ギャンブラー①
文月京、彼女は今、とある船に乗り、ある国へ向かっていた。
その船に同船しているのは、かつて彼女と縁のある人物。目覚めた彼女の、彼はいち早く声をかけた。
「やっと起きたか。文月京」
「ん?ここは……というかお前は……」
「久しぶりだな。俺は暗黒だ。覚えているか」
「随分と雰囲気が……痛っ……」
突如頭に痛みが走り、思わず頭を抱えた。
その様子を見て、暗黒は「やはりか」と呟いた。
「文月、今の君が覚えているかは分からないが、俺とお前は昔会っている。それもまだ君の人格が分裂する前の時に」
「覚えていないのだが……」
文月は困惑していた。
暗黒という少年を、文月は一切覚えていなかったからだ。しかし、彼女には小学生の頃の記憶は断片的なものしかなかった。
それ故、暗黒の言っていることはあながち否定できはしなかった。
「文月、これから俺たちが向かう場所は"カジノ国家ベルサイ薔薇"。そこで俺たちはギャンブルをする。その国に滞在している間に思い出せなかったのなら、俺はお前には何もできない」
暗黒は罪を背負った表情で、文月に話しかけている。
「いつか何もできなかった日のために、俺はお前に自分を取り戻してほしいと思う。あの頃のお前は、本当に俺の憧れだったから」
「憧れ?私が?」
「もうすぐ着くぞ。ベルサイ薔薇に。ここから先に踏み出す場所にはギャンブラーしかいない。そこで文月、お前を取り戻す。きっと思い出すきっかけくらいにはなるだろうから」
文月が質問をしようとしたその時、船は港へと着いた。
暗黒は立ち上がり、文月を促す。
「行くぞ。賭け事の世界に」
暗黒に促されるままに、文月は船を降りた。
その先に広がっていたのは、超巨大な建造物。
「あれがこの国で最も巨大な建造物、大賭博会場だ。この国は円形であるが、十ヶ所だけ飛び出ている部分がある。
それぞれ平面城トランプや冠城チェス、六面城サイコロなど、特定のギャンブルが行われている。
ただしこの国の中心にあるあの巨大な建物には、あらゆる全ての賭け事を行うことができる。つまりあそこで頂点をとった者は、この国で最も強いということになる」
文月は内からわき上がる興奮に身を奮わす。
「暗黒様、お待ちしておりました」
「巫女、奴らは来ているか」
「ええ。既に皆ギャンブルをしております」
船を出てすぐ、暗黒らを待っていたのは巫女と呼ばれる女性と黒金というかつて文月が戦ったことのある相手だ。
「そうか。では先に食堂で食事でもとろうか」
暗黒らは大賭博会場に入り、食堂へ向かった。
その道中で、ある一室からは大きな歓声が分厚い壁をも破って聞こえてきていた。
「食堂に行く前に少し見ていくか」
暗黒らは、歓声が上がる部屋へ入る。
その部屋は広く、百以上の賭け事を行える場所が広がっていた。それに驚いたことに、歓声が上がっている場所はひとつではなかった。
「早速観客を沸かしているようだな」
そう呟く暗黒は、盛り上がっている場所を見ていた。
「すげえ。十二回連続でロイヤルストレートフラッシュだぞ」
「どんだけ運が良いんだよあんた」
ポーカーで場を沸かせていたのは、十二連続ロイヤルストレートフラッシュを出したという異色のギャンブラー。
彼は眼帯をつけながらも、全てを見通しているというか。
そしてまた別の場所でも、
「命中率百パーかよ。勝てるわけねえって」
彼女と戦っていた相手は、完敗とばかりに膝を崩し、拳銃を手離した。
「ちょろいわね。所詮銃を握っただけの一般人」
バニーガール姿の彼女はため息を吐くと、銃口から吹き出る煙に息を吹きかけた。流れるように腰に銃をしまうと、景品だけ取ってその場から去る。
「さあ、ビンゴの方はいらっしゃいますか」
「またビンゴだけど」
「は!!まだ九回しか番号を言われてないのに、ビンゴかよ」
縦横十マスのビンゴカードには、斜め一直線に穴が空いていた。
真ん中は最初から空いているとしても、さすがにそれは幸運すごる光景であった。
右手があからさまな鉄製で刃のように尖った義手で、彼はビンゴで周囲を沸かせている。
「全部1って……ピンゾロ!!」
三つのサイコロは全て1の目で転がっていた。
その幸運の持ち主に、周囲は歓喜する。
頭をサイコロの被り物で隠しながらも、運はあるというのか。
「ダウト」
「また見抜かれた」
男はそう叫び、頭を抱えて賭け金を少女へ渡した。
狼の被り物を被る彼女には、嘘が真実が全てが見えている。
「チェックメイト。二十一手で君の敗けだ」
王冠を被る彼は、圧倒的戦略で敵を負かした。
彼の手もとにはアタッシュケースが三つも渡される。その中には大金が入っている。
それを確認すると、彼はそれを従者に持たせ、暗黒のもとへと歩み寄る。彼だけではない。会場を沸かせていた六人のギャンブラーが皆暗黒のもとへ集まった。
「暗黒様、お待ちしておりました」
「待たせたな。Human's Devil」
謎のギャンブラーズ。
彼らは一体何者なのか。




