第十話 求め続けた場所
本日はこの小説をご観覧いただきありがとうございます。
これにて山梨編終了でございます、次回の決戦編を現在鋭意製作中ですので今しばらくお待ちください。
自己紹介を終えた後に、僕の命の恩人とも言うべきソウウンさんという人が、少し普通の表情ではなく、憂うべき事態を漂わせながら瞬の元へと近づく。
「弓さんから今レイダーが出現し…」「わかったここは白鳥さんに…」
そんな会話内容が聞こえてくるが、一つだけ気になる事がある。レイダーとは何か、意味だけであれば侵入者、襲撃者という意味だがと疑問に思っていると。
「ごめん、レイダーがうちの方の結界に発生したから、行ってくる」
「「レイダー?」」
なんだそれ?と言わんばかりに扇と心美君が、疑問を浮かべるとソウウンさんという方が態々ご丁寧に説明してくれる。
「レイダーとは皆さんも戦った事のあるバケモノの事ですね北海道ではそういう風に呼称しています」
これはご親切にどうも。
「敵は多いのかい?」
「かなりの数は居ると無線には入ってきました、解放を使うかもしれないとも…」
「流石に使わせたくない、急ぐよ」
そんなに解放を使いたくない理由とは何なのだろうか?それよりもだ、この状況で北海道勢がピンチなのであれば僕のやるべき事は一つだ。
「僕も一緒に行くよ」
ソウウンさんという方は凄く申し訳なさそうにしているが、正直こちらの解放はデメリットが無いと言ってもいい、であるならば使わせたくない解放より使える解放を使うべきであろう。
「扇、心美君を頼んだよ」
「まかせておけって」
「覚悟は固いですか…わかりました瞬君お願いします」
彼女の了承も得て彼の傍によると彼もメンバーに話しかけている。
「了解です、白鳥さん、早雲さんを守ってね」
「わかってるって」
そして僕は彼にお姫様抱っこの状態で抱えられる。
「速度がきつかったら言ってね、令華」
「ああ、わかっているとも瞬!」
互いに名前で呼び合う、こんな事を何故彼女らは恥ずかしがっていたのであろうか?すると彼が一言唱える。
「解放」
先ほども見た状態に変身し、凄い速度で飛び立っていく後ろには大量の残像を残して。
無線を耳に付けて即座に飛び立つ、彼女に解放を使わせる訳にはいかないから。そんな中令華が疑問を投げかけてくる。
「ところで瞬、何故君はそこまで自分以外に解放を使って欲しくないんだい?自分は少なくても今日2度も使っているというのに」
彼女も解放を使えるという事は、代償については理解している筈だ、ならば何故?なんて疑問は出てこないはずだが…、何か守人と守護者とでは解放の仕組みが違うのではないかと考え質問をする。
「令華も解放をしたら、代償が残るだろ?俺の解放は、今は代償が発生しないんだ。だから俺が使うのは大丈夫だけど、流氷さんの代償は大きすぎるからね」
怪訝そうな顔をしてこちらを見ているが、質問を返してくる。
「代償は確かにありはするが、僕らの代償は大きいものではないよ?逆に瞬達の代償とはなんなんだ?その代償が発生しないというのも気になる」
それはそうだろう、逆に代償が発生せずに解放を使えるのであれば、彼女らも苦労しないだろうし、それを他人もその行為ができるのは俺にはわからないが恐らくできないのだろう。
「俺の代償は実の所良くはわかっていないんだけど、俺達の代償は俺が記憶、流氷さんが今の所視力と、左半身の触感だよ」
そういい彼女の方を見ると不思議そうな顔をしている?詳しく言えばそんな代償は初めて聞いたとでも言いたげなそんな顔をしていた。
「僕らの代償とは違うんだな、僕らの代償は言ってしまえば感情の増幅だよ、だからこそ疑問に思ったんだ、君もその流氷という人も僕らと同じ解放という能力を与えられ、片や問答無用で奪われ、片や人としては持ちすぎて持てない程の感情を渡してくる、全く不思議だ」
確かに不思議だ、なぜ奪われるものが違うのかがわからない、解放して得られる力は恐らく、同じであろうもう一人の背のデカい男の方の解放は見たことないが、少なくても彼女は流氷さんと同じく自分の武装を強化してくれる解放、そして俺は武装ではなく能力を強化してくれる解放。
「それともう一つだけ質問だ、何故君はあの女を庇ったんだい?そこまで必死な形相をして、結果的には僕も君も死ななかったとは言えどちらが死んでもおかしくはなかったそれなのに…」
「それは…誓ったからだよ、刃菜子先輩にもう誰も死なせはしないって、何より俺の幸せは皆の平穏な生活だからねその為ならば自分が傷つく位の事は構わないのさ」
彼女が言葉を言い切る前に返答を返す、嘘偽りの無い本音で本心、自分の幸せ為に自分がどれ程傷ついてもいいなんて、守られている方からしてみれば堪ったものではないかもしれないが、それが俺の幸せの為であり、早雲さんとの…なんだっけ?何か大事な約束があったはずなのだが記憶に靄がかかった様に思い出せない。しかしそれが自分が今幸せになる事、それがどれ程大切な事は覚えてる。
「やっぱり、君でも僕とは」
彼女が小声で何かつぶやくがその時の俺には何も聞こえていなかった。
彼と僕は同じそう思っていたが、現実というやつはどうもそう自分の都合よく行ってくれないらしい。
彼は何処まで行っても善人であった、言うなれば心美君に近しい存在。誰も彼も救おうとする人間だ、だけど少し不思議に思っている自分がいる、何故僕は君を嫌いになれないのだろう?僕とは決定的に違う人間だ。
デカルトだったか我思う、故に我ありという言葉。僕という存在はその言葉を体現しているといってもいい、自分が何者であるかを考え、考え続けるだからこそ僕という存在は今もここに存在している、そしてそれ故に自分の事を自己中心的に考える人間が嫌いなのだ、自分が存在しているのは決して自分が中心だからではない、誰かが自分を思ってくれるからこそ自分は存在できている、僕にとっての心美君がそうであったように。
だが彼は違う、他人思う、故に我ありとも言いたいのか、それ程まで自分ではなく他人を中心として彼の世界は回っている。彼は他人を想い続けているだからこそ、守りたいと失いたくないと考え、それを行動に移せる事で自分という存在がここに居るという証明をしているのだろう。
真逆の存在だ、しかしそれでも僕は彼の事を嫌いになれない、この感情はなんなのだろうか?自分とは決定的に違うそれは今の言葉でわかっている、彼に惹かれる魅力があるのかもしれない、でもどこかやはり自分の同胞だと思えてしまうのだ。
「…か…いか……令華!」
「ん?すまない、少し考え事をしていた」
「もうすぐ着くから戦闘準備よろしく」
「そうか、わかった戦局はどうなっている?」
「流氷さんが一度解放を使った事は確実だよ…流氷さんは今は言わないけどそれ程彼女が押している、俺達は少し遅すぎたかもしれない…」
彼は非常に残念がっている、流氷という女性が死ぬより、解放を使って生き延びた方が彼としても喜ばしいだろうに、なぜそこまで悲しんでいるのだろうか?
そして大穴の外へ出る、すると一体の羽を分離させている蛾の様な大型のバケモノ、いやレイダーと言ったか。それと流氷と思わしき人物が戦っている。決定打を掴めずにいるように見える。
「手を離すよ?アイツは俺が倒せる、流氷さんの解放が解けたら天成も一緒に解けちゃうから彼女の保護をよろしくね」
そう言うと彼は僕を降ろし全速力で相手の元へと辿り着き相手の、気を自分に逸らしている、逸らしているといってもあのように全方位から分身して攻撃してくる残像に襲われたら全てに防御行動を取らざるを得ない、よく自分は死ななかったなと考え頼まれた通り彼女を支える。
「貴方は?」
そう彼女から疑問を投げかけられるが何と言ったか、そうだったこういう時に便利な言葉を僕は一つだけ知っている、まさか僕自ら言うときが来るとは思っていなかったが。
「僕は彼の友人さ」
そういいレイダーを撃破し終わった彼の方に視線を向けていう。
「そう」
彼女はそれを言うと安心しきったかのように目を瞑り意識から手を離す。
「お疲れ様、見事だったよ」
素直に思った事を言い彼女を彼に手渡す、そしてこちらの大穴に入った時も思ったが此方では彼方と違いレイダーが発生しても亀裂は出来ていないようだった。
そしてこの空間もレイダーを掃討した事で閉じようとしている。
これが最後になるとは思えないからこう言っておく。
「さよならだ、瞬また会おう」
「ああ、今度は戦わずに…そうだな、旭川の観光案内でもするよ」
「それは…楽しみだ」
僕ができる限りの笑みを彼に返すと、少し彼は照れたように「あんまり旭川の事しらないんだけどね」と笑う顔に少し僕の胸は鼓動を早めた。
それと同時に少しの間とはいえ彼に会えないのは残念だと思う自分が居る、できる事であればもっと彼を知り、彼を教えてもらい、僕を教え、僕を知ってほしい。そればかりは望み過ぎたと諦めて目を瞑り、自分が転移した感覚をしっかりと受け取り目を開けると、変わらず目の前には流氷という女性を抱えている彼と僕が向かいあったまま見た事の無い景色に立っていた。
彼女に別れを告げて元居た場所に転送されるが、何故かわからないが目の前には、そちらも何故かわからないと言った表情をしている彼女が居た。
「えっと…これはどういうことだろう?」
「僕もよくわからないな、流石に戻れないと心美君達が心配なんだが…」
「えっとでも一先ず流氷さんを運ぶ為に車呼ぶから待っててね」
「あ、ああ」
そう言い守護省に連絡をいれすぐさま来てもらい、俺達は守護省本部へと向かい円山さんに報告する流れとなった。
「心美君から単語だけは聞いていたが、守護省とはなんだい?」
「えっと、簡単に説明すると代弁者と守人、そっちでいう守護者のサポートと調査をする組織かな?」
天成の条件や解放について、またそれの代償についてそしてこの結界そのものについて研究していると言えば、聞こえはいいが実の所自分でも何をやっているかは分からないし、そもそも彼らが俺達の役に立った事というのは寝床の確保や送迎などであろう。
「北海道にはそういう組織が作られたんだね、僕らの所は守護者と代弁者を優遇して、守れれば褒めたたえ、守る事に失敗したら責めたてられるそんな場所だったよ、だからこそ北海道は上手く生存できたのだろうね、何か起きても守護者の所為ではなく。守護省という場所が責任を取ってくれるのだから」
成程今まで気づきもしなかった考えが彼女の口から出てくる、一年しか歳は違わないとはいえ彼女はとてもその身長とは逆に凄い大人びているように思える。
そして円山さんが待つ会議室に着く。
「失礼します」「失礼するよ」
扉を開けると彼が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「ああ、忘れていましたこちら、山梨県の守人、忍野令華さんです」
「よろしく頼むよ」
その事は別にいいのかそれとも違う情報を求めているのか彼はこちらを見たまま動かずにいると後ろからコンコンといったノックの音が響いてきて一人の女性が報告をしに来る。
「会議中失礼します、でも緊急の要件がありまして」
「構わないよ、恐らくそれが彼が一番気になっている事であろう話だろうから」
「あ、ありがとうございます?」
初めて見る彼女を見て少し困惑しているようだったが彼女は円山さんの方へ向かいそっと耳打ちして。そしてそれを報告して安心したのか、円山さんはほっとして彼女にでて行くように指示を出し。彼女は失礼しましたと言いながらこの場を後にした。
恐らくであろうが彼女は確か代弁者の一人だったはずだ、一昨日守護省に来た時にも見た気がする。
「円山さん、どんな話だったんですか?」
「ああ、それを今から話す忍野さんだったか?貴方も座って聞いて欲しい」
「わかりました、お聞きしましょう」
椅子に着き一呼吸置いてから、円山さんは口を開ける。
「まずは、ようこそ北海道へ歓迎します忍野さん」
「こちらこそ招かれても居ない客人を、もてなしてくれることを感謝するよ」
「そして瞬、お前にも感謝するよくぞ彼女を送り届けてくれてありがとう」
「円山さんに感謝されるのは…不思議ですね基本訓練中も叱られてばかりだったので新鮮な感じがします」
世間話というべきか最初の事務的な挨拶を終え、恐らく先ほどの代弁者から聞かされたであろう本題に入る。
「それでまず、早雲、白鳥そしてそちらの他二名はそのまま山梨に入ったという情報が先ほど降りてきたとの報告を受けた故、一先ずは安心してほしい」
令華が此方に来て早雲さん達は山梨県に行ったのか、でも大丈夫なのだろうか?山梨県はもう半分程土地を奪われたと早雲さんが話していた事を思い出す。
「君が心配することはないよ、一先ずこの先一か月は彼方に襲撃は起きないと心美君も言っていた」
それならば、安心だがそもそも敵が来るか来ないかをわかるというのは凄い事だ、俺達は空が暗くなるかならないかで敵の存在を初めて自覚できるというのに。
「率直に山梨の代弁者を見てきた貴方に問いたい、代弁者に質の違いはあるのだろうか?」
俺が気になっていた事を円山さんが聞いてくれる、俺の顔を見て気づいてくれただけかもしれないが。しかしそれでもその問題は個人的にも気になる、早雲さんも最初の襲撃については予期していたが、それ以降は出てくる場所の特定や、守人としての資格の剥奪等の代弁は降りてきたが、明確な時期というものがわかった事はなかったはずだ。
「個人的な意見ではあるが、恐らくあると思う少なくても心美君の様な存在が居れば、この内容が至急の案件であったとしても今日だけは防衛に集中したと、思うというのが僕の見解かな」
「そうか…」
皆が黙りこんだ時もう一度ノックが聞こえ、今度は静かに俺の肩を叩き耳打ちしてくる。
「流氷さんがお目覚めになりました」
「わかりました」
そう返事をして荷物を纏め、円山さんに一つだけお願いをしてから外へでる。
「恐らく俺抜きで話したい内容もある事でしょうし、どうぞ話していてください。それとそれが終わったら令華を俺達の寮へ送り届けてあげてください」
「ああ、わかっている」
「君が行くなら僕も一緒に向かう気でいたんだが?行かない方がいいかな?」
「そうですね、今回だけは遠慮してくれると助かります」
「わかったよ、それならば夜にでも僕を構ってくれ」
「わかりました、それじゃ、失礼しました」
扉を開け病院へ向かう、既に車を手配されていて乗り込むだけの形だ。そして運転手も守護省の人なので一つ今の段階で聞いておきたい事がある。
「流氷さんの代償は深刻ですか?」
「それは直接本人から聞いてください、当事者ではない私達からはなんとも…」
至極正論を返される、確かに当事者でもない人間が他人の容態が本人にとって深刻か深刻では無いかを伝えるのは変な話だ。そんな当たり前の事を気づかないなんて俺は相当に焦っているのであろう。
病院に着き走らないで注意されながらも小走りで病室に入ると、ベッドに座ったまま外を眺めている、そして俺に気づいたのか大きく口を開け舌に向かって指を差す。
もしかして喋れなくなったんだろうかと思い駆け寄ると彼女は口を閉じる。
「いきなり人の口の中を見ようとしないで頂戴」
普通に言葉を話してくる彼女に一つ表紙抜けする。
「よかったぁー、喋れなくなったのかとばっかり」
「違うわよ、それなら舌に指なんて差さずに、今頃ホワイトボード持ってるわよ、馬鹿ね…」
クスクスと笑みを浮かべながら、こちらを小馬鹿にしたような態度でこちら見てくる。全くこっちがどれ程心配したのかも知らずに、と文句言ってやりたくなるがしかしならば言葉ではないなら、どこを代償に持っていかれたのだろうか?
「味覚よ味覚、普通舌を指差したら味覚だと思わない?」
「いーや全然おもわないね、余計な心配させた罰に今度スケートにでも連れて行ってもらうよ、私はかなりできるなんて自慢してたしね」
「そうね見せてあげるわよ、それで早雲先輩達は?」
彼女が居なかったあの大穴内での出来事、そして大穴から出た後の話を一個づつ説明していくには少々の時間を要した。
彼が去って行ってから少々の時間が経過したその間特に話す事も無く気まずいそもそも、度重なる解放で心美君や扇そして瞬など一部の特例以外には僕の人間嫌いの対象となる、だからこそ彼とも話せないというか、話したくないというのが本音である
「もう帰っていいかな?実の所僕は人嫌いでね、正直苦痛でしかないんだ」
「構わないが最後に一つだけ、山梨の生存者は?」
「その前に一つだけ言っておく君達は勘違いしている」
「勘違い?」
ああそうだ勘違い、彼らは北海道と同じで山梨県の半分が敵に襲撃され領土を失ったと思っているんだろう、彼らの言う守人、僕らでいう守護者、これが二人しか居なかったのならばしょうがないと思いつつ。
「7千人弱だ」
えっ、と声をあげる円山という男。
「山梨県が生きていたんじゃなくて、山梨県の忍野村という場所で僕達はなんとか脅威から人々を守っていたのさ、この北海道のように何百万人と生きている訳ではないよ」
そう言って扉を開き部屋を後にする。
そうして彼らに送迎を任せて瞬らが住む、寮へと案内され設備の説明をされる、そこにお風呂があるとの事だったのでそこに浸からせてもらう事にした、流石に今日は疲れた汗も酷く、服もべたべただった。
服を脱ぎ籠に入れて浴場の戸を開くとする、そこは何人もの人が同時に入れるであろう大浴場だった。
何から何まであっちとは違うな、訓練の設備も整っていて、こんな大浴場もある本当に彼らは恵まれている、あっちでは狭い浴室だったのにも関わらず…いつか…心美君と一緒に…。
流氷さんの荷物を持って病室の外に今俺はいる、念の為に俺達の変えの服は病院に常備されていて、今流氷さんはそれに着替えている俺も汗をかいている為着替えたいのだが今は我慢して、寮に戻ってから着替えるとしよう。
「わるいわね、持たせてしまって」
「いいよこれ位」
彼女が病室から出てきた後も彼女の着替えが入ったバックを俺が持つ、仮にも解放とおいうとても危険な行為をした人に、これ以上働かせる気はない。
「そう言えば流氷さん」
「なにかしら?」
一つだけ彼女にお願いがある、早雲さんが居ない現在これは切っても切り離せない事情だ、なにしろ彼女が毎日料理をしてくれるお蔭で俺達は訓練ができ、北海道という地域を守っていけている、つまる所今は家事がやってくれていた人が居ないという事になる。なので聞くべき質問は一つ、俺はできないからこそ彼女に頼むしかない。
「ご飯作れる?」
「簡単な物ならできない事は無いと思うけど…いつも食べているあの味には遠く及ばないわよ?」
「それでも全然いいよ」
何しろ俺は料理というものが碌に出来ない目玉焼きですら黄身を何度も潰してきた。それだけ人に支えてもらいながら生きてきたんだという実感が今しみじみと湧いてくる。
その確認だけ取れたらよし、といことで守護省の車に送迎を任せる。
「そう言えば貴方の友人っていう人にあったわ、誰なの?」
友人?守人の皆と早雲さん位しか親しい人は居ないはずだが、果て?誰の事を言っているのだろうか。
「病院で?心当たりはないけど?」
「いえ病院じゃなくて夜景空間でそう聞いたんだけど…」
「ああ令華の事ね、ちょっとしたことから殺し合いをして…友達になった」
「貴方偶にわけのわからない事を言いだすわね」
それがびっくり真実なのだ、何故だかわからないが殺し合いの後に彼女に気に入られた訳なのだが、何故気に入られたのかは実の所、俺にもよく理由はわかっていない。それでも一つだけ言える事があるとすれば。
「いきなり俺の事を瞬って言ってくるから、その外見も相まって泣きそうになったよ」
刃菜子先輩とは全く違い落ち着いているし、言葉遣いに違和感はあるものの、礼儀作法はしっかりしている、でも俺の事を瞬と呼び捨てにするのは彼女だけだったから、その名前を呼ばれた瞬間は少し嬉しい気持ちの反面悲しくもあった。
「でもよかったじゃない、お友達ができて」
「着きました」
「ありがとう」「ありがとうございます」
運転手の報告を受けて車から外に降りる。
「じゃあお願いね、夜ご飯。俺ちょっとお風呂に入ってくる」
「はいはい任されました、いってらっしゃい」
そう投げやりに彼女は返事を返すが素直に調理場に向かってくれるあたり、彼女も相当に優しいのである。
着替えを持ち脱衣所に行き服を脱ぎ浴場に入る、毎日入っている筈なのに久しぶりに来たという感覚を持つのはなぜだろうか?まぁそれはいいさっさと頭と体を洗ってお風呂に入る。
「ふぅーーーー」
「なんだい君案外度胸あるじゃないか、私が入っている隣に座るなんて」
ん?おかしい本来聞こえない筈の声が自分の右から聞こえ下をみると隣に令華が座っていた。
「ええええええええええ」
お風呂で気絶しかけていた時、脱衣所の方から聞こえてくる足音で目を覚ます、誰だろうかと思ったら瞬であった、ここは混浴なのかと疑問に思うのも束の間、髪を洗い出し体を洗いそして、あろうことか僕の隣に座る彼は気づいているのだろうか?と疑問に思い話しかけるととても大きな絶叫が浴場に響き渡りドタドタとした音が外から聞こえてくる。そして浴場の中に入ってきて辺りを確認すると思い切りお玉だろうか彼女が使っていた、お玉をなげつけ僕を連れて外に出る。
「大丈夫でしたか?」
「なに別に僕は彼に裸を見られた所で問題はなかったよ、彼にはあったようだが…」
「痛い…」
わかりやすい程のたんこぶを浮かべご飯を食べている彼、しかし先ほど浴場で見てからかどうしても気になる事がったので聞いてみる事にした。
「瞬」
「ふぁい」
口に物を入れながら喋るなと注意が流氷といったかその女性からまた叱られている。
「その前に自己紹介だな、僕は忍野令華、二年だ」
「あ、ご丁寧にどうも流氷弓と申します忍野先輩?で大丈夫ですか?」
「ああ呼び名だったら、名前を呼び捨てにする事以外なら構わないよ」
でも彼は僕の事を呼び捨てにしていたような、などと考えているのだろうか?顔にそっくりそのまま書いている気がしたので説明して置く。
「僕は自分で絶対負けないと決めた事で負けたら、自分の事を呼び捨てにしてもいいというくだらないルールを作っているのさ、彼には守護者として負けたからね」
それ以外に守裕はあるが本題はこれじゃない。
「瞬先ほどお風呂で僕の隣座った時気づいたんだが」
そう言いながら僕は彼の背後に回りながら、背中側を捲る。
「これはどうしたんだい?」
「これとは?これの事だよ、この背中ともっと詳しく言えば左腕の事だ」
「背中?腕?」
彼はふざけた様子でもなく本当にわからないようだった、僕だけが見えているのだろうか?少し自分の目が心配になり弓君を呼ぶ。
「ちょっと貴方、こんな事どうして黙ってたの?」
彼女は本気で瞬に対して激情をぶつける、それ程彼女の中で彼は大切であるらしい。
「こんな事?背中?ああ痣の事?それなら別にすぐ引いたし大丈夫だと思ったんだけど、残ってる?」
痣?彼にはこれが痣に見えたのか?どうみても呪いか何かにしか見えない、何とも形容しがたい、確かに痣と言われれば痣に見えるかもしれないがこれではまるで。
弓君が写真を撮り彼に見せる。
「これの事よ!」
「これってどれ?」
あぁ成程、彼にはこれが見えていないのか、そして彼には解放の代償が無いなんていうのは間違いだったのだ。
「僕から説明した方がいいなこれは」
「わかるんですか?忍野先輩」
いや全く分からないが確かな事が一つだけ存在する。
「君の解放の代償がそれだよ、恐らくね。見えていないのはどういう事かまでは説明できないが」
簡単に説明するにはどう説明すればいいかと考える、彼にもわかりやすく例えるには。そうだな、こう言う例えがいいかもしれない。
「よく海外に刺青を入れた人が居るだろう?それも真っ黒で大量な。僕達の目では君の背中がそうなっているように見えるよ」
「俺の体に刺青…」
恐らくは彼が何かをしたからこそ、解放の弱点である代償が無くなったのだろう、しかしそれは無くなったのではなく本人に気づかせないようになっていただけだったのでろう。これ以上の事は流石に心美君に聞くしかあるまいか…。
「早雲さんといったかな?君達の代弁者は」
「そうですね、早雲理恵先輩です」
「彼女達が此方に帰ってきたら彼を連れて一度山梨にいって心美君に見てもらう」
それでいいかな?と彼と弓君に確認を取る。
「貴方に頼り過ぎていた私もどうかしていたけど…まさかこんな風になっているだなんて」
「気にしなくていいよ流氷さん、痛みもある訳でもない少しみっともないもの見せた事は謝れないけど…」
瞬も気にはしているが顔には出さない様に一生懸命取り繕っているが、明らかに動揺しているのは火を見るより明らかだ。安心させてあげたいが僕にはその手段も方法も知らないただ苦しんでいる二人を見る事しかできない、彼の為に何もしてあげられない自分に少し苛つきながらも時間は過ぎていく。
そして6日後の1月1日、扇を含めた心美君以外のあの場に集まった全員と、約千人の避難民が山梨から北海道へと転移してきたのだった。
第十話 完
本文を読んでいただき誠に感謝します
ここまで読んでいただいた皆様、ここまで読まなくても本文は読んでくれた皆様、そして前書きで読むのを止めた方や途中でつまんないと思ってブラウザバックされた皆々様全てにこの作品を一度開いていただいた事を感謝します。