学園の残り火④
「文月に対抗する策、それはやはりひとつしかない。生徒総会の創設だ。そのための第一歩として、まずは十器聖によって推薦されたメンバーによる総務委員会の創設が必要不可欠だ」
冬待は作戦の内容を、淡々と話し始める。
「総務委員会のメンバーは十名、十器聖一人につき一人しかメンバーを選べない。つまり全知がいない限り、総務委員会の創設は難しい」
「難しい……ということはできるのですか」
「できはする。だがそのためには、その校則を変えるしかない」
「校則を変えるって、そんなことできるんですか」
「ああ。極めて単純なことだ。理事長に頼めば良い。理事長に許可さえ貰えれば、校則はいとも簡単に変えられる。全知が姿を現してくれるのを待つのも良いが、恐らく奴から姿を現すことはない」
「それは随分と辛辣だね」
その声はこの場にいた誰の声でもなかった。いつの間にかそこにいたとある男の声であった。
「全知、どうしてここに!?」
「どうしてって、ここは僕の馴染み深い場所だ。そんなこと、お前が一番分かっているだろ。冬待」
全知を前にして、冬待はどこか恐れているようだった。
全知は平然とした姿勢で周囲を見渡している。今この場にいるのは十器聖と紅橙霞、蒼姉弟、南炉炉。
「なるほど。君たちがこんなところで何をしているかと思えば、総務委員会を創設しようとしているとはね。さすがに驚いたよ。でもさ、総務委員会の創設には僕の力が必要不可欠」
「その言い草だと、協力してくれないんだな」
「そうだよ冬待。でもね、このまま文月を暴走させるわけにもいかない。だから総務委員会の創設を協力してあげるよ」
「怪しいな」
「怪しんでも良いけど、それで学園が取り戻せるの?僕がいないと十器聖ももれなく文月の手下になるけど」
「相変わらずお前は……」
「どう否定しようとも構わない。それが僕の生き方だからね。冬待、君にはまだ覚悟がない。君はまだ首輪のつけられた犬と同じで、自由に生きることもできない」
「違う。私は、」
「たとえ自分で自分のことをどう思っていようとも、僕にはそう見えるけどね」
「…………」
冬待は黙りこみ、沈黙の中で呆然としていた。
そんな冬待の姿を見ることなく、素通りする。そして空いていた椅子に座りなり、全知は言う。
「では総務委員会創設にあたって、君たちに約束してほしいことが幾つかある」
「ちょっと待て。いきなり出てきて約束なんてーー」
「戸賀、僕なしで文月に勝てるのか?」
戸賀の発言を遮り、全知は冷酷にもそう言った。
その発言は戸賀に響くも、必死に反論する。
「勝てるかもしれない」
「かもしれない。そんなもので文月は倒せない。彼女を倒したければ、確実な方法を選ぶべきだ。確実でないのならその選択は選ばない方が良い。
文月という圧倒的な支配者が相手である場合、確実を持たない限りは彼女には勝てない。分かるか?」
「……ごもっともだよ」
言論において十器聖の中では群を抜いている戸賀ですらも、全知には手も足もでなかった。
事実をどれほど重く、相手に伝えるか。その技術が彼にはあった。天才であるから故、その後ろに企みを隠すことすらも容易だ。
「では僕が出す条件を守ってくれ。これが僕の約束だ」
皆沈黙し、頷いた。
「条件は二つ。一つ、僕の行動に邪魔をしないこと。二つ、生徒総会が創設された際、文月を学園から永久追放する議決を出せ。以上だ」
「ちょっと待ってよ。それはいくらなんでも受け入れられない」
紅は立ち上がり、強く机を叩いてそう言った。しかし全知は聞く耳を持たない。
「紅、君は文月の友達だったか。友達が悪いことをした時、友達ならどんな手を使っても友達を助ける。それが友達だ。たとえ離れ離れになるとしても」
「それじゃ……意味がないよ」
「意味はある。学園を独裁しようとする文月が消えることは、この学園にとっては大きなメリットとなる。それが分からないわけではないだろ。少なくとも、君は天羽学園でも戦場学園の生徒でもなく、月虹学園の生徒なんだから」
「そんなの関係ない。私は文月がいない学園になんて、意味がない」
「じゃあどうするんだ?」
「文月がこの学園からいなくなるなら、私もこの学園を辞める」
その紅の発言に、全知は口に微笑を浮かべる。
「じゃあそうしようか。文月が学園から永久追放された時、君も一緒に追放だ」
全知は立ち上がり、紅たちへ背を向ける。
「じゃあまた明日来るから、その時までに誰を総務委員会に推薦するか決めておいてね。僕はもう決まってるから」
全知が後にすると、紅は脱力して椅子に崩れ落ちた。
紅を心配し、蒼青明は駆け寄る。
「紅、あんなこと言って大丈夫か」
「覚悟ならできてる。それに私は文月を救うから、だから大丈夫」
紅は自分自身にそう誓った。
そんな紅の姿を、冬待は静かに見ていた。
(君って、強い人だったんだね。気付かなかったよ)
冬待はどこか悲しい表情を浮かべていた。
既に去った全知のことを思いながら、冬待はため息を吐く。
「やっぱ、怖いな」
突如現れた全知は思い通りに彼らを動かした。
文月と紅の行く末はいかに。