ギャンブラー⑦終
結末はいつも突然やってくるものだから……
小学生の頃、文月は天才でも秀才でもなく、凡才だった。
これといって才能があるわけでもなく、優秀なわけでもなかった。そんな彼女は、学校ではよく暗黒と一緒にいた。
そのためか、密かに付き合っているのではないか疑惑が出る程だった。
そんなある日のこと、文月は一人でリフティングをして遊んでいると、男子と女子のグループが文月にちょっかいをかけてきた。
ボールを奪われた文月は返してと言うも、男子たちは返さない。それに腹を立てた文月は、心の奥底に宿る何かに体を支配された。怒りがトリガーとなったのだ。
気付けばそこは血の惨劇、男子と女子が体のいたるところにアザをつくって倒れていた。
そこへ駆けつけた暗黒は、それを見て騒然とする。
「文月……」
しかし彼女はもう文月ではなかった。
今の彼女は、黒色に染まってしまったのだから。
「全部全部、壊してやりたい。何もかも破壊してやりたいのです。ふはははっ、今の私は最強。もう誰も私には敵わないのです」
暗黒も彼女を見て、文月かどうか疑うほどだった。全くの別人が、彼女の中に住み着いているなど、まだ幼い小学生が想像できるはずもなかった。
夕焼けを背にする今の文月は、まるで獣のように。
「お前も殺……駄目……して……私は…………私はぁぁ……」
文月は必死に自分の内側に眠る何かを抑えつけていた。
苦しみながら、文月は暗黒へ告げる。
「暗黒、私はもうじき闇に飲まれる。だから離れろ」
苦しむ文月を見て、暗黒は放ってはおけなかった。
「文月、俺は必ずお前を救う。だから側にいさせてくれ」
「でも……」
「俺のことは気にすんな。これはお前の人生なんだから、お前はもう少し自分のことを気にかけろ。でないと、俺は寂しいぞ」
「暗黒、私を助けて」
「ああ、分かった」
その約束を交わした直後、先生たちがやってきて文月は取り押さえられた。暗黒も取り押さえられ、文月との約束を果たせずにいた。
文月は退学となり、学校から去った。
しかし数年ぶりに、その約束は果たされた。暗黒と文月の約束は、今叶われる。
上空で打ち明けた暗黒の思い。
その直後のこと、一台のバイクが二人のもとへと飛び、バイクを運転する女性は二人を受け止め、そのまますぐ側にあった海へと落下した。
なんとか皆海の中を泳ぎ、岸に向かう。
「ったく、どうしてあんなところから飛び降りようと思ったんだよ」
狐の面を被り、ぴっちぴちのキャットスーツを着た女性は泳ぎながら愚痴をこぼす。
「助けてくれてありがとな」
「私も助かったよ」
文月と暗黒は礼を言う。
「ところであなたは?」
そう問う文月に、彼女は仮面をとって見せた。
「霞ヶ崎先輩だったんですね」
「久しぶりだな。文月」
「あの時はすいませんでした。生徒会を滅茶苦茶にしてしまって」
「別に良いよ。もうそんなことは気にしていない。ただお前を救えただけで私は十分だよ」
相変わらず霞ヶ崎は優しく、文月を受け入れた。そんな彼女に優しくされ、文月の頬は緩む。
長い間呪縛に囚われ続けてきた文月は、今少し楽になれた気がした。
三人は岸へ上がると、そこでは冬無が待っていた。
「なあ文月、全知は今どうなってる?」
「分からないです。全知はなぜか、しばらくの間姿を見せてはいなかったので」
「そうか。なら私はそろそろ学園に戻ろうかな。そして全知を殴りに行く」
冬無は覚悟を決めたようだった。
「では帰りましょう。あの学園に」
そう話す文月らの前に、一人の女性が現れた。
「こんなところにいたのか。見当たらなくて随分と探したぞ」
懐かしくもあり、見覚えのある女性の声。
それは確かに、あの人の声であった。
「宿木先生、どうしてここに?」
「君たちを迎えに来たんだよ。今学園が大変な状況になっているから」
ヘリが、宿木の背後に着陸している。そのヘリを親指で指差し、
「これよりお前たちには学園に戻ってもらう。だがその前にやっておかなくてはいけにことがある。だからまずは故郷についてきてもらうぞ」
「分かりました。ですがその前に、やり残したことがあるので良いでしょうか」
「ああ」
文月がやり残したこと。
それはこの国でともに戦った仲間たちへ別れを告げることだった。
ジャックやヴァニーらに深々と頭を下げて伝えた。
「今までお世話になりました。またいつかギャンブルをしましょう」
と。
そう言う彼女にジャックらも答えた。
「いつでも来い。その時は本気で相手をしてやるから」
カジノ国家ベルサイ薔薇。
その国をこれから文月は去ることとなる。
その国で出会った人たちと別れることになるけれど、文月はその国で経験した思い出を胸にその国を去る。
そしてこれから、自分の犯した過ちの報いを受けるため、ある場所へ向かう。
ーーたとえそれが、どれほど大きなものであっても。
だから彼女は歩み始めた。
その一歩を、前に進めたーー次章への。
次章「スーパーアスリート編」