第四話 吉報と、凶報と(修正版)
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弓の大きな声と、必死に伸ばされている手を見て、尋常ならざる事が起きているのはすぐに理解できた。隣をみれば後ろでじっとしていたはずの蛇みたいな奴が、もうすぐ近くそばに来ている。思わず目を閉じてしまいたい光景なのに、目を閉じたくない。頭の中には、ああ私は死ぬのかと納得してしまっている自分と、まだやりたい事が残っているのにと、嘆いている自分が居る。18歳だけどもう少し身長が欲しいとか、もっとゲームがやりたいとか、あとはそうだなぁこんな状況でくだらない事ばかりが、思いつくけど、唯一後悔があるとすれば、父の様になりたかった。誰からも尊敬されていたあの人に、誰からも憧れで、その憧れを皆から奪ってしまったせめてもの贖罪として、自分の命を賭してでも。でもあの世で父と会えるのであればそれもいいかと人生に区切りをつけ、目を閉じる。
目の前で二人も居なくなった、どちらも私の責任だ。もっと私が回りを見ていたら、もっと敵を早く撃ち墜とし終わっていれば、二人が死ぬ事はなかったのだから、例えじゃんけんで決めたリーダーであっても、私はそれでもリーダーであったはずなのだ。ならば私のやるべき事はただ一つ、二人の命を奪ったアイツに報いを与える事だ。
弓を引き限界まで力を溜めて矢を放つ。
「あの二人の痛みを受け入れろぉぉぉー!」
その怒号も空しく、放った弓は先ほどまで竜型が居たところを通過し空へ軌跡だけが残る。
「偏差が足りないなら!」
もっと偏差をつけて弓を構え引き渾身の力を込めて放つ。
「これでどうだ!」
しかし今度は先ほどと距離が違う為か、それでも竜型が通りすぎた後を通る。疲労で弓を引くのも厳しくなっている、射てるのはあと一射かもしれない。しかし彼らの為にやるんだ、私が。つい昨日まで彼らと仲良くなるつもりなんてなかった、それでもこんなに彼らに情を向けてしまうのはなぜだろうか?同じ守人だから?いや違う、話したのはたった二日かもしれないがそれでも彼らは私の友人だから、願いは違うとしても本質は変わらない仲間だから。我ながらチョロいと思ってしまう、しかしそんな事を考えていると心に余裕ができてきた。
弓を引き矢を生成する、もう集中力も残っていない…でもこの一射に全てを賭ける。
「……える?……さん!…こえる?」
幻聴だろうか?耳元にある無線からはノイズ交じりではあるが…これは自分にとって都合の良い幻聴だろうと疑わずにはを得ない。しかしそれでも確かに彼の声が聞こえた。
凄まじい衝撃が体に走り、私は死んだんだと思っていた。しかしどうも違和感が拭えない、なぜなら自分の体がまるで暴風警報が出ている最中に外を歩き続ける、そんな感覚が残り続けている。どうもおかしいと思い目を開ける、そこにはこの世にはもう居ない事を覚悟していた彼が、瞬が私を抱え空を飛んでいる。
「しゅ…しゅぶぶぶぶー!?」
「舌咬むから黙って今は俺に抱き着いてて、離れたら後ろの奴に丸のみされて死ぬよ?刃菜子先輩」
彼が、瞬が私を正面から抱きかかえ、後ろの空飛ぶ蛇みたいな奴から逃げている。色々聞きたい事があったが、何も言わず彼の首に手を回し、腰に足を回す。まるで赤ん坊みたいで恥ずかしいなぁと思ってしまったが心の中に留める、この状態なら話せると思い口を開こうとしたが、それは瞬に阻まれる。
「刃菜子先輩、俺の耳に無線機を付けて。俺のさっき爆破で壊れちゃったのと、今の状況じゃゆっくり止まって付けるなんて事もできないし」
「お、おう、わかったぞ」
言われるがまま彼の耳に無線機をつける、そうすると彼は地上に居るであろう弓に話かけ始める。
「聞こえる?流氷さん!聞こえる?」
どうやら返答は無いらしい、もしかしたら理恵はもうあの怪物に巻き込まれてしまったのかと考えてしまうが。
「聞こえるわ!ああ良かった、生きているのね。でもごめんなさい。車石先輩は…」
「大丈夫、刃菜子先輩は助けて今は空を飛びながら逃げてる所」
そういいながら顔を近づけてくる瞬、声を聞かせてやれってことか。いきなり顔を近づけてくるからびっくりした。
「大丈夫だぞぉー弓、今はなんとか瞬にしがみついているから心配すんな」
「あぁ、良かった本当に車石先輩が無事で……」
感極まってすすり泣きの音が聞こえてくる、嬉しい反応をしてくれるじゃないかこいつめ。
「なんか俺と反応違い過ぎない?」
「気のせいよ、大丈夫なんていいつつ爆風に巻き込まれた愚か者の事なんて、怒っていないわ」
「ハイハイ、じゃあこいつを倒す作戦はある人いる?」
作戦かぁ?作戦、作戦、と頭を使っていると名案が思い付く。
「あるぞ、私が剣を大きくして真っ二つに……」
「「却下」」
全てを言い切る前に却下されてしまった、いい案だと思ったのに。
「でも最終的には俺と刃菜子先輩で斬るしかないとは思うけど、でもその隙を…流氷さんやれそう?」
「やれるかやらないかじゃなくて、やらなくちゃいけないんでしょ?わかっているわ」
「じゃあその隙を作れたら、俺がアイツの機動力を削ぐから最後は…刃菜子先輩よろしくね」
「おうともさ」
やってみせるとは言ったものの、私にはもう一射できるかどうかの体力と、二人が生きていた事への安堵で失われてしまった集中力。しかしそれでもやるしかないのだ、外す訳にはいかない。
弓を引き、矢を生成し、力を溜める。外す訳にはいかない、ここで外してしまうと折角二人が生きていた事も、無意味になってしまう。失敗するわけにはいかない、絶対に…絶対に。
「大丈夫、失敗してもカバーはするよ、一人で背負いこまないで」
「弓、安心しろ、どうなろうが私が真っ二つにしてやる」
その声を聞きとても安心できた、一度瞬きをする。その瞬間、敵がどう動くか、車石先輩達が、どのように動いて逃げているかが視えた気がした、そのまま弓を引きなおし矢を生成する、すると矢がどういう軌道を描くかも視える、偏差を合わせていき、するとレイダーと交差する地点が一つ視える。これならば、当てられる。
「当てるっ!」
「当てるっ!」といい彼女が矢を放つ、一瞬どこに射っているんだ?とも思ったが、彼女の放った矢は吸い込まれるように竜型レイダーに当たり、動きが止まる。チャンスは今しかない。
「刃菜子先輩!」
「おう」
刃菜子先輩の返事と共に彼女を高所へと投げる、バーニアの残りは少ないがここで失敗すればもう二度とチャンスはない。故に全開で行く。
「ハァァァァァー」
竜型の飛行能力に関わっていそうな、羽やひれを高速で斬り落として行く、最後の一つの部位を斬ると同時に、バーニアの出力が落ちその場で浮くのがやっとになるが、レイダーの動きだけは完全に停止させることに成功する。
「刃菜子先輩!」「車石先輩!」
二人が私の名前を呼んでいる。ここで失敗をすれば全てが無駄になる、だけど後輩二人にここまでしてもらって失敗をする私ではない。気力も体力も限界だ、だが今ここで出せる、全ての力を振り絞り大剣を巨大化させる、長さを10倍20倍へと伸ばしていき、25mにはなっているだろうか?それを全力で地面に向かって思い切り振りかぶる。
「いっけぇぇぇぇぇーー!」
刃菜子先輩が竜型を斬りおとすと同時に、彼女も力を使い切ったのか、力なく落下していく、流石に天成で身体能力が普通の人の比ではないが、この高さから落ちて無事でいられるとは思えないので、残りのバーニアを使い切る事を前提として、刃菜子先輩の元まで進み抱きとめるが、それと同時にバーニアも切れて落下していく。
「わああああ、落ちるーーー」
なんて言いながら落ちていると後ろから首根っこを掴まれ抱きかかえられる。誰かは言うまでもないだろう。
「もう、最後の最後まで安心させてくれないわね、貴方は」
「リーダーに頼りきった勝利だからね」
フフっと笑みを零す彼女に向かって俺も笑顔を返す。
流氷さんが地面に足をつけると、星空の空間に居たはずの竜の様な蛇は、音もたてずに消滅していて、地面に突き刺さった刃菜子先輩の巨大な剣がその場に鎮座する。そして気づくと、戦う前までいた砂と森しかない大地に戻ってくる。その場でゆっくり流氷さんに降ろされ俺も抱きかかえていた刃菜子先輩を地面に寝かせる。
「疲れたー」
刃菜子先輩がそう言うと、自分も地面に倒れる。もう一歩も動きたくないし暫く眠っていたい。
「そんな事より、アナタどうやって生き残ったの?あの近距離の爆風から」
彼女も横に倒れながら、問いかけてくる。
「いや、ヤバい死ぬって思ったら傷口から血がドバっと出てきて、守ってくれたんだよね、まぁそれでも爆風をもろにくらったんで気を失っちゃっていて、起きたら刃菜子先輩が食われそうになってて本当に焦ったよ」
「血がドバってそれ大丈夫なの?」
「守ったら普通に傷口に戻っていったし、今は普通の傷口だし大丈夫じゃないかな」
「でも悪いねバーニアに血液操作なんて能力持っちゃって」
「私だって新たな能力らしきものが手に入ったわよ」
「へぇーどんな?」
「うまくは説明できないし今見せる事も出来ないけど、未来……予知?」
何故疑問形なのか問いかけようと思っていたら、視界の端から結界が凄い勢いで迫ってくる。備えようとしても、もう立つ力が残っていない、どうすればと考えている内に結界は俺たちを素通りして、海の奥までいって止まる。これはどういう事だろうか?
「奪還成功ってことでいいのかしら?」
「わからん」
「うおおおおおおお、復活ッ!」
刃菜子先輩が急に起き上がる。
「見ていたか!私の大活躍!」
「最後のいいとこ取りでしょ、MVPは流氷さんだよ」
「なんだとぉー?」
「ならワーストはアナタね」
「そうだーそうだー」
確かに俺は死んだと思わせ、心配をかけたのだし、その評価も受け入れなくてはと考えていたら、結界内に入ってから一切繋がる事のなかった守護省との無線機が突然繋がる。
「結界がそちらに向かっていき、ずっと応答がなかった無線機も急に繋がるようになったんですが、そちらで何か変化はありましたか?」
もしかして?と続ける守護省の人間に対し、刃菜子先輩はふっふっふと鼻を鳴らしながらこう答える。
「聞いて驚くなッ!宗谷地方は!私達の手によって奪還したッ!」
無線越しから歓声が聞こえる「それはそうと迎えに来てくれ、私達はもう疲れて動けん」と刃菜子先輩が伝えると食い気味で「了解しましたッ!」という声が聞こえて来た。そんなに嬉しそうな声をだす守護省の人達の影響か、こちらまで嬉しくなってしまう。
救援部隊のヘリが来てそこに乗りこんだと同時に、俺たち三人は緊張の糸が完全に切れ、眠りについてしまった。
明るい光に当てられ目を覚ます、重い瞼を必死に開けると覚えのある天井が目の前に広がる、ここは昨日まで自分が眠っていた病院であろう、そして自分は日光を浴びて起きたのではなく、照明の明かりによって起きたのだと、首を横に向けることで理解できた、窓からは日差しなんてどこにも見えず、どこまでも暗い空、民家の光と街路灯の光が広がり、車のライトが動いていく、夜になると街であればどこでも見える特有の景色。こう言っては何だが、あの戦いで見られる満天の星空の景色は、まるで光害に邪魔をされずに見る夜景の様に本当に美しいものだったのだと改めて思ってしまう。
ベッドの周辺には刃菜子先輩が椅子に座りながら、自分の腕を枕にしベッドに突っ伏して眠っていて、その隣には椅子に座ったまま背もたれを上手く使い、器用に眠っている流氷さんが居た。この景色を見て自分達が今日やり遂げた事は妄想でも空想でもなく現実であったと認識できる。
余りにも二人がぐっすり眠っていて、起こすのも些か躊躇われた為、横のテーブルに置かれていた自分のスマホを手繰り寄せ、起動させる、時間は既に21時を回っており、通知の欄には『守護省、渡島・檜山地方並びに宗谷地方奪還!!結界は北海道全域へ』と似たような事が書かれたニュースが何件も溜まっていた。奪還できたのは、守人が頑張ったからだよ。なーんて思っていると、不意に扉をノックされビクッとしてしまう。看護師だろうか?とも思ったが声が聞こえて来た瞬間看護師ではない事は理解できた。
「失礼します」
「どうぞー」
そう言うとボトボトと何かを落としたと同時に必死に涙を見せぬように、目に涙を溜める早雲さんが立っていた。
涙を流さないのは俺の為だろうか?それとも彼女自身の為だろうか?わからないが、彼女はゆっくり、ゆっくりと近づき俺の前に立つと、自分の胸で俺の顔を覆うように抱きしめる。これはとても嬉しい事なのだが少し息が…できない。ふと頭に水気を感じ、あぁやっぱりこの人は優しい、優しすぎるのだと理解する、昔あんな事を言った自分をここまで想い、涙を流してくれるのだ、しかも俺の負担にならないよう必死に涙を堪えて俺の見えない所で涙を流してくれる。その気遣いに憧れると同時にこんな思考が頭を過る、俺の事をそこまで考えてくれなくていいのにと、そんな思考を持つ自分自身に嫌気が差す。
一頻り涙を流して落ち着いたのか少し離れて笑顔を見せる。
「おかえりなさい、瞬君」
「ただいま、早雲さん」
二人で無事を確認していると流氷さんが居た所から、わざとらしく咳払いをする音が聞こえる。
「もう…話しても…いいかしら?」
ちょっと恥ずかしい所を見られちゃったな、なんて考えていると刃菜子先輩も目を擦りながら背筋を伸ばす。
「ん?理恵ぇ?」
「おはようございます、刃菜子さん」
早雲さんを見た後にこちらを向き目をパチクリと開き何度も見返す、それでも信じられなかったのか今度は目を擦りながらこちらを見てくる。
「そんなに確認しなくても俺は起きてますよ、刃菜子先輩」
「おぉ、おぉぉぅ瞬――!」
名前を呼ばれながら凄まじい勢いでハグをされる。痛みが走るがこれも心配をかけてしまった己への戒めとでも受け取っておこう。
「どう?流氷さん、流氷さんもハグする?」
「遠慮しておくわ」
「あら、そう」
折角仲良くなった証にハグをとでも思ったが、彼女は乗り気ではないようだった、刃菜子先輩をひっぺ返しながら、落としてしまった見舞いの品を拾い上げている早雲さんに、疑問に抱いていた事を思い出し聞く。
「早雲さん、心配してくれるのはありがたいですけどなんでこんな夜遅くに?明日でもよかったのに…」
彼女の心遣いは素直にありがたいが、こんな夜分遅くに確認に来るなんて彼女らしくもない、彼女であればこのように眠りについていてもおかしくない時間であれば、日を改めるであろうと思ったが、実は俺は重篤な状態であったりしたのであろうか?
「もしかして、俺ってそこまで命の危機的状況でした?」
「いえ、そういう訳ではありません。医者からも細かい切り傷や打撲はあっても命に別状はないだろうと聞き及んでいましたし、この時間に来たのは大体この時間帯で目を覚ますのではないかと言われていたので、夜分遅くではありましたが、至急弓さん、刃菜子さんそして瞬君に伝えなければいけない、情報があったからです」
なんだ、彼女達がここにいるのは心配して付きっ切りで見ていてくれたからではないのか。
「そんな大事な事だと言われていたのに何で二人は眠っちゃってたの?」
「しょうがないだろ、私達は帰りのヘリの中で目を覚ましたけどお前は、目を覚まさないで眠ったままだったんだぞ?」
「そうよ、私達を責める前に私達がただでさえ疲れている中、その中で更に心配をかけさせた貴方がまず責められるべきだわ」
そう言われるとぐうの音も出ない、助けを求め早雲さんに視線を向けるが、彼女は微笑んだまま微動だにしない、彼女も恐らく彼女らの意見に同調しているのであろうその姿を見てしまっては。
「心配をかけて申し訳ありませんでした…」
ただただ誠心誠意謝るしかなかった。
「話を戻します」
早雲さんが緩み切った空気を正す。
「これは明日報じられる内容になりますが、守人には先に知らせておくべきとの判断が守護省から仰せつかりました」
「なんだ?渡島・檜山地方の奪還の話ならもう知っ…」
「渡島・檜山地方奪還作戦に同行していた守人三名の内、白鳥銃美さんを除く円山星奈さんと緑ヶ丘槍真さんの死亡を確認しました」
刃菜子先輩が途中話に入り混んでいき、てっきり俺もその話かと思っていたが現実は非常であった。俺たちが大丈夫だったから、まだ見ぬ彼らも大丈夫と勝手に思い込んでいた。しかし敵は2週間で、人類の99%以上を滅ぼしたレイダーという敵、それを忘れては行けなかった、その後も早雲さんは淡々とした口調で続けていく。
「結果として我々守護省は人的被害二名を出し、北海道を奪還したと言えます、そこで守護省は本州上陸を断念し北海道の防衛を専念するとの決定が下されました」
その後も事務的な報告を続ける早雲さん。しかし彼女の声は、悲しさとやるせなさが混じった声色に包まれている気がしたが、それ以降の言葉は全く頭に入ってこなかった、それは他の二人も同じであろう、思考放棄に陥るには十分な報告であった。
―9月下旬―
稚内奪還作戦から早1か月が経ち、昼間には暖かみを感じられるが、朝方や夕暮れ時になると、ジャンパーやコートの様な季節に合った服装をしなくては厳しい季節になり、それと同時に、森林の葉は色を変え始め、紅葉狩りのシーズンの訪れを示唆していた。
この一か月は怒涛の一か月であった。渡島・檜山地方で犠牲者が出たと言う事を受け止められない内に、旭川に再び亀裂が発生、隕石の様なものも降ってこなければ、敵も数はあれど、大型は居らず言ってしまえば宗谷地方奪還作戦の時より連帯感も強まった自分達の前では、相手も無力であった。問題はこの後、守護省が今回のように突如の襲撃に備えて、守人一人一人が強くなるべしと言う事で訓練、訓練と毎日一般の高校生がこなす事はないであろう運動量を、こなす事が日常となった。そして何より問題だったのが、その訓練まみれの生活に嫌気を差した刃菜子先輩の行動だった。
早雲さんのラーメンを食べた事で、刃菜子先輩がラーメンにハマってしまい、来る日も来る日もラーメンを食べる、その小さな体のどこに大量のラーメンが入るのか不思議で仕方なかった。そしてラーメンに俺達全員が付き合わされたと思ったら旭川にあるアミューズメント施設でくたくたになるまで遊ぶ、彼女なりの息抜きなのかそれとも、渡島・檜山地方奪還の話を聞いて意気消沈している俺達を鼓舞しているのか、恐らくは後者であると思いたいが。流石にラーメン、運動そしてラーメンの生活は、あの流氷さんと早雲さんをしても逃げ出したいと思う程には、強烈な一か月であった。本当に今彼女が実家に帰ってくれていてホッとすると同時に、ご家族の心配をしてしまう、あのラーメン生活を実家でも行っていないだろうかと。
それと同時に早雲さんが言っていた通り守護省は、本州には行かず北海道を死守するという声明が発表された。俺達守人も奪還作戦成功時こそはマスコミ等に質問攻めに会ったが、一週間も経てば世間の目は、今後この世界強いては、今後の北海道はどうなっていくのか等の議論をしている。もう一つ不思議な事があった、北海道が世界から隔離された時、エネルギーは、食料は、資源はどうなるのかと心配されていたが、今現在は何一つとして不自由はしていない。代弁者達曰く敵の侵攻によって滅ぼされた地域から、なんとか供給して北海道らの生き残っている地域に回しているらしい、あの稚内の砂化もそれが原因ではないかという事だった、人に代弁させるといい資源の抽出といいこの代弁者の、協力者たる存在は神様か何かではないかと思ってしまう。しかし早雲さん曰く神が居るならこうはならないとの事だった。
そして今日は、渡島・檜山地方奪還作戦唯一の生き残り、白鳥銃美さんの退院日で、俺と早雲さんがお迎え係という形となった。刃菜子先輩と流氷さんは守護省から地方警備という名の休暇を言い渡され実家に戻っている、俺と早雲さんは美瑛と旭川であれば旭川に居た方が不便もないので寮にそのまま住まわせてもらっている。
「まだかなー?もう少しで集合時間じゃないですか?」
「女の子には準備が必要なんです。瞬君、それを待てないようじゃモテませんよ」
「痛い所突いてきますね、そういえば白鳥さんってどんな人なんですか?早雲さんはお見舞いによく行っていたので知り合いなんですよね」
「いい人ですよ?少し私を特別視し過ぎている気もしますが、読書という共通の趣味もあって話題には困りませんし」
「それはよかった、関わりづらい人だったらどうしようなんて考えてました」
折角刃菜子先輩や流氷さんともいい関係を築けているのだ、きっと白鳥さんともいい関係を気づけるだろう、特に早雲さんを特別視なんて俺と同じ事をやっているし共通点は多そうだ。
「あ、来ましたよ、おーい、ここでーす」
早雲さんが少し大げさ気味のジェスチャーでアピールする。するとあちらも気づいたのか、手を振りながらゆっくりと歩いてくる。遠目から見てもわかる、髪は短めでかなりのスタイルの良さだ、流氷さんも女性にしてはデカいと思ったが、白鳥さんは俺と同じで175㎝近くなのではないだろうか?と思うが顔は少しヤンキーっぽくキツそう、という印象を抱いていたら、いきなり早雲さんとハグをする。早雲さんも早雲さんでハグを返す、俺は何を見せられているのだろうか?
「君が、青池瞬君でいいかな?」
「あ、はい。そうですね?」
少し困惑していると、パァーンと気持ちのいい音が響く、一体なんの音かは考えるまでも無かった。なぜならば彼女が、白鳥さんが、思いっきりビンタをしてきて、それを直接受けたのが俺だったから。
先入観も偏見も無くこう本心で思う、なんだこいつは?と。
―1か月前―
アタシにとってあの奪還作戦は地獄そのものだった。とても仲が良かったとは言えなかったが、もう一班とは違い結界が張って以降ずっと一緒に訓練をし、フォーメーションや敵の考察も話し合った。結界外に出て悲惨なものを見る、地獄とも言い換えてもいい。人同士で争ったであろう形跡、なすすべなく敵の蹂躙にあった町、そんな地獄を見せられ続けた。途中で何度、嘔吐しそうになったかなんてわからない、それでも必死に耐えて、耐えて亀裂の発生源とされていた函館に着く、しかしそこには亀裂なんてモノは無く生存者も、そして犠牲者も姿を見せない、もぬけの殻となった函館という巨大なジオラマがる。その中でも特に被害が大きかった場所を探索しているときにそれは起きる。あの星空、アタシにとっては、出来る限り見たくなかった星空が広がる空間。その場所に居る人型、蟹型そして体長20mは有に超える熊型の敵、こちらに気づいていなかったので、まず私達が守人となった日に入った空間同様、亀裂を探すために分散する、そこからなら出入りできるかもしれないと思って、結果としてはこの行動が全ての始まりで間違いだったのかもしれない、否間違いだったのであろう。
突如として止まっていた敵が動き始める、一度バラバラになっていたアタシたちは、一か所に纏る暇もなく個人での防衛を迫られる、槍真がいち早くに死んだ、人型の物量には勝てずただ一言「ごめん」といいのこして通信が途絶する、なんとか星奈と合流し効率良く敵を倒していく。しかし問題は熊型の存在、人型も蟹型も関係なくなぎ倒していくが、他を倒せても熊型に一撃を入れることができないでいると、星奈は覚悟を決めたように「一瞬だけあの熊の気を引いて攻撃を誘って」とお願いされる、それが勝利に繋がるのであればとそれを快諾する。同時に彼女は守護省との連絡用の無線を渡してきた「壊しちゃったら怖いから、責任もって守ってよね」とそう言い残して、この時点でアタシは察するべきだったのだ、彼女が生きて帰るつもりはないという事を。
私は相手の気を引き、星奈は熊の後ろに回りハンマー投げの容量で彼女自身の武器であるモーニングスターを投げ飛ばし、次の瞬間、彼女の能力である肉体強化で、即座に投げた物を追い越し拳で殴りにかかる、しかしそんな拳は届く訳もない、熊型は両手で彼女を地面に叩き落とすが、それこそが彼女の策略だったのであろう、最初に投げたモーニングスターが熊の頭をブチ抜き消滅し奪還作戦は成功に終わった。
ただ残ったのは、もぬけの殻になった函館と、人型の波に巻き込まれ体が痣だらけになっている槍真、そして凄まじい衝撃を一身に受けた星奈の死体を見ることしかできないアタシだけを残して。
守護省からの無線を受け取り、迎えに来てもらい二人は姿を見えないようにするためか、カバーで覆われ、その姿を最後まで見きってからアタシは手放してはいけないモノからも手放した。
何日も眠っていたかったが、現実は残酷でアタシは、次の日の昼には目を覚ました、まず最初に最悪だったのは、昨日の出来事は夢などではなく、実際に起きた出来事だと改めて確認したこと。そして夕暮れ時その時のアタシが最も聞きたくなかったであろう話を、守護省の口から話された、曰く全く前準備もしていなかった、宗谷地方の奪還が無事成功したとのこと、何より全員が生還を果たした事。
アタシの頭はどうにかなりそうだった、なんでアイツらが全員生還できて、アタシ達はあれ程の犠牲を払ったのかと、本来喜ばしい事の筈だった、誰も犠牲が出ないなんて、しかし彼らは前準備もせずに、アタシ達が決死の思いで成功させた奪還作戦を、アイツらは悠々と達成して見せたのだ。嫉妬の炎に燃える、そしてアイツらに嫉妬するアタシ自身に怒りを覚える、そんな精神状況でいるとき、アタシは何を思ったのか病室をどうにかして開かないようにし、全ての人との関わりを絶った。
なんとか話しをしようとする医師には。
「守人にでもないアンタに何がわかる」と叫び。
食事を気にする看護師には。
「食事なんてアタシが食べたい時に食べる」と駄々をこね。
強制的に入ろうとした守護省の人間には。
「アンタ達が入ってきた瞬間、アタシは自殺する」と脅す。
人が来るたびに、理由をつけ関りから逃げていく。
しかしある日の事だった、いつもとは違う声色で接してくれる女性が来た、曰く彼女は代弁者の一人で、アタシ達が住む予定だった寮の寮母的な役割をする人間と言っていた。
彼女に対してもアタシは暴言を投げつける。
「よくわからねー奴の言葉を代弁して、アタシを慰めにでもきたのかよ?」そう蔑むように彼女を罵倒する。
「いえ、今日はお弁当を持ってきただけです、ここの所ご飯も碌に食べてないと看護師さんに伺ったので。お弁当、ここに置いておきますね、良ければ感想いただけると幸いです」
と言い残し彼女は帰っていった。彼女の作ったお弁当は色とりどりで見栄えも良く美味しかったが少し味が薄かった。
次の日も彼女は来て、病室の前に置いた感想のメモ用紙を張った、弁当箱を見て嬉しそうに。
「食べてくれたんですね?味はすみません、何分誰かに弁当を作るなんてまだ片手で数える程しか経験が無かったもので」
と照れたような声で言う。
「今日はお話をしにきました」
と続ける彼女に、医師の時同様、アンタには関係ないと言おうとした瞬間。
「今日はですね、私のオススメ小説を持ってきました」
と続けた彼女に対して、アタシは思わず質問してしまう、大笑いしながら。
「アンタ何しに来てるんだよ」
「だから言ったじゃないですか、お話をしに来ましたと」
そしてそのまま話を彼女は続ける、この小説は兄弟の家族愛を描いた作品がどうこうだと一頻り話した後、彼女は良ければ読んでくださいと言ったのち、お弁当今日も置いておきますねと、言い残し帰っていった。今日の弁当も味は薄い。
また次の日彼女は来る、一応彼女の言われた通り小説は読んでおいた、内容は親に先立たれた二人の兄弟が頑張る話、そんな感じだった。
「こんにちは、今日もお話をしにきました」
と伝え扉の前に何か物音が聞こえた。なにかする気か?と身構えたが
「流石に数時間立ちっぱなしで話すのは、厳しいので今日は椅子を借りてきました」
なんて人騒がせな、そもそも顔を見えない相手に何故ここまで、尽くすのであろうか?そんな彼女に対して小説を読んだ事を伝え、面白かったという話をして、そして彼女は今日も、おすすめの小説と弁当を置いていき、私も昔読んで面白かったと思った小説をオススメしておいた、今日の弁当は、味が丁度よい。
何日か経って彼女だけなら病室に入ってくる事を許可した、彼女だけはアタシの事をわかってくれるからと、そしてまた何日か経って、彼女以外が入ってきても大丈夫な位には回復し、そして彼女が進めてくる小説が、家族愛に重きを置いたものが多い事を疑問に思い、不躾ながら聞くことにした、しかし彼女は答えてくれる。
「私には弟が居たんです、血のつながっていない弟が、父の隠し子という訳でも、再婚相手の連れ子という訳でもありません。孤児を一人引き取りたいと父と母が伝えてきたのです、姉弟の居ない私にとってはとても嬉しい話でした」
と悲しそうな眼をしながら彼女は続ける
「弟が新しく家に来て私は中学二年生、弟は小学六年生、もっと若い時から家族になれていれば仲良くなれたかもしれませんが、私達は特別仲の良い姉弟にはなれませんでした」
言っても普通の姉弟ではあったと思いますと、補足を入れ彼女は続け一つの質問を投げかけてくる。
「銃美さん貴方は私を魅力的だと思いますか?」
「そりゃあ理恵さんは魅力的だと思うよ?こんなアタシにも尽くしてくれるし、理恵さんはアタシだからとか、そういう理由じゃなくてもアタシを助けてくれたんでしょ?」
「そういう訳でもないですよ」
控えめに笑って見せ、続けますと一息つく。
「中学生の頃分け隔てなく、ええ本当に誰に対しても分け隔てなく、私は困っている人の助けになろうとしました。ですが弟ができた途端本当に僅かにですが、その意識が弟へ向かい、弟を優先してしまっていました。それが悪い事だとは想いませんでしたし、良い事だと信じていました」
ここまで聞いている限り、ただのいい話にしか感じないが、ここからなにがあるのだろう?
「弟が中学に上がると私の意識が更に弟に向かいだして、周りからは誰でも助ける優しい人という印象から、弟想いの姉という印象に変わりました、しかし弟はどうでしょう?元から家族を持たないという理由で虐めに遭っていたと聞きます、その弟が家族も持ち、しかも学校で一番魅力的だった女性を変えたのです、見る人から見れば独占しているとも考えられるかもしれません」
なるほどここからの経緯はわかった、つまり弟は皆から早雲理恵という存在から、無償の献身を奪った人という事になる。そしてその行きつく先は…
「結論から言うと弟の虐めは、酷くなりました、それまでは虐めといっても過度のものではなかったと聞いています。その虐めは私が居る事で陰湿になり、そして私が居なくなった途端悪質になります、私達家族が気づけたのは、久しぶりに弟を迎えに行こうとしたときでした」
やはりそうなるかと考え込む。しかしここからは予想外であった。
「それから少々のいざこざがありましたが学校や親の介入もあってか、弟に対する虐めというものはなくなりました。ですが弟が高校に上がるときに両親と私を集めこう言ってきたのです、『もう家族はいらない、自分が原因でそこまで悲しませてしまうのなら、家族になんてなりたくなかった。だからこれからは他人で居させてください』と必死に涙を流しながらお願いをしてきました」
なんでそうなってしまう?弟は両親に強いては、姉にそこまでの愛を貰ってなぜそうなるんだ?
「結局私はその事を未だに忘れられず、もっとどうにかできなかったのかと、後悔してこんな本で慰めているだけなんです…すみませんこんな話をしてしまって」
「いや、謝らなくていいよ、こっちこそ辛い思い出を語らせて申し訳ない。最後に聞いてもいい?」
「なんですか?」
「その弟は今なんて名前なんだ?」
「青池瞬という名前です、アナタと同じ守人の一人ですよ?アナタが退院するときは私と一緒に来ると思います」
青池瞬か、この人をここまで悲しませた報いとして、一発ぶん殴るアタシはそう心に決めた。
第四話 完
本文を読んでいただき誠に感謝します
ここまで読んでいただいた皆様、ここまで読まなくても本文は読んでくれた皆様、そして前書きで読むのを止めた方や途中でつまんないと思ってブラウザバックされた皆々様全てにこの作品を一度開いていただいた事を感謝します。