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あしたは未来リライト  作者: CoconaKid
第一章 そのままの道
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 目覚ましが鳴ると憂鬱に朝を迎え、気だるい一日が始まる。

 八つ当たりするように時計を叩いてアラームを止める。

 まだこの時点では横になったままだ。ここで葛藤してしまう。

 学校に行きたくないと思いつつ、行かなければならない義務感。

 すっきりしない目覚め。そこでため息が必ず出てくる。

 ベッドから気だるい体を引きずり出すだけで重労働だった。

 起き上がれば、プログラミングされたロボットのようにのっそりと階段を下りていく。

「おはよう。朝食できてるよ」

 母はいつも明るく朝を迎えてくれるが、母もまた無理をしていた。

 無表情で朝ごはんを食べる私を何も言わず心配そうに見守る毎日だ。

「お弁当、成実の好きな唐揚げ入れといたから。それと昨日クッキー焼いたの。ちょっとおやつに持っていく?」

「うん」

 こんがり焼かれた食パンにバターを塗りながら適当に返事する。実は聞いていない。

「昨晩、遅くまで起きてたみたいね」

「本を読んでた」

「何を読んでたの?」

「リア王」

「えっ、すごい本を読んでるのね。でも夢中になるのも程ほどにして、早く寝なさいよ」

 別に夢中になっていたわけではない。

 なんだか眠れなくて、眠れるようにと古典的な難しい本を読んでいただけだ。

 その本も私のではなく、父が学生の頃からもっていたような古い本だった。

 説明するのが面倒だったので、マグカップに注がれた熱い紅茶を一口飲んだ。

 そしてマグカップの絵柄を虚しく見つめる。

 私のお気に入りのマグカップ。近所のお姉さんがアメリカに行ったときにお土産に買ってきてくれた。

 直角に折れ曲がった矢印と一緒に『Do the right thing』とロゴが入っている。

 正しい事をしろという意味だ。

 これをもらった時まだ小学生だった私は、アメリカのものを手にして心わくわくした。

 飛翔国際高校の卒業生でもあったお姉さんの影響で私も英語に興味を持ち、私の夢は膨らんだ。

 今ではそのカップもずしりと重い。

 母は私のお弁当箱をピンクのかわいらしい布でくるんでから、ぼぉっとしている私の目の前にそっと置いた。

 次にジップロックの袋を引き出しから取り出す。

 その中に手作りのクッキーを入れてしっかりと口を閉じ、お弁当の横にそっと置いた。

 透明の袋に入った一口サイズの丸い形のクッキー。

 淵にザラメの砂糖がかかっている。サクサク感を醸しながらきれいなきつね色に焼けていた。

 一人で食べるには多い量だった。きっと友達と分けて食べろと示唆しているのだろう。

「ありがとう」

 小さく礼を言った後、私は食パンを頬張る。

 溶けたバターの風味と母の気遣いがじわーっと口の中に広がった。

 なんだか泣きそうになってしまう。それを堪えて私は慌てて咀嚼した。

 私も気持ちを切り替えないといけないのは分かっているけども、そう簡単にいかないのが感情というものだった。

 毎朝、覇気のない私を見て母は辛かったのだろう。

 これなら私立に通った方がよかったのではと、父に愚痴をこぼしているのを私の居ないところでしていたことがあった。

 二階から降りてきてトイレに行こうとしたときに、二人の会話を聞いてしまったのだ。

「仕方ないじゃないか、成実が自分で選んだんだから」

 今更言ったところで何も変わらないと父は相手にしない。

 でも苛立っているようにも聞こえた。

「だけど、今通ってる高校は成実にとったらかなりレベルが低すぎるわ。それなら私立の方がましだった。お父さんがもっと強く勧めてくれたらよかったのに」

「まるで、俺の稼ぎが悪いから強く勧められなかったといいたそうだな」

「何もお金の事を言っているんじゃないわ。お金なんてなんとでもなったわよ。でも成実は私たちの事を考えたから我慢したのよ」

 娘の教育のことで二人は夫婦喧嘩をしているみたいだった。

 勝手に私の知らないところでそんな風に話されるのもいやで、思わず叫び出しそうになってしまう。

 でもその後の父の言葉が思いとどまらせた。

「大丈夫だって。成実はどこの高校に行ってもしっかりと勉強する。その分、大学受験を頑張ればいいじゃないか。その間、大学の資金を貯めればいいだけだ」

 父がそう言うと母はしぶしぶと納得した様子だった。

 すでに事が進んでしまっている以上、過去のことは何を言っても仕方がない。

 私が受験に失敗したせいで、二人にも要らぬ心配をかけている。

 それも情けない。

 鬱々としているせいで、勉強する気分になれず、私はそんな先のことまで今は考えられなかった。

 もし、飛翔国際高校に受かっていたら今頃どうなっていたのだろう。

 毎日学校に行くのが楽しく思えただろうか。

 通学に時間が掛からず、朝もっとゆっくり寝ていられただろうし、起きるときもシャキッと目覚めていたのかもしれない。

 そして受かっていたら、同じ高校に通う留学生のホームステイを受けるつもりでいた。

 留学生のための住居を斡旋する機関があって、家が学校に近い理由から私のところもやらないかと募集の声が掛かっていた。

 私もそういうことに興味があったし、海外の友達ができるなんて嬉しいし、まして一緒に生活できるなんて一人っ子の自分にとったら楽しそうで是非とも留学生を迎えたかった。

 しかし、受験に失敗したらそんな気持ちも吹っ飛んだ。

 私はそこへ通えないのに、一緒に住む留学生だけが通ったらあまりにも悲しすぎる。

 そこまで私は寛大になれない。

 断ったとき、うちの家がいい条件だっただけにがっかりされたけど、その留学生は今頃どこかの家族と住んで楽しい高校生活を送っていることだろう。

 ぼんやりとしながら食パンを食べ終わり、紅茶をすする。少し渋みが効いたイングリッシュブレックファースト。

 すでにぬるくなっていたので一気に喉に流し込んだ。

「ごちそうさま」

 無造作にテーブルに置いたマグカップの音がコンと強く響いた。

 マグカップを大切にしていた私らしからぬ乱暴な置き方だった。

 何かを言いたげに母が振り返るが、私はお弁当とクッキーを持ってすぐさまキッチンを後にした。


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