プロローグ(青年)
初連載です。
投稿は不定期ですが、よかったら楽しんで下さい。
さざ波のようにも聴こえる、細やかだが激しい雨の宵。
このルクセラ王国では珍しい、東方諸島で刀と呼ばれる僅かに弧を描く剣を周囲よりやや高く盛り上がった、舞台というにはいささか狭い均された草花の地に突き立てる男がいる。
雨を吸い上げた黒の長髪は肌に吸い付きその表情を隠すが、その男の背からは雨音を裂かんばかりに慟哭の震えが伝わる。
身に纏う黒の外套が草花の隙間から泥を啜るのも構わず、その男は刀を支えに右の片膝を着いたまま、その身の内にのたうつ激情とは対象的に口を一文字に引き締め黙していた。
責めるような雨音だけがしばし響き、ようやくに彫像のごとく固まりついた唇を引き剥がし男は寂しげに独白する。
「間に合わなかった…
わかっていたことだ…
それでも、
それでも、こうするしか…
貴女はそれで本望なのか!
俺に!
俺にこんな思いを抱かせて、
先に行くなんて……
ずるいじゃないか…」
搾り出した言葉は、悔いるように始まり、責めるように強くなれば、最後には寂しげに消えていく。
「いいだろう
君と始めたこの戦い
この勝利だけは、貴女のたために捧げよう
だが、その先の結末
それはもう先に舞台を降りた貴女には譲れない!
この腐った喜劇の終幕は俺だけのもの
カーテンロールには誰も残さない
貴女を置いて主役など許さない!
貴女の描いた明日が何かは分からない
だけどハッピーエンドなんて俺は望まない
ここからは!ここからは……
俺の一人舞台だ……
」
男の葛藤を含んだ苦い宣告も、淡い雨の中、滴り落ちる雫とともに消えてゆく。
誰にも響かぬ決意の炎に、誰もが焼かれるのはまだ先のこと。
今日この夜、エアレスの蒼き月も見えぬ雨の中、調和に反逆する獣が一匹産声を上げたことを知るのは、すぐに消えゆく降り沈む雨だけだった。
ただ一匹の獣。されどもその獣は月光をも切り裂く牙を持つ。
長く身を沈めていた男は雨の重みを感じさせずに立ちあがり、眼前の刃を引き抜く。そして伏せていた漆黒の瞳で揺れることなく正面を射抜く。
斬っ!
いつ降り上げたのか分からない程の速さで、月光を映さぬ白刃は振りおろされていた。
その一刀の後、男は振り返り、そのまま留まることなく歩み去ってゆく。その一振りに慟哭の震えを込めたように、その背はもはや僅かな揺れも含まない。
その背を見送るのは、草花の覆う台地の中心、先程まで男が祈るように膝をついていた前にある、白い石碑だけ。