ギャンブラー④
神経衰弱射撃。
それを行おうとしているヴァニーは、片手に拳銃を構えた。
「私たちがこれからやるのは神経衰弱射撃のラフ版だ。ではギャンブルの内容を説明しましょう」
ギャンブルの内容はこうだ。
卓上に十枚ずつトランプを置き、同じカードを撃ち抜けば勝利だ。十枚の内九枚が同じカードであり、残り一枚が別のカード。つまり外す確立は十分の一。
射撃は一人交代で進み、四人の内一番最初に外した人のチームが敗北となる。ただし一枚も外さなかった場合、引き分けとする。
しかし、銃弾を外した瞬間、そのチームは失格となる。つまり銃弾を外すことも駄目である。
ルールを聞き、全員が理解した。
暗黒は十枚のトランプを机に立てて並べた。
「それでは始めよう。最初は文月、君からだ」
そう言って、ヴァニーは拳銃を文月へ差し出す。
その拳銃を受け取らず、彼女は躊躇った。
「文月、君は何に脅えている?今の君は何者だ?」
拳銃を前に、文月は考えていた。
どうして私はこのギャンブルに参加などしているのだろうかと。本当は投げ出せばいいものを。
「私は……」
分からないまま、彼女は拳銃を握った。構えた。銃口をトランプに向けた。
「ギャンブルとは、運だ。ただ銃弾を外さなければいい。文月、選べ。やるか、やらないか」
「やる」
とりあえず、彼女は言った。
未だ自分を見失ったままの彼女は言った。
最初に外す確立は十分の一。
文月は右端のトランプに銃口を向け、撃つ。弾は見事命中し、そのトランプは宙を舞い、机に横たわる。
スペードのQが現れる。
「では次、黒影のターンだ」
黒影は拳銃を構え、文月の隣のトランプを撃つ。
見事スペードのQ。
「次は私だ」
ヴァニーは躊躇いなく中央のトランプを射抜いた。これまたスペードのQ。
「次は暁」
暁は左端を撃つ。これまたスペードのQ。
残るは六つ。外す確立は六分の一。しかし、文月は銃を構えて動揺していた。
「文月、どうかしたか?」
文月は拳銃を持ったまま、無言で立ち尽くす。
私はどうすれば良いのだろうか。そんな疑問に、私は悩まされていた。それは崖っぷちに立たされているような、そんな究極の死地に置かれているような感覚。
静かに考える度に、私の脳裏には浮かぶんだ。窮地の中でも真っ直ぐに前を見て、自信満々に戦う彼女の姿が。
ただ己の実力を信じて戦う彼女の姿を脳裏に思い出す度に、彼女は思うのだ。私は一体何者なのか。
自信もない、勇気もない、ましてや実力もないし経験もない。私はただの弱者だーー弱く、醜い弱者。
きっと周りの人は私を迷惑だと思っているのだろう。それでも私は強制的にギャンブルに参加させられている。
引き金を引くのが怖い。もう……怖いよ。
私は銃を下ろした。
「ねえ、私は本当に駄目な奴だ。だからこれが私の選択だ」
文月が再び銃を上げると、向けた先は自分ののこめかみ。
「止めろ文月」
「ごめん、やっぱ私、こういう生き方しかできないからさ」
文月は悲しみながら引き金を引いたーー
だが、その銃から弾丸は放たれなかった。文月のこめかみに穴は空かず、その驚きと困惑から文月は膝から崩れ落ちた。
そこへヴァニーが歩み寄り、言った。
「弾丸は抜いておいたから安心しろ。というより、お前は馬鹿か。命を粗末にするな」
「でも、私は……私は本当の私に戻らないといけない。だから私が死ねば……」
「少しずつで良い。今すぐ自分を取り戻そうとしなくて良い。ゆっくりと、ゆっくりと、日が昇るような速度で良い。本当にゆっくりとで良い」
「迷惑かけてごめん。私……本当は怖いよ。私がいなくなちゃうんじゃないかって、凄く怖いんだ」
震える文月の手を、ヴァニーは握りしめる。
「大丈夫ですよ。あなたには私たちがついていますから。だから文月、今を今の君が目一杯楽しめればそれで良い。それで良いんだよ」
「それで良いんですか?」
「ああ。それで良い。君が自分自身を好きになれるように、今を楽しく過ごそうぜ。そうしないと、君は君を嫌いになってしまうから」
「ヴァニーさん、ありがとう」
「ああ。お安いご用だ」
ヴァニーは優しく文月の頭を撫でる。
「それじゃギャンブル再開だ。始めようぜ、文月」
「うん」
ギャンブル再開。
文月は少しずつ、自分を取り戻しつつあった。