第七話 怠惰の代償(修正版)
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第七話 怠惰の代償
刃菜子先輩が、現在の胸中を打ち明けてくれている、だから俺も本音で返そうと思い自分の話をした、誰にも話す気のなかった自分の話を。その最中に目の前が暗くなっていく、あぁ刃菜子先輩には、この景色の変化を感じられていないらしい、だけどそっちに連れて行くのは少し待って欲しい、これだけは伝えたいのだ、悩んでいいんだよと、休んでもいいんだよと、伝える。彼女が悩み考える時間位は、俺が作って見せる。
夜景空間に転送される、俺の他には守人は居らず、そこに相対するは無数のレイダー達、奥には蟹型とは違う巨大な爪が羽の様な形をしている、蛾か蝶か。わからないから蝶型としておく、それと報告にあった熊型であろう、二体が鎮座しており、それ以外にも蟹型、魚型そして四足歩行の新型もいる、犬型とでもしておこう。
ただでさえ今ここに居る守人は、一人だと言うのに相手は過剰戦力が過ぎる、前回の人型が開けた亀裂の条件がもし一体でもこの場より後ろを通す事だったのなら、明らかな無理難題だ。
「でも、そんなこと言ってられないんだよ、お前らのせいで沢山の人が悲しみ苦しんでいるんだ、お前らが用意した人型のせいでこっちの精神もボロボロなんだ」
今この場に居ない刃菜子先輩、流氷さん、白鳥さん全員が、自分がやってきた事に疑念を感じているんだ!私達はとんでもない事をしてしまっているんじゃないかって。
「だから、八つ当たりさせてくれ、人型が元人間だろうが、その上に居るレイダーが異星人だろうが神だろうが知ったこっちゃぁない、俺はこの世界をこんなにしたお前たちを許さない」
天成と口にし、自分の横に転送された二刀一対の刀を抜刀する。
「たかが一人だと思って侮るなよ?行くぞ…」
この数、相手ではバーニアを残しつつなんて考えられないので、最初から最高速に乗りその速度のまま切り込む。人型が群れとなり壁として前に佇む。
「邪魔だぁああああ」
体が軋む、だが既に最高速度に乗っている為か人型という脆い存在はこちらが触れる前に吹っ飛ばせる、そのまま蟹型や魚型の居る空中に斬りこむ、爆破するやつしないやつなんて関係ない、この速度で進み続ければ爆風すら俺の元には届かない。
「はあぁああああああ」
自分の出せる最大出力で敵を一体一体と斬り刻む、その時視界の端に単独で進む犬型の姿が見える。
「行かせるかっての」
全速力で追うが、それを見越していたかのように反転して、爪を武器に切りつけようとしてくる、それをなんとか寸での所で防御したが左手に掠ってしまったようだ、ならば都合が良い、血で一本の槍を作り犬型の胴体を貫く、すると犬型は力尽きたようにぐったりして消滅していく、次だ。
蟹型と交戦している最中にふと魚型の触手が体に触れる。
「体が痺れ…」
その瞬間に、蟹型の爪で斬られそうになるが、なんとかバーニアを起動し上へ回避行動を取る、右足を切られるだけで済んだ、危なかった、死角からの魚型には要警戒しないと、そう何度も食らっていたら足の傷だけでは済まない。
「でもこれなら…」
足から湧き出た血で、足にも剣の様なものを作り出すこれで蹴りでも相手に致命傷を負わせる事ができ、これならば更に手数を増やすことができる。蟹型二体の斬撃を抑えまた触手で触れようとしてくる魚型に右足で蹴りをお見舞いしてやる、これならば何とか雑魚相手であれば対処は可能だ。
「ハァ…ハァ…」
しかし流石に、数が多い人型の対処は爆破する奴と同時にすることでしか対処できなさそうだ、だがその爆破分を含めても、それでもまだ蟹型、魚型が10体ずつ残っている。それに、なぜだろうか?倦怠感が凄い、そして犬型に引っ掻かれた左腕が重い、そう思いふと腕を見るとまるで内出血を起こしたかのように青黒く痣のようなものが広がっていた。
「これは…マズそうだな」
刀で腕を少し斬り、血を垂れ流す。すると少し痣も薄くなっていく。だが倦怠感は無くならないまるで風邪でも引いた時のようだ。あの犬型、犬じゃなくて狐みたいに病原菌でももっているのではなかろうか?しかしそんな事を考えるのは後だ、後20体倒せば一先ずは大型との2対1の勝負にできる、こんな倦怠感等、理由になんてならない。
そう思いもう一度勝負を仕掛ける、蟹型は基本的に相手をしやすいから体調がこれ以上悪化しない内に魚型を落とす。
「その触手をまずは落とす!」
全開で斬りこみ致命的な一撃ではなく触られると厄介な、触手のみを斬りおとす。そして次は蟹型にも捉えられないように斬ったら大きく一度旋回し、その旋回した勢いのまま次の敵を、一体ずつ、一刀は坂手に持ち、すれ違い様に胴を貫き、もう一刀は貫いた所から真っ二つにするように斬り払う、まるで人を気持ち悪くさせる為だけに作られた、ジェットコースターに乗っている気分になるがそれでも、魚型の全てと蟹型残り僅かになった時、それは起きてしまう。
「おいおい、勘弁してくれ」
後ろに居た熊型が動き始める、そして恐らくこちらのバーニアも残り少なく、限界が近づいてきている。報告通りならば熊型は他レイダーもなりふり構わず暴れるはず、ならばまだ残っている人型と蟹型の処理をしてくれるなんて甘い考えは許されなかった、ある程度の人型の群れがもう結界付近に近づいている、できれば残りの大型の為にバーニアは温存しておきたかったがそんな事悠長な事を言っていられない。
「間にっ合えっ!」
前回とは違い今回はなんとか間に合う、人型を何とか力を振り絞り一掃する。
しかしだからと言って休んではいられない、熊型は同胞を潰し終えてこちらに向かってきている。もう布団に入って頭をキンキンに冷えた氷で冷やして眠りたいぐらい、こっちはフラフラだって言うのにあっちの熊さんは元気いっぱいのようだ。
「まだだ…まだ倒れる訳には…いかない…あと少しで終わる…」
そう言い聞かせ熊と相対する、バーニアは残っていない、地上で攻撃を避けて全力の一撃を頭に叩きこむ、それしか方法はなさそうだ。
地面に向かってパンチをしてくる、その20mは超えそうな巨体からは信じられない程の、まるでボクサーのパンチのような鋭い一撃がこちらへ向かってくる、だけどこっちも速度だけでは負けるつもりは無い。なんとか回避しジャンプして叩き下ろした腕に乗り、駆け上がり、頭の上までジャンプするが、相手もそれをわかっていたと言わんばかりに、両手で叩き潰そうとしてくる。相手は勝ったとおもっているだろうか?それともまだ秘策があると分かっているだろうか?そんな事はどうでもいい、血液で作っていた足の剣を床に変化させそれを足場に加速する、これで攻撃は躱せた、後はお前の脳天を抉り取るだけだ。
「くたっばれっ!」
完全に取れたと思った、ここを逃したらもう二度とチャンスが作れないのも、わかっていた、体の一部を犠牲にしてもこの熊だけは今倒して置くべきだったのかもしれない。けれど視界の端に映る大きな物体がこちら目掛けて飛んできているのを見て、防御を取らずにはいられなかった。
「危っない!」
凄まじい衝撃が体を襲う、刀二本でなんとか受け止め直接攻撃を受ける事はなかったが、その衝撃で100m以上吹っ飛ばされる。
目の前には動いていなかった蝶が羽を分離させ、まるで手足のように動かし自分の周りに浮遊させている。俺の負けかと諦めてしまいそうになるが、たった一つだ、たった一つだけ心残りがある、彼女を、早雲さんをまた悲しませてしまう、彼女に幸せでいてもらう為に自分も幸せになろうと誓った、彼女の様に皆を助ける事の出来る存在になりたいと、そう憧れた、その全てが今この一瞬で終わろうとしている。しかし死ぬわけにはいかない、早雲さんをもう悲しませたくない、守人の皆に自分が戦えなかったせいでと、これ以上苦しんで欲しくない、だから俺は生きて皆の元に帰るんだ。
その時だった、世界が変わる、雲一つない青空に、綺麗な砂と薄く張る透き通った水、どこか懐かしい雰囲気を覚えるのと同時に、皆と一緒に居る時のような安心感もある。ここはどこだろうか?以前にも見た事のある景色に見えて所々違う、木が生え、動物が空を歩いている、死を直前に現実逃避をし始めたのだろうか?と思っていると見覚えのある少女が目の前に現れる、あの時の、初めて守人になった時の少女であろう事が伺える。
「」
喋ろうとしても、やはり声はでない。
ね が い は か わ り ま せ ん か?
恐らく初めて天成したあの日に宣言した事であろう、その願いは一切変わっていない、大きく頷く。
た と え な に か を う し な っ て も
そ れ が た い せ つ な も の い が い す べ て を う し な う と し て も?
それが大切な物以外全てを失うとしても大切な物が残り、それを守り通す事ができるのであれば。
し ぬ こ と は ゆ る さ れ な く て も?
元々大切な人の為に自分が死ぬ気なんてさらさらない、どんなに惨めでも、足掻いて、足掻いて、生き続けてやる。
し ょ う め い は か ん り ょ う し ま し た
そう告げると元の景色に戻る、こっちはもう力一つ残っておらず、相手の力は有り余っている、トランプで例えるなら俺は2であいつらはキングとエースだ、でもなぜだろう不思議と怖くはない、戦えるという自信がある、ジョーカーを引いて逆転できるビジョンが頭に浮かぶ。
自分を中心に9つの球体が広がり回る、俺は3つ目の球体に手を伸ばす、なぜだろうかその球体が一番自分を求めているような気がした。選んだ理由はそれだけ。そして口に出すべき言葉も頭の中にある、既に証明は完了した。
「力を貸せ『解放』!!」
そう唱えると衣服が少し変化していく、今までの和装に羽織が追加され、赤と黒だけだった衣服の色に、青が追加される、そして背中と腰だけだったバーニアが、足や肩にも付いた。
熊型が殴りかかってくるがそこに俺はもう居ない、一直線に熊型の目の前へ移動しその勢いのまま首を斬りおとす、今熊型は俺が瞬間移動したように見えたのだろうか?そう思う程、不可解な挙動をした、まるで俺の居場所がわかっていないような。蝶型の刃の羽が俺の姿を追えていないのか、俺が移動してきた後を攻撃している、ふと振り返るとそこには確かに存在し攻撃しないと、形が残る残像がいくつか残っていた、成程熊はこれを…。
蝶は身の危険を察知したのか、分離させた羽を。自分を囲むように構え、どの方向から来ても即座に対応できるような布陣で構える、だが先ほど今の俺の速度を追えないというのは既にわかっている。
「これでも自分を守り続けるられるか、試してみろよ!」
瞬時に加速して蝶の周り高速で左右上下に移動しながら攻撃を試みる、そして蝶は俺の残像を追い始めながら防御する。4枚の羽をもってしても防ぎきれないのは、滑稽だった、俺の残像を全て追うという事は、その4枚の羽じゃ手数が足りない、がら空きになった羽と羽の間から蝶の懐に侵入する。
「これで、終わりだ…」
胴体を真っ二つに斬り蝶は消滅する。同時に先ほどまでの服装や武装に戻る、もう体が動かない、帰ったら早雲さんが作ったご飯を食べよう、そう考えている内に地面に顔が近づき意識が遠のく、その時ミシミシと何かにヒビが入る音が聞こえ、同時に何かが割れる音が聞こえた。それがなんだったかはもう俺には思い出せないけど、思い出せない程度の事ならば思い出さなくてもいいのかもしれないと、考え必死に保っていた意識から手を放す。
目の前から瞬が消えた、急いで二階に上がり弓と銃美の部屋を開ける、そこには弓も銃美も寝ていた。それもそのはずだ、今はまだ朝の5時を過ぎた所だった、余程の用事でもなければまず寝ている時間であろう、しかし、じゃあさっきまで話していた瞬は何だったのだろうか?一階へ降り瞬の部屋に行ってみる、異性の部屋に入るというのは少し緊張したが状況が、状況なだけに悩んでいる暇はなかった。
扉には鍵がかかっておらずそのまま開く、布団は乱雑に片付けられており、机には子供の頃の瞬と理恵だろうか?二人で一緒にご飯を食べている写真がある。それ以外にはこれと言ったものが無い部屋だった、強いて上げるならトレーニング用の器具が纏められて置かれてた位か。続いて理恵の部屋に入ると理恵はもう起きていて着替えをしている最中だった。
「きゃっ、って刃菜子さん?どうかされました?」
「理恵、大変なんだ、瞬が…瞬がいきなり消えちまったー」
「瞬君が?朝のトレーニングなどではなく?」
「違う、トレーニングが終わった瞬とちょっとした話をしてたんだ、それで…それで…」
「落ち着いてください、大丈夫ですから。ココアでもお出ししますね」
なんで、理恵はそんなに落ち着いていられるんだよ?瞬が居なくなったんだぞ?お前にとって瞬はそんなものなのか?
「はい、どうぞ」
理恵が淹れてくれたココアを飲む、あぁ、暖かいついさっきに瞬に抱きしめられた時の、記憶を思い出し顔が真っ赤になる。
「刃菜子さん大丈夫ですか?熱すぎました?」
「だ、大丈夫だ、気にするな…気にしないでくれ」
汗を手に持っていたハンカチで拭く。
「あ、それ」
理恵が何かを言いたげそうにハンカチを見ている。
「ああこれか?さっき瞬と話した時にちょっと…あってな…貸してもらったんだ」
「懐かしいですね、これ。私が彼にあげた初めての誕生日プレゼントだったんです、ちゃんと持っていてくれたんですね」
そんな話をしている場合じゃない、早く瞬の居場所を探さないと。
「理恵、瞬がどこにいったかわからないか?」
「わかりますよ」
やっぱりわからないのか、ん?
「わ、わかるのか?じゃ、じゃあどこに」
「刃菜子さんならもうわかっているんじゃないですか?」
私ならわかっている?だっていきなり消えるなんて、そんな神隠しじゃないんだからそんな事、亀裂の内部に入りでも…しな…い…と…。
「まさか、夜景空間なのか?」
「はい、昨日いえ今日起きる前ですね、言の葉の代弁を受け取りました」
なんて言われたんだ?と聞く前に彼女は答える。
「白鳥銃美、車石刃菜子、流氷弓以上3名の守人の資格を一時的に剥奪する。そして現在、夜景空間にて、青池瞬が戦闘中という言の葉です」
剥奪?私はもう守人になれないってことなのか?というより瞬だけが戦闘中って早く助けに行かないとと思い、天成と唱える。
「天成はできませんよ、一時的にとは言え資格を剥奪されているのですから」
「なんでだよ?じゃあ瞬だけに戦いを任せて、私達には指を咥えて見ていろって言うのか?」
「理由は、わかっているんじゃないですか?」
剥奪された理由はわかる、ただ自分が目を逸らしているだけだ、最初に誓った言葉から。恐らく私達3人は逃げているのだろう、皆がどういう願いを持っていたのかはわからないが、私は自分で願ったはずの願いを蔑ろにしている。そして彼が、瞬だけがその願いから逃げずにいるのだろう。
「なぁ理恵どうしたら、もう一度資格が復活するんだ?」
「詳しい方法はわかりません、瞬君は言いました。自分の願いは皆を守り助ける事と、そして、あの話をした後も一切考えは変わらないと言っていました。私は守人ではありません、ですが、それだけが銃美さん、弓さんそして刃菜子さんと瞬君の違いだと思います」
そうだきっとその通りだと思うと、後ろからドサっという音がする、そこには血だらけで倒れている瞬が居た。
朝いきなり刃菜子さんが部屋に入ってきて、瞬君の居場所を尋ねて来た、どうして彼女が彼が居なくなっているのを知っているのかと思ったが、少し込み入った話をしていたみたいだ、そして彼女がここに居て彼だけがここに居ないという事は、やはり朝起きる前に私の元に届いた言の葉は真実だったということだろう。彼だけはあの仮説を抱いた後も信念で、皆を助け守るという言葉は一切曲がっていない、それは3週間前には既に確認できていた事だった、でもそれ以外の面々はあの話以降、銃美さんは私との繋がりを何度も確認した、大切な人が次の日レイダーになっていないか心配で、と口にして。弓さんはストレスを溜めてしまっているように見える、守人になって大切な人を守っていると思っていたのに、もしかしたら大切な人を無意識に傷つける行動をしてるのではないかと。そして刃菜子さんは台所、そして洗面所で、気が付いたら手を洗っている、自分が人を殺しているかもしれないという話を一番受け入れられないのは彼女なのだろう。
誰が悪いという話ではない、知らずの内に人を殺していると言われて平然としている方がおかしいのだ、だが彼は良い意味でも悪い意味でも変わらないのだ、誰かの為にどんなにつらい事でも、やってのける事ができてしまうのが、彼という青池瞬という人なのだ。
ドサっと言う音と共に彼が私達二人の前に現れる、現状戦えるのが彼しか居ないが、彼ならば案外サクッと終わらせて来るのでは?と思っていたが現実はそう甘くなかった。左手と右足から血を流し、体も凄い熱を持っている。
「刃菜子さん!今すぐここに救急車を呼んでください」
「わ、わかった」
私は救急車が来るまでの間せめてもの応急処置をしよう、脱衣所から綺麗なタオルを持ってき彼の血の出ている場所に当てる。そして額に濡らしたタオルを乗せ、着ていた服めくり汗を拭く。
「理恵、すぐ駆けつけるそうだ。私は何をすればいい?」
「刃菜子さんは右足のタオルを抑えて止血をしてください、私は左腕の止血をします」
「わかった」
指示に従い足を抑える彼女の目からは、大粒の涙が大量に流れていた。
「頼むから、死なないでくれよ、瞬…私はお前に、お礼も言えていないんだ」
頼む、頼むと呟き続ける。私も願う、どうかこの子を助けてあげてください。
見た目の割にはそこまでの怪我ではなかったらしく、彼は今すやすやと眠っている。刃菜子さんは銃美さんと弓さんへの事情説明と、自分の不甲斐なさで、彼をこうしてしまったのだから、今度は自分が頑張る番だと、少しだけ普段の明るさを取り戻していた、このまま彼の頑張りが、他二人にも伝わって刃菜子さんの様に前向きになればいいのだが、そればかりは本人の問題だ。医者曰く熱についてはウイルス系の何かの可能性が高く、数日は高熱が続くだろうとの事だが、目を覚ますのはすぐかもしれないとの事だった。
朝から何も食べていなかったので、一度朝食を買いに病院内にあるコンビニに出向き彼がよく食べていた、サンドイッチを二つ購入する、もし彼が起きた時にお腹を空かせていたら一緒に食べよう、そう考えて。
病室に戻るとなんだか忙しなく、看護師が病室からでて行ったので、何かあったのだろうかと心配になり病室に入る。
「瞬君!?」
「理恵ちゃん!?ここは何処?なんで俺はこんな所にいるの?」
理恵ちゃん、今はもう呼ばれなくなった呼び名を呼ばれ、ドキッとするがそれ以上に彼はどうしてここまで焦っているのだろうか?
「大丈夫ですよ、瞬君ここは、病院です。落ち着いてください」
「病院?なんで俺は病院にいるの?」
「それは…夜景空間での戦闘後、瞬君が意識を失って寮に戻ってきたからですよ」
「夜景空間?何を言っているの?理恵ちゃん」
話が嚙み合わない、まるで記憶が抜け落ちているような感じだ。
そこに医師が現れる、瞬君はパニック状態なのか、記憶の混濁が見られる事を医師に伝え診察が始まる。
バイタルには異常はなく、少し熱がある事を除けばほぼ健康と言っても申し分ないが、一つだけ問題が露呈した、それは彼の記憶の喪失。守護省の事、今世界がどうなっているかという事、私と出会うより以前の事は、完全に覚えていないどころか、私と会ってからの記憶にも一部消えているという事がわかる。覚えているのは私と私の両親と守人メンバーとの記憶のみ。しかし彼は記憶が無くなっている事を、既に納得しているようにも見えた。
「瞬君、本当に大丈夫なんですか?もしもの事を考えて、私も暫くは付き添った方がいいんじゃ?」
「大丈夫だって理恵ちゃん、それよりも刃菜子先輩達の事を心配してあげて、俺は大丈夫だから、でも皆とはもう一度ちゃんと会いたいな。ちゃんと覚えてるかまだ不安だから…」
「わかりました…何かがあったらすぐに連絡して下さいね」
そういい病室を出る、皆さんにはなんて説明すればいいのだろうか?守人として戦ったら記憶が抜け落ちてしまう、そんな話をしたら、更に彼女達を不安にしてしまう。だが隠していた所で、彼女達がお見舞いに行った時点で話が噛み合わないという違和感に気づくだろう、彼もあの話をするときはこんな風に悩んだのだろうか?今なら彼の気持ちが少しわかる気がする。
寮に帰ると刃菜子さんがずっと待っていたのか、こちらに駆け寄ってくる。
「瞬は大丈夫だったか?」
「ええ…大丈夫です、見た目程重症ではなかったみたいです、ただ…」
「ただ?」
ここから先は、皆さんを集めて話をした方がいいだろう。
「刃菜子さん、皆さんを集めていただけますか?」
「お、おう」
そういい二人を呼びに二階に行く刃菜子さん。こちらは、三人が並んで座れるように椅子を移動しておく、数分もしない内に二人が階段を降りてくる、浮かない顔で。
「気分が優れない所、お集まりいただきありがとうございます」
「そういうのはいいわ、さっさと何があったのか教えて頂戴」
「大体の事は、刃菜子から聞いたその…理恵さんは大丈夫なの?」
刃菜子さんから話を聞いて覚悟ができたのか強い眼差しで見る弓さんと、自分の不安もあるだろうに私の心配をしてくれる銃美さん。
弓さんはこの話を聞いても動じないだろう、それ位彼女の瞳には覚悟が見える、だが銃美さんと刃菜子さんは大丈夫だろうか?でも話すしかないのだ、これで前に進めない者はこれ以上戦わない方がいい。
「では、話します」
瞬君の現在の状態、そして戦闘中なんらかの事象…恐らく人としては過ぎた力を振るう事があっただろう事、その結果かなりの量の記憶が欠損していること、だけど彼の中で大切だったであろう私達の事だけは覚えているという事をしっかり嘘偽りなく伝える。しかし私を理恵ちゃんと呼んでいたという事は、ここ一年の私との記憶は殆ど残っていないのかもしれない。理恵ちゃんという呼び名は、虐めが判明して私達の関係が変わってしまう前までの呼び方だ。
「そう…」
「おい、そうってどういう事だよ?瞬が私達の代わりに戦ってくれたんだぞ?」
「それは、わかっているし…感謝もしている、だけど私は車石先輩。貴方が私に説明した話しを聞いて気づいた、自分が願った事を、なんの為に戦うのかを、だから私はもう前に進むだけ」
そう彼女は言い残し、稽古場の方へ向かっていく。
「弓…凄いな、私はまだ前に進めるかもわからないのに」
「私達より二つも下の後輩がここまでの覚悟を見せてくれているんだ、アタシもうかうかしてられないな、でも少し考える時間を貰うね、考えて…考えて答えを出して見せるよ、アイツの所にはお見舞いに行ってやれないぐらい悩むかもしれない、ごめんね理恵さん」
「銃美さん…わかりました、瞬君にはそう伝えておきます」
二人が前に進む中、彼女は、刃菜子さんだけは、今一歩踏み出せずにいる、一人で考える時間が必要だろうと思い私も自室に戻る。
瞬に本音を話したあの日から、もう一か月が経ち今は11月中旬、気温は二桁になる事はなく、雪もちらほら積り始めてくる、まさしく冬と呼べる季節になった。あれからレイダーからの襲撃はないが瞬はまだこの寮には戻ってくることは無い。
理恵は私達に本当に守人としてやっていけるかという事を聞く為に敢えて精神的に追い詰められていた私達に、あの話をしたんだと思う、弓は覚悟を決めた、銃美は辛くても進もうとしている、私はどこにいるのだろうか?
覚悟も決められない、それでもと言って進む事も出来ない、こんな私が父さんの代わりに皆の憧れになるだって?笑わせるなよと、自分で考えて嘲笑してしまう。外に出て散歩をするつもりだった、どこへ行こうなんて考えても居なかった、でも多分最初からここに来て助けを求めるつもりだったんだ、自分よりも年下なのに強くて、覚悟もあって、それでいて優しい彼の元へ。
手続きを済ませて彼の病室に入る、彼は外をぼーっと見ているが、私が扉を開けた音で気づいたのかこちらを向きこちらより先に声をかけてくる。
「刃菜子先輩、お久しぶりです」
「ああ、久しぶり。瞬は元気にしてたか?」
「もう大丈夫なんだけどね、中々理恵ちゃんが退院を許してくれないんだよ」
そんな他愛ない話から始まる、瞬が理恵の事を理恵ちゃんと言ってるのは例の記憶の欠損のせいなのだろうか?そんな事よりもどうしても聞きたい事があったのだ、それを聞けば腹を括れると、前に進めると思って。
「瞬はさ…なんで、一人で戦えたんだ?」
「戦えたって?」
「あの日、私と話した後だよ」
瞬はぼーっと遠くの方を見て頭を捻る。
「実は覚えてないんだよね、なんで戦えたんだろうね?死ぬかもしれないのに」
そっか、悪かったなと言おうとしたが彼は続ける。
「でも、多分守りたいものがあったから、戦ったんだと思う、自分がどれほど傷ついてもいいから守りたいものがあったんだと思う。理恵ちゃんとか、刃菜子先輩に流氷さん、白鳥さんみんなで過ごした楽しかった記憶が残って、他の記憶を殆ど忘れたのは、多分そういう事なんだと思うよ」
「自分が傷ついても守りたいものか…そうだな…そういうもんだよな…ありがとな」
空が暗くなる、ああ彼と銃美が見た物はこれだったんだ、そして彼は、私と話しているときもこれを見ていたんだ。
父さんの様に皆の憧れになるなんて、その為に皆を守るなんて私には大きすぎる夢だったんだ、だけど皆の憧れにはなれないかも知れないけど…守りたい人が居るその人の為なら私はどんなに傷ついてもいい、もう一度会う為ならそんなもの怖くはない。願いは変わった、誰もが憧れる人にではなく、誰かを守れる人になりたいと。
「瞬、悩みに悩んだよ、休みに休んだ、だから今度は私が頑張る番!」
自分が見せる事が出来る渾身の笑顔を見せる、もう怖くない、もう恐れない、どれほど傷ついても私は戦える。
「どう…いう?」
瞬は困惑した表情でこちらを見ている、今度は瞬の資格が剥奪されてるのか。同じ状態になった私が言える事はただ一つ。
「瞬はさ、優しいし強いよ、だからって自分一人でやろうとしないで理恵を、私を、皆を、頼りなよ、私は瞬を頼りまくったからさ」
「なんで?人に頼った方が相手の迷惑になるんじゃ?」
「だーかーらー、瞬は私が弱音を吐いた時、迷惑に思ったのか?助けなきゃって思ったんだろ?だから理恵との関係の話をしてくれたんだろ?こっちが頼ってそっちは頼っちゃいけない、なんて事はないんだから、お前が言ったんだぞ?相手に幸せになってもらうためには、まず自分も幸せにならないといけないって」
困惑した表情を見せる彼の傍に居てあげたいが、もう時間だ。
「瞬は、その事を忘れてるからまずは頑張って思い出せ、思い出したらすぐ会えるし、思い出せなくてもちょっとしたら会えるから、それじゃあ行ってくるな」
彼の頭を撫でてから行くべき場所へ行く。
そこには弓と銃美そして私が居る。
「これたのね、車石先輩」
「ああ、瞬に元気を貰ってきた」
「病人から元気を奪うなよ…」
「私はいいんだ!瞬と理恵に心配かけないために、皆で生きて帰るぞ!」
「応!」「はい!」
第七話 完
本文を読んでいただき誠に感謝します
ここまで読んでいただいた皆様、ここまで読まなくても本文は読んでくれた皆様、そして前書きで読むのを止めた方や途中でつまんないと思ってブラウザバックされた皆々様全てにこの作品を一度開いていただいた事を感謝します。