第三十一話 四月二十日(土)少女は料理を振るった
なんでイベント起こす予定のない日を二話に分割する程書いているんだろう…
「さて、そろそろいい時間かしら」
一通り話し終えたところでアイカが時計を確認しながら言った。時刻は11時を回ったところである。
「ユウちゃん、ちょっと良いかしら」
「はい。なんでしょうか?」
アイカに呼ばれてユウは彼女の方へ体を向けた。すると、アイカはユウの手を取って真剣な眼差しで見つめてくる。その雰囲気にユウは何やら嫌なものを感じて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「実は……頼みたい事があるの」
「……はい」
「ユウちゃんにしか頼めないことなの」
「はい」
「……お昼ご飯をご馳走してください!」
「……はい?」
アイカの発言にユウは思わず間の抜けた声を出す。それを聞いたリヒトが吹き出した。
「あっはっは!真剣な顔で何言ってんだ母さん!ユウが戸惑ってんじゃねえか!」
「だってぇ……最近ユウちゃんの手料理を食べれてないのよ!?」
「最近って、二週間前に食ったろうが」
「酷いわぁ……毎日ユウちゃんの弁当を食べてるリヒトには分からないわよ」
泣き真似をするアイカにユウは困惑の視線を向ける。リヒトは未だに腹を抱えて笑っていた。
「……つまり、僕に料理を作って欲しいということですか?」
「そう!お願いできるかしら?」
「僕で良ければ構いませんが……」
「本当?嬉しいわぁ!」
「はは……そこまで喜んでもらえるなら作り甲斐がありますよ」
ユウが苦笑しながら言うと、アイカは満面の笑みで礼を言った。それからスマホを取り出した。
「サユリには私から連絡するわ!四人前よろしく!」
言うが早いかアイカはサユリに電話を掛けた。彼女の言っていた四人前という言葉から、ユウは母もこちらへ来るのだろうと察する。
「えーと、材料はあるんですかね?なければ買わないといけなくなりますけど」
「大丈夫!用意してあるわ!明日買い出しもするから好きに使っちゃって!」
「あ、最初から計画していたんですね。分かりました。では、早速始めますね」
それから30分後、三人の前には様々な種類のサンドイッチが並べられていた。レタスとハムのシンプルなものから、ツナマヨ、卵、カツサンドなど、種類は豊富だ。人数分のコンソメスープも用意したユウは満足げにしていた。
「おお……すげえな」
「相変わらず美味しそうねぇ」
「この量、夜の分まで賄えそうね」
「一度にたくさん料理出来て楽しくなっちゃって作り過ぎました」
ユウは爛々とした目をして答えた。そんなユウの様子を見てリヒト達は不思議に思うも、特に気にせず食べ始めた。
「いただきま〜す」
「頂きます」
「召し上がれ〜」
三人とも手を合わせてから食事を始める。ユウが作ったものはどれも絶品だ。リヒトは舌鼓を打ちながら、次々と口の中に放り込んでいく。サユリもまた、幸せそうな表情を浮かべて食べ進めていった。
「んぐっ……うめえ!流石ユウ!」
「ありがとう。たくさんあるから好きに食べて」
「ユウちゃんの作る料理は本当に美味しいわね。毎日食べたいくらいだわぁ」
「それは褒めすぎですよ……」
アイカの言葉にユウは照れ臭そうに笑みを浮かべる。しかし、内心ではかなり嬉しかった。自分の作ったものを誰かが笑顔になってくれることが、ユウにとっては何よりも嬉しいことだったのだ。
「ごちそーさま!」
「御馳走様でした」
「お粗末様でした」
リヒト達が手を合わせると、ユウは空になった皿を回収した。そして、テキパキと洗い物を進めていく。
「いつも悪いわね、ユウちゃん。何か手伝いましょうか?」
「いえ、すぐに終わるので平気です」
「そう?じゃあお言葉に甘えるわね。……早く嫁に来ないかしら」
「母さん、気が早すぎるぞ」
ぼそりと言ったアイカの言葉にリヒトは呆れた表情をした。それからユウの方を見ると、彼女の食器を洗う手が止まっていた。
リヒトの視線に気が付くと慌てて洗い物を再開したユウに、彼は首を傾げた。
「結婚?僕は、でもまだ覚悟が――」
「ユウ、何か言った?」
「……何でもない」
ユウは頬を赤く染めるとそっぽを向いてしまった。その様子にリヒトは更に疑問を抱くも、追及する事はなかった。
洗い物を終えたユウがソファにいるリヒトの隣に座ると、彼がジッとこちらを見ていた。
「ユウは料理が上手いだけじゃなくて勉強も出来るし、運動神経も良い。その上、可愛くて性格も良い。勿体無いくらいの最高の嫁だよな」
真正面からいきなりの感想を聞かされたユウは顔が熱くなるのを自覚しながらリヒトに詰め寄った。
「リ、リヒト!?急に何言ってるの!」
「ん?ああ、母さんが嫁にって言ってたのを考えてたこと口に出てた?」
「出てたわよ。それはもう嬉しそうな顔で見つめながらはっきりとね」
「リヒト君がユウちゃんにベタ惚れのようで安心したわ」
リヒトの真っ直ぐな言葉を受けてユウは顔を真っ赤に染めて俯いた。そんな初々しいユウに母親の二人は優しく微笑む。
そんな周囲の視線を気にせず、リヒトは俯くユウの両手を取って自身の両手で包むように握った。
「俺さ、ユウとこれからもずっと一緒にいたいと思ってる。まだ漠然とした未来でも、ユウだけはずっと隣に居て欲しい」
「……僕だってリヒトと同じ気持ちだよ。僕も、リヒトと一緒に居たいと願っている。どんな未来でも、リヒトの隣だけはもう誰にも譲りたくない」
ゆっくりと上げられたユウの顔は未だに完熟したリンゴの様だったが、その眼は真っ直ぐリヒトに向いていた。
「ユウ……俺らはまだ学生だ。成人して、ちゃんとした基盤が出来上がってから結婚しよう。それまでは恋人として、よろしく頼む」
「うん!宜しくお願いします……!」
ユウは満面の笑みを浮かべて返事をした。それからリヒトに抱きつくと彼の胸に頭を擦り付ける。そんなユウの行動にもリヒトは嫌な素振りを見せず、寧ろ受け入れて抱きしめ返した。
「あー……なんか砂糖吐きそうだわ」
「本当ねぇ。二人とも幸せそうで良かったわ」
「私が言い出した事なんだけどさー……こんなことになるとは」
「あら、アイカは不満?」
「まさか。これで二人の将来は揺るぎないものになったのだから嬉しいに決まってるじゃない」
アイカは幸せそうな二人を見て満足げにしていた。サユリも二人の未来に夢を抱きつつも、我が子が数年後には家を出ていくことに寂しさを滲ませていた。
「……ま、今のうちに楽しんでおきなさい。いつかは離れることになるんだから」
「……ええ、そうね」
アイカの言葉にサユリは目を伏せた。そして、小さく息を吐き出すと再び顔を上げた。そこには先程までの悲壮感はなく、ただ穏やかな表情だけが残っていた。
サユリは我が子の抱き合う姿をスマホで写真に収めると、満足げに家へと帰った。
抱き合っていた二人は、どこからかしたシャッター音を耳にして我に返った。そしてお互いに目を合わせてバツが悪そうに笑った。
「僕達、母さん達の前で……」
「俺も必死で忘れてた」
「貴方達、外では自重しなさいよ」
「「はい」」
アイカの言葉にユウとリヒトは神妙に返事をするのだった。
何故か二人はプロポーズしていた。こんな予定は無かった。
そもそも予定自体が無かった。




