのは当然では無いですか?」
タエは微笑み嬉しそうにロウに言った。
「俺も嬉しい、嫁がまさか人間とは思わなかったが、タエと会えて良かった」
ロウの声は優しくタエは大きな体の狼で優しいロウが大好きだった。
たまに縄張りの外に出て散歩を楽しむ姿は他の動物達にも行け入れられた。
縄張りの外に出ても誰もタエを襲わなかった。
時に、薬草、茸、山菜の場所を教えてくれていた。
狼の花嫁と認められたのだった。
ロウとタエは仲が良かった、どの動物も呆れる程だった。
二年が経ち、タエは妊娠した。
「ロウさん、私、妊娠したみたいです」
嬉しそうにロウに話す。
「タエ、本当に産むのか?俺はタエの身体が心配だ」
「何故です?愛おしいと思った方の子を産みたいと思うのは駄目でしょうか?」
「駄目では無い、俺も嬉しいと思って居るが、此処には人間で云う産婆が居ない、人間のタエが俺の子を産むのがどんなに危険な事か、何があるか分からない」
ロウは只、タエの身体が心配だった。
お腹はどんどん大きくなりタエは幸せを味わって居た。
「ロウさん、きっと男の子ですよ、元気が良い」
そう云って大きなお腹を撫でた。
ロウはタエの腹に頬擦りし安産を願って居た。
この頃に成ると他の動物たちもロウの元に、タエの元に来る事が多くなっていた。
「タエさん、お産の時は手伝いに来ますね」
大ウサギのメスが言ってくれる。
「私も多く産んでいるから役に立てると思うから」
熊も言ってくれた。
「皆さん、ありがとうございます」
タエは微笑み礼を言った。
「タエ身体は大丈夫か?」
ロウはいつもタエの事を気に掛けていた。
「はい、大丈夫ですロウさん、もうすぐ産まれると思います」
それから一週間後、タエは産気付いた。
大ウサギと熊が来て手伝ってくれた。
ロウは洞穴の外でウロウロして居た。
タエの事が心配でたまらなかった。
昼に産気付き、夜に産声が聞こえた。
ロウは中に入って行きタエが大丈夫なのか見に行った。
「ロウさんおめでとうございます」
そう言ってウサギと熊は出て行った。
「ありがとう感謝する」
ロウは礼を言い、タエの元に行った。
「ロウさん見て下さい、男の子です」
人間の姿の子供だった。
「タエよく頑張ったな、可愛い我が子だ」
泣く子供を舐めていると子供はロウの髭を触り笑った。
しかし人間の形をして居る我が子が心配に成った。
狼の血を引く我が子がこの先どうなるのかを。
「ロウさんに似て色男に成りますよ」
そう言ってタエは笑った。
暫くしてタエは動てる様に成り、赤子をあやす為に外に出たりロウの背中に乗せたりしていた。
「元気の良い子、ロウさんの事が大好きみたいです」
ロウも我が子が可愛かった。
赤子を産んでも少女の様なタエが好きだった。
第二話 ずっと山で
赤子はミロクとロウが名付けた。
ミロクは元気に山を走り回り、他の動物と遊んだりして育った。
「ロウさん、家族が増えると幸せも増えますね」
ミロクを遠めに見ながらロウに寄りかかりタエは言った。
「そうだな、俺は知らなかった、妻と子をこんなにも愛おしいと思う気持ちを」
タエはフフっと笑い
「このままずっとこの山で幸せに家族で暮らしたいです」
ミロクは父親が狼、母親が人間とちゃんと理解していた。
「タエ、本当にミロクは山で育てるのか?村で育てた方が良いのでは無いか?」
「山で、此処で育てます、何故ロウさんは私を村に返したがるのですか?もう子を産んだ女子には興味が無いのですか?」
タエは涙目に成りながらロウに聞いた。
「違うよタエ、俺はタエにずっと側に居て欲しいと思ったから側に置き結婚した、そして子を儲けた、だが、ミロクの事が心配に成っただけだ」
タエはロウに抱き着き泣かない様にしていた。
「父さん、母さんを虐めないで、母さんは父さんの事が本当に好きなんだ」
ミロクが言うとロウは
「タエの気持ちは分かって居る、だがミロクの事が心配に成っただけだ」
「俺なら大丈夫だ、父さん山には頭の良い動物も居る色んな事を教えてくれる、俺は山に居る」
「そうか」
ロウはそれだけを言い黙ってしまった。
本当にミロクは人間のままの姿でずっと居られるのかとそれだけが心配だった。
「見て下さいロウさん、こんなにも沢山、山菜が有りました」
そう云って微笑む母を可愛いとミロクは思った。
「父さん、母さんは、ずっとあの様に少女の様な人なのですか?」
「そうだな、ずっと少女の様な女子だ、泣き虫は変わって居ない」
それを聞きミロクは
「俺は母さんの様な女子と一緒に成りたい」
「中々居ないぞタエの様な女子は」
ロウは笑いながら言った。
「それよりミロク身体は何とも無いか?」
「うん、何とも無いどうして?」
「俺は狼、母は人間、ミロクは今人間の様だが狼の血が入って居る、今後どうなるか分からない」
ロウが気にしている事を伝えた。
「狼に成っても良い、父さんは狼だ、俺は人間でも狼でも良い」
ミロクはまだ若いがシッカリと自分の考えを言う。
母親に薬草、山菜、食べられる茸を教えられていた。
タエも自分達が居なくなった時の為に教えていた。
満月の夜、崖の先に居たロウを見てタエは
「ミロク、見てほらロウさんが月を背にして何て奇麗な姿、私はロウさんのあの姿が大好きです」
その言葉を聞いたミロクは
「母さんと父さんは何時までも恋人同士の様だね」
タエはそれを聞き赤くなった。
タエはミロク以外に子が出来なかった。
「ロウさん私はもう子は出来ないのでしょうか?」
「こればかりは分からないな、タエは子が欲しいのかい?」
夜ミロクが寝た後、二人は夜空を見ながら良く話をしていた。
「はい、もう一人、ロウさんの子が欲しいです」
ロウにくっつき顔が見えない様に言った。
「タエ、子がミロクだけでも俺は良いと思って居る、欲しい気持ちは有るがこればかりはどうにも出来ないからな、子が出来ずともタエの事は好きだ、忘れないでくれ」
タエはロウの首に抱き着き
「私もロウさんが好きです。そうですね出来る時は出来ますね」
周りの動物たちはロウが変わった事を話していた。
前は凶暴で恐れられていたがタエが来てからは優しい狼に成って居ると。
ミロクは良く大きな猿の元に行っていた。
猿は色んな知恵を持って居て読み書き、計算など教えていた。
山の動物達はミロクを大切に山の子として育ててくれた。
人間に遇い怪我をした動物をタエが薬草で治していたからだった。
タエだけは他の人間と違うと仲間だと思ってくれていた。
「ロウ、最近人間が麓から奥の方まで来るようになって居る」
山犬が伝えに来た。
「それは厄介だ、夜は俺が下まで行って追い払おう」
「我々も付いて行く」
そう云って夜は人間が来ない様に怯えさせ山の奥に来られない様にした。
村人達は喋る動物、しかも大きいと聞き山へは来なくなった。
「ロウのお陰で人間に捕まる動物も少なくなった、ロウお前変わったな」
猪に言われロウは
「そうか?俺は変わって無いと思うがもしも変わったとしたらタエのお陰だ」
そう云って自分の家までロウは帰って行った。
家に帰るとタエとミロクが出迎える。
「ロウさんお帰りなさい」
そう言って二人はロウに抱き着く。
母親がやって居た事をミロクもする様に成った。
ロウ、タエ、ミロクはこのまま幸せが続くと思って居た。
それは山の皆同じだった。
少しの間、山は静かに成った、動物達は喜んで居た。
しかし、その静けさもほんのひと時だった。
第三話 両親
山に人が入って来た。
また村が飢饉に成り山に食べ物を求めて入って来る。
斧や鉄砲を持ってやって来た。
それを聞いた動物達、特に昔から居る大きな者達は人間を追い払おうと山を下った。
この頃、ミロクは17歳になって居た。
「父さん、俺も行く」
「お前は此処に残ってタエを頼む」
ロウはそう言って昼間の山を下って行った。
何人もの人間が殺された、山の中腹まで入って来るのを追い払う。
「ロウさん」
タエはロウを追おうとした。
「母さん駄目だ、父さんに言われている、我慢してくれ」
タエは泣いていた、何かを感じたのかもしれない。
ロウが帰って来るまでいつも泣いていた。
ロウが無事に帰って来ると安心してロウに抱き着く
「良かった、帰って来てくれた」
そう言って泣く。
「また村が飢饉で苦しんでいる、それは分かるが山に入ってはいけない」
「そうですか、また飢饉が」
タエが来た時もそうだった、飢饉で山菜を採る為に入ってしまった。
夜、ミロクを呼び話をした。
「母さんがこの山に来た時、村が飢饉で苦しんでいました。私は山菜や木の実を採る為に山に入りました、けれど私は山の掟を破り中腹より上に登ってしまい熊や山犬に食われそうになりました。初めて大きな喋る動物を見て腰を抜かし足を挫き食べられると思った時にロウさんに助けて貰いました。今回の飢饉でも人は森に入って来ています。ミロク、貴方は人で有り狼でも有ります」
母親がロウと出会った時の事を教えた。
「母さん、俺は山の者だ、人間の姿でも狼の血を引いて居るだから父さん達と戦う」
「そうですか、ミロクの好きな様にして下さい、ですが死なないで下さい」
ミロクは頷き人間が落として行った斧を手にロウと行く事を決めた。
母親は人の服で作ったお守りをロウとミロクに渡した。
「それではタエ行って来る」
「はい、無事に帰って来る事を祈っています」
そう言ってロウの首に抱き着く。
ミロクはもしも父親が死んだら母親はどうなってしまうのか心配だった。
「行って来ます」
ミロクが言うとタエはロウにしたのと同じ様にミロクを抱きしめ
「帰って来てね」
ミロクは頷き父と共に山の仲間と山を下った。
人々は食べる物が無くなり痩せていた。
「どけ、俺達は食う物を採るだけだ」
人間が言うとミロクは
「川で魚でも取れば良いだろう?」
そう云うと人間達は全く考えて居なかった様ですぐさま川に向かった。
「ミロク良く知っているな」
「山の賢者に教わったんだ」
山の賢者、猿の事をそう呼んでいた。
人々は我先にと川に向かうが、山に来る者も居た。
動物達に見つからない様に山の中腹を上がって来た者が居た。
タエは毎日の戦いで怪我をした動物を治す為に薬草を採って居た時だった。
タエが動いた時、人間は動物だと思い鉄砲でタエを撃った。
「よし、打ち取った」
そして血を流しているタエを見て
「なんだ、人間か、しかしこのような女子村には居なかったな、何処の者だ?」
男はそのまま次の獲物を採ろうと待ち構えていた。
銃声が山に響きロウは急ぎタエが居るであろう所までミロクを乗せ走った。
其処には銃で撃たれ死んでいたタエが居た。
「ミロク、降りて隠れて居ろ」
初めて聞く父親の低い声
今度はロウを狙い撃った、ロウに当たったがロウは人間を見つけ雄叫びを挙げ人間を食い千切る
人も負けじとロウに弾が有るだけ撃った。
ロウはタエを抱くように倒れミロクの目の前で死んだ。
ボロボロに成ったがまだ人間は生きていた。
ミロクは持って居た斧でそいつを何度も何度も切って殺した。
そして父親と母親の遺体の元に行き叫んだ。
それは雄叫びなのか、人の叫びなのか分からない声だった。
「父さん、母さん」
二人は冷たくなって行く
其処に熊と猪が来て二人を家まで連れて行ってくれた。
「ありがとう」
ミロクは二人を見て泣いた。
泣くだけ泣きふと穴を掘り始めた。
二人を同じ穴に入れて埋め墓を作った。
永遠に二人で居られる様に、次、産まれて来る時も一緒に成れる様に。
「何で母さんが撃たれなければならなかった、母さんは人間だ」
ミロクは暫くそこを離れなかった。
山の仲間達は花を摘んで墓に備えてくれた。
一遍に両親を人間に殺されたミロクは人を憎んでいた。
第四話 満月の異変
ミロクが両親を亡くし人を憎む様に成ってから初めての満月の夜、ミロクの身体に異変が起きた。
身体が狼の様に毛だらけに成った、しかし二本足で歩ける、喋る事も出来た。
力がみなぎり人を殺したいと云う思いが強くなる。
村はまだ飢饉の中だった、ミロクは山を下り老若男女問わず殺した。
それは満月の夜だけだった。
他の動物もミロクの異変に気付いていた。
ロウはこれを心配していたのだった。
「父さん、父さんが心配していたのはこれの事だったんだね?」
墓に話しかける
「でも、俺はこれで良い。人間の母さんと狼の父さんの子供だ、俺はこれで良い」
そう云って墓を抱いた。
村では山の祟りと言われる様に成り、満月の夜と気が付くまでには時間が掛かった。
「ミロク」
「賢者、何故此処に?」
猿は墓に花を供え拝んだ。
「ミロク、お前満月の夜狼に成る、当たっているだろう?」
「はい、力、見た目は狼に成ります」
「人が憎いか?」
「当たり前です、母は人間だった、そんな母を撃ち殺した、そんな奴らを許す事は出来ない」
猿は頷きそうかと言って戻って行った。
父親が怒り狂い最後は死んだ母親を守る様に死んだ、目の前で起きた事、目に焼き付き消えない。
そしてまた満月の夜、人を殺す。
皆が夜出かけない様にし戸を閉め入れない様にしたがミロクには関係なかった。
戸をけ破り中に入り人を切る、一家惨殺する。
飢餓は終わったが、今度は人狼の恐怖が村を苦しめた。
逃げる村人も出て来たが、金の無い村人は逃げる事が出来ず恐怖だけが残った。
皆、村長の元に集まり話し合いをした。
「昔、タエと云う娘が山から帰って来なくなって飢饉が治まったと聞いた」
「では、村長、女子を生贄にして捧げるのはどうでしょう?」
「その居なくなったタエとは何歳の女子だったのですか?」
その時、老婆が
「タエは17歳の時、山に入り居なくなった。この間の飢饉よりもっと酷い飢饉だった。タエが居なくなってから数日で飢饉は終わり米や野菜果物まで沢山採れる様に成った、山の主がタエを気に入ったと噂に成った、タエは美しい女子だったな」
その話を聞き村人は17歳の女子を生贄にしようと話が決まったが、17歳の女子にとっては人狼の恐怖と生贄の恐怖が襲って来た。
生贄を決めるには村長の他、村の権力者が決める事に成った。
吟味の前には身体、顔、頭を洗い奇麗な状態で決める事に成った。
顔に泥を塗り選ばれない様にしようとする者が居たからだった。
17歳の女子達は泣き叫び必死に逃げようとしたが男達に捕まり逃げない様に皆、部屋に入れられ外から鍵を掛けられた。
山でもこの話は広がった、ミロクは賢者の元に居た。
それを聞いた賢者は
「人は愚かな事を考えるな、我らが知っている人間はタエだった、タエは純粋な娘だったな、こんな事を考える様な人間と同じだと思いたくないな」
そう言った。
ミロクは何人でも死ねば良いと思って居た。
そして初めの生贄が決まった、他の女子達は選ばれなかった娘と親は抱き合い喜んだ
一方で選ばれた女子とその家族は泣き叫び、他の女子を選べと抗議した。
しかし決定は覆らない、女子は縛られ山の入り口に祭壇を作りその上に女子を寝かせ縄を解き自害用の小刀を渡す、女子が自害するまで皆はそこに居た。
逃げる事も出来ずただ決心して自害するしかなかった。
女子が自害したその日も満月だった。
ミロクは死んだ女子を横目に通り過ぎまた村の家を一軒皆殺しにした。
生贄を捧げても人狼は来る村人はまた恐怖に陥った。
第五話 あれから
人狼に一年に一回生贄を捧げる様に成り、三回目の生贄が決まった。
何度生贄を捧げても人狼の満月の恐怖は終わらなかった。
三人目が生贄となり自害したがその後も人狼は満月の夜に来る。
飢饉は無くなったが人狼の恐怖だけは終わらない。
そこで考えたのが生きた生贄をそのまま祭壇に縛りつけ新鮮な状態で食べて貰うと云う案だった。
ミロクは20歳になって居た。
ミロクは両親の墓に沢山の花を植えた。
母親のタエが大好きだった花畑の花を植えた。
其処に熊が来て言った。
「今度は女子を生きたまま生贄にすると聞いた」
「馬鹿な事を考える、女子などいらない、欲しいのは人間の命だけだ」
ミロクの恨みは強く三年経っても変わらない。
また満月の夜に山を下り人を襲った。
幾ら襲っても気が晴れる事は無かった。
四度目に生贄を選ぶ時が来た、また村中から十七才の女子が集められた。
そして今回は直ぐに決まった、親、兄弟が無く孤独だった娘、しかし美しさは村一番の夏と成った。
「お前は夏と言ったな?今回はお前が生贄に成るが、自害せず、そのまま喰って貰えいいな」
「あの、何故今回はこんなに早くにお決めに成ったのですか?」
「お前は美しい、そして身内が居ない、それが答えだ」
皆が部屋を出て行き喜ぶ、夏はその部屋に入れられその日を待つ
夏は部屋の物置の様な所でその日を泣きながら待つ事に成った。
外から老婆の声がした。
「夏、昔、山に入り戻って来なかった娘はタエと言った、歳は十七だった、飢饉が酷くなり皆助かった。生贄を捧げる前の飢饉の時に山に入り生き物を殺して山の主を怒らせた。それから満月に成ると人とも狼とも言えない者が村人を殺す様に成った。」
「ババ様、私が新鮮な状態で食べて貰えたらその主は静まるのでしょうか?」
「わしはこんな生贄は反対だった、しかし、わしには力が無いこの惨い事を辞めさせる力が無い、すまぬ夏、助ける事が出来ず」
「何故、私にその様な話をしたのですか?」
「タエはわしの娘だった、身体の弱いわしの為に薬草を採りに行き帰って来なかった、飢饉が終わり皆喜んだ、誰もタエを見つけてくれようとはしなかった。」
「そうでしたか、ババ様お話ありがとうございます、きっと今までの生贄の方にもお話したのでしょう、気持ちが少し軽くなりました」
立ち上がる音がして
「夏、達者で」
「はい、ババ様」
そう言って老婆は家に帰って行った。
その日が来た、夏は縄で縛られ生贄の祭壇に寝かされまた縛られた。
夏が逃げない様に祭壇と夏を縛ったのだ。
夏が生贄に成った夜、満月だった、夏が見た者は人なのか狼なのか分からない者だった。
その生き物は夏を横目に村へ向かった。
そして一家を殺し、隣の家の老婆も殺した。
川で血を洗い山へ戻ろうとした時、まだ夏が居た
「お前は何をして居る?」
声を掛けられ見ると其処には男性が居た。
「私は生贄です」
夏が答えると男は夏の縛られている縄を切った。
「村に帰れ」
夏は首を振った。
「帰れません、主様に食べて頂かないと、このまま帰れば殺されるだけです」
雲が引き月明かりが夏を照らした。
ため息を付き
「では付いて来い、俺はミロクだ」
「はい、ミロク様、私は夏と申します」
ミロクは夏を自分の家に連れて帰った。
「ミロク様、あのお墓は?」
「人間に殺された父親と母親の墓だ」
ミロクが言うと夏は墓の前に座り祈りを捧げた。
その姿がミロクの心に変化を与えた、胸が痛くなった。
「ミロク様、主様は何処にいらっしゃいますか?」
「夏と言ったか?満月の夜、人を殺しているのは俺だ、幾ら生贄を捧げようとも満月の夜の人殺しは終わらない」
「では、先程私の前を通ったのはミロク様なのですか?」
「ああそうだ、人を殺す為村に行っていた」
第六話 真実
穴の中にミロクは入って行き夏に着いて来るように言った。
夏は言われた通りに中に入って行った。
「墓は父親と母親だとさっき言ったが、俺の父親は大きな喋る狼だった、母親はこの山に来てしまった村の娘でタエと云う、母は怪我をして熊に食われそうになった時父親に助けられお互い恋をして此処で暮らしていた、そして俺が産まれた。飢饉の時、人間が銃を持って山頂近くまで来て薬草を採って居た母親を撃った、その音に父親は駆け付け人間を食い千切った、しかしまだ余ってた弾を全部父親に撃ち込んだ、二人は一緒に亡くなった、俺が十七歳の時だ、その後満月の夜に成ると人狼に成る、今日も一家と隣の家の老婆を殺した」
それを聞いた夏は泣きながら
「ミロク様のお父様、お母様は本当にお可哀そうだと思います。何の罪も無いのに殺され幸せな家族を亡くされたのですから、しかしミロク様が今日殺された老婆は、老婆はタエ様のお母様です」
それを聞いたミロクは驚きとショックで座り込んだ。
「嘘だ、嘘だ、母さんはそんな話をしなかった、俺は祖母ちゃんを自分で殺したのか?」
ミロクの目には涙が溜まり零れ落ちた。
夏はミロクの近くまで行き涙を拭った。
「私が生贄に選ばれ牢の様な部屋に入れられた時、ババ様が夜に来て話してくれました、飢饉は終わり皆が喜んだが、誰もタエさんを見つけてはくれなかったと」
「うわあ~」
ミロクは叫び頭を抱えた、そして墓に走って行き
「母さんごめん、俺、俺、母さんの母さんを今日殺してしまった、ごめん母さん、ごめん父さん」
ミロクは跪き額を地面に着けて泣きながら謝った。
夏は走ってミロクの元に行きミロクを抱きしめ背中を擦った。
ミロクが落ち着くまで夏はそうしていた。
暫く経ってミロクは
「夏は此処に居ろ、村へ帰れば殺されるのだろう?」
夏は頷いた。
ミロクは走り老婆の家に行った、家を探すとタエの置き手紙が有った。
「お母さん、ちょっと出て来てます。薬草を採りに行って来ますタエ」
そう書かれていた。
その手紙と殺してしまった老婆を背負い山に帰って来た。
「ミロク様、ババ様をどうして?」
「この人が本当にタエ、母親の親なのか確かめて来た、そして俺の祖母ちゃんと分かった、だから隣に埋葬しようと思う、やっと母娘が会えた、しかし俺の犯した罪は消えない」
そう言って泣きながら穴を掘り隣に墓を作った。
墓を作り終わりミロクは泣きながら謝った。
「祖母ちゃんん本当にごめん、知らなかった」
夏は後ろからミロクを抱きしめ
「仕方無いのではないでしょうか?罪もない両親を目の前で殺されその心の怒りはミロク様を人狼にしてしまった。」
その後、夏は老婆の墓にも花を捧げ祈った。
「ババ様、やっとタエさんに会えましたね。ミロク様のお父さんも一緒に家族仲良く失った時間を過ごして下さい。」
「夏、様は要らない、ミロクで良い、父さんが付けてくれた名だ、夏は何故生贄に選ばれた?」
「私の両親は流行り病で一緒に亡くなり、私には兄妹も居ません天涯孤独ですから」
そう言って夏はミロクを真っすぐに見た。
「夏、此処に一緒に居てはどうだ?村にも帰れず、其処にも行けず、夏は生贄として連れて行かれたそれで、夏は大丈夫だろう、しかし俺が人狼に成ればまた生贄が産まれる」
「では、人狼になり、人を殺したいと思ったら私を殺して下さい」
夏は頭を下げ頼んだ。
「夏はどうしてそこまでして生贄に成りたがる?」
「ミロクさんは今、とても後悔している、本当のお婆様を手に掛けた事をこれからまた満月の夜同じ様に成るのか分かりません、しかし本当に人を殺したいと思ったら私を殺して下さい、そうすれば村で人を殺さなくても良くなると思いました」
夏は本心をミロクに伝えた。
「夏は優しい女だな、俺は動物以外人間と喋るのは母タエだけだった、俺は母の様な女子と一緒に成りたいと言ったら父がタエの様な女子は早々居ないと言われた。本当に居なかった、村に襲いに行っても自分の弟を投げて逃げようする女、着物を脱ぎ身体を捧げるから殺さないでと云う女、いち早く家から出て他の家に隠れようとする女ばかりだった。」
夏はミロクの話を聞いていた、そんな時だったミロクの腹が鳴った。
ミロクは赤くなり、すまぬと言った。
夏は外に出て茸、里芋、少し残って居た肉を鍋で炒め具沢山の味噌汁を作った。
炊いた米が有った、塩も有った、冷たくなって居たが握り飯を作りミロクに持って行った。
「夏の分も有るか?俺一人の食事は嫌だ」
「はい、私の分も作りました、頂いて良いですか?」
「ああ、一緒に食べよう」
母以外の手料理を初めて食べたミロクは
「母の味しか知らないが、旨いな、こんなに旨い食事は一人に成って初めてだ」
本当に美味しそうに食べるミロクを夏は微笑みながら見た。
「夏、申し訳無いが、まだ食事は残っているか?」
「はい、御座います」
そう云って味噌汁が入って居た椀を取り、また味噌汁を入れ、握り飯を作ってミロクの前に置いた。
「ミロクさんは本当に美味しそうに食べてくれるのですね。他の人に食事を作った事が無くとても嬉しいです」
夏が微笑むとミロクはもっと笑って欲しいと思う様になって居た。
両親が短い間でお互いを好きに成った話は聞いていたが、初めてその気持ちがわかる。
「この味噌はどうやって作ったのですか?」
夏が聞くとミロクは
「山に賢者と呼ばれる猿が居る、その猿は物を良く知って居る、俺も読み書き、計算など教えて貰った、母は賢者の元に行き此処で作れる物を聞いたのだ」
それを聞いた夏は
「この地に長くいて他の動物達と仲良くなれれば賢者は私にも教えて下さるでしょうか?」
「そうだな、きっと教えてくれる、だが夏、この地に長くと言ったが本当に此処に居るのか?」
「ご迷惑ですよね、すいません時が経ったら出て行きます。」
「でも、村に帰れば殺されるのだろう?夏が良ければ此処に居て欲しい、俺の側に」
ミロクは赤くなりながら夏に言った。
そのミロクの仕草が可愛くて夏は笑いながら
「ミロクさんは可愛い人ですね」
「美しい夏に言われても恥ずかしいだけだ」
美しいと言われ夏も顔を赤くした。
第七話 普通の時
ミロクは満月の時以外は普通の人間だった。
そんなミロクと一緒に居ると楽しいとさえ夏は思って居た。
それはミロクも同じだった、夏は物静かな女だったが、とても優しいと思って居た。
森に女が来たと他の動物がミロクの元に来た。
「ミロク、その女は生贄の女か?人間だ何故殺さない?」
熊が来て言った。
夏は驚いたが、ミロクに聞いていた。
「初めまして夏と申します、ご存じの通り生贄の女です」
そう云って頭を下げた。
「ミロクが殺せないのなら俺が食い千切ってやろうか?」
山犬が言う。
夏は正座をし頭を下げ
「宜しくお願い致します」
そう言った。
熊や猪、山犬、大ウサギ、色んな大きな動物が来ていた。
そして皆が両側に並び真ん中を通って来た大きな猿
「賢者どうして此処に?」
賢者は夏の顎に手を当て顔を上にあげ良く見える様にして
「夏だね、大きくなったな」
「え?」
「賢者は夏を知っているのか?」
ミロクを始め他の動物も賢者を見た。
「知っている、まだ夏が産まれたばかりだった夏をあやしていた夫婦が山に来てしまった。そして我らに有った、恐ろしさの為に夏を此方に投げ逃げて行ったが途中熊に殺された。そして木こりの男に夏を託した、その男の家には子が出来ず喜んで夏を引き取った。夏は私が付けた名だ」
夏は泣いていた、本当の親だと思って居た両親は夏を育ててくれた優しい人本当の両親は此処の森で死んでいた。
泣く夏をミロクは抱きしめた。
「賢者、夏はどうすれば良いのだろうか?」
ミロクが聞くと猿は考えてから
「ミロク、夏をお前に託す、お前の好きな様にすると良い、殺したいなら殺せ、一緒に居たいと思うなら一緒に此処で暮らせ、皆、夏には手を出さぬように、決めるのはミロクだ」
皆ははいと言った、猿は帰ろうとした時
「賢者様、今度、今度、味噌の作り方を教えて下さい」
夏が言うと猿は頷き去って行った。
「夏は此処で俺と暮らす、殺すか、生かすか俺が決める、皆には悪いがそうさせて欲しい」
ミロクが言うと皆は分かったと言って去って行った。
「ミロクさん?」
「夏、ミロクで良い、此処で俺と暮らすのは嫌か?」
「いいえ、私は此処に居たいです。ミロクの側に」
初めて夏がミロクと呼んだ、ミロクは嬉しい気持ちと胸が痛い気持ちに成る。
夏は毎日両親のと祖母の墓に花を供える。
とても優しい女だった。
「夏、今日は山菜や果物を採りに行こう」
「はい、ミロク行きましょう」
山は危ないと言ってミロクは夏に手を差し出す、夏はその手を取って歩く。
皆は夏を殺そうとはしなかった、会っても挨拶をする位だったが、森の動物達も夏を敵と見なくなっていた、ミロクはそれが嬉しかった。
夏が来てからミロクは満月の夜に村を襲う事は無くなって居た。
人狼には成るが父親が遠吠えをしていた崖に立ち遠吠えをする様になった。
その声を聞き、村人は怖がっていたが夏が生贄に成り村を襲いに来なくなった事を喜んで居た。
夏は月明かりを背に遠吠えするミロクを美しいと思った。
遠吠えが終わり人の姿に成ったミロクに
「月明かりを背に吠えるミロクはとても美しい」
夏の言葉にミロクは母親が言っていた事を思い出した。
「夏、お前は村を憎んでは居ないのか?」
「いいえ、前は何故と思って居ましたが、今はミロクが居ます」
そう云って微笑む夏が愛おしいと思って居た。
夜中、こっそりミロクは墓の父、母に相談する。
「父さん、母さん、俺はこんな気持ちに成ったのは初めてでこの思いは何なのか?分からない、夏が笑うともっと見たくなる、夏が泣くと泣かなくなるまで抱きしめどうしたら泣き止むか考えてしまう」
答えてくれない墓に相談しまた穴に戻る。
そして夏の寝顔を見て安心する。
夏に何かを贈り物がしたいと思った。
次の日、朝に夏が朝食を作って居ると
「夏、少し良いか?」
そう云って外の墓の前に呼んだ。
「ミロクどうしたのですか?」
そう云って夏はミロクの前に座った。
これを夏にと手渡したのは母親がしていた簪と祖母の櫛だった。
「これは頂けません、ミロクの思い出と大切な物です」
「だからだ、母の簪、そして俺が殺してしまった祖母の櫛を夏に使って欲しい。そして夏が良いと思った時、俺と婚儀をして欲しい」
夏は目を大きく見開き涙を貯め簪と櫛を抱きしめた。
そして父親の牙を加工して作った首飾り、ミロクもしていた。
その首飾りを夏に渡す。
「この牙は父の物だ、新しい何かを買って夏に贈り物が出来ない、だが俺は夏を何処にも行って欲しくない、直ぐでなくて良い、夏が此処を出たいなら他の村に行けばいい、夏が生贄として死にたいなら俺が殺そう、夏が此処に居たいと、俺と共に生きて行くと、どれか答えが出たら教えて欲しい」
そう云って出かけようとした時、ミロクを後ろから抱きしめ
「私の心は決まって居ます、私はミロクと此処で生きて行きたい」
それを聞きミロクは夏の方に向き夏を抱きしめ初めて口付けををした。
「夏、本当にいいんだね?後に成って帰りたいと泣いても俺は夏を手放さない、それでも良いのか?」
夏は頷きミロクの胸に頬を当て
「泣きません、私はミロクと生きていたい、この先ミロク程好きに成る男性は出来ないでしょう、ミロクは私で良いのですか?他の女子に心が移ったら私は」
そう云って居た時にミロクはまた夏に口付けをして言葉を止めた。
「俺は夏以外好きにはならない、愛おしいと思うのは夏だけだ、あんなに村を回り女子を見たが、何も思わなかった、こんな気持ちに成ったのは夏だけだ」
「はい、ミロク私をミロクの妻にして下さい」
第八話 二人だけの結婚
酒を盃に居れ半分ミロクが呑む、そして半分を夏が呑んだ。
賢者が立会人に成ってくれた、ミロクは牙の付いた首飾りを夏に付けた。
簪、櫛も付けた。
「ミロク、夏、これで婚儀は終わる、お互いこのまま此処で生きて行くで良いんだね?」
「はい」
二人は声を揃え言った。
「森の皆には私から二人が夫婦に成った事を伝えよう、夏、其方は此処の森に居れば危険はないが、またいつ人間が森に来るかもしれない、気を付ける様に、ミロク夏を守れ良いな?」
「はい、夏だけは守り抜きます」
強く答えた。
「それから夏、これを」
紙を渡す、其処には味噌の材料と作り方が書いて有った。
「ありがとうございます」
「二人に幸あれ」
そう云って賢者は帰って行った。
「これで夫婦ですね」
夏が言った、ミロクは夏を抱きしめ守るからと言った。
母親の様に成ってしまわない様に大切にしようとミロクは心に決めた。
「ミロク、ミロクのお父さん、お母さんはどんな人だったのですか?」
夫婦に成り初めての夜、外に出て夏が聞いた。
「母親のタエは父親のロウの事が大好きだった、ロウもタエが大好きだった。子供の俺が見ても仲が良い夫婦だった。タエはロウが居ないと直ぐに探し心配していた。でもロウが帰って来るとロウの首に抱き着き直ぐに泣いた。まるで少女の様な母親だった。ロウもタエが居ないとソワソワして居たな、心配だったのだろう、あの事件が無ければ今も仲の良い夫婦のままだったろうな、タエは花が好きだった。後、俺が遠吠えをしていたあの場所でロウが遠吠えをしていると月の光に照らされたロウを美しいと言った。」
夏は真剣に話を聞く、まるで物語を聞いている様だった。
「お父様とお母様は本当に愛し合って居たのですね、会ってみたかったです」
夏が言うとミロクは夏の肩を抱き、夏は頭をミロクの肩に置き話を聞いた。
「タエは本当にロウの事が好きだったが、ロウは産まれた俺の事をいつも心配していた、その心配は俺が人狼に成らないかって事だった、二人が亡くなって初めての満月の夜、俺は父親の心配していた人狼に成り、村人を殺して回った。怒りが強すぎた。俺は言われて隠れてロウが殺される所を見ていた。」
夏はミロクの胸に顔を埋めた。
「本当に幸せな日々だった、其処に祖母ちゃんが居たらもっと幸せだったと思う、自分で殺したのにな」
「ババ様は生贄に成る女子の所に夜来てはタエさんの話をしていました、私の時もそうでした、ババ様はきっと信じていたのでしょう、タエさんが山で生きてるのでは無いかと、話を聞いて生贄に成る娘は心が落ち着きました。」
「そうか、祖母も優しい人だったんだな、ロウはタエに家の事を聞いたがタエは答えなかった、きっと狼を愛してしまったから言えなかったのかもしれない」
そうですねと夏は言った。
「出来れば俺は両親の様な夫婦に成りたいと思って居る」
「私もそう成れればと思って居ます」
二人は同じ思いだった。
ロウとタエの様な仲の良い夫婦に成りたいと思ったいた。
「ミロク、出来れば、本当に出来れば私はミロクの子が欲しい」
ミロクは驚き夏の顔を見た。
「夏、本当に私の子を産んでくれるのか?」
「はい、愛おしい方の子を産みたいと思うのは当然の事、私はミロクの子が欲しい」
ミロクは夏を抱きしめ泣いた、嬉しかった。
「夏、愛している」
耳元で囁く様に言った。
「ミロク、愛しています」
夏もミロクを抱きしめた。
「父さん、母さんも二人で婚儀をしたらしい」
「同じ様に成りましたね、きっとお母様は今の私と同じ様に愛おしい方の子が欲しいと思ったのでしょう」
「だったら良いな、俺は本当に愛し合って出来た子だと」
「きっとそうですよ、二人が愛し合い出来た子供です」
夏はハッキリと言った。
第九話 君を傷付けた
村は普通の状態だったが山に人がまた入って来るようになって居た。
山は緊張に包まれていた。
ミロクは夏を表に出さない様にしていた。
タエの様に殺されたくないと思って居た。
山の中腹まで人が来ていた、あの鉄砲を持って、殺さなければならない皆がそう思って居た。
「夏、絶対に表に出るな良いな」
「はい、でも少し心配しすぎでは?」
「駄目だ、夏が居なくなったらと思うとそれだけで俺は狼に成りそうだ」
そう云って夏を抱きしめちゃんと居るのを確認する。
ミロクは表に出て山の皆と人狩りをしていた。
夏は言いつけを守りずっと穴の中に居た。
しかし、ガサっと音がする、ミロクが帰って来たのかと穴の入り口まで出た時だった。
人間が縄張りに入って来ていた。
「お前確か生贄に成った女子では無いか、何故生きている」
夏は走って表に行こうとしたが人は刀を持って通れない様にしていた。
逆に穴の中に走るが背中を切られ倒れた。
ミロクが丁度帰って来て異変に気が付く穴の中を見ると刀を持った男が居た。
下を見ると夏が背中から血を流し倒れていた。
「うあああ」
ミロクの雄叫びか叫びが山中に響き他の動物もミロクの所に集まった。
満月でも無いのにミロクは狼に成った、怒りが強すぎた、人狼では無く狼に成った。
他の動物も驚いたが、今は人間を殺す事を考えた。
人間は飛び出し山に隠れようとしたが、ミロクに追いつかれ爪で裂かれ死んだが、ミロクの怒りは静まらない、人の形が無くなるまで切り裂いた。
猪が賢者の元に行き背に乗せ夏の所に急いだ。
猿は色々な薬、布などを持って夏の所に来た。
夏の傷を診ながら手当をしていた。
「賢者、ミロクが狼に成ってしまった」
大ウサギが言いに来た。
「父親、母親を目の前で殺され、今度は妻を切られたのだ怒りは相当な物だろう狼に成っても致し方ない」
そう言いながら手当を続ける。
他のまだ中腹まで来ていない人間も殺して回った、他の動物も同じ様に人間を殺した。
ミロクは急ぎ家に帰る、中には猿が居て夏の手当をしていた。
「賢者、夏は、夏は?」
「ミロク良く聞きなさい、夏は大丈夫だ傷は浅い、だが、数日間熱にうなされるだろう、此処に塗り薬を置いて行く、毎夜、傷を奇麗な布で拭きこの薬を塗ってまた奇麗な布で傷を覆う様に巻く良いな?そしてこの薬を毎晩飲ませる、痛み止めだ」
ミロクは人間に戻って居た、夏が生きていると知ったからだった。
ウサギや熊のメスが穴の中を掃除してくれた、血を洗い流し拭いて布団の様な物を置いて行ってくれた。
「皆、ありがとう、本当にありがとう」
「ミロク、私は妊娠していた時人間に殺されそうに成った、ロウが助けてくれた、子が怪我をした時、タエが薬で治してくれた、そんな二人を助けられなかった、だから今度はミロクの大切な夏を助ける」
森の皆が同じ思いだった、二人は森の動物達にも優しかった。
奇麗な布を熊がくれた。
「ちゃんと夏を見ていろ、人間は我々に任せて、良いなミロク」
そう云って皆は去って行った。
「夏、可哀そうにこんなに大きな傷を負って痛いだろうに」
「ううん」
夏は目を開けた。
「夏?夏?」
夏はミロクの方を向き
「心配を掛けてごめんなさい」
「夏、いい寝て居ろ、生きてくれていただけで俺はいい、夏が血を流し倒れているのを見た時、殺されたかと思った」
桶の水を入れ額に当てていた布を入れ冷やしてまた額に乗せた。
「そうだ夏、少し痛いが我慢してくれ」
「はい」
ミロクは夏の身体に巻かれていた布を取り傷を奇麗に拭き薬を塗ってまた布を身体に巻いた。
その後、薬を飲ませた。
「賢者がくれた薬だ、痛み止めだ」
「ありがとうございますミロク、他の動物達にも迷惑を掛けてしまいましたね、治ったらお礼を言いたいです」
「そうだな、傷が良くなってちゃんと歩けるように成ったら俺が皆の所に連れて行く」
夏は頷いて眠りに就いた。
ミロクは夏の隣で寝た、夏の異変に早く気が付く様に
ミロクは献身的に夏を看病していた、作った事の無い食事を作り洗濯もした。
夏は日に日に良くなって行ったが傷が少し残る。
「傷が残ってしまうな」
ミロクが言うと夏は行きなり泣き始めた。
「傷が残るのが嫌なのか?夏?」
夏は首を振り
「傷が有る女は抱けないですか?ミロクに嫌われたら私」
そう言って泣いた。
ミロクは夏を抱きしめ
「夏、そのような事を気にするな、俺は夏が良い、夏以外抱かない」
夏はミロクに抱き着き泣いていた。
ミロクは夏の頭をずっと撫でていた。
「ミロク、本当に傷が有っても私で良い?」
「夏が良い、傷なんて気にしない、愛しているのは夏だけだ、だから泣かないで夏」
「はい」
そう言って泣き止んだ。
第十話 もう怖くない
賢者が皆に言い山の中腹より下に縄を張りめぐらした、そして立て看板を立てた。
「これより先、入りし者の命、保証しない」
と書き六ヶ所に立てた。
山の下の方でも薬草、茸、山菜は採れるからだった。
村の人々は中に入らなくなっていた。
殺された男を祭壇に置いたからだった。
山の者と村の者の住み分けをしたのだった。
夏の傷は良くなりミロクに連れられ皆にお礼を言って回った。
そして猿の元に行き
「賢者さんありがとうございます、薬や傷の手当をして頂き本当にありがとうございます」
夏とミロクが頭を下げる
「夏、もう傷は痛まないかい?跡は残るが、自然に薄くなる」
「はい、あの時賢者さんが来てくれなかったら私は死んでいたかもしれません」
そう言うと
「あの時は本当に驚いた、ミロクが人狼では無く狼に成ったのだから」
夏は驚きミロクを見た。
「あの時は本当に父親と母親を殺され、夏まで殺されたと思ったら怒りが抑えられなくなった」
「狼のミロクも見てみたかったです、きっと奇麗な狼だったでしょうね」
夏はミロクを見て言った。
「もう成らないと思う、あんなに抑えられない怒りはもう嫌だ」
「そうだなミロク、人が入って来ない様にした、もう上までは来ないだろう」
猿はそう言ってミロクの頭を撫でた。
皆にお礼を言い終わり家に帰った。
夏は夕食の用意をしてミロクの前に置いた。
ミロクは久しぶりの夏の料理を食べ
「本当に夏の料理は旨い、これだけでも幸せだ」
「嬉しい、ミロクが喜んでくれると私も嬉しくなります」
「お代わりは有るか?」
「はい、沢山作りました、持ってきますね」
ミロクはまた夏との生活が出来る事を嬉しく思って居た。
あんな形で両親の死を見た、もう大事な人を失いたくなかった。
夕食が終わり片付けをした後、雨で無い時は二人して崖の所で話するのが日課になって居た。
「初めて人間が怖いと思いました、切られた、私はミロクの事を考えていました、ミロクに会いたい、ミロクの腕の中で死にたい、ミロクにもう一度愛していると伝えたいって思って居ました」
そう言って夏はミロクの肩に頭を乗せた。
「俺は夏が血を流して倒れている所を見た時、夏が死んでしまったらどうしようと、怒りが湧いてきて抑えられなかった、父親も母親が銃で殺されたのを見た時、初めて見る怒りが凄まじかった、人を殺して自分も死んだが、死んでも母親を守る様に死んだんだ、大切な人を死んでしまっても守りたかったのだろう、俺は父親と同じ様に夏の事を思った」
そう言って夏の頭を撫でた。
「でも、賢者が色々人が山に入って来ない様にしてくれた、もう怖くない、また入って来たら俺はまた変わるかもしれない、夏を守る為に」
夏の肩を抱きそう言った。
「本当に人が入って来ない動物も安全な山に成ると良いですね、でも私は人間でした」
夏は自分が人間だと忘れていた、そして微笑んだ。
「夏は俺の妻に成った、動物達も歓迎している」
「私、家の中に有ったお母様の書いた本の様な物を見つけました、動物の治療に使う薬草や配合が書いて有りました、それを見て私もお母様の様にこの森の動物たちの怪我や病気を治したいと思って居ます」
夏がそう言うとミロクは
「母はそんな事をしていたんだ、どうりで動物が家に良く来ていたはずだ」
「ミロク、いいですか?私の憧れですミロクのお母様は、ババ様も薬草に詳しかった」
ミロクは夏を見て微笑みながら
「やってみると良い」
そう言って夏の頬を撫でた。
「お母様が思って居たお父様がこの崖で遠吠えしている月明かりに照らされ奇麗と言ってましたね?私もミロクが遠吠えしている時、月明かりに照らされいる姿を奇麗だと思いました」
ミロクは少し嬉しそうだった、ミロクは父親も大好きで憧れだった。
「これ以上山の動物が怖い思いをしなくて良いんですよね?」
夏はもう一度聞いた。
「大丈夫だ、村の人達は来ない、飢饉に成っても入れないだろう」
「それなら皆安心ですね」
二人は手を繋ぎ家に帰った。
第十一話 思い
山の中でもミロクと夏の仲の良さは評判に成って居た。
夏はタエと同じ様に色々な薬草を採り動物の為の薬を作った。
怪我をした子供を連れて来たり、病気に成り家に来たりしていた。
熊が倒れた木を持って来て小さな小屋を作ってくれた、まるで診療所の様だった。
「ありがとうございます」
夏が言うと、熊は
「前からタエが居た時から作ろうと思って居たが木が足りなくて作れなかった、やっと出来たタエさんの分もお願いしますね」
「はい、何か有ったら言って下さい、分からなかったら賢者の所で聞いてきますから」
夏の言葉に熊はミロクに
「タエさんの様だね、優しい人だ」
「うん、夏は母が書き残していた治療の本を見つけてやりたいと言い出して、皆と仲良くしたいのだろうと思って良いと言ったんだ」
熊は良い夫婦ですねと言って帰って行った。
「ミロク、本当に良いのでしょうか?こんなに立派な小屋を作って頂いて」
「良いと思うと、皆が夏を歓迎している、母に出来なかった事を夏にしたいのだろう?」
夏は微笑み、穴に有った治療道具や薬草などを小屋に移した。
「こんなに沢山有るのですね?」
移して夏は驚いた。
「そうだな、誰か人間が落としたもの川に流れて来た物を道具に加工していたから」
「お母様は器用なのですね」
「大丈夫、夏にも出来るよ」
そう言って後ろから夏を抱きしめた。
「ミロクどうしたの?」
「夏が治療とかに夢中に成ると寂しい」
夏は微笑みながら
「一番はミロクです、此処に来る動物が少ない方が良いのです」
それでもミロクは夏を離そうとしなかった。
夏はそんなミロクが可愛いと思ってしまった。
ミロクと住み始めて二年が経った、夏はミロクの所に行きモジモジしながら何かを言おうとしていた。
「夏どうした?」
心配に成り夏の顔を覗き込むと赤くなっていた。
「体調が悪いのか?」
ミロクはあたふたしていた。
「違うのミロク、私、子が出来たみたいなの」
俯きながら告白する
「夏、本当か?俺の子供が?」
夏は頷きミロクに抱き着く
「私、嬉しくて」
そう言って泣き始めた。
子が欲しいと言って居た夏、二年で子が出来た。
「産んでも良いでしょ?」
夏がミロクに聞く、ミロクも泣いていた。
「勿論だ、産んでくれ、狼の血が混ざっているが俺はそれでも産んで欲しい」
「狼に血が入って居たって良いのミロクの子を産みたい」
二人は抱きしめ合い喜んだ。
「ねえミロク、ミロクも私も兄弟が居ない、だから沢山ミロクの子を産みたいの」
「分かったよ夏、でも夏の身体が心配だ、無理はしないで欲しい」
「はい」
夏はそう言って子が出来た事を喜んで居た。
「きっとお母様もお父様の子を孕んだ時とても嬉しかったでしょうね、そして可愛いミロクが産まれた、今私はお母様と同じ思いです。」
そんな事を言う夏が可愛くて仕方ない。
「不謹慎だとは思うが生贄が夏で良かった、他の女子なら殺していた」
夏はフフっと笑いながら
「きっとお父様も山の上に登ってしまったのがお母様で良かったって思って居ましたよ」
ミロクは
「きっとそうだろうな、あの仲睦まじい様子を見たらそう思う」
それからミロクは夏が心配で何でも手伝った。
周りの動物達はロウがタエと結婚した時を思い出した。
「やはり親子だな、好いた女子が心配でたまらないと伝わってくるミロクもロウも同じだ」
そう言って笑った。
「そうだな、ロウとタエの思いの塊のミロクとタエの様な夏、このまま繋がって行くのだろうな」
山犬達が話して居た。
第十二話 大丈夫
夏のお腹が大きくなりもうすぐ産まれそうだった。
「きっと男の子ですよ、元気が良いもの」
大ウサギと熊が来てくれた、他の動物の出産も手伝っている、人間で云うと産婆だろうか?
タエは安産とは云えなかったが、夏は安産だった、ミロクじは外で待つ姿もロウと同じウロウロしていた。
穴の中から産声が上がりミロクは走って夏の元に行った。
「ミロクおめでとう男の子だよ」
「夏は大丈夫なのか?」
「大丈夫、会っておいで」
ミロクは布で仕切られた中へ入ると
「ミロク、男の子です、ミロクに似て可愛い子です」
小さな体をそっと抱く、子供はミロクを見て笑った、大切な物がまた一つ出来た。
「夏、良く頑張ったね、身体は大丈夫かい?」
赤子を抱いたミロクが聞くと夏は
「今、産んだばかりなのに、もう次の子が欲しいと思ってしまいました」
そう言って笑った。
ミロクは夏の汗を拭き夏をずっと撫でていた。
赤子は少しづつ大きくなる、しかし夏もタエの様にまだ少女の様だった。
「夏に口元が似て居るかな?」
ミロクは赤子を抱きながら言うと
「目元はミロクに似ています」
夏はそう答えた。
夏は動ける様に成り、赤子と遊ぶ、他の動物達も遊びに来るが赤子は泣かなかった。
名前は六郎にした。
六郎が一歳に成った時、夏はまたミロクの所に行き
「ミロク、子が」
「六郎に何かあったか?」
心配で聞くと夏は首を振り
「六郎の兄妹が出来たみたい」
その報告が嬉しくてまた夏を抱きしめる。
「夏の言っていた通りになったな、沢山産みたいと言って居た」
「ミロク産んでも良いでしょ?」
ねだる様にミロクに言うと
「夏の身体が大丈夫なら良いよ、年子ってやつだね、嬉しいよ夏」
「ありがとうミロク」
そう言ってミロクの首に手を回し抱き着く。
夏は本当に子供が欲しかったのだろうと皆が思った。
きっと、両親を一度に殺され一人に成ったミロクに沢山の家族を作りたかったのだろう。
六郎の面倒は殆どミロクが見ていた、だがミロクはそれが嬉しかった。
自分の子供が出来、また子供が産まれる家族が、大切な者が増えて行く
「父さん、母さん、夏が妊娠したよ、無事に産まれれば孫が二人になるな、見て欲しかった。あと祖母ちゃんはひ孫が二人に成る見守ってくれでもごめんな祖母ちゃん」
ミロクは六郎と共に墓に伝えた。
ふと、墓から声がした様な気がした
「ちゃんと守れよ」
父親の声が聞こえた気がして
「大丈夫、ちゃんと家族をこの山も守る安心してくれ」
そう言って夏の元に帰った。
今回夏はつわりが酷かった、熊と大ウサギが良く様子を見てくれていた。
「夏、大丈夫なのか本当に」
「うん、大丈夫よ、きっと今回は女の子ね」
そう言って笑うがちょっと辛そうだった。
ミロクは心配に成り、六郎を連れ大ウサギの所に行った。
「夏は大丈夫なんだろうか?」
「大丈夫よ、六郎の時、つわりがあまり無かったから今回のつわりが酷いのは心配に成るわね、でもこれが普通だと思うよ」
ミロクはそうかと言ってまた夏の元に帰る。
段々お腹が大きく成るとつわりは無くなって行った。
そしてお産が始まると、またミロクは外をウロウロして夏の事を心配していた。
六郎の時と違い今回は産まれるまでが長かった。
やっと赤子の泣き声が聞こえた、ミロクは直ぐに夏の元に行く。
「夏、大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ、やっぱり女の子でした」
「ああ、可愛いな夏の様に可愛い子に成る」
六郎を抱きながら赤子に手を触れると赤子はミロクの指を掴んだ。
六郎も赤子を触る、赤子は笑った。
その女の子は美津と名付けた。
最終話 このまま一緒に
六郎も美津も動物を怖がらなかった、山犬に乗せて貰ったり熊に持ち上げられたりして遊んで貰って居た。
「ミロクは幸せ者だな、夏さんが来てからミロクは変わった。守る者が増え父親に成り幸せに過ごして欲しいこれが山の者の願いだ」
そう言われミロクは強く頷く
「勿論だ、夏、六郎、美津それと此処にこの山に居る皆、俺の大切な人達だ」
ロウもそうだった、タエと結婚しミロクが産まれ守る者、家族が出来変わった。
「夏、もしも村に帰りたくなったら言ってくれ此処では山では不便な事も有るだろう?」
夏と子供の事を考えて言った言葉だったが、夏は違う風に捉えてしまった。
「何故ミロクはそんな事を言うの?私が嫌いに成ってしまったの?」
大粒の涙を零しミロクに縋る様に聞いた。
「違うよ夏、今でもこれからも出会った時と気持ちは変わらない、此処に居て欲しいだが夏が此処の暮らしをどう考えているのか、村の方が子供を育てやすいのではと思っただけなんだ、だから夏泣かないで」
夏を抱きしめ涙を拭う、夏はミロクに抱き着き泣きじゃくっていた。
「夏、ごめん変な事を言って夏はこのままで良いのかい?」
夏は泣きながら
「私は、私も、六郎も、美津も此処でミロクと一緒に暮らしたい。何も不便じゃないミロクと居られれば私は何処でも生きて行ける、だからもうそんな事言わないでお願い」
ミロクは夏の頭を撫でながら
「分かった、本当にごめん夏を不安にさせたね、ずっと一緒に此処で生きて行こう」
夏は何回も頷いた。
そんな夏の姿を見ているとタエを思い出した、よくロウに泣きながら此処に居ると言って首に抱き着いていた。
「夏、愛している本当の気持ちだ、これからも永遠に」
夏は顔を上げて
「本当?ミロク、私もミロクを愛しています、永遠に」
ミロクはまた夏を抱きしめ頭を撫でた。
こんな所が母親に成っても少女の様だった。
動物達も出産が続く、子供が大勢産まれたこんな年は初めてだった。
村の飢饉は無くなり平和に成って居た、山に入る者も居なくなって居た。
ロウがミロクを心配した様に六郎と美津にも狼の血が入って居る、薄くなってはいるがもしかしたら人狼に成ってしまうかもしれないだが、ミロクは怒りが強い時に人狼に成った。
平和な世の中に成れば六郎も美津も人狼に成る事はないのでは無いかと賢者が言っていた。
出来れば人狼に成って欲しくなかった、父親も同じ事を思って居たのだろう。
ミロクの事を随分心配していた、人狼に成らないかと、今ミロクはロウと同じ様に考えていた。
このまま平和に家族が暮らせれば、すっと一緒に暮らせればと考えていた。
「ミロク?どうかしましたか?」
「夏、俺は子供の時はこのまま父親と母親と三人でずっと暮らせて行けると信じで居た、しかし二人共に死んでしまった、俺が大人に成り妻が出来、子が出来た時は村が平和に成り山に人が入って来なくなりこのまま家族が一緒に暮らして行けたらと思う、何が有っても守ると誓った。」
夏はミロクの腕に自分の腕を回し
「大丈夫です、山の平和で有れば私達家族もずっとこの山で暮らしていけます」
「父さん、母さん美津が転んだ」
六郎が言いに来た。
ミロクは六郎を抱き夏と穴に入って行った。
美津は泣いていたが怪我はしていない、ミロクは美津の頭を撫で
「美津、怪我はしていないよ、痛いかい?」
「ほら美津これで痛くなくなるわよ」
夏が濡れた布を膝に当てた。
六郎がミロクに抱かれているのを見て美津は
「お父さん私も抱っこ」
と、小さい手を広げる、ミロクは美津も抱っこし二人をあやした。
其処に夏も入り家族で抱き合った。
「ずっと一緒に家族でいようね」
夏が言い、皆が頷いた。