一話
「侯爵家令嬢イザベラ、君との婚約を破棄する」
「ふん、私だってそのほうがいいわ」
ルーカス公爵が、私の前で、イザベラ・ディオールに言い放つ。
周囲は騒然とし、何事かとざわめきはじめる。
ああ……まただ。
今回こそは大丈夫だと思っていたのに、止められなかった。
通算十数回目。
視界がぐるぐると渦巻き、世界が真っ白になっていく。
そして――私、子爵家令嬢アリア・プロンツェは赤ちゃんの姿で目を覚ました。
◇
――十六年後。
季節は冬。
街はクリスマスムードに包まれ、中央広場には、大きなもみの木がクリスマスツリー仕様になっている。
周囲は、純粋な子供たちや幸せそうな家族で溢れていた。
私とイザベラ様も、雪の降る中、ツリーを眺めている。
「今年も綺麗ですわ、アリア」
「はい、とても綺麗です。イザベラ様!(が)」
正直、ツリーはもう見飽きている。けれども、イザベラ様は何度目でも美しい。
光に輝く美しい金髪よりの白髪、健康的で美しい体のライン、濁りのない綺麗な声。
すべてがパーフェクト。
……性格を除いて。
「アリア、執事たちに頼んでこのツリーを持ち帰りましょう」
イザベラ様は、こんな幸せに溢れている広場で、こんなことを言ってしまう。
なぜなら、人の気持ちがまったくわからないのだ。よく言えば自分の欲求にまっすぐとも言える。
しかし、これには理由がある。
この世界、実は『悪役令嬢、世界のすべてはイザベラ様のものですわ!』という乙女ゲームなのだ。
私は前世、このゲームが大好きだった。というか、イザベラ様が大好きだった。
欲望に忠実で、自由奔放に生きる彼女が、たまらなく愛おしかったのだ。
私は何かの理由で亡くなって、気づいたらイザベラ様を支える脇役令嬢として生まれ変わっていた。
普通なら困惑したり、驚いたりするかもしれないが、私はすんなりこの状況を受け入れた。
私のすきぴ――イザベラ様の隣で日々を過ごせることが嬉しくて、初めは二人揃って傍若無人に好き勝手していたのだ。
それはもう楽しくて楽しくて、おほほ、あははと笑いながら、言えることや言えないことをしていたのである。
しかし、イザベラ様とルーカス公爵の結婚パーティ当日、ルーカス様が婚約破棄を言い放った瞬間、なぜか世界が巻き戻る現象が起きた。
本来、ゲームのシナリオ上で二人は結婚することになるのだが、なぜかそうならずにループしてしまう。
その理由として、ルーカス公爵はイザベラ様が悪いことをしているのを快く思っていないとの噂があった。
当然とはいえば当然ではあるが、なぜそうなっているのかはわからない。
それからというもの、私はイザベラ様が悪行のかぎりを尽くさないように手を尽くした。
しかし、いくと度なく失敗し、世界を繰り返している。
一度目(実質数回目のループ)、口酸っぱく悪い事はダメだとイザベラ様に注意したが、嫌われてしまい話すことすらできなくなりいつのまにか私は赤ちゃんに戻る。
二度目、幼少期から善と悪を教え込もうと、授業をしたりしたが、わかってもらえず赤ちゃんに戻る。
三度目、怒鳴ったり、笑ったり、いろんなことを試してみたが赤ちゃんに戻る。
四度目、とにかくやめてくださいとお願いしたが赤ちゃんに戻る。
それからあの手この手を尽くしたが、やっぱり赤ちゃんに戻ってしまう。
なぜここまでするのかというと、イザベラ様も最後に後悔しているからだ。
婚約破棄を叩きつけられた瞬間、目に涙を浮かべる。
こんな性格の悪い自分を変えたいと、涙を流している姿も見たことがある。
ゲームのシステムに抗おうとしているイザベラ様を、私も変えてあげたいのだ。
そして、通算十五回目か十六回目か十七回目。
私はついにイザベラ様の悪行を止める術を偶然にも見つけてしまった。
開発者も想定しなかったバグなのだろう。
魔法の言葉を――囁くだけでいいのだ。
巨大なクリスマスツリーを根こそぎ持ち帰り、庭のどこに置くと見栄えがいいのかを真剣に考えているであろうイザベラ様に、そっと耳打ちをする。
「イラベラ様」
「なあに?」
嬉しそうな笑顔。悪行を考えているときは、いつも屈託のない笑みをする。
愛らしいが、心を鬼にしなければならない。
「悪い子には――サンタさんが来ないですよ」
すると、イザベラ様は表情を一変させる。
冷や汗をかき、身体を震わせ、ロボットのように首を動かして私の顔を見る。
「な、なんですって……アリア、これは悪いことなの……?」
「はい、悪いことです」
まさに吃驚仰天。
驚きのあまり絶句したイザベラ様は、今にも涙を流しそうな顔で下唇を噛んだ。
ああ、愛おしい。可哀想だが……仕方がない。
偶然見つけてしまった魔法の言葉とは『悪い子供のところにはサンタが来ない』である。
イザベラ様はクリスマスが好きで、とくにサンタクロースが好きなのだ。
もちろんゲームのプロフィールに書かれていたのだ。
そういえばそんなこと書いてた気がするなあと冗談で言ってみたら悪行はピタリと止まり、暴言も吐かないようになった。
「それなら仕方ありませんわ……サンタさんにご迷惑をおかけすると、悪い子になってしまいますから……」
「はい、仕方ありません!」
しかし、これには大きな問題があった。
イザベラ様の両親は仕事ばかりで、なおかつサンタクロースを信じていない。
つまり、クリスマス当日、イザベラ様がどれだけいい子にしていたとしてもプレゼントは用意されないのだ。
「クリスマス、一週間後ですね」
「ええ、去年は私がどうしても欲しかった、もふもふゴブリンのぬいぐるみでした。この国では販売していないというのに、サンタさんはどこから私を見ているのでしょうか」
綺麗な瞳をより一層輝かせ、イザベラ様はサンタクロースに想いを馳せる。
ああ……。去年のことを思い出すと、今でも身体が震える……。
私はもふもふゴブリンの人形を手に入れるため、綿密な計画を立てた。
仮にも令嬢の私が一人で国外に出られるわけもなく、怪しい男に大金を払って謎の地下室から国外へ脱出。
道中さまざまな魔物と戦いながら東の国へ辿り着き、おもちゃ屋さんを何軒も回って人形をゲット。
急いで国に舞い戻り、サンタの格好に着替え、イザベラ様の家の煙突から侵入。
もはや何を言ってるのかわからないと思うが、イザベラ様のサンタクロースは私――アリア・プロンツェなのである。
とはいえ、最初はどこにでも手に入るものばかりだった。
しかし、イザベラ様のお家は屈指のお金持ち。
王族ではないものの、爵位以上の知名度もある。
年々、簡単に手に入るようなものを願わなくなった。
私の負担は限界突破。この時期に近づくと手が震え、心臓が鼓動し、クリスマス怖いよーとベッドから出られない日もある。
けれども、プレゼントを受け取ったイザベラ様の嬉しそうな笑顔を見ていると、すべてが吹き飛ぶのだ。
「今年は……何が欲しいんですか?」
ところが、新たな問題が発生していた。
毎年、イザベラ様は早い段階で欲しいものを私にだけ教えてくれるのだが、今年に限って秘密なのだ。
クリスマスは一週間後、さらにもうすぐ、イザベラ様とルーカス公爵の結婚パーティーが待ち構えている。
サンタを信じさせるため、ループさせないためにも、なんとしても聞きださなければならない。
「それは言えないわ」
「どうしてですか?」
「……色々あるの」
どこか悲しげに答えるイザベラ様。しつこいと嫌われるかもしれないが、そうもいかない。
たわいもない話から聞き出そうとさりげなく質問を繰り返したが、結局欲しいものは教えてもらえなかった。
「そういえば、今年はミルクを三リットルにしたの」
突然答えるイザベラ様の嬉しそうな言葉に、私は体を震わせ、心臓の鼓動を早めた。
この国では、サンタを歓迎するという意味で、ミルクとクッキーを置いておく風習がある。
初めはコップ一杯のミルクとクッキー二枚だけだったが、「足りないのかしら」と毎年増え、去年はなんと二リットルもあった。
もちろん、クッキーも山盛りだ。
サンタクロースは私なので、イザベラ様のために飲み干したが、三リットルと聞いて身がすくんだ。
ミルクが嫌いなわけではないが、胃袋にも限界がある。
プレゼントと一緒にミルクを床にぶちまける日も近いかもしれない。
それを悪いことですよ、と囁くのは可哀想だが……こればかりは言うしか無い。
「イザベラ様、それは悪い――」
「もしかして……これ悪いことかしら?」
「いえ……サンタさんも喜ぶと思います! ミルクもクッキーも盛り盛りで行きましょう!」
いやああああああああ、やってしまった。しかし、涙ぐみながら上目遣いは反則ですよ、イザベラ様!。
後で後悔するかもしれないが、尊い姿が見られたので良しとしよう。
その後、私は手がかりを掴もうとイザベラ様を無理やりおもちゃ屋さんに誘った。
「見てください、このスライム! ぬるぬるで欲しくなりませんか?」
「そうかしら、ちょっと手がベタつくわ」
宝石屋さんにも誘った。
「このダイヤモンド、すごく綺麗じゃありませんか?」
「そうねえ、でも家にいっぱいありますわ」
お洋服屋さんにも誘った。
「新作、すっごくフリルが可愛くないですか?」
「可愛いけれど、少し幼いわ」
けれども、なんの成果も得られませんでした。
それどころか、いつもより少しだけよそよそしい気もする。
なんだか、私に対して申し訳ないような……。
「もうこんな時間ですわ、今日は帰りましょう」
「そうですね……」
クリスマスは一週間後。プレゼントの内容によってはまた国外に出る必要もあるが、時間はある。
イザベラ様のためにも、この世界を繰り返さないためにも。
(特に赤ちゃん時代はやることなくて辛いので絶対に戻りたくない)
私はがんばる!。
◇
一週間後――クリスマス当日。
まずい、まずい、まずい。何も手がかりがないままこの日を迎えてしまった。
今日は強引にでも聞き出さなければ……。
早朝、イザベラ様の家に向かっていた。
今日は予定があるので会えないと言われていたが、無理やりにでも聞き出そうと決めたのだ。
「あれは……」
すると、道中の広場で大変なことが起きていた。
急いで駆け寄り、工事をしていた男性に尋ねる。
「何をしてるんですか?」
「君は――子爵家令嬢のアリアさんか。なら言っても大丈夫かな。実はイザベラ様に頼まれてね」
「な……」
なんと、大きなもみの木が根っこから引っ張り出されていた。
どこかに移動させるらしく、運搬用の馬車が何台も用意されている。
イザベラ様は――このツリーを諦めていなかったのだ。
長文にもかかわらず、最後まで見て頂きありがとうございました!
次回完結です!




