ギャンブラー⑥
〈Red bet〉のアジトに、暗黒らはやって来ていた。
「やっと来ましたか。遅いじゃないですか」
階段の上から、紅村は文月を連れながら暗黒へ話しかける。
「暗黒さん、あなたの仲間の命が欲しければ、二千億円持ってこい」
「そうだな。そういえばさっきそんなことも言ったっけ」
とぼけるように暗黒は言った。
鋭く、おびただしいまでの殺意を纏って、暗黒は力強く男らしく言った。
「だがな、お前みたいな奴に大金を渡すなど愚の骨頂、金を無駄にするようなものだ」
「何を」
「だから、それよりも相応しいものをプレゼントしてやるよ」
暗黒のその声が合図だったのか、背後の窓ガラスを割り、神原と九崑が紅村の頭を蹴り飛ばして現れた。
倒れる文月は狐の面を被った女性が抱える。
「お前ら、やってくれたな」
「「仕返しだ」」
神原と九崑はすっきりしたのか、溢れる楽しさをこぼしながら言った。
苛立つ紅村に、暗黒は支配者のようなたたずまいで言い放つ。
「さあ、戦争を始めよう」
「俺たち〈Red bet〉は二万人、対してお前らは百人程度。それで何ができる?」
「お前をこの国から追い出す。そんな紙切れを破る程度のようなことならできるさ」
「そんなことと同等だと。ふざけやがって。だったらここにいる全員でお前ら全員潰してやるよ」
紅村の叫ぶ声とともに、〈Red bet〉のメンバーは威勢よく声を荒げ、叫びながら暗黒らへ向かって走り出す。
そんな彼らを暗黒たちは一蹴し、吹き飛ばした。
「行くぞお前ら」
そのかけ声とともに、暗黒たちは〈Red bet〉のメンバーと衝突する。
「のろまな動きでよく私たちを襲おうって考えたよね」
軽快で素早い動きで次々と蹴り倒していくヴァニー。
「このチェスの重みがギャンブルの重みだ」
1トンはあるチェスの駒で押し倒すキングス=ローマ。
「ダウト」
まるで狼のような動きで手につけた鉄爪で斬りつける狼少女。
「なあ、ビンゴって知ってるか?縦横斜め、どこか揃えば勝つんだよ」
一気に十人もの相手を機械仕掛けの腕で吹き飛ばすNo:GRAY。
「貴公子はむやみには刃は振るわない。だが騎公子は別だ」
次々とレイピアで峰打ちで相手を気絶させる阿妻悠貴。
「さあ、祈りを捧げなさい。汚れている貴様らは」
先端に鈴がつけられた棒を無尽蔵に振るい、次々とメンバーを倒していく巫女。
「もう負けない。二度と負けません」
次々と身軽な体術で相手を翻弄し、倒していく黒金。
その他にも、神原や九崑、黒影やしいなたちは次々と〈Red bet〉のメンバーを倒していく。
圧倒的強さで周囲の人々を圧倒していく。背中を仲間に任せ、ただ目前の敵に集中する。まるで少年漫画のヒーローみたいじゃないか。
「ふざけんな……ふざけんなよ。こっちは二万だぞ。それでも来るというのか」
「紅村、お前だけは許さねえ。覚悟しろ」
この上ない恐怖を、紅村は感じていた。
怖いもの知らずのはずの自分がどうしてこんなに恐れているのだろうか。
気づけば背を向け無様に逃げている。
「暗黒、ここは俺たちが相手してるから速く追いかけろ」
ジャックはそう言い、暗黒の背後に立った。
「ありがとう」
「感謝なんていりませんよ」
紅村を暗黒は追いかける。その姿を見て、ジャックは心の中で呟いた。
「あなたが救ってくれなかったら、俺はこんな楽しい人生を送ることなんてできなかったんでしょう。本当にあんたには感謝しています。だから暗黒、紅村を吹き飛ばしたら、彼女との約束を果たしてくださいね」
ジャックは文月へ叫ぶーーその前に、文月はジャックの横を通りすぎて暗黒の背中を追いかけた。
「暗黒、そいつには私も借りがある」
「行くぞ」
そんな二人を見て、ジャックは微笑む。
「必要なかったですね。あなたたちは本当に兄妹のようですね」
暗黒と文月が横並びに紅村を追いかける姿は、ジャックにはそう見えた。
二十階分の高さはあるだろう螺旋階段をひたすら駆け上がる紅村、そんな彼を暗黒と文月は追いかける。
既にへとへとの紅村に対し、二人はまるで楽しんでいるように追いかけている。
最上階までつき、紅村は逃げ場を失った。一歩足を踏み外せば二十階から地面へ落ちる。そこで紅村は立ち、下を眺めた。
「飛び降りるつもりか」
「俺様の時代は終わりだ。お前らが来なければ」
「いいや。俺じゃなくてもお前たちは潰されていただろうよ。ただ才能もカリスマ性もなかっただけだ」
「そうか……」
紅村は膝から崩れ落ち、そこに座り込んだ。
暗黒と文月は戦意喪失する紅村を見て、戦いが終わったことを悟った。
「紅村、最後に言っておくが、お前は俺が出会って来た中で最も弱い男だった。歯応えがなく、弱さを怒鳴り声でかき消そうとしている可哀想な奴だった。だからお前を敵だと思ったことはない」
「辛辣だな」
「もう二度と悪さすんなよ」
「ああ。お前たちの破天荒さを見れば、そんな気も失せるさ」
格が違いすぎる暗黒たちに、紅村は敵わないと本能的に察していた。だからこそ戦意を失っていた。
「じゃあ紅村、最後にとびきり破天荒なものを見せてやるよ」
そう言うと、文月の手を握りながらそこから飛び降りた。
紅村は驚きと困惑に駆られ、一瞬何が起きたか分かっていなかった。硬直後、理解したが既に時は遅し。飛び降りた二人を止めることはできない。
飛び降りている最中、暗黒は文月へ言う。
「文月、お前は覚えていないだろうが、俺は今でも覚えている。もう何年も前に約束したことを覚えている。その約束を守るために、俺は戦い続けていた」
「覚えていたよ。私との約束、守ってくれてありがとね」
そう言って、文月は笑った。
彼女の笑顔を見て、暗黒は報われた気がした。
「文月、好きだよ」