第一話 四月四日(木)少年は少女になった
初投稿作品となります。見切り発車ですが完結を目指します。
拙い文章ですが、読んでいただけると嬉しいです。
Pipipipipipi――
目覚まし時計のアラームが部屋主を眠りから呼び覚まそうと盛大な音を鳴り響かせる。
「……ん、んん」
布団を頭まで被りながら手探りで目覚まし時計を探すが、なかなか見つからない。
「あぁもう! うるさいな!」
寝ぼけ眼のまま、眠りを妨げる敵を探す手を一旦止めて、重い体を起こし枕元のほうを向く。するとそこには、見慣れた目覚まし時計があった。
時刻は午前八時ちょうど。いつも起きる時間より少しだけ早いくらいだ。
「ああ……」
しかしそれでも起きてしまったものはしょうがないと諦める。
未だに鳴り響くけたたましいアラーム音を止めるべく、腕を伸ばす。……普段よりも距離を感じる。
違和感を感じるも部屋に静寂を取り戻したことに安堵し、二度寝を試みようとしてふと気づいた。
(あれ?……なんか声変じゃなかったか?)
そう思い喉に手を当てると、すべすべとした肌に困惑する。それどころか、伸ばした時に見えた腕は自分のではないように細かった。そこまで思考が到達すると、金縛りにあったかのように全身が硬直する。
まさかっ!?と慌てて布団をめくると、そこにあったのは小さな膨らみだった。
「えぇぇーーー!!!?」
その日、少女の部屋からは悲鳴にも似た叫び声が響き渡った。
***
激しく駆け上がる足音が、少女の部屋の前までやってくる。そしてノックもなく扉が開かれる。
「どうしたの!? そんなに大きな声で叫んで!」
飛び込んできたのはこの家の大黒柱である男の妻、サユリであった。
彼女は勢いよく開け放った扉の前で立ち止まり、中の様子を窺う。その目に映るのは、愛すべき我が子のベッドの上で半身を起こした見知らぬ少女。理解が追い付かずにサユリの口が漏らす。あなたは誰ですか?と。
「その……僕自身言ってておかしいと思うけど、あなたの息子ユウです」
自身の変化に戸惑うユウと、息子を名乗る少女に困惑するサユリは少しの間沈黙をもたらした。
「とりあえず、現状を整理しましょう。私もあなたも冷静になりましょう」
そう言いながらサユリは部屋の中へと入っていく。ユウのいるベッドに腰かけると眉間を揉みながら口を開く。
「まず私は佐倉ユージの妻、サユリです。年齢は三十四歳。あなたは?」
「佐倉ユウ。年は十五で、来週の四月からは夢ヶ島高校に入学予定」
「私の子にはユウという息子しかいなかったはずなのですが……。ユウさんは女性ですよね」
そう言いユウの体を見下ろすサユリ。ユウも改めて自身の体に視線を落とす。
オーバーサイズの服の上からでもわかる胸の膨らみと腰のくびれ。下を向いた拍子に流れる艶やかな黒髪が肩をくすぐった。思わず顔に手をやろうとして、男性とは程遠い小さな手が見えて腕を下す。
「信じられないかもしれないけれど僕は間違いなく男だったよ。朝起きたらこんな姿になってたけど」
そう言うとサユリは顎に手を当て考え込む。何故か先ほどから目の前にいる少女と我が子の姿が重なる。信じ難いけども、直感に従って彼女は信じてみることにした。
「昨日の晩御飯の後、お風呂に入ると言ってましたよね? その時何か変わったことはありませんでしたか?」
「特にこれといってはなかったかな。ただ……」
ユウは言葉を止め、少し考える素振りを見せると不意に一人の男性が脳裏を横切った。
「あの人なら原因を知ってるかも」
「あの人とは?」
「我が家の大黒柱だよ。今日休みだから家にいるはずだよね?」
「…そうね。あの人なら今はリビングにいるわ。行きましょうか」
そう言うと二人は部屋を出ていく。
***
「あなた、ちょっといいかしら?」
サユリが挨拶と共にリビングに入ると、そこにはソファーに座って新聞を読んでいる中年の男性がいた。彼がこの家の大黒柱、ユージである。
彼は入ってきた二人を見ると驚いた表情を見せたがすぐに笑顔に戻り、訳知り顔で大きく頷いた。
「おお、おはよう。なんだユウはそうなったのか? 俺の悲願はまだまだ遠いなぁ」
感慨深げに呟くと、今度は二人がキョトンとした顔をする番だった。
「あなた、どういうことなのか説明してちょうだい」
「昨晩、ユウに一服盛った」「……はい?」
聞き間違いかと思い、サユリが問い返す。
「ユウに惚れ薬を飲ませたんだ。本来の効果は周囲の異性から好意を向けられやすくなるはずだったかな?それが違う作用を及ぼしてユウの体が女になったみたいだな。興味深いから後で唾液貰っていい?サンプルが欲しい」
嬉々として語る彼に呆れつつ、ユウは恐る恐る確認する。
「僕の体がこうなったのは父さんがやった?」
するとユージは待ってましたとばかりに立ち上がり、語り出す。
「そうだ! 俺はお前が前にモテないって嘆いてたのを見ていたからな。ならば惚れ薬でも作ればいいかと思ったが、相手に怪しい薬を盛るのも忍びないからな。いっそユウの魅力を振りまければいいのではないかと気づいてやってみたのさ!」
「……ちなみに効果時間はどのくらい?」
「設計通りだと効果時間は永続的だぞ。途中で切れたら意味ないしな。……まあ、本来と効果が違うし正直わからない!」
自信満々に答える父を見て、頭を抱えるユウ。しかし、あることを思い出した。
「あれ? これって僕学校とかどうすればいいの?」
ユウがそう尋ねると、ユージが答えようとしたところでサユリが割り込んだ。
「それはこの人がどうにかするわよ。ただ、今のままだと女子生徒としてになるかしらね」
「うん。戸籍とか含めて娘に変更しておくよ。大丈夫!ユウならやっていけるさ」
どうやらユウのこれからは決まったようだ。
(……ん?)
ふとユウは違和感を覚えた。何か大切なことを忘れているような気がするのだ。なんだろうかと考えていると、不意に玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。
「あら、誰かしら?」
サユリがそういってドアホンへ向かい、忘れ事を思い出したユウも駆け寄り画面をのぞき込む。
そこに映っていた人物にユウは納得と葛藤の声を上げる。
「やっぱりリヒトだ!? 母さん、どうしよう!?」
「全部話しちゃいましょう!きっと味方になってくれるわよ。……入ってちょうだい。今リビングにいるわ」
サユリはドアホンから通話して彼を招き入れた。
慣れた様子で上がり込み玄関からまっすぐリビングに来て扉を開け放ち現れたのは、ユウの幼馴染であるリヒトであった。
「おはようございます」
爽やかな笑みを浮かべながら挨拶をするリヒトが目を向けると、彼の見知らぬ少女ユウを見て驚愕する。
「えっと、もしかしてユウか?」
リヒトが思わずといった様子で疑問を口にすると、彼以外が目を丸くした。目配せして代表して聞くことになったユージが恐る恐る尋ねた。
「……えっと、リヒト君?なんでこの子がユウだとわかったんだい?」
「ああ、だって雰囲気がユウのまんまだったから。正直ユウだと思って見たら女子がいたもんでそっちのほうが驚きました」
「へぇー、凄いわね」
「それでユウは何で女になってんだ?」
「実は――」
それからユウが事情を話すと、最初は驚いていたリヒトの表情が次第に真剣なものへと変わっていった。
「つまり、ユウはこれから女性として生きるってことだろ?……なら俺はユウに何かしてやれることはあるか?」
「う~ん、今のところは特にないかな。あ、一つだけお願いがあるんだけどいい?」
「なんだ?」
ユウは少し考えた後にリヒトにあることを頼むことにした。