第四十九話 五月二日(木)少女は生徒会室で謝った
夏は意識が飛びやすいので気を付けましょう!
ユウの欠席を聞いて動揺を隠せなかった生徒会長が珍しくミスをしていた翌日。
いつもより少し早く家を出たリヒトはユウの家に来ていた。インターホンを押してしばらくすると、玄関のドアが開いた。
「おはよ、リヒト」
「おはよう、ユウ。体調は平気なのか?」
「うん。昨日よりだいぶ楽になったから大丈夫だよ。薬も飲んだし」
「……無理はしてなさそうだな」
リヒトはユウの顔をじっと見つめ、苦痛を隠していないのを確認して安堵した。
「準備まだだから中に入ってて」
「おう」
二人は家の中に入ると、リヒトはリビングへと向かいソファーに座った。すると後ろからサユリがやってきた。
「あら、リヒト君。今日もありがとう。ユウを見ていてどう?」
「無理してる様子はないですけど、今のユウは……」
「心配しないで。弱めの薬で済むくらいに落ち着いたわよ。まぁ、学校で無茶しないように見張って
ね」
「勿論です。リサにも協力してもらうんで大丈夫ですよ」
「それなら安心ね。リヒト君も大変だろうけどよろしくね」
それから数分後、支度を終えたユウがやってきた。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
「ああ」
二人はサユリに挨拶をして家を出た。ユウは玄関先まで出ると手を差し伸べてきた。
リヒトが差し出された手を優しく握れば、彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべた。
***
二人が手を繋いで登校して教室に入ると、クラスメイト達に囲まれた。
「ユウちゃん、具合はどう?」
「おはよう!もう体調は大丈夫なの?」
「やっぱ二人でいる姿がしっくりくるな」
ユウの周りに人が集まっている間、リヒトはリサの元へ向かった。
「ユウは大丈夫なの?」
「サユリさんも認めるくらいには大丈夫。今も弱めの薬で落ち着いているみたいだよ」
「そっか、よかった」
リサは胸を撫で下ろすと、自分の席に着いた。
その後もユウの周りではクラスメイト達が話しかけたり、授業の準備をしたりと各々過ごしていた。しかし、昼休みになるとユウの異変に気付いた女子生徒が一人いた。
「ねぇ、ユウ。もしかして―――」
そっと耳打ちした彼女の言葉にユウは頷く。苦笑いをすると、ユウはそのままトイレへと向かった。その様子を見ていたリヒトはリサに連絡していた。
『藤堂は気づいたみたいだぞ』
『彼女なら前のユウをちゃんと知ってるから。昨日の事を教えておくわ』
『おけ』
そして、5限の授業が始まる直前になってユウが帰ってきた。チャイムが鳴ると同時に、教師が教室にやってきた。
リヒトはチラリと隣の様子を見るが、彼女はにこりと笑みを返してくる。そこに先ほどの見え隠れしていた苦渋の色が無くなっていた。おそらくは昼休みのうちに薬を飲んだのだろう。
それからは何事もなく授業を受け、帰りのホームルームの時間になった。
「明日から長めの連休に入るわ。運動部なんかは練習試合で行ったり呼んだりで大変だと思うけど頑張ってね」
「矢吹先生はどこの顧問なんですか?」
「私は軽音楽部の顧問よ。連休中にないか用があったら第二音楽室いるから」
「わかりました!」
「連休だからといって多少の勉強はしましょうね?月末にはテストがあるから」
一通りの業務連絡と、一抹の不安要素を暴露した矢吹はにこやかにホームルームを終了した。
放課後になり、生徒達は部活に向かったり帰宅したりと思い思いの行動をとっていた。そんな中ユウはリヒトの方へ向くと、鞄を持って立ち上がった。
「リヒト、今日は生徒会に行ってくるね」
「ああ。でも早く終わってもバスケは見学な」
リヒトはユウと一緒に教室を出ると、途中で別れて生徒会室へと向かう。
生徒会室の扉を開けると既に全員揃っており、ユウもすぐに席についた。
「遅くなってすみません」
「いいえ、大丈夫よ。」
ユウの体調を心配しつつも、生徒会長のシズクは会議を始めた。
「まず今日時点での体育祭の状況だが、昨日纏めておいたから目を通してくれ」
「……昨日は来れなくてすいませんでした」
「事情ならリヒトから聞いてるよ。むしろ今日も無理はするなよ」
「はい。ありがとうございます」
ユウが軽く頭を下げると、会長は咳払いをして話を続けた。
「今日の会議で確認するのは各競技の人数配分だ。それに合わせて各委員会に必要な人員配置を要請する」
「昨年だと午後の競技でのトラブルが目立ちますね」
「去年は特色のある競技が午後に固まっていたのが要因だったな。それもあって人手不足で色々と騒いだからな」
「今年は大丈夫でしょうか……」
「それは当日の様子次第だな。その対策も含めて話し合う必要がある」
それから話し合いの結果、競技の人数配分については変更なし。ただし、応援合戦は午前に振り分ける事になった。
「これで問題ないかな」
「はい。大丈夫です」
「それじゃ、今日は皆の出る競技を共有して終わろうか。まず三年生から」
「俺は―――」
順に話す内容を書記を務める二年生の九重が書き上げていく。
「僕はクラス対抗リレーと障害物競走と二人三脚ですね」
「俺はクラス対抗リレーと借り物競争と騎馬戦です」
「……カズヤ。もう体は平気なの?」
「ああ、こっちに戻ってきた時点で完治してる」
「そこの二人。不穏な過去を匂わせる発言は控えるように」
「「すいません」」
「お前らは乗り越えると笑い話で済ませるけどな、内容が重いんだから気を付けてくれ」
「それより、私はユウちゃんが二人三脚で誰と組むのか気になったりします!」
勢い良く挙手をしたのは一年書記の八坂ミチルだった。彼女は興奮気味にユウを見て質問をした。
「えっと……リヒトとだけど?」
「その人って噂の彼氏さんですよね!つまり二人並んで肩を組む姿が見れるってこと!?」
「ミチル、少し落ち着きなさいな」
「私はユウちゃんがはにかんだ姿が見たい!」
堂々と宣言をするミチルに一同は呆気に取られていたが、すぐに会長が口を開いた。
「とりあえず落ち着け。まぁ、気持ちもわかるけどな」
「シズク先輩まで何を言ってるんですか」
「ユウの恥じらう姿なら何度か見たが、随分と可愛らしいからな」
「うっわ、まさかの会長からの惚気がきた」
「そう言うカズヤだって、二人を知る立場から色々聞かれたんじゃないのか?」
「俺の彼女に気を配ってるのか全然ありませんでした。けどユウが恥じらう姿なら何度か見てますよ」
「あの……二人は何を自慢してるの?」
「「勿論ユウの事!」」
声を重ねて言い切った二人に対して、ユウはその勢いに負けて机に突っ伏した。それからも話は続き、二人からユウのあれこれを聞くたびに体を震わせるユウを周囲が生暖かく見守った。
そして話が終わった頃にはユウは真っ赤に染まり、うっすらと涙を浮かべていた。
「佐倉ちゃん大丈夫?」
「うぅ……はい」
「いやー、会長達の話で恥ずかしがるユウちゃんも可愛いな!」
「ミチル……それはまごうことなき嗜虐発言」
割とドエスな発言に引いた様子の佐々木ユキナは一歩距離を取った。
「あ、ごめん」
「いや、別にいいんだけど……。それよりそろそろ時間だから帰らないと」
「僕も部活行きたい。練習には参加しないけど」
生徒会役員は放課後に会議があっても、時間が余れば各自の部活動に向かう。だが今日は全員生徒会室に残っていた。理由は何かと聞かれれば話題になる佐倉ユウという人物の話で盛り上がっていた為だと、その部屋にいた全員が答えただろう。
その為、普段よりも下校時間が近づいている今の時刻を見たユキナが焦ったように言った。同調するようにユウも言えば、他の役員たちも時間に気付いて席を立った。
「それでは皆連休も気を付けて過ごすように。危ない運転する車も増えるからな」
会長が締めると、皆部屋を出て各々の場所へと向かった。
ユウも荷物を持って体育館へと足早に去っていった。
その日、ユウは練習には参加せずにマネージメントに徹する事にした。
暑さが本気を出してきたので、水分は十分な量を用意しておきましょう。




