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あしたは未来リライト  作者: CoconaKid
第四章 正しい道
38/41

 弟がいない日々を過ごすのは、僕にとって不思議な気分だった。

 もしかしたら不意に帰ってきそうにも思えたし、朝目覚めたら夢だったのかもしれないと思ったこともあった。

 小学生のうちは悲しみがその場に浮かんでいるみたいに、なんだかわからないままに時が過ぎていった。

 中学生に上がって環境が変わると次第にやる事が増えて、僕は段々それに順応してきた。

 悲しみも和らぎ、今ある生活をただ過ごしていく。

 毎日の消費の繰り返しで、徐々に年月が経っていく。

 そして高校受験を控えての中学三年。

 中学生も残り一年となった時に、時の流れの速さにようやく気づいた感じだった。

 中学三年の一学期はまだサッカー中心でそれに没頭していた。

 奇跡的に全国中学生サッカー大会の地方予選を勝ち抜いたものの、夏の全国大会では一回戦で大敗。

 残念ではあったけど、そこまで出られたことは誇りに思う。

 いい思い出になった。この後は受験勉強に集中できるというものだ。

 まだどこを受けるか決めていないが、とりあえず勉強しておけば問題ないだろうと、目標定めず自分でも少し暢気だと思う始末だ。

 サッカーで燃え尽きた夏休みはあっという間に過ぎ、二学期が始まると中学生活は益々残り少なくなっていく。

 ぼんやりと勉強机についていた僕は、思わず卓上カレンダーを手に取りパラパラとめくっていた。

「おっと、こんな事をしてる場合ではない」

 夜も更けてきて、少し集中力に欠けていた。

 気を取り直して、プリントで配られた英語の宿題にとりかかる。

 問題の長文を読んでいると「walk in someone's shoes」と書かれている部分があった。

 誰かの靴を履いて歩くという意味だろうか。

 誰かの靴を履く……。なぜ自分の靴じゃないのだろう。

 英文を理解しようと頭の中でイメージを膨らませていた時、僕は靴を履いてなかったお姉ちゃんをふと思い出した。

 あれは四年くらい前の出来事。

 弟の翼は病院で入院中だった。

 一緒にいるのが嫌で、僕はこっそり病室を離れて外に出ていた。

 その時に現れたのが靴を履いてなかったお姉ちゃんだった。

 慌てた様子で犬と一緒に、僕が座っていたベンチへ駆けつけてきた。

 僕の弟が呼んでいるからと、僕の手を引っ張って一緒に病院へ駆け込んだ。

 どんどんあの時の映像が頭の中で再生される。

 宿題をしていた手元が止まり、僕はあの時の事をとりとめもなく回顧しだした。

 翼との別れの日でもあったから、あの時のことははっきりと覚えている。

 あのお姉ちゃんが僕を呼びに来てくれなかったら、僕は弟の最後を看取れなかっただろう。

 もし弟の最後を見届けなかったら、僕は弟と向き合えないまま後悔し続けていたと思う。

 年下のくせに生意気で、負けず嫌いで、わがまま。僕もよりも積極的で怖いもの知らずな弟。

 側にいると僕はいつも霞んでいた。

 僕が同級生に意地悪をされたのを見た弟が、その相手に食いかかっていったこともあった。

「僕のお兄ちゃんに何するんや!」

 まだ小学一年の誰よりも小さい体だったのに、何も言えずに黙って我慢していた僕の前に立ちはだかって、相手に噛み付こうと歯をむき出しにしていた。

 弟は僕なんかよりも毎日を一生懸命生きるような奴だった。

 そんな弟が髄芽種という頭に悪腫瘍ができる病気になってしまった。

 そのせいで僕の家庭は大いに乱れ、僕も弟中心の生活のせいで我慢を強いられて苦しい日々を送っていた。

 でもその弟がいざ目の前で死んでしまうと、僕はその恐ろしさに震えが止まらなかった。

 弟の病気のせいでお父さんもお母さんも、僕より弟ばかりかわいがって、僕なんてどうでもいいと思われているのが悔しかったこともあったし、弟なんていなかったらなんて思ったことも正直あった。

 だからこそ、本当に弟が死んだ時、僕は罪意識に苛まれてなんて最低な兄なんだと自分のおろかさを責めていた。

 弟が死んで病室が騒然としだしたあの時、怖くて震えて、そして後から涙がぼろぼろ出てきた。

 弟のお葬式で、小さな棺の中で眠る弟を見たときも、僕は悲しすぎていたたまれなかった。

『兄ちゃん、頑張れ。僕、兄ちゃんのこと好きだからね。いつも応援してること忘れないで』

 弟の言葉がいつまでも耳に残っていた。

 こんな最低な兄なのに、弟は最後まで僕の事を考えてくれていた。

 それを思い出すと、悲しいのだけど、その裏で頑張らなくっちゃという思いも湧いてくる。

 僕の勉強机の上には憎たらしい笑みを浮かべた弟の写真を置いている。

 弟を忘れたくない。

 弟の分まで頑張るんだという気持ちをいつも持つためだ。

 お母さんは立ち直るまでかなりの時間がかかったけども、僕はお母さんの気持ちに寄り添うようにした。

 みんな辛かったから、思い思いに気持ちを処理していくしかない。

 僕はサッカーを続け、悲しみを吹き飛ばそうとする。

 お母さんは毎日仏壇に飾っている弟の写真に話しかける。

 お父さんは仕事に打ち込んで業績を上げる。

 まだまだぽっかりと穴が開いた状態だけど、悲しみを受け入れて毎日を過ごしていくのが精一杯だった。

 これがやるべきことの正しい道だったのかわからない。

 もっと他に進むべき道があったのかもしれない。

 ただ悪い方向だけは行ってほしくないと願うばかりだった。

「翼はどう思う?」

 お母さんみたいに僕も写真に語りかけてみた。相変わらず憎たらしいほど笑っていた。

 靴を履いてなかったお姉ちゃんも『正しい道を選んでね』って僕に言っていたのが思い出される。

 あのお姉ちゃんの顔まではっきりと覚えてないけど、靴を履いてなかったのがとても印象的だった。

 なんで靴履いてなかったんだろう。

「履き忘れた? まさか」

 あまりにも不可解で、つい独り言が口から出ていた。

 あの当事をお母さんに説明すると、幽霊だったのかもなんていうからびっくりする。

 幽霊には足がないとかいうけど、靴を履かないのもそうなるのだろうか。

 でもお姉ちゃんがなんであっても、僕を呼びに来て一緒に病院に走ってくれたのにはやっぱり感謝だ。

 お姉ちゃんに会えてよかったと僕は思う。

 犬もいたはずなんだけど、いつの間にか消えてしまい、その辺の記憶は曖昧になってしまった。

「あっ、もうこんな時間だ」

 不意に見た時計の針が先ほどより十分以上進んでいた。

 考え事をしていると、知らずと時間が進んでしまう。

 このままだと宿題はいつまでも終わらないので、僕は辞書でshoesの熟語がないか引いてみた。

 あまりにも簡単な単語だから、直訳はできても、前後の文章の意味と合ってなくてよくわからなかった。

 そういう時は隠れた意味があるというものだ。

 調べれば、出てきた。やっぱりイディオムだった。

 in someone's shoesで人と同じ立場になってみるという意味だ。

 なるほど人の靴を履くことでその人の立場を考えるということだ。

 面白い言い回しだと僕は思った。

 そういえば弟はサッカーが上手くなりたいといって、ぼくのスニーカーを履いた事があった。

 ぶかぶかの僕の靴を履いて、サッカーボールを蹴っていた時の弟の楽しそうな顔が浮かんだ。

 僕がボールを上手く蹴ると、靴に何か仕掛けがあると思っていたのかもしれない。

 僕の靴を履いていた弟。

 僕の方が弟の靴を履くべきだったと今になって思う。

 もう一度英語の文章を読み、大事なことのように、赤いボールペンでその単語の部分にアンダーラインを入れる。

 その意味を忘れないでいたかった。

 僕は英語がそんなに得意じゃないけど、こういう面白い言い回しは好きだった。

 宿題のプリントを配られた時、今度、町で催される国際交流のイベントで英語のスピーチ大会があると先生が言っていた。

 誰か出たい人と希望者を募ってたけど、僕のクラスは誰もそんな事をしたい人はいなかった。

 英語の先生が勝手に盛り上がってるだけで、生徒は冷めた様子だった。

 そのうち先生がそれに相応しい代表者を抜擢すると思う。

 英語の得意な人はどんな風にスピーチをするのだろう。

 発音のいい人が用意された文面を丸暗記して発表する。僕はそういう風に思っていた。

 参加はしたくないけども、僕はそのイベントに興味を抱いた。

 その時、見に行こうかと気まぐれに思っていたほどだった。

 考え事をしていると、ドアをノックする音にハッとさせられた。

「何?」

 慌てて僕が答えると、お母さんがドアを開けて覗き込んだ。

「もう遅いから早く寝たら?」

「うん、もうすぐ終わるから」

 勉強机に向かってる僕と同時に、その机に飾られている翼の写真をお母さんは見たと思う。

 その後は柔らかな笑みを僕に向けて静かにドアを閉めた。

 最近、お母さんは僕に高校受験はどうするか訊いてきた。

 僕はまだはっきりと決めてないから考え込んだ。

「司が行きたいところならどこでもいいから。自分の好きなようにしなさい」

 お母さんは僕にたくさんの選択を与えてくれた。

 僕は何がしたいか考える。

 サッカーもしたいし、考古学者のように古いものを見つけたいし、パイロットになって飛行機を操縦してみたいし、政治家になって国を動かしてみたいし……どんどんと夢が膨らんでいく。

 僕は弟を失ったけど、弟は自分の名前と同じ『翼』を僕に残してくれたから、僕は空高く羽ばたけるような気がする。

 僕は何でもできそうに、その晩ひとりで気が大きくなって翼の写真に僕の憎たらしい笑みをぶつけてやった。


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