対決、優等生VS優等生③
ボールが高く上がっている間に、第一問目の答えは答えられた。
私は小学六年生の時には既にリフティングなど赤子の手を捻る程度にできていた。だからこそとても簡単なことだと、そう思っていた。しかし思考を働かせながらのリフティングは想像以上に難しい。
何とか落ちてきたボールは真上に上がったものの、次に蹴り上げることに緊張が走る。
ボールが胸元へ落ちた瞬間、私は足を蹴り上げた。
ジャスト、蹴り上げた私の足はちょうど良い位置でボールに当たり、天高く飛び上がる。
第二問『日本地図を作った人物は誰か?』
「伊能忠敬」
第三問『力学的エネルギーは位置エネルギーと何エネルギーとの和か?』
「運動エネルギー」
第四問『栄えたり衰えたりするという意味をもつ四字熟語は何か?』
「栄枯盛衰」
第五問『拡張現実をARというが、ARは何という言葉の略か?』
「オーギュメンテッド・リアリティ」
既に五問解き終わるも、まだ九十五問も残っている。
運動しながら思考を働かせるという難題に立ち向かうようにして、私は何度もボールを高く蹴り上げて、高くから落ちるボールを蹴るということを何度も繰り返す。
十問目を答え終えた時、紅はようやく違和感に気づいたようだ。その違和感に思わず紅は声を漏らす。
「なぜ……なぜお前が答えられないはずの問題を、答えられているんだ!?」
紅は言った。私が中学一年生なのだと。
確かにそうだ。私は中学一年生。だからといって、なぜ中学三年生級の問題を答えられないのだろうか。
こんな問題、簡単に決まっている。
「紅、学年で勝負の内容を決めるよりも、相手を見て勝負の内容を決めた方が良いぞ。私は一人でサッカーをしていた。だからリフティングだけは他者よりも圧倒的に上手だ。それに私は小学六年生の時には既に中学一年生の学習内容など全て把握していた」
「くっ……」
「だから中学二年三年の内容を大雑把にも把握していたんだよ。私は完璧を求めていた。だから紅、完璧の私に勝負を挑んだ時点で私の勝ちは確定した」
「だがあと九十問、無理に決まっている」
私はその間に何問か問題を答え、そして短い答えが来た直後に紅へと言った。
「この世界に無理なんてない。ただそれは諦めているだけだ。だが私は諦めない」
その話の間に十問ほど答えただろうか。
今が何問目かなど覚えていない。覚えているのは問いの内容と答えのみ。それも霞んでいて頼りない記憶だ。
ーーそれでも私は有言実行。
一問たりとも間違えるわけにはいかないんだ。
「もう五十問も答えているぞ……。ありえない……ありえないだろ…………」
紅は答え続ける文月を見て放心状態。
必ず勝つ、そう確信していたからこそ、高みから文月を見下してしまったからこそ彼女は今後悔していた。
「これが……本物の天才か……」
文月は何度もボールを高く蹴り上げて、その度に長い答えを言っている。一問たりとも間違いはない。
完璧だ。完璧すぎるが故、恐ろしい。
「文月京……」
汗をかき、何度もボールを取りこぼしそうになりながらも、彼女はボールを蹴り続けた。彼女は問いに答え続けた。
第九十六問『訪問販売やキャッチセールスなどのように販売者の意思で始まった取り引きの場合、一定期間内に書面で通知すれば契約を解除できることを認める制度を何というか?』
「クーリング・オフ制度」
第九十七問『一定の温度変化で別の形状になり、温度が元に戻ると元の形状に戻る性質をもつ合金を何というか?』
「形状記憶合金」
「やめろ……」
紅は既に悟っていた。
十問目を切った時点でおおよその見当はついていた。
第九十八問『意志決定・行動選択には、自分自身のどのような要因が影響しているか?』
「個人的な要因」
第九十九問『地球の質量を1とした場合、太陽の質量はどのくらいか?』
「333000」
残り一問。
私は大きくボールを蹴り上げた。それは今までにないくらいに高く、天井へ当たるギリギリだ。
第百問『小倉百人一首の中で、文屋朝康が詠んだとされる秀歌を答えよ』
「白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける」
その美しい声が体育館へ響き渡った直後、ボールは遥か高い場所から床へ落ちた。
何度も何度もバウンドし、そして紅の足元へと転がった。
「文月、間違いはなし。よって、勝者は文月京」