第六話 四月六日(土)少女は幼馴染の家を訪問した
カナとの電話を終えた次の日。
朝食を終えたユウは自室に戻ると、クローゼットを開いて洋服を物色していた。
「これならいいかな」
手に取ったのは淡いピンクを基調としたブラウスとフレアスカートだ。どちらも生地が薄いため今の季節には少し肌寒いが、カーディガンを羽織れば丁度良いくらいだろう。女装している気分になるが、まあ遠くないうちにそれもなくなるはずだ。
「うん。これでよし」
そのまま部屋を出てリビングに向かう。ユウは今朝のうちに作っておいたお菓子の入った袋を手に取り、サユリに声をかける。
「母さん。ちょっとリヒトの家行ってくるね。アイカさんに会ってくる」
「そう。お昼はどうするのか決まったら連絡頂戴ね」
突発に決まった訪問を知っていたように対応するサユリに、ユウは直感的に理解する。
「(アイカさんと繋がっていたのはやっぱり母さんだったのか)…わかった」
そうは思ってもユウの為に動いてくれていたことは分かっている為、それには触れずにリビングを出る。
玄関に向かい靴を履いていると、不意に背後から声をかけられた。
「ユウちゃん。リヒト君によろしくね」
「うん」
振り返るといつも通りの微笑を浮かべたサユリが立っていた。サユリに見送られて家を出たユウは、目的のリヒトの家へ向かう。そうはいっても幼少期からの幼馴染なので学区内だから徒歩で向かえる距離だった。
歩幅が小さくなった影響で前よりも時間は掛かったが、それでも五分程で目的の家に到着した。インターホンを押すと中からパタパタとスリッパの音が近づいてくる。
「ユウちゃん、おはよう。待ってたわよ!」
出てきたのはリヒトの母、アイカだった。175cmある高身長な体に襟首に切り揃えられた綺麗な黒髪。凛々しい顔立ちでカジュアルな服を着こなす彼女はサッパリとした性格も相まって格好良い麗人と昔からの評判だ。
そんな彼女がだらしない笑顔で瞳を輝かせて抱き着いてくる姿に、ユウは苦笑いしつつも受け止めた。
「アイカさん。久しぶり」
「ええ本当に!元気にしてた?ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるから大丈夫だよ。アイカさんの方は相変わらずみたいだけど」
「私はユウちゃんが女の子になったって聞いてからずっと心配してたんだから。でも元気そうで良かった……」
安堵したように胸を撫で下ろすアイカにユウはそっと腕を背に回した。
「あなたの息子から元気づけられましたから」
「ふふっ。そうなのね。私も嬉しいわ。さあ上がってちょうだい」
「ありがとうございます。あっ、これ時間無くて簡単なものなんですけどどうぞ」
「あら無理しなくてもいいのに。ありがとう……カップケーキね。せっかくだし紅茶でも用意するわ」
袋を渡してリビングに通されたユウはソファーに座らされる。アイカは申し訳なさそうにユウに告げる。
「ごめんなさいね。あの子、まだ寝てるのよ。今リヒト起こしてくるから」
「僕が行ってもいいですか?」
「え?うーん……じゃあお願いしようかしら」
アイカは少し迷ったが結局は任せることにしたようだ。
「ありがとうございます」
ユウは立ち上がりリヒトの部屋の前まで行く。ノックをしても反応が無いためドアを開けると、そこにはベッドの上で大の字になって熟睡するリヒトの姿があった。顔をのぞき込んでも反応がないので、揺さぶって起こすことにした。
「リヒト。起きて」
「……んぁ?」
寝ぼけ眼で瞼を擦りながら起きたリヒトは、ユウを見て飛び上がるように起き上がった。
「うおっ!?……………ユウか。寝起きにその顔は心臓に悪いな」
「驚かせてごめん。とりあえず着替えたらリビングに来てくれるかな」
「おう分かった」
ユウはそれだけ言い残して部屋を後にした。
***
リヒトが身支度を整えている間にユウはアイカのお茶の準備の手伝いをした。長年深く関わってきた為、とっくにキッチン周りを把握しているユウには慣れたものだった。
準備を終えてリビングに運んでいるとリヒトはもう来ていたようで、席に着いていた。楽しそうに食器を運ぶユウにアイカは微笑みながら話しかける。
「ユウちゃん。今日は来てもらってありがとね」
「いえ。こちらこそ急にすみません」
「ユウちゃんならいつでも歓迎よ。それにしてもユウちゃんが女の子になってから初めて会ったけど、体の調子はどう?」
「今のところは大丈夫です。ただ体のサイズが変わってしまったので、まだ距離感が掴めてないですね」
実際、日常生活でもぼーっとしながら物を掴もうとして空振りすることがある。意識していないとまだ腕の長さなどを誤認してしまうのだ。
「そうよね……。何かあったら遠慮なく言って頂戴ね」
「はい。でも、カナにも成り行きで話したので彼女にも相談します」
「相談相手は多いに越したことはないわよ。カナちゃんも知ってるなら心強いわ。学校のことは私には手伝えないもの」
「そういえば母さんから聞きましたけど、アイカさんは昔から僕のことを気にかけてくれたんですよね?ありがとうございます」
「いいのよ。私はユウちゃんのこと好きだから、当然よ。リヒトも凄く世話になってるしね」
「母さんの言う通り、俺はユウに助けられたからな。お前が居なかったら今の俺は無い」
「そっか。それなら良かった」
「ユウちゃん。高校でもリヒトをよろしくね」
「はい。僕の方が世話になりそうですけど」
そんな話をしているうちにアイカは用意した紅茶やお菓子をテーブルに並べる。それから三人でティータイムを楽しみつつ雑談をしていた。ユウが女になった経緯を話しても可愛くなったから問題ないとアイカがズレた感想を述べた後も他愛ない話で盛り上がった。
「ところでユウ。その服似合ってるな。可愛いと思うぞ」
「ありがとう。でもここまで女の子してる服は流石にまだ恥ずかしいかな」
「そうか?まあユウならどんな格好でも似合うと思うけどな」
「そうよ。ユウちゃんなら男物の服でも着こなせるわ。サイズが合っていればだけどね」
似たもの親子の言葉にユウは苦笑いするしかなかった。
(流石になんでもは無理な気がするけど、二人は本気で言ってるのだよなぁ…)
ふと壁の掛け時計を見ると正午に近い時間を示していた。ユウが時計に視線を向けたことに気が付いたアイカは、先ほどから密かにやり取りしていたスマホを見る。相手からの了承を表したスタンプが送られてきたのを確認してほくそ笑む。
「ユウちゃん、お昼作るからちょっと手伝ってくれない?」
「いいですよ」と僕は立ち上がると、「俺も手伝うぞ」とリヒトも立とうとした。
「リヒトは座って待っていてちょうだい」
「はい……」
有無を言わせないアイカの態度にリヒトは大人しく浮かせた腰を下ろした。
「ユウちゃん。正直あなたの料理を食べてみたいから、メインお願いしていいかしら」
「分かりました。じゃあキッチン借りますね」
ユウはそう言ってアイカから渡されたエプロンを身につけると、アイカと一緒に台所に立った。
ユウは冷蔵庫を開けると、中に入っている食材を確認する。
「(えーと……豚バラブロック肉があるから……チャーハンにしようかな)チャーハンでいいですか?」
「もちろん!ユウちゃんの料理楽しみだわ!」
アイカは嬉しそうに答えると、ユウは早速調理に取り掛かった。まずは米を研いで炊飯器にセットすると、野菜室から必要な材料を取り出していく。玉ねぎをみじん切りにして、ニンニクもすりおろしておく。
次にフライパンを熱して油を引いて、豚肉を炒める。程よく火が通ったらご飯を投入してほぐすように混ぜ合わせ、塩コショウと醤油を加えて味を整える。最後に溶き卵を入れて軽くかき回してから、刻んだネギとゴマを入れた。
想像以上の手際の良さにアイカは興奮した様子でユウを観察していた。つつがなく作り終えると、いつからかアイカが副菜を作っていた。
「はい、できましたよ」
ユウが出来上がったチャーハンを持ってくると、配膳を終えて席に着くと、目を輝かせていたアイカとリヒトは待ちきれないとばかりにこちらの様子を伺っていた。
「美味しそうだわ。食べていいかしら?」
「どうぞ、召し上がれ」
「「いただきます」」
二人同時にスプーンを手に取ると、一口頬張る。
「ん~。やっぱりユウちゃんの作ったものは最高ね」
「本当、相変わらず美味いな。毎日食べたいくらい」
「もう。それはプロポーズの言葉よ」
「ああ、そうか。まあ食べたいのはホントだしいっか」
二人は幸せそうに食事を楽しんでいた。そんな様子を見ていると、ユウまで幸せな気持ちになるのであった。
昼食を終えると三人はリビングで寛いでいた。アイカはリヒトとユウの肩を抱き寄せると、頭を撫で始める。
「こうして二人が変わらずに会ってくれて嬉しいわ。これからもよろしくね」
ユウとリヒトは少し恥じらいながらもアイカに身を委ねてじっとしていた。
そのまま五分ぐらい大人しくしていると、アイカは満足したのか二人を開放する。それからユウとリヒトはソファーに座り直すと、アイカは立ち上がって二人の頭を優しく叩く。
「二人ともありがとね。私は買い物があるから、二人でゆっくりしていて」
アイカはそう言い残すと玄関に向かって歩いていった。
「アイカさんは買い物に行ったけど、何かしたいことある?僕は特に無いかな」
ユウは隣に座っているリヒトの顔を覗き込む。
「俺もな…いや、あったわ。課題が終わってねえんだけど手伝ってくれないか?」
春休み前に夢ヶ島高校から渡された課題がある。進学校として休みボケされたくないのであろうか、数日では終わらない程度の量が出されている。どうやらリヒトはその課題の中で分からなくて詰まっている場所があるらしい。
それからはリヒトの部屋に場所を移して、リヒトに勉強を教えた。リヒトは地頭が良いため、教えることはあまり無いのだがそれでもユウにとって、リヒトと一緒にいられる時間は癒しになった。
そんなこんなで夕方になるとアイカが帰ってきた。そのままリヒトの部屋までやってきて、扉を開ける。
「ただいま!二人とも仲良く………?」
「お帰り母さん。俺が課題終わってなくて手伝ってもらってた」
「お帰りなさいアイカさん。……どうしました?」
扉を勢いよく開けたまま固まったアイカに不思議そうに首を傾げる二人。
「いえ、なんでもないのよ。ちょっと二人の距離感に驚いただけ」
「「…?………ッ?!」」
二人して疑問符を浮かべながらお互いの顔を見た。拳三つ分しか離れてない距離に端正な顔があり、慌ててそっぽを向く。腕が当たる距離でやっていた二人は、指摘されて今更に気付いたようで首まで真っ赤にした。
「(初々しいわねぇ…)切りのいいところでユウちゃんを送りなさい。もう暮れてきたから」
アイカはそう言うと固まる二人を放ってリビングへと去っていった。
「えっと、帰るか……」
「うん……。そうだね」
どこかぎこちない二人は荷物をまとめると、家を出る支度をする。
「ユウちゃんまた来てちょうだいね。いつでも歓迎するわ」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
玄関先まで見送りに来たアイカに見送られて、ユウとリヒトは帰路についた。
「今日も楽しかったな。ありがとなユウ」
「ううん、僕こそ色々助かったよ。それに……」
ユウは空を見上げる。この体になって三日目の今日、何となく自分が変わっているのを実感した。
不思議と前は感じなかった匂いや感じ方の違う肌の感覚に振り回されてきたけど、それらが嫌だとは思わなくなった。
「なんだか楽しくなってきたんだよね」
ユウは自分の変化を楽しむように呟いた。
リヒトは少し驚いたような表情をしたが、すぐにいつも通りの笑顔で返す。
「明日は学校に行くんだよな?」
「そうだね。僕の身分証明とか割と面倒なところは父さんが手回し済みだから、女子生徒として変更手続きするのと先生に事情の説明が主かな」
「明後日の入学式が楽しみだな」
「僕も、一時はどうなるかと思ったけど今は楽しみだよ」
ユウはこれからの学校生活を考えると心躍る思いだった。
私は料理もしないので描写が曖昧です。