第九話 多大な犠牲(修正版)
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流氷さんの渾身の一射と共に、狼型レイダーは星空の藻屑と消え、この美しい夜景は張りぼてと言わんばかりの大穴ができた、その穴へ向かおうとするが、視界の端で力なく落下する流氷さんを見て急ぎ助けに向かう、もうこれ以上誰も失いたくないという一心で彼女を支える。呼吸も、心音も安定しており、恐らく凄まじい疲労感に襲われ気を失ったのだと安堵する、そして今回も防衛が成功したのか夜景空間は閉じられ、元の世界へと戻る。戻ってきたのは病院前、刃菜子先輩や白鳥さんに会いに行こうと考えるが、意識を失っている流氷さんは、寮に居て自分で病院に来れる状態でもないであろう為、病院に連れて行くべく寮に戻った。
寮に戻ると、共用スペースで座り腕を机に乗せながら頬つけ寝息を立てている流氷さんの姿があった。急ぎ救急車の手配をし、運んでもらう。後は医療スタッフに任せ、白鳥さんの様子を見に行くとそこには、彼女に抱き着きながら余りの安堵からか、人目を気にせず大粒の涙を流す早雲さんと心なしか満足気な白鳥さんが居た。無事に辿り着き一命も取り留めたらしい、この場に入っていく勇気はなかったので、刃菜子先輩が安置されている場所を守護省の人間に聞き向かう。
明るいとも、暗いとも言えない部屋に入り、彼女の手を握るが、彼女はとても冷たくそして硬くなっていた。既に守護省の人間か、それとも看護師が彼女を綺麗にしてくれたのか、はたまた布団で隠れているだけなのか、彼女の顔は、体は、まるでただ眠っているだけであるかの様であった。
「刃菜子先輩…皆を守れたよ…」
返事は返ってこない。
「白鳥さんも無傷とは言えないけど生きてるよ…流氷さんも、勿論俺も生きてるよ」
返事は返ってこない。
「これも…みんな…みんな刃菜子先輩が守ってくれたお蔭だよ?」
返事は返ってこない、目の前が滲みよく見えなくなる。
「だから…もう一度声を聞かせてくれよぉ…」
一人の男の泣き声が木霊する、一頻り涙を流す、こんなの誰かに見られたら笑われるかもしれない、それこそ刃菜子先輩が見ていたらどういう反応をするだろうかと想像して、余計に涙が零れる。そこにノックの音が聞こえ、精一杯目を擦り涙を拭き「どうぞ」と伝えると意識が覚めたのか流氷さんが立っていた。
「流氷さんも来たんだ…」
「それは来るわよ…私達の大切な…大切な…先輩…だもの…」
彼女の目の先には、目を閉じこちらに反応もしない刃菜子先輩が横たわっているだけ、それを見て改めて彼女も刃菜子先輩の死を痛感したのか、涙が零れ始める。
「私が…加勢出来ていたら白鳥先輩も、刃菜子先輩も助けられたのかもしれないのに…私が天成できない…ばかりに…」
彼女にも悔やみきれない後悔があるのだろう、それをしょうがないで流す事も、どうしようもできなかったと諦める事も俺にはできなかった、しかしそれを追求しても刃菜子先輩が望まないのはわかっているから、必死に口を開くのを我慢する、彼女にも理由があった、解放の代償というべき理由が、そう考える事で必死に我慢する。
明日には通夜があり、その次の日に葬儀をし、そして火葬がある。俺達は、その全てに一緒に戦ってきた守人として出る事になっているが、遺族にはどんな顔を見せれば良いのだろうか?刃菜子先輩は一人っ子で、父親も既に他界し母親のみという家族構成だったはずだ、たった一人の娘を戦いに巻き込み挙句死なせてしまった俺達はどうすればいいのか?
「流氷さん、俺は寮に戻っているから…まだ話したい事があれば話してていいよ、守護省の人に送りをつけるように言っておくから」
「ありがとう」
こちらを向かずただ刃菜子先輩の隣に座りじっと彼女を見つめている。
どうすれば車石先輩を失わずに済んだかを考える、こんな事をしたって意味が無いというのはわかっているでも、それでも考えずにはいられないのだ、私がもっと早く天成できていれば?もしくは最初から敵が大型一体と決めつけず解放を残していたら?彼女を救えたかもしれない、後悔しきれない後悔が私を埋め尽くす。
「車石先輩、前みたいにアドバイスしてください…こんなネガティブな思考にならなくてもいいように、どうでもいい話でもいいんです…お願いだから私に微笑みかけて…それだけで私は安心できるから…」
少し前に「弓はなんでもかんでも考えすぎなんだよー、言うだろ?後悔後を絶たず?って」。そう昔言われたことを思い出す。
「『それを言うなら先に立たずじゃ?』…本当に…車石先輩の言う通りだったみたいね…後悔は延々と残り続ける…」
彼女の顔をもう一度見て決心する。これから先私は後悔し続ける、毎日、毎日。貴方を救えなかった事への後悔を。でも決めました。貴方の様な素晴らしい先輩に出会えて、守人の皆と会えて私はとても嬉しかった事も忘れません、貴方の笑顔、ポジティブさ、心の繊細さ、それに優しさ、全てを取って貴方は私の憧れです。だから少し休んでいてください、そう心で思い彼女に深々と頭を下げる。
「憧れなんて言ってくれてありがとうな!」
幻聴かもしれない、いや恐らく私の心の弱さが生み出した幻聴である事は間違いない。それでもこう口に告げる。
「こちらこそ…ありがとうございました…車石先ぱ…ぃ…」
精一杯の敬意を込め何とか口にする。折角止まった涙がまた流れ出しとまらない、ありがとう私の憧れの人、そしてさようなら。来世があるなら今度は本音を隠さなくてもいい、親友になれたら嬉しいです、涙を一頻り流し終えたら部屋を後にする、彼が行っていた通り帰りは車で送迎してもらえるみたいだ、助かる。もうできれば一歩も歩きたくない。
寮に帰り食事は簡単に済ませ、脱衣所で服を脱ぎ、大浴場へ進む、頭を洗い、体を洗うそうして最後に顔を洗う、途中なんども気を失いそうになる、それ程今日一日は疲れた、肉体的にも、精神的にも明日には車石先輩の通夜がある、また大粒の涙を流すであろう、だから今日はすぐにでもさっぱりしたかった。
「はぁ…車石先輩が居ればなぁ」
彼女が居ればお風呂の中で話の話題が尽きる事は無かった、どれほどくだらない事でも私がくだらないと苦笑しても、そんな私の笑顔を見て笑顔を返してくれた、その笑顔にいつも救われていた。
「……さん、…氷さん」
ここからは聞こえるはずのない彼の声が聞こえる、余程疲れているのだろうか?ここは浴場で彼が居るはずなんてないのに。
「流氷さん、なんで今お風呂に入ってるの?寂しかったの?」
横を見ると居るはずのない彼が、青池君が居る。
「な、な、な、なんで貴方が居るのよぉぉぉー」
浴場内にパチ―ンという乾いた音が木霊した。
刃菜子先輩との思い出に耽り天井を見て、若干のぼせていた事もあり、目の前からいきなり湯船に浸かる音が聞こえハッとする。目の前には流氷さんが居て、彼女も刃菜子先輩が居ればと嘆いているようだ、どういう状況なんだ?しっかり立札も男湯に変えているはずだ、だと言うのに何故?恐る恐る彼女に近づき問いかける、できるだけ彼女の裸体は見ないように…。すると人生2度目の女性の全力ビンタを受ける事になった。こんな精神状況であったが少しだけ明るくなれた気もする。
その後湯船から上がり共用スペースで彼女が出てくるまで待つことにし、その時に立札が男湯になっている事も確認した。それから少しすると彼女が共用スペースに来る。
「すまなかったわね」
消え入りそうな声で彼女は謝罪をしてくる。
「い、いや最初に気づかなかった俺も悪いというかなんというか…」
二人の間に何とも言えない空気が広がる。
「まぁ、そんな事より流氷さんが帰ってきたら、聞きたい事があったんだ」
「そんな事って何よ…人の裸を見といて…」
「ご、ごめんなさい」
話が全くと言っていいほど進まないが、これはこれからの為に必要な話だ。
「それでも一応話は聞いて?大切な話だから」
「た、大切な話?…」
彼女がなぜモジモジしているのかは凡その察しはつく、女性にとって友人とは言え異性に見られるのは相当恥ずかしい事なのだろう。
「解放について」
解放、その言葉を出すと彼女の顔が少し嫌な物を思い出すような顔をするも、真面目に話を聞く気にはなってくれたようだった。
「単刀直入に、何回解放をして何を失った?」
打ち明けていいものかと彼女は思慮深く黙り込む、ひと時経つと彼女は口を開く。
「左目と左手足の感覚が無くなった、一回目が左目、二回目が左手足、けど天成をすれば失ったものが一時的に帰ってくる事も確認済み」
「感覚が無くなったってどういう事?」
「触感が無いって感じかしら、私は今しっかりとコップを握れているのか、服の袖に手を通しているのか、そういうものが左手足には無くなってるわね、目は何とかなるにしても触感が無くなるのは、思った以上に不便だわ」
視力に一部分ではあるが触感の消失まで、そして代償も左目だけかと思ったら左手足の二か所も奪われている。
「そういう貴方はどうなのよ、少なくても二回は解放してるんでしょ?」
当たり前だがこちらにも質問は飛んでくる、なんと答えるべきか悩む、正直な所よくわかっていないのが事実だ。
「断片的になるかもしれないけどいい?」
「ええ、構わないわ」
「俺が一度目に失ったのは自分の失いたくないと思った記憶以外の全て、二度目は少し事情が変わって守人以前の記憶を差し出す代わりに守人になって以降の記憶を守られている」
自分が理解できている所だけを、簡潔に伝える。
「どういうこと?代償とやらは自分で選べるのかしら?」
「いや俺の場合は少し違くて、この先の全てを捧げる事で解放の代償を無いものにしたみたいな?」
「そっちが、疑問形でどうするのよ…まぁ、貴方が言いたい事は凡そ理解できるわ」
「やっぱり?」
「デメリットがよくわかっていない俺に任せて、私の解放はここぞという所まで温存しろって言うんでしょ?お言葉に甘えてそうさせてもらうわ」
その通り言いたい事を全て言ってくれて助かる。その後に続く言葉は少し驚いたが。
「てっきり流氷さんの事だから、ふざけないでって言われると思ったよ」
彼女はいい意味でも悪い意味でも意固地というかなんというか、というのが自分の印象だったが、それは違ったのだろうか。
「私は家族の為にこの代償を受け入れた、でもそれで、家族と触れ合いすらできなくなるのは流石にいやだもの」
そうか、彼女は何にしても家族第一であった、その考えは一切変わっていない。それならば家族の成長を見られなく、感じられなくなるのは、避けたいであろう、そう考えるとさっきの返答も納得できる。
「まぁこれで話したい事は大体終わったかな、それじゃあお休み」
「ええ、おやすみなさい」
彼女が階段を上がっていくその時一つだけ伝え忘れていた事を思い出した。
「流氷さん明日の昼時間あったら、ラーメン食べに行こうよ」
彼女は振り返り少し悲しそうな顔をし、瞳を潤わせながら一言呟く。
「そうね」
そう一言だけ話し自室に戻っていった。
彼が悲しそうな顔をしてラーメンを食べに行こう等と言ったからだろうか、私は寝床についても眠れない、体はどうしようもない程疲れていて、頭では限界だとわかっているのに眠れない、車石先輩の前でも沢山泣いたしお風呂でも色々あったが結局は泣いてしまった。もう出る涙は残っていないというのに、それでも渇ききった瞳が、彼女の姿を空想させ瞳に涙を溜めてしまう。睡眠不足が影響して明日彼女を送り出す時に寝てしまう可能性があるのも良くない。
体を動かせば少しは楽になるだろうかと考え、深夜に一人物音を立てないよう、ひっそりまるで泥棒の様に一回の稽古場に向かう。すると私と同じ気持ちになり眠れなくなったのか先客が居た。
「貴方も眠れないの?」
「そうだね、流氷さんがここに来るとは思わなかったけど」
彼は少し微笑みながら木刀を敵に見立てた的に向い振るい続ける。
「私は貴方のせいで眠れなくなったの、責任を取って頂戴」
すると彼は木刀を振るうのを止め、こちらを申し訳なさそうに見る、彼の目も泣き腫れて居た。彼も同じなのだ、未だに車石刃菜子という人が居なくなったことを、受け入れ切れていないのだ。
「それは、ごめんね」
「謝る位なら、私の稽古に付き合ってくれるかしら?」
いいよと彼は答える、私達はどうにかこの暗い感情を払拭したい、しかし彼女の顔が声が脳裏に焼き付いて離れない、忘れたい訳ではない。もしかしたら今この瞬間が夢で一度眠って起きたら彼女が元気よく挨拶してくれるのではないかと、思い寝ようとしても、寝たら寝たで彼女の思い出が一つ、また一つと忘れて行ってしまうのではないかと考え怖くなる。
お互いが天成をする武器は流石に訓練用のものを使うが…普段矢筒なんて持たないので違和感が残りはするものの問題はない。
一瞬の間を置き彼から動き始め、一度に間合いを詰めてくる、それを受ける為に弓を薙刀に変形させ、その斬撃を受け止める。
「ねぇ覚えてる?」
彼が口を開く。
「俺が流氷さんを3年生と間違えて刃菜子先輩を1年生だと思った初対面の日」
彼の木刀の重みが少し和らぎ、彼を弾き返す。
「覚えているわっ、私も彼女本人の口から聞くまで信じられなかったものっ」
弓を構え限りなく彼が回避できない状況の時の未来を視て矢を射る。
「あの日にラーメンを食べて」
彼は放たれた弓を避けるのではなく、木刀で叩き落とす。
「次の日には一緒に死地に行って友人になって」
彼はそう話している最中にもこちらへまた詰め寄る、完全に近づかれる前に彼の通る道を、未来を視て矢を射るが、彼は狼の時同様、私が視た景色とは違う行動で避ける。
「本当に死にかけたけど嬉しかった」
「私もっ!よっ」
薙刀に変形する時間は無いので弓でそのまま受ける、しかし彼は攻める気配は見せずそのまま話を続ける。
白鳥先輩達が壊滅して気分が意気消沈した事、それを機に、車石先輩が一緒に食事に行こうと言い出したり、アミューズメント施設に誘われ一緒に行った話も今では懐かしい話という物が、記憶がいくつも出てくる。
「あの時も車石先輩が私達を気遣ってくれたわねっ」
「あの時って?」
体制を立て直し再び弓を構える。
「貴方が人型レイダーを人間そのものって言ってきた後よ」
あぁーっと彼は少し目を逸らす、その瞬間に矢をできる限り射る、その隙に薙刀へ変形させ今度はこちらから彼に詰め寄る。
「貴方のせいで私達の関係性が壊れかかっても、車石先輩は必死に繋げとめようとした。自分が一番辛かっただろうに」
「そうだったね」
「貴方わかってる?本当に私達ショックを受けて、食事も喉を通らないレベルだったのよ?」
彼に対して少々の怒りをぶつける、あの時彼には確固たる覚悟を持ち、曲がらぬ意志を持っていた、私達にはその覚悟を持てなかった。
「それは…本当にごめん」
彼は本当に申し訳なさそうな顔をする。
「本当に反省しなさい!あの時貴方は、もう前しか見ていなかったんだろうけど、私達は頭がどうにかなりそうだった、皆を守る為の行為が人殺しだったなんて信じたくなかった!その中でも彼女は…先輩は…なんとか場を繋ごうとしてくれていたの!」
貴方にわかる?という問いを口に出す前に私の武器は弾き飛ばされ、喉元に木刀を突き立てられる。
「わからないよ、わからないけど、やっぱりこれから…刃菜子先輩の居ない生活は…考えたくないよ…」
大粒の涙を流しながら彼はこちらを向いている、それを見た私の頬にも、水が滴るなんだろうと、頬触りどこから流れているかを確認する。何度も涙は流したはずだ、もう涙なんて枯れる程泣いていたはずだ、それなのにどうしてここまで悲しいのだろう?
私達は赤の他人だった、それが友人になって、離れる事の出来ない戦友となって、私は彼にそして彼女らを自分の家族として見ていたのかもしれない。そう考えるとここまで悲しいのも納得できる。だからここまで胸が痛いのだと。
その瞬間彼が私の横に倒れる。
「青池君!?」
急ぎ安否を確認するが彼からは寝息が聞こえるだけ、当たり前の事だった。体は疲れ果て、精神も疲れ果てていた。それなのにこれ以上体を動かしたら寝落ちするのも無理はない、その彼の姿を見て安心できたのか私も眠たくなる、ああ今日の事が夢であればいいのにと考えながら。
「おやすみ」と笑う車石先輩が見えた気がした。
誰かに揺すられている、起きてくださいと言われている気がする、もう少し寝かせてほしい、動きたくないと思いその揺すられている手から逃れるように寝返りを打つ。
「…ん……ぅ…ん…瞬!」
「刃菜子先輩!?」
瞬と呼ばれた気がして飛び起きる、俺の事を瞬と呼ぶのは刃菜子先輩だけで昨日のは、悪い夢なんじゃないかと思ったが目に入ってきた光景がそれを悲しくも否定する。
「瞬君、私は刃菜子さんじゃありませんよ」
目の前に居るのは心配そうな顔をする早雲さんとその後ろに居る車椅子に乗った白鳥さんだった。
「あれなんで、早雲さんと白鳥さんが俺の部屋に?」
「瞬君の部屋じゃありませんよ、ここは」
当たりを見渡すと確かにそこは自室ではなく、稽古場であった。何をやっていたんだっけと昨日の夜を思い出す、そういえば流氷さんと戦っていたような記憶が朧気に残っている。
「ん?じゃあ流氷さんは?」
「そこに」
早雲さんが指を差した先に外出用の身支度をし、いつでも外に出られる準備を完了して、スマホを弄っている彼女が稽古場の扉前に立っている。そこで思い出す彼女と約束をしていたのを。
「今何時!?」
慌てて時間を聞く。
「9時です」
早雲さんは簡潔に答えてくれる。よかったと心から思う、自分から食事に誘っておいて、自分が寝坊して約束を破るなんて言語道断だ。
「よかったぁー着替えてきます」
自室に戻り私服を引っ張りだし着替える、ふと思うなんで早雲さんと白鳥さんが居たのだろう?早雲さんはまだしも白鳥さんはあの怪我を負って絶対安静にしてなくてはいけないのではないだろうか?着替えが終わり部屋の外に出ると流氷さんを含め全員が出かける準備完了と言った感じで玄関で待っていた。
「流氷さんはともかく、早雲さんと白鳥さんもどこかに行くの?」
「お前らがラーメン行くってさっき弓から聞いて、アタシも行くって病院に言ってきた」
「私が絶対に彼女がはしゃがないようにとお目付け役を任され一緒に来ました」
「医者が不憫でならないわ、かわいそうに…」
流氷さんがそう言っているのが気になり小声で聞く。
「どういうこと…?」
「白鳥先輩、医者に今日外出を認めないと今回も立て籠もるぞ?って脅したらしいのよ」
「あぁー…それは…それは…」
確かに医者が不憫だ、前回は精神的ショックもあったとはいえ、立て籠もり事件を起こした本人だ、冗談でもなく本気で病院として困るだろう、守人という事で邪見に扱う事もできないだろうし。
「脅しだなんて人聞きの悪い、アタシはただお願いしただけだよ?今日だけでいいからお願いって」
「その交渉材料に前科を引き出していたら、脅し以外の何物でもないよ」
「まぁそう言ってあげないでください、これでも銃美さんはどうしても刃菜子さんのお見送りをしたかったというのが、本心なのですから」
「ちょっと…理恵さん…」
彼女の本心がバラされ、彼女の顔は真っ赤になる。
「普段はキツイ口調だけど優しい一面もあるじゃない」
「そうだね」
流氷さんがそう呟いたので同調しておく。
「それじゃあ行こうかあのラーメン地獄に、全部とは言わないけどこの時間から始めたらそこそこの数は行くんじゃない?」
流氷さんと早雲さんの顔が青ざめる。
「私やっぱり先に準備して、葬儀場へ行くことにするわ…守人だし…」
「銃美さん、私達もそうしましょうか」
「え?理恵さん?皆でラーメンを食べるのは、楽しみですって言ってなかった?」
ほほぅ、それは良い事を聞いた。
「いやぁ、楽しみしてくれていたんですね早雲さん!刃菜子先輩が作ったラーメン街道制覇」
「あのぅ、そのぉ。それではなくて一番美味しかったラーメンを食べにいくのかな?なーんて、思っていたんですけどぉー」
抜き足差し足で逃げようとしている流氷さんの首根っこを掴みこちらに引き戻す。
「約束したよね?昨日俺が行く?って聞いたらそうねって言ったよね?」
「確かにぃ…確かにぃ、言ったけれど、あれをもう一度やるなんて考えただけでも恐ろしいわ…」
「なんで弓も理恵さんもそんなに慌ててるんだ?ラーメン食うだけだろ?」
「知らない貴方は黙ってて」「銃美さん流されないでください」
今度は俺ではなく白鳥さんに白羽の矢が向く。
「銃美さんわかっていますか?ラーメン街道制覇の意味が」
「いやそりゃ知らないけど」
「車石先輩が早雲先輩のラーメンを食べた事により始まった、三食ラーメン生活…まだそれだけならよかった、けれどラーメン街道制覇は…」
彼女達は勿論ラーメンを食べたくない訳ではない、刃菜子先輩との思い出も詰まっているラーメンを食べるなら、例えダイエット中だったとしても食べたがるだろう。けれどラーメン街道制覇は違う。
「つまりね、白鳥さんラーメン街道制覇は、刃菜子先輩が美味しいと思ったラーメンを一日で全部食べるって言う苦行なんだよ」
「ラーメンを食べる苦行?確かに腹はキツくなるだろうけど言っても刃菜子の事だ2,3杯だろ?」
「刃菜子さんが特段美味しいと思ったラーメン屋10件」
「そして車石先輩の好みのラーメン、杯数にして13杯を食べる」
「まぁこれがラーメン街道制覇だね」
白鳥さんが思わず絶句している、こんな気の抜けた彼女の表情を見るのは初めてなので少し面白い。
「わかっていますか?銃美さん、貴方が了承しようとしている、ラーメン街道制覇はこれほどまでの苦行の道なんですよ?」
「あぁ、ハイ、スミマセン」
余りの早雲さんの気迫によって完全に押しつぶされる白鳥さん。そろそろこの会話も終わらせなくては、楽しくはあったがこのままじゃラーメンを食べる時間も無くなってしまう。
「まぁラーメン街道制覇は冗談として、皆でラーメン食べに行きましょ、早くしないと食べる時間も無くなりますし」
「一体誰のせいよ…全く…」
長い間の茶番が終わり、刃菜子先輩が特段に気に入っていたラーメン屋に入りそれぞれ好きなラーメンを食べる。
陽は落ち通夜の準備の為寮に戻り制服に着替え斎場に向かう。親族ではないが守人として刃菜子先輩の親族の居る控室に挨拶へ向かう。彼女が守人としてどうだったか等を話し、守り切れなかった事を誠心誠意謝罪した。
それから先の事は余り覚えていない、あれだけ昨日も泣いたというのにずっと泣いていたと思う、流氷さんも早雲さんもそして白鳥さんも全員が涙を流していた。理由はなんだったのだろう、俺の様に大事な時に戦えなかった事への後悔か、それとも戦いに参加すらできないで彼女一人に任せっきりにして待った後悔か、それとも守人として生きると彼女に決めさせた後悔か、後悔が頭の中をぐるぐる回り何も考えられず通夜は終わりを告げた。
通夜が終わり寮に戻ろうとした時、恐らく刃菜子先輩の母親であろう人に話しかけられた。どれ程の罵詈雑言も受け入れる覚悟はあったが、彼女が発したのは感謝の言葉だった。
「娘を変えてくれてありがとう」と「実家に帰ってきた時、あんなに楽しそうに思い出を語る娘を見たのは、初めてだったから」と彼女は語る、どうしても聞いておきたい事がある。
「貴方は、俺達の事を恨んでないんですか?娘さんを守れなかった俺達を」
「恨むだなんてとんでもない、あの娘はずっと父親の事を、後悔していたんです」
貴方には話したってメールで来ていたんですけどあってます?と確認を取られたので、父親の話だったら聞いていますと返す、自分は父親の様になりたかったと言っていましたと伝える。
「あの事故は決してあの娘が悪い訳ではないんです、帰る時間になっても、帰ってこなかったからと、あの娘は言うでしょうけど、それでもあの時間は決して常識外れの時間でもなかった、ただどうしても心配になった夫が探しに行った時に、飲酒運転をした車が歩道に突っ込んだ、そういう話なんです」
続けて彼女は言う。
「それをあの娘は、自分のせいだと思い込んでしまって、夫の様になると息巻いて、ボランティアに参加したり、果ては守人になったり、あの娘は夫の代わりになる事を目標としていました。あれ程嫌々やっていた勉強も自分でするようになって、嬉しい事でもありましたけど悲しくもありました、それを貴方が変えてくれんだと娘は電話越しですが、言っていました、夫の代わりではなく。あの娘自身が、貴方の憧れになりたいとそう言っていました、だから私は貴方に感謝したいのです、あの娘を変えてくれてありがとうと」
その言葉を聞いてまた涙が出そうになったが、必死に堪える、本心を、本音をこの人に伝えようと、刃菜子先輩が俺にとって、俺達にとってどうであったかという本音を。
「刃菜子先輩は俺の、いや俺達の命の恩人です。俺達皆が彼女の優しさ、強さ、逞しさに救われました、だからこちらかも言わせてください」
もう刃菜子先輩に直接伝える事は、できないけれどそれでも。
「刃菜子先輩は誰よりも、恰好よかったです」
そう言い深々と頭を下げる、俺は大切な事を伝えられてよかったのか、翌日の葬儀や火葬で変わり果てた刃菜子先輩を見ても涙を流す事はなかった。
第九話完
本文を読んでいただき誠に感謝します
ここまで読んでいただいた皆様、ここまで読まなくても本文は読んでくれた皆様、そして前書きで読むのを止めた方や途中でつまんないと思ってブラウザバックされた皆々様全てにこの作品を一度開いていただいた事を感謝します。