文月を救い出せ、紅たちの恩返し③
それから紅たちは階を上がる。
二階にあった三つの部屋の内、
馬暗のいる部屋には生徒会書記、花札乙女。
戸賀のいる部屋には生徒会副会長、黒影響。
冬待のいる部屋には生徒会会計、しいな菜の花。
そして三階で、紅はたったひとつしかない部屋に入った。その部屋は巨大なプールになっている。
「待っていたよ。紅橙霞」
プールひとつ挟んだ先から聞こえる声。
その声がする方へ紅は視線を向けた。
「お前は……木栖美入中琥か」
「このフィールドと私で、勝負内容は大体予想がつくよネ♡」
「ああ。競泳か」
「正解。だけど今回はただの競泳じゃない」
木栖美入はプールサイドに沿ってゆっくりと歩きながら、
「鬼ごっこ。君がこのプールの中で私を捕まえられるか。半径五十メートルの円形のプール、この広さの中で君が私を捕まえるまで決闘は終わらないよ。敗北がないだけましだよネ♡」
「よくできた決闘だな」
「私は君と戦いたかったんだよ。あの時は戦えなかった、でも今は違う。存分に戦えるだろ。だから激しく行こうよネ♡」
私の耳元で、木栖美入はそう呟いた。
そのままプールサイドを一周し、私の正反対の位置へつくと、足を止め、両腕を広げてプールの中に飛び込んだ。
「さあ始めようか。私と君の決闘を」
紅と木栖美入の決闘が始まった中、卓城VS梓沼の部屋でも決闘は始まっていた。
二人のいる部屋のフィールドは畳の部屋。床はもちろんのこと、壁や天井、窓までもが畳になっているザ・和の空間。
その中心で二人は将棋をしていた。しかし二人がしていたのは普通の将棋ではないーー
「さあ、そろそろ詰みだ」
ーー互いに王を取るまで何一つ駒を取ってはいけない将棋であった。
つまりは、王以外を取った瞬間に敗北が決まり、王を取られれば敗北が決まる決闘。
現在、梓沼は王の周囲に多くの駒を置かれていた。
逃げ場は指の数ほどしかなく、たとえ逃げられたとしてもその次に王手などいくらでも決められる。
対して卓城の駒は全て、横一直線に並んだ歩の駒に遮られて進めない。
「弱いね卓城。一応言っておくけど、一度負ければ鍵は渡さないよ。まあ、俺が鍵を持っていたらの話だけどさ」
余裕な笑みを浮かべながら、梓沼は扇子で自分を扇ぎながら強者の振る舞いをしていた。
まるで織田信長のような傲慢な振る舞い、そして徳川家康のような安泰な振る舞い。
「卓城、どうせ君は負けるんだから、適当に打ちなよ。まあ、王以外の駒を取ってこの決闘をすぐに終わらせるのも良いけどさ」
卓城は何も言えず、拳を強く握ったまま静止していた。
何度頭の中でこの状況を打開する策を考えようとも、その全ての策は失敗に終わる。
「諦めても良いんじゃない。諦めなよ」
「……いかないんだ。諦めるわけにはいかないんだ。俺はお前に勝たなうといけない。だから俺は、勝ちにいく」
「口だけじゃ何も変わらないんだよ」
「それはどうかな。お前が話してくれているおかげで勝利への巧妙が見えたよ」
「どこにある?今お前は金、銀、桂馬、飛車、この四つの駒に囲まれている。逃げ場などない、四面楚歌状態だ」
「それは違うな。四面楚歌は敵に囲まれて孤立し、周りに味方がいないことを言う。だが仲間ならいる。だから俺は負けないんだよ」
その一手は、まるでジェンガをたったひとつ抜いただけで崩してしまうような究極的なものであった。
「な……!?」
梓沼は驚きを隠せず、口が空いたまま塞がらないようだった。
「頭ではこの一手は無意味だと思っても、それは意外と役に立つことがある。きっとこの一手が無駄だと思ったのは、周りにいる仲間が見えていなかったからだよ」
「ちっ……」
「お前が考えたこの将棋のルール、王以外の駒を取ってはいけない。随分と最悪なルールだとは思ったが、俺は冷静になれた。だからもうお前に勝機は訪れない」
それから数十手繰り返され、卓城の陣の奥深くまで進んでいた駒全てが横一列に並んだ歩の駒に阻まれ、身動きがとれなくなっていた。
対して先ほどまで何人の侵入を阻んでいた梓沼の歩の駒は崩れていた。
「王までの道行きは見えた。とどめの一手、もらったよ」
王を囲む無数の駒、梓沼は渋々白旗をあげた。
「俺の……負けだ……」
知将梓沼に、卓城晃太郎は勝利した。
「梓沼計、強かったよ。だから鍵は貰っていくぜ」
「残念ながら、鍵を持っているのは俺ではない。鍵を持つに最も相応しい者に俺は託した。十器聖の中で最も恐ろしいのは全知を除けば彼女しかいない」
「それは誰だ」
「言ったら決闘の意味がない。とりあえず勝利おめでとう。そして現在の時刻は午後十一時、残り一時間で明日を迎える。明日を迎えた時、文月と全知の決闘は始まる。止められるかな?君たちに」
タイムリミットは刻一刻と近づいていた。
それぞれの部屋で戦う者たち。対十器聖戦、文月を救うらタイムリミットは残り一時間。それまでに決着をつけ、鍵を奪え。
文月を救うために。