文月京VS月宮詩歌①
頂上決戦開幕。
八月八日。
私立月虹学園の最上階の一室で、文月京と月宮詩歌は決闘をしていた。
決闘の名は"大将棋"。
今彼女らがいるのは将棋盤と全く同じ盤上。その一つ一つのマス目が人間大の大きさであり、その上盤上にルール通り置かれている将棋の駒も全て人間大の大きさだ。
これは普通の将棋と同じルールであり、一手ずつ交代していく。
ーーただしこの決闘では、ひとつ普通の将棋とは違う点がある。
王の位置には、それぞれ文月と月宮が立っている。
二人はあるひとつの駒を選択し、その駒の動き通りに動くことができる。しかしそれはお互いに伝わってはいない。
その上、駒は大きく全体の様子は見ることはできない。つまり相手の行動を予想し、いかに駒や自分を動かすかが重要となる。
(さすがはこの決闘制度が存在する学園の頂点に位置する月宮理事長。既に飛車をとられた。機動力がある駒をとられるのは厄介だ。それにーー)
現在月宮のターン。
月宮は文月を狙えるライン上にその飛車を置いた。しかし月宮理事長は文月を倒せるということは見えていない。
「なあ文月、王手をかけられたりしてないか」
「まさか飛車を置かれただけで王手だとお思いですか。なら勝つのは私ですよ」
「随分と威勢がいいな。まるで焦りを隠すようだな」
「さあ、どう受け取ってもらっても構いませんよ」
文月は悩みながらも、桂馬を盾にして飛車の行く道を塞いだ。
その後月宮は何食わぬ顔でその桂馬を取る。
「おや、桂馬で守ったということは、その周辺にいるのかな?文月京」
文月がいるのは未だ自陣の最初の三列目以内。
それを知った月宮は、攻撃を活発化させる。
四十一手目、既に文月は詰んでいる。ただしそれは文月が王であった場合のみ。
しかし文月は王ではない。
(ここは敵の陣地に行って成った方が良いか。だが、)
「ここは敵の陣地に行って成った方が良いか、とか思っているのかな?挑戦者君」
月宮は至って冷静にそう呟き、文月を少しずつ追い詰めていた。
全体が見えないにも関わらず、まるで文月の動きを全て読んでいるかのように一手を打つ。
「理事長、あんたチート過ぎますよ」
「君が弱すぎるだけさ。支配者を名乗るくらいだから強いと思っていたが、案外その程度なんだな」
再び、文月は王手をかけられた。
(まるで私が何の駒か分かっているようじゃないか。理事長の座は遥か高みにあるということか)
王手から脱却し、敵の陣地へ一直線に進む道を作り出した。
「成らないのか?まあさせないけど」
敵の陣地へ仕掛けようとするも、その行く手には駒が置かれる。
「歩兵をあげるよ」
「ちっ」
「文月、君の駒は恐らく飛車か香車のどちらかだ。君は一度こちらへ仕掛けようとしたようだが、歩兵の壁に阻まれて引き返しているのを見ている」
それは二十手目の話。
文月は成ろうと敵本陣へ仕掛けたが、その行く手を歩兵に阻まれ、引き返している。
しかしそこで、文月はふと考えていた。
もしその光景を見れる場所に月宮がいたとすれば、今彼女はどこにいるだろうか。
これまで文月は月宮が動かす駒を見ている。それは何度も文月に追い詰められていたからだ。しかしそれが逆に、月宮の居場所を探す手がかりにもなる。
(駒が動いたか月宮が動いたか、分からないターンが五回くらいはあった。ならその五回の中で移動できるとすれば……)
文月は月宮があらゆる駒の場合を想定していた。
銀の場合、金の場合、飛車の場合、桂馬の場合、そう考えている内に、文月は月宮がいるであろう最も有力な場所を見つけた。
「そこにいましたか、理事長」
そう言って、文月は振り返った。
月宮がいた場所は、文月の三マス後ろ。
「おやおや、気付かれてしまったか。さすがは文月京だ」
背後には、歩の駒があり、その後ろから覗き込むように月宮が立っている。
その驚きを焦りを隠すかのように、文月は話し始める。
「月宮理事長、影が薄くて気付きませんでしたよ」
「だから冷や汗をかいているのか」
核心を見抜かれていると察し、さらに文月は動揺をする。
「文月京、君では私には勝てない」
「未来までも読んでいるというか」
「その通り。残り八手で君の詰みだ」
月宮は余裕の笑みを。
文月は苦渋の焦りを。
追い詰められた文月京に、逃げ場はあるのだろうか。
「さあ次、君の番だよ。文月京」
次回「文月京VS月宮詩歌②終」