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あしたは未来リライト  作者: CoconaKid
第一章 そのままの道
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 「行ってきます」と玄関の扉を開け外に出れば、家の前に茶色い犬がちょこんと座っていた。

「えっ? 犬?」

 ころころしたボディにくるっと丸まった尻尾。

 私を見ると電源が入ったように激しく尻尾が揺れだした。

 特別に珍しい種類でもなく、普通に見かけるよくいる雑種。

 一応青い首輪をしているので飼い犬らしい。

 どこかに飼い主がいるのだろうか。辺りをキョロキョロと見回したが、犬を探しているような人は居なかった。

 まさか逃げてきた? でも私には取り押さえて構っている暇がない。

 面倒くさい状況に冷ややかな目を向けてしまう。

「早くお家に帰りなさい」

 とりあえず言うだけ言ってみた。

 犬は何か訴えかけたそうにつぶらな瞳でじっと私を見つめる。

 動物の目をじっと見ることは威嚇に等しいと聞く。

 だけど警戒してるようにも見えず、寧ろ何かお願い事をしたくて期待に爛々としている。

 もしやこの展開はアレじゃないだろうか。

『僕と契約して魔法使いになってよ』

 なんていつか見たアニメに影響されて馬鹿な事を考えていたその時、犬が口を開いた。

「助けて」

 あどけなさが残る小さな子供の声だった。

「えっ? 犬が喋った?」

 何がなんだか分からなくて、私が唖然としていると犬はさらに「ワン」と普通に吼える。

 あれ、私の気のせい?

 そしてハッとして腕時計を見て慌ててしまう。

 このままでは電車に乗り遅れる。

 私は犬を放って駆け出した。

 そして角を曲がる時、ちょっと気になりもう一度振り返ると、犬は忽然と消えていた。

「えっ?」

 どこに行ったのか探している暇はなかった。

 いなくなったのならうちに帰った。そう自分に言い聞かせて走りだす。

 いつもの時間に駅について間に合ったとほっとした時、通勤通学で溢れかえる人の中に紛れて先ほどの出来事を振り返った。

 まるで幻を見たようだ。

 でもあの犬、どこかで見たような気がする。

 そう思った時、シルクハットを被ったタキシード姿の変な男の記憶がフラッシュした。

 あっ、あの時あの男の足元で座っていた犬だ。

 あの時も実際に起こったことだったのかわからなくなってあやふやで終わった。

 思い出そうとすれば、記憶がぼんやりとしてなかったことになっていく。

 疲れていると訳のわからない事を無意識に考えて映像を見たような気になるのかもしれない。

 これってかなりヤバイのかも。

 『助けて』と言った犬の言葉は私の心の叫びが代弁されていたと考えると、そういう妄想を無意識に抱いてもおかしくないかもしれない。

 そう、私は助けてほしい。この地獄から抜け出したい。

 ふと小渕司の事が頭によぎる。

 彼はあの高校でもきっと人気者なのだろう。

 まだ私は彼にこだわって嫉妬している。朝から虚しさがぐっと込みあがり、重い足取りで学校に向かった。


 私が教室に着いた時、クラスの半数以上がすでに登校していた。

 調子に乗った目立ちたがり屋の高遠健也が特に大きな声で騒いでいた。

 かっこつけようと茶髪をヘアムースでスタイリッシュに決め、制服もわざとだらしなく着崩れさせている。

 見ているだけで不快だった。

 高遠は私の机に尻をかけ、隣の席の菅井連に漫才師のように突っ込みを入れておどけている。

 面白くもないのに周りの男子は合わせるように笑っていた。

 その近 くに行くのが憚られたけど、自分の席がそこなのでどうしようもない。

 仕方なく高遠が尻をかけている私の机にそっと近寄った。

「おい、高遠」

 私の存在に気がついた菅井が、それとなく高遠に机から下りろと目くばせする。

 盛り上がっていたその場の雰囲気が一気に静まりそこに居た男子がみんな私を見た。

「あっ、お前の席か、ごめん」

 意外にも高遠はすぐに尻を下げた。

 私は黙って自分の席に着く。男子たちはまた話を続け、和気藹々とし出した。

 真横にいる私に向けられた高遠の尻。高遠の尻で温められた机の端っこ。

 なんだか無性に汚いものに見えてしまい、私は鞄から携帯用のウエットティッシュを出した。

 自分でもほぼ無意識だったのかもしれない。

 露骨に机を除菌するなんて、さっきまでそこに座っていた高遠にすればあてつけの何ものでもない。

 それがいやな気 持ちにさせることくらいわかりそうなものなのに、心がすっかり狭くなっている私は人の気持ちなど考えられなくて、わざとらしくせっせと机を拭く。

 それに気がついた部外者の男子が、高遠を面白半分でからかった。

「お前、ばい菌扱いされてるぞ」

 私の行為を指差しながら笑っている。

 高遠は眉間に皺を寄せ嫌な感情を隠しもしなかった。

「ひでぇ、俺ってそんなに汚いのか」

 私は何も言わなかった。ただぶすっと不機嫌にしつこく机を拭き続ける。

「別にいいじゃないか。潔癖症の奴はどこにでもいる。それに木暮さんは毎朝、自分の机こうやってきれいにしてるからさ。別に高遠が原因じゃないぜ」

「えっ?」

 驚いたのは私だった。思わず菅井を振り返った。

 隣の席になってまだ日は浅いし、一度も喋ったことなどない。

 それなのに私を庇うように釈明する。私は今まで自分の机を除菌なんてしたことがないというのに。

 菅井が言ったことは全くの嘘だ。でもなぜ?

「ふーん、女子って面倒くさいな。まあ俺も無断で机を借用してたし、文句は言えないな。ついでに俺のケツもきれいに拭いてくれや」

 高遠は自分の尻を突き出すと、周りはおかしくて大笑いし、その場はさらに和やかになった。

 大いに受けたことで高遠はすっかり機嫌をよくし、益々調子にのってその場を盛り上げる。

 私一人だけが唖然としてその場で固まっていた。


 チャイムが鳴った後、暫くしてから担任の亀原優子が入ってきた。

 まだ新米の頼りない雰囲気がする国語の先生だ。

 背が低いけど、精一杯背筋を伸ばして先生ら しくしようとしている。

 厳しくなりきれないところがあり、生徒からは可愛いと評判は悪くない。

 みんなは親しみをこめて『亀ちゃん』と先生のいないところで 呼んでいた。

 亀ちゃんのすごいところは、自分の受け持つクラスの生徒の名前を入学一日目からすでに覚えていたことだった。

 自己紹介もまだしていないのに、生徒の顔を見ただけで当たり前のように名前を言うから驚いた。

 亀ちゃんは生徒ひとりひとりの事を考えようとしてくれている。

 学校は嫌いだけけど、亀ちゃんはいい先生だと認めていた。

 亀ちゃんが出席をとっている間、すでに出席確認を受けた私の隣の席の菅井に話し掛けた。

「ねぇ、さっきなんで庇ったの?」

 菅井は突然話しかけられてきょとんとして私を見ていた。

 次第に何のことか気がつくと、無表情のまま「別に」とそっけなく答える。

「だけどさ……」

 庇ってくれた割にはつれない返事に意表をつかれ、私も何が言いたかったのか菅井に問い質してからわからなくなった。

 お礼を言うつもりでもなかったし、理由を知ったところで私は何がしたいのだろう。

 なんだかわからないまま、菅井の顔をじっと見ていた。

「木暮さん」

 亀ちゃんが私の名前を呼んだ。

「あっ、は、はははは、はい!」

 ぼっとしていたので、虚をつかれたように慌ててしまった。

 変な返事をしてしまい、私はなんだか恥ずかしくてたまらなかった。

 顔が熱く火照ってしまう。

 そのとき、列をはさんで斜め前向こうにいた高遠が振り返り、目が合ってしまった。慌てて目をそらす。

 うつむいてひっそりとため息をついていると菅井が言った。

「高遠は敵に回すな」

「えっ?」

 私が振り返ったときには、菅井は高遠と二人にしかわからないサインを投げ合って会話していた。

 亀ちゃんが朝のホームルームを終えて教室から出て行くと、一時限目が始まるまでまたクラスはざわついた。

 高遠は菅井の席に寄って無駄話を始め、私の方にも話を振ってきた。

「木暮って、そのキャラもしかしてわざとか?」

「はっ?」

「神経質そうなのに、変なところで恥ずかしがったりしてさ、アレだな、オバタリアン」

 高頭はわざとらしく腕を組んで得意気に話す。

 しかし、私には全く意味が分からない。

 そこでなんでオバタリアンが出てくるんだ、しかもすでに死語だし。

「それを言うなら、ツンデレだろ」

 菅井が突っ込む。

 二人して乗りよく受けて笑っている側で私はまた固まってしまった。

 全然ついていけない。

 だけど菅井が言った『高遠は敵に回すな』と言う言葉が引っかかる。

 何かを言った方がいいのだろうか。

 こういう時に気の効いた言葉は何かないかと思った時、『リア充』が頭に浮かんだ。そのすぐさま声に出していた。

「どっちでもなく、リア王よ」

「ん?」

 高遠も菅井も一瞬黙り込んで顔を見合わせた。

 そこでいい間違いに私も気づく。

 別に受けを狙ったわけではなく、たまたま昨晩読んでいた本が「リア王」だったから、不意に言い間違えてしまった。

「リア王? それを言うならリア充?」

 菅井がそこを突っ込む。

「おお、生きるか死ぬか、それが問題だ」

 高遠が大げさに台詞を呟いて演技する。

「それはマクベス!」

 また菅井が突っ込む。

 でもその台詞はハムレットだったような、自信がなくて突っ込めない私をよそに、高遠はそのままお構いなしに更なるボケをかました。

「えっ、マクロス?」

 高遠はアニメ主題歌を歌い出し、段々オタクっぽい話題になっていく。

 どこまで続けるつもりだ。私を置いてけぼりに二人だけで盛り上がっていた。

 誰かこのふたり止めなくていいのだろうか。

 そのうちに先生がやってきて、高遠は「続きは後で」と満足げに自分の席に戻っていく。

 その姿を尻目に起立の号令がかかって立ち上がる。礼をして着席した後、一時限目のいつもと変わりない授業がまた始まった。


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