不定期試験②終
既に問題は半分以上解き終えた。だがこのテストには厄介な点がひとつあった。
普通のテストならば国語だけ、とか数学だけ、とかそういう感じで一つの科目に意識を向けられるのだか、このテストは九教科の科目がランダムで出される。それにどれが何の科目の問題なのかも教えられることはない。
故に、この問題は普通のテストの何百倍も難しい。
「文月京。彼女は未だに満点以外を採ったことのない異端者です。それに加えて二学年上級生である紅との勝負にも勝利したそうです」
「上級生に勝つか。あの少女、随分と頭が冴えるようだな」
文月京が個室で試験を受けている様子を、その部屋につけられたカメラから送られる映像をある部屋にいる二人が話をしながら見ていた。
「理事長、彼女についてどう思われますか?」
「素晴らしい才能を持っていることは確かだ。だが彼女からは天才であるが故の苦労を感じない。どちらかといえば、努力家のような苦労を感じてならない」
「努力家として、ですか」
「ああ。その証拠に彼女は私が厳選した中学三年生レベルの問題の多くを悩むことなく解いています。それにまだ制限時間の半分も経過していないというのに問題を半分終えている」
理事長、そう呼ばれている彼女はモニターに映る文月京に興味をそそられていた。
「だが、どれだけ優秀な者であろうと、この学園にいる以上はある者たちという巨大な壁の前に臆することがあるでしょう」
「"十器聖"のことですか?」
「ああ。その通りさ。どれだけ完璧である彼女であるが、この学園に在籍する生徒の中には少なからず彼女のようなものも存在する。これまでの全てのテストで満点を採り続けた完璧な天才児たちーー名付けて十器聖」
理事長は机の上で腕を組み、ある問題を前に文月の手が止まっていることに気付く。
文月の前に立ち塞がっている問題、それは数々の問題の中でも最も難しいであろう問題、そもそもその問題だけ高校一年生レベルの問題。
「文月京。これまでの知恵を集結させてみろ。それでも尚、その問題は君の喉を切るには相応しい問題だよ。まあ、少し意地悪な問題かもしれないが」
閉ざされた密室にて、文月京はーー私は悩んでいた。
見たことも聞いたこともない問題。それを前にして私の手は自ずと止まっていた。
問い『次の三角比の値を求めよ。ただし、90゜≦θ≦180゜とする。それと例外ではあるが答えを分数ではなく割り算の式で答えよ。
sinθ=3÷5の時、cosθ、tanθ』
三角比の値?そんな言葉聞いたことがない。
そもそもこのアルファベット表記されているやつは何て読めば良い?恐らくシン、コス、タンなのだろうが、それが一体何を表しているというのだ。
中学三年生の問題にもまだこれほどレベルの高い問題があるのか……なわけないだろ。
中学三年で習う問題の多くは一年二年で習った者の応用のようなもの。だがそれとはかけ離れている。というか普通の中学生なら応用しようと解けないだろう。
だとすればこれは高校生級の問題か。
今はそんなことよりも問題に集中だ。
重要なのはsinθ=3÷5ということ。
こうなったら仕方がない。私が現代のアルキメデスになってやろうじゃないか。
ここで与えられた情報、それを整理するんだ。
求めるものは三角比の値。これが分からなきゃ意味がない。問題の内容から察するに、sinθ=3÷5というのがその値とやらではないのか。だとすれば求めるのはcosθとtanθか。
肝心なのは求め方。
sinθ、三角比の値、というからには三角形に関する何か。
引っ掛かるのは例外ではあるが答えを分数ではなく割り算の式で答えよ、という点だ。
そのことから本当は分数で表記しなくてはいけないということになる。だが割り算の式で答えろという少し意地悪な問題を出してきている。
三角比、というくらいなのだから三角形上に存在する何かの比ということになる。三角形に存在するものは角、辺、そのくらいか。そして問題には角度の範囲が記載されている。ということは角度と辺の比、ということか。
何だ。案外楽勝じゃないか。
だとすればそれらが等しくなるようにするために……まて、だとすれば無数の罠に捕らわれる。これじゃ解けない。
私はこの考えで行った場合の先を見据えた。だが答えが出ない。というよりかは答えを導き出すには足りない点や不自然な点が山ほどあるということ。
それらはつまり……角度と辺の比ではないということか……。
待て。そもそもsinθの答えに角度を表す記号は用いられていない。なら角度は関係していない?だがだとすれば角度の範囲が決められていることに違和感が生じる。
じゃあこれは何を……
三角比、ってまさかあれのことか。30゜の三角形、60゜の三角形、そしげ90゜に存在する比、だとすれば……だとすれば解ける。それにsinθの答えが3÷5なのにも理解できる。
それを基とした場合ーー。
私は完全に理解した。
どうやらこの問題を作った奴はどうかしている。この私に高校生級の問題を出したのだ。
見ているか?そのカメラから。
これまで私が積み上げてきた努力の前ではどんな問題であろうと鍵のかかっていない牢屋と同じ。簡単に抜け出せる。
見たか。
私は現代のアルキメデスになってやったぞ。
文月京は問題を解き終えた。
その様子を長い間モニターで見ていた理事長は喜ばしいことと思っているのか笑みを浮かべている。
「文月京。まだ世界には、面白い者がいるじゃないか」
理事長のもとへ採点を終えた文月京のテスト用紙が届けられた。
そこには紙一面を埋め尽くすほどの量書かれた無数の式、その多くが間違いであり、その多くがこの問題に出ていない式であった。だがその中の一つ、たった一つだけ正しい式があった。そこに彼女は丸で記していた。
「これほどの式を、あの時間の中でですか。それに公式も知らないはずなのに」
テスト用紙を見終え、次に解答用紙を見た。
罰は……なし。解答用紙一面が無数の丸で埋め尽くされている。
『受験者:文月京
科目:全教科
点数:1000/1000』
それを見た瞬間、理事長は前傾姿勢になっていた体を背もたれに寄りかからせ、驚きに身を支配されていた。
「驚いた。あれほどの問題を、一問たりとも間違えることなくか……。文月京、実力など計り知れない少女がこの学園へ来たようだ」