第三話 四月四日(木)少女は幼馴染に電話した
連投中。入学までは続きます
「――!――ユウ!そろそろ起きなさい」
サユリの声で目が覚める。いつの間にか眠ってしまったようだ。
「う、うん。今何時?」
「もう夕方よ。ご飯ができたから呼びに来たのよ」
「え!?ごめん、すぐ行くよ」
慌てて飛び起きる。ベッドサイドに置かれた時計を見れば、あれから二時間も経っていた。
軽く伸びをすれば寝ぼけた思考も多少は起きてきた。
「ねえ、母さん」
「何かしら?」
サユリの呼びかけに応えながら、ユウは気になっていたことを尋ねた。
「どうして僕とリヒトが遊ぶこと知ってたの?それに服のことまで……」
ユウの質問にサユリは少し困った顔を浮かべたが、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいて、どこか楽しげに答えた。
「それは内緒よ」
そう言い残して先に部屋を出たサユリ。夕飯を知らせてくれたことを思い出したユウは慌ててその後を追いかけた。
ユウがリビングに着く頃にはサユリとユージが既に席についていた。遅れてやって来たユウにユージが言う。
「遅かったな」
「あはは、ちょっと寝ちゃってて……」
ユウがサユリの隣に座れば、自然と目の前の料理に目が向いた。普段は数品手伝っていたユウは普段と変わらぬ品数に申し訳なさそうにした。謝罪を口にしようとしたユウに被せるようにサユリが言う。
「今日はお疲れ様。こんな日くらい休んでいいのよ」
「そうだぞ、ユウ」
「あなたは元凶でしょ」
ユージも続くが、すぐさまサユリに切り捨てられる。ユウは二人に感謝を伝えてから食事に手を付けた。
「いただきます!」
――三人での夕食を終え、ユウは自分の部屋に戻ってきていた。
今日買ってきた服をベッドに整理し、風呂上がりに着替える寝間着と下着を準備していた。今日はサユリと一緒に入ることになっており、この年になって母親とお風呂に入ることに激しい抵抗感を覚えつつも異例の事態の為仕方ないと開き直った。一応タオルを巻いてくれるそうなので直視はしないだろうし。
いざ脱衣所で服を脱ごうとするが、ふとあることに気づいた。
(……自分なのに今までの体じゃないから結構恥ずかしいな)自分の体をまじまじと見る機会など無かったが、改めて見ると羞恥心がこみあげてくる。しかしながら今後の人生で(今日のような出来事が無ければ)ずっとこの体で過ごすことになるだろうから、少しずつ自身の体に慣れていこうと決意し浴室へと入る。
浴室に入って正面にはユウの全身を映す鏡が待ち受けていた。意を決したユウは鏡を介して自身の体を観察する。
男の頃に比べ背は頭一つ縮み、全身を見れば華奢な方だがそれでも女としての膨らみはしっかりついている。胸に至っては大きさこそ小さいものの確かな柔らかさが感じられる。肌はシミひとつない綺麗なもので髪も艶があるしっとりとしたセミロングほどの長さになっていた。
全体像として一際目を引くのが脇腹部だ。臍から左へ少し離れた位置から背中に伸びる傷跡があり、白い素肌が余計に際立たせている。
(これは、あの日の……)
ユウは無意識のうちに傷跡をなぞる。しかし特に痛みは無く、ただ触れているという事しかわからないのだ。
(この傷は残ってたんだ。なんとなくわかっていたけどさ)
かぶりを振って意識を戻す。傷跡が見えてから心配そうな顔をするサユリに声をかける。
「母さん、大丈夫だよ。もう痛くないし、ちゃんと治ってるよ」
ユウの言葉を聞いて安心したのかサユリは微笑む。その笑顔を見てユウも笑みを浮かべるが、すぐに真顔に戻った。サユリの笑みが不敵なものになったのを見てしまった為だ。
「じゃあ洗ってあげるわね」
ユウが返事をする間もなくサユリの手が伸びてきて、シャワーから温かい湯が降り注ぐ。最初は優しくかけられていたが、次第に水勢が増していきユウの体が濡れていく。
「うひゃっ!」
「今日で一通りのことを仕込むから頑張って覚えなさい?」
サユリが楽しそうに話すが、覚える身としては必死だった。羞恥や戸惑い、不安等が入り混じった感情のままのユウは、最終的にのぼせる一歩手前で風呂を出ることが出来た。
浴室を出た後も髪のケアや美容についての講義が始まり、ようやく解放されたのが十時過ぎのことだった。
髪を乾かし終え、パジャマに着替えたユウは自分の部屋へと向かった。
***
ベッドに横になれば直ぐに寝付けるものかと思ったが、夕方まで寝てしまったのを思い出してベッドサイドランプを点けた。
「……今ならまだ起きてるかな」
スマホを取り出して無料のトークアプリを立ち上げる。目的の人物とのルームを開いてメッセージを送信した。
『起きてる?』
『どうした?』
すると数秒後には既読マークがつき、合間無く返信が来る。相手の即反応に思わず次のメッセージを打ち損ねて、慌てて直して送る。
『今から電話してもいい?』
『おk』
あまりに早い返事に無意識に笑みを浮かべながらビデオ通話ボタンを押した。
「もしもし」
『おーユウ。今日は疲れたろ?』
「うん、まぁね」
『それで?ビデオ通話なんて珍しいじゃん』
「なんか顔見て話すと落ち着けるかなって思って」
『そか』
リヒトはいつものように軽い口調で話しかけてくる。ユウは今日あったことを話し始めた。
朝起きてサユリと困惑しながら話したこと。ユージがさらっと薬を盛ったこと。このまま過ごすことになったこと。買い物で着せ替え人形にされたこと等……
リヒトの相槌が心地よく、一方的に話してしまい気が付けば一時間も話していた。
「――って感じなんだけど……」
『いやまぁ災難だわそりゃ』
「本当にそう思うよ。……ねえ」
『ん?何?』
「……僕って、女の子?」
ふと、スマホ越しにリヒトを見たユウは考えが纏まらないままの本音を漏らす。自分でもわからないまま漏れた言葉に驚くが、通話相手にも聞こえていたことに気付かなかった。
漏れた本音を拾い上げたリヒトは、スマホ越しでもわかるほど真っ直ぐな目でユウを見ていた。
『え、急にどしたの。容姿の事か?……髪が長いしサラッサラだし目元もパッチリしていてまつ毛長いし肌も白くて綺麗で胸も大きすぎず「ちょ、ちょっと待って!ストップ!」…なんだ、もういいのか?』
自分の事を主観的に羅列していくリヒトの言葉に、ユウは言い表せぬ羞恥に襲われる。
「いや良くないけど、そんな細かく説明しなくても…」
『ああそういえば。お前は紛れもなく女だぞ』
その言葉を聞いた瞬間、ユウの頬が熱を帯び始める。
「うぅ~、改めて聞くとやっぱり恥ずかしいなこれ……」
『おい、あんまり可愛い反応すんじゃねぇ。こっちも変な気分になるだろうが』
「ごめん、でもこの体に慣れるまでは我慢してほしいかも」
『へいへい。んで、結局なんで性別のこと聞いたんだよ』
「あ、それは、えっと……なんでだろうね?」
実際聞くつもりは無かったし、自分でも不思議と思っている。靄のかかった感情がわからずもどかしさにユウの思考は更に空回りする。
答えを導き出せないままぐるぐると回り続け、ユウはただ唸る。
『不安になったんじゃねぇの?』
「不安?」
『今まで男として生きてきたのが、いきなり女の人として生きるようになったんだ。今日だけでも周囲やユウ自身でさえも扱いが変わってるんだ。不安にもなるだろうよ』
リヒトの言葉はユウのループを断ち切るように刺さり、こんがらがっていた思考にすんなりと溶け込む。そして同時にユウの中で何かがストンと落ちた感覚を覚えた。
「そっか……。そうだよね」
『まぁ、ユウはユウのままで大丈夫だって!思ったように過ごしてりゃ、自然と落ち着く形になるさ』
ユウはリヒトの言葉を噛み締めるように聞いていた。その一つ一つが胸が温まり心和らぐ気持ちになり、少しの間沈黙が流れたがユウにはとても心地よく感じた。
「ありがとう。なんか元気出たよ」
『おう、そりゃ良かった。それじゃ明日もあることだしそろそろ切るか?』
「うん、また今度電話させてもらってもいい?」
『いつでもいいぞ。ユウの声は聞いてるだけで癒されるしな』
「ふふっ、大袈裟だよ」
軽口を言い合う内に通話時間が残り僅かとなった。名残惜しく感じるが、ユウは切り出すことにした。
「あの、最後に一つだけ良いかな」
『ん?どうした?』
「……おやすみなさい」
『おやすみ』
通話終了ボタンを押す。
通話中ずっと握られていたスマホは、画面に通話時間が表示されたまま動かなかった。
ユウはそっとスマホを抱えて余韻に浸りながら微睡みへと落ちていった。
***
通話が終了した後、リヒトはベッドの上で悶々としていた。
(あーーーーーーー!!!)
先程の会話を思い返す度に、リヒトは頭を掻きむしりたくなる衝動に駆られる。
しかしいくら考えたところで女の子になったユウはまだ1日しか経っていないのだ。
リヒトの理性はそう告げるが、リヒトの本能はくすぐられっぱなしだった。
(あいつ、早めに自覚してくれないだろうか。……これは俺の勝手だけど)
電話中にも映っていたユウの姿は余りにも無防備で、以前の姿を知っていても衝動は逃れられなかった。リヒトは自分の顔を手で覆う。指の隙間から見える顔は真っ赤に染まっているが、それを見るものはいない。
リヒトは深呼吸をして息を整える。
「……寝るか」
リヒトは考えることを放棄した。
うつ伏せから両肘立ててる姿を正面から見ると、ゆったりとした服の時に首元から見える光景が素晴らしいと思います