第四十一話 四月二十七日(土)少女は部活中の彼を見学をした
久々に一日(作中時間)が長くなりました。こうなると区切る位置に悩みますね。
変に偏ると読みにくくなるなるのでは?と心配になります。
「着いたね。レイナ、大丈夫?」
「だ、大丈夫……もう顔は戻った」
自分の顔をもにもにと両手で揉んだレイナは深呼吸してから扉を開いた。中に入ると、練習中の部員達が一斉にこちらを見た。
「「「……」」」
「僕はリヒトを見に来ただけなのでお気になさらず続けてください!」
「あたしはなんとなくなのでお気になさらず!」
二人は一礼しながら挨拶をすると、そのままレイナと共に階段を上り二階のギャラリーのコートが見える位置に腰かけた。
丁度休憩に入ったたようで、リヒトがこちらに気付くと手を振っていた。ユウも手を振り返すと彼は嬉しそうに笑ってコートの隅に移動した。
「……ユウ。顔の緩みを抑えなさい」
レイナは蕩けるような笑みを浮かべるユウの顔を見て呆れかえっていた。
「え、抑えてるよ?」
「いや、全然抑えられてない。そんなんじゃリヒトが嫉妬されちゃうよ」
「それは嫌だな……。頑張ってみる」
ユウは自分の頬をぺしっと叩いて気持ちを引き締めた。そして、リヒトの様子を観察し始めた途端にふにゃりと表情が崩れる。
その度にレイナに注意されるのだが、結局最後まで直らなかった。
「……あんたって本当にリヒトのこと好きだよね」
「うん。大好きだよ?」
ユウはレイナの質問に躊躇いなく頷いた。無垢な笑顔を浮かべるユウの姿に、レイナは思わず見惚れてしまった。
(あ、これが恋する乙女の顔ってやつかな?可愛い……)
レイナが微笑ましくユウを見つめていると、ユウは首を傾げてレイナに問いかける。
「どうしたの?」
「何でもない。……それより、そろそろ試合するみたいだよ」
レイナが指さす方向を見ると、いつの間にかコート上を整理してチーム分けをしていた。
リヒトは二軍に入って、相手はレギュラーチームのようだ。
「あ、リヒトが入るみたい」
「あれ、一軍と二軍の対決じゃ厳しくない?いくら海原君とはいえこれじゃ……」
「大丈夫だよ。見てて」
ユウの言葉通り、試合は拮抗した展開になった。リヒトは的確にパスを回し、相手の動きを読んでカットインすると、ボールを奪い取り鮮やかにシュートを決めた。その後もチームを生かしたプレーで相手を翻弄して得点を重ねていった。
「凄いね。海原君のいるチーム、楽しそうに試合してる」
「リヒトは、チーム戦ならチーム全体で楽しむのが当たり前だと思ってるからね。無自覚に皆を生かしてくれるんだ」
「なるほどね。確かに、海原君以外もちゃんと点を取ってる」
「うん。リヒトが本気で楽しんで皆が答えてくれる。それが嬉しいんだ」
過去に全力を出して心無い言葉で拒絶されたリヒトが、今こうして明るく受け入れられている姿を見てユウは涙ぐんだ。
「……ユウ?」
「ごめんね。これは嬉し涙だから気にしないで」
「そう。ただ、海原君が心配するから冷やしておきなよ」
「うん。わかった」
ユウはハンカチを取り出すと目元を拭って再び試合に視線を向けた。
その後、数試合行って練習が終わると片付けと掃除が始まった。二人は邪魔にならないように体育館外に移動していると、部活を終えたリヒトがこちらに駆け寄ってきた。
お疲れ様と二人して声を掛けると、彼は嬉しそうな笑顔で返した。
「二人も午前中お疲れ様。松崎はどうしたんだ?」
「あたしはちょっと別の人に用事があるからそれまで話し相手になってもらってた。丁度来たから行くね」
「おう、またな」
「頑張ってね」
レイナは体育館から出てきた男バス部員達の中に目的の人を見つけて足早に立ち去った。
「……何かあったのか?」
「これは本人の了承得てから後で話すよ。それよりもリヒト。この後家に寄ってくれないかな?」
「もちろん!」
リヒトはユウの提案を喜んで受け入れると、二人は手を繋いで帰路についた。
バスケをしていたリヒトの雄姿を生き生きと語るユウに、彼は相槌を打ちながら話を聞いていた。自宅に着くと、ユウは急に真剣な表情になり、話を止めるとリヒトに向き合った。
「僕の覚悟が決まってないのにお泊りを許してくれてありがとう」
「気にすんなって。俺もユウと過ごしたかったしな」
リヒトが自信満々に返事すると、ユウは深呼吸してからリヒトに告げた。
「……リヒトの家に行ったら思いっきり甘えるから」
ユウがそう言うと、リヒトは一瞬目を丸くしたがすぐに笑みを浮かべた。彼の反応を見たユウは、表情を一転させると俯いて翻った。
「中で待ってて。直ぐに準備するから」
そう言い残してユウは慌てて家の中へ入っていった。去り際の彼女を見たリヒトは思わず固まったが、直ぐに持ち直して中に入った。
(なんだ今の甘い顔は!!)
リヒトは玄関に入るなり悶え苦しんでいた。
ユウの準備が出来るまでリビングのソファーに座り、落ち着こうと試みるが一向に治まる気配はない。それどころか、余計に意識してしまう始末だった。
狼狽えるリヒトを楽しそうに眺めていたサユリは、先ほどすれ違った我が子の様子を思い浮かべてそっと彼の肩を叩いた。
「ふふっ。そんな調子だとユウちゃんの無自覚な誘惑に負けるわよ?」
「サユリさん!……耐えますよ」
「ならよろしくね。あの子は貴方にだけ無意識に甘えてるから、自発的に甘えるとどうなるでしょうね?」
「手は出るかもしれませんけど、一線は超えるつもりはないですよ」
ニヤつくサユリに対してリヒトは大人しく敗北を認めて真面目に答えた。その様子に彼女は苦笑いを溢す。
「……本当にユウちゃんが好きねぇ」
「はい。大切すぎて大切にしたいんです」
「そう、なら頑張りなさい」
そう言ってリヒトの隣に座ると、優しく微笑んで頭を撫でた。リヒトは照れ臭そうにしながらも受け入れた。
「お待たせ。何の話してたの?」
少しして着替えたユウがリビングに戻ると、母がリヒトを撫でている場面に出くわした。
「ユウちゃんは愛されてるっていう話よ」
「ユウ、その服似合ってるよ。凄く可愛い」
「もう!リヒト、行こ!」
恥ずかしがるユウを見てリヒトが声を上げて笑っていると、彼女は彼の手を引いた。ユウの行動に驚きながらもリヒトは抵抗せずにそのまま身を任せていると、後ろから優しい言葉が投げ掛けられた。
「ユウをよろしくね!」
「はい!任せてください!」
リヒトは引かれる手には逆らわずに体を捻ってサユリの方を向いて返事をした。そして二人は仲良く手を繋いで家を出た。
その後、二人は他愛もない話をしながら歩いていたが、ユウは家での会話のせいか口数が少なかった。リヒトはそんな彼女の心境を察してゆっくりと話した。
やがて二人はリヒトの家に到着すると、ユウは深呼吸をして気持ちを整えた。
「ただいまー」
「お邪魔します」
リヒトが挨拶をして入っていき、ユウも続けて挨拶した。二人が靴を脱いで揃えて上がると、奥からリヒトの母親が出迎えてくれた。
「おかえり、これから晩御飯作るから着替えてきて。ユウちゃんはこっちね」
「うん。じゃあまた後でね」
「おう」
ユウはアイカに連れられてリビングに向かい、リヒトは二階に上がって部屋で着替えを始めた。
しばらくして制服から私服に着替えると、リヒトはリビングに向かった。そこにはエプロン姿のユウがいた。
「お帰り。もうすぐ出来るからちょっと待っててね」
ユウはそれだけ言うと、キッチンに向かって料理を再開した。大好きな彼女がエプロン付けて自宅のキッチンで上機嫌に料理する姿に、リヒトは感動していた。
(やばい、めっちゃ良い。なんだあの新妻感)
慣れた様子でキッチンを動き回るユウと目が合う度に微笑みを返してくる。リヒトは咄嗟に高鳴る胸を押さえた。それを見ていたリヒトの父、ヤマトが笑って息子に話しかけた。
「幸せそうな顔してるね。どう、嫁の料理姿は?」
「まだ嫁じゃない。てか父さんは今日は仕事どうした?」
「今日は早番だったんだよ。それにしても、ユウは見ないうちに可愛くなったな」
厳格な姿に似合わぬ軽い調子で話す父に呆れた視線をっていたリヒトは、父は何だかんだ女のユウとは初邂逅だと気づいた。
「そういや今のユウと会うのは今日が初めてだっけ」
「そうそう。だからリヒトがユウと交際し始めたって聞いたときは驚いたよ」
「それはタイミングが悪かったとしか言えないな」
そんな話をしているうちに、テーブルの上に次々と美味しそうなおかずが並べられていった。
「よし、リヒト、ヤマトさん!ご飯出来ました!」
ユウが嬉しそうに言いながら席に着くと、共に配膳していたアイカも席に着いた。
「さあ食べましょうか」
「「「いただきます」」」
まだこの日(作中時間)は続きます




