文月京VS月宮詩歌②終
追い詰められた文月京。
自分の番になっても、彼女は未だ選択に迷い、考え続けていた。
この先どうすれば月宮の策から打開できるか、ということに。
月宮の策は巧妙であり、文月はそれに気付くのが遅かった。そのため、彼女の罠にはまってしまったのだろう。
「文月京、君は四十一手目から既に詰んでいる。諦めた方が懸命だと思うが、どうかな」
「月宮理事長、私が何の駒かお分かりですか」
「見たところ、横にも動いているようじゃないか。つまり君は飛車だ。縦と横にしか動けない。それさえ分かれば王手など容易い」
文月京へ王手をかけている駒は二つ。
今文月の右斜め後ろに置かれた歩、そして横一直線にある飛車。
ただし、たとえそれを避けたとしても、また無数に駒の王手が仕掛けられている。避けても避けても、その先にあるのは茨の道。
「さあどう来るつもりだ」
「月宮理事長、私をその程度で打てるとお思いですか?その程度の手、はなから読めています」
文月京は自ら動いた……だが動いた場所は。まさかの右斜め後ろ。
「飛車じゃなかったのか。いや、そういうことですか」
「お気づきですか?理事長」
「ええ、それは勿論。やはりあの時成っていたのですね。文月京。引き返すのはおかしいと思っていましたが、あれは演出でしたか」
「命がけの演出さ。どこかで見ていてくれているだろう、そう思ってあの演出をした」
文月は歩をとり、月宮を視界に捉えた。
文月がいる位置は、絶対に王手をできない位置。
まるで宇宙の法則を真理から覆してしまうかのような一手。しかしその一手を打たれても尚、月宮は余裕な笑みを浮かべていた。
「なあ文月京、最初に君を見た時は随分と優れた人物が入ってきたと思ったが、やはり君はまだ幼いのだな。幼いからこそ、知識に優れていたとしても、精神面での発達はあまりできてはいないようだ」
「何のことだ?」
「文月京、戻ってこい。いつまで眠っている。いい加減起きたらどうだ」
「おいおい、私はこうして起きている。それとも追い詰められたからといって煽っているのか」
月宮はため息を吐いた。
「文月京、君ならば王になると思ったのだがな」
「王は全方位には動けても、一歩しか動けない。それではこの決闘では役に立たない」
「使い手によって、駒は変幻自在に色を変える。今の君の色は黒色だ。自分の内側をさらけ出したくないから故、君は自分自身を真っ黒に染め、自分を覆い隠してしまっているのだろう」
「私の何を知っている」
「知っているさ。君が優秀であることくらい。だが君が今のように優秀になったのは、小学生の頃に起こしたある事件がきっかけなのだろう。まあ、今の君はその記憶を奥底に隠しているようだが」
「だから私の何を知っているというんだ」
「文月京、君はもう少し決闘を楽しんでいたよ。ただ今の君にはその楽しさは感じられない。むしろ苦しんでいるようだぞ」
「私が?これから負けるのはあなただというのに」
それを聞き、再び月宮はため息を吐く。
「過信、軽率、虚飾、確かに文月京は傲慢ではあったが、それらの三つはこれまでしたことはなかった。決闘の中でどこか相手を信頼し、相手の力を認める心の広さがあった。だが君にはそれがない。なぜなら君は君でないから」
「とっとと王手をかけてみろ」
「文月京、君は周りが見えていない。それに焦りすぎだ」
「焦り?私が?」
「君が成っていると分かっているから、そしてそれを隠しているから、私はここで君がその手を見せてくれるだろうと確信していたんだよ。つまり文月京、こういうことだ」
文月京の横には飛車が置かれた。
「王手」
避けることは容易い、はずもなかった。
既に文月は詰んでいる。
七十七手、文月京は敗北する。
「文月京、君の負けだ。君がもし斜めに動いていなければ、君が勝つ可能性は十分にあったのにな」
文月京に、敗北が刻まれた。
「では文月京、理事長特権で、お前を停学処分とする」
その様子を、映像で紅らは見ていた。
総務委員会の創設、その以前に文月京は理事長によって倒され、その上文月京は停学処分となった。
これではこれまでの計画が無意味になってしまう。
「そんな……このままじゃ文月が……」
紅は唖然とする。
その光景を、全知は笑みを浮かべて静観していた。
「さあ次は僕の番だ。次に成るのは、僕だよ」
そんな全知を、和国は心の中で嘲笑っていた。
文月が消えた学園で、一体何が起ころうとしているのか。
支配者になろうとした文月京は、支配者に敗北した。
圧倒的頭脳と策略で文月をねじ伏せた月宮は、文月によって現れ始める灯火に気付いていた。
学園を追放された文月の行く末はいかに。
黒色文月編、完