咲き誇る紅の思い、天才VS優等生①
天才は生まれながらに天才である。それ以外の人間は皆ゼロからの始まりである。
天に才を与えられた者と、そうでない者。二者が交わることは決してない。世界は頭脳戦、知恵のある者が生き残り、ない者は淘汰される。感情に身を委ねる者もまた同じ。
世界では、感情がなく知恵のある者だけが生き残る。
そうある者は言った。
その者は天才であった。天才と称されるほどのTHE・天才であった。
その人物こそ、十器聖の中でも底知れぬ頭脳と才能を有する人物ーー全知全夢。
薄暗い部屋の中で、腰かける一人の少年ーー全知全夢は目の前に座っているある人物へ語りかけていた。
「ねえ理事長。まさか十器聖が二人も敗北するなんてね。信じられる?」
「意外だったか?」
「いいや。僕は僕以外の天才は認めない。だから僕以外の十器聖が負けようとどうでもいいことだけどね。まあ、唯一僕に勝った理事長だけは認めてあげますよ」
「随分と上からだな。私に敗北したくせに」
「良いじゃないですか。よくある展開じゃないですか。一度敗北した主人公が、敗北から強さを手に入れて下克上をすると。まさにそれじゃないですか」
「あまり調子にのるなよ。君は私にとってただのカード。強いてあげるとするならば、♠️のKが妥当だろう」
「王、ですか」
「ああ。四人の王の一人」
「僕は頂点以外に興味はない。だから僕以外の王は認めない。故に理事長、私が例の彼女を倒したら、その者たちのもとへ案内してください。僕が倒して見せますから」
「分かったよ」
「ではまた」
全知は立ち上がり、その部屋を後にする。
彼が去った後、理事長はある資料へ目を通す。それは文月京についての調査書であった。
「何度見ても信じられんな。彼女は小学生時代、ただの凡人と等しい存在であったなんて」
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五月十五日。
馬暗との決闘を終え、文月は図書館で一人、勉強に励んでいた。決闘の期間にできなかった勉強の分を取り戻すためであった。
決闘を受けてから十日間、その間に申し込まれた決闘は断らなければいけない。それはこの学園の鉄の掟。十日間は思うがままに勉強をできるのであった。
「さて、一通り終わったか」
この学園に入ってからまだ一ヶ月ちょっと。だがその一ヶ月ちょっとという短い期間は、とても濃く苦しい一ヶ月ちょっとであった。
決闘決闘で彼女は心身を酷く疲れさせていた。
大きく伸びをし、半身を倒して天井を見上げ、思い詰めたように表情を曇らせた。
「ああ。なんで私、こんなにも頑張っているのかな」
「行き詰まったか?」
その声とともに、額には冷たく冷えた缶が当てられた。
「卓城か。また誰かから決闘か?」
「いや。偶然ここに用事があってね、文月を見つけたら思い詰めた表情をしてたから。何かあったのかなって」
「……そうか。なあ卓城、君はこの学園に来て良かったと思っているか?」
「昔はどうだったか忘れたけど、今は少なくとも来て良かったと思っているよ」
「そういうものか」
文月は頭の後ろで手を組み、考え込んだ。
「文月はどうなんだ?」
「私は、この学園に来て良かったと、そう思うはずだった。確かに来て良かったと、そう思っている。けど私はこの学園に来てから、いや、いつからか耐えられなくなっていた。自分が自分を演じ続けることに」
「演じ……る?」
「いやなんでもない。忘れてくれ」
そう言うと文月は立ち上がり、トイレへ行くと言ってその場を後にした。
文月には何かあると思い、彼女が読んでいた本の表紙を見た。だがそれは英語の問題集、勉強に行き詰まっただけだろうか、そう思って本を机へ置いた。
机には本が山のように積み上げられている。その一冊一冊を見ていると、ひとつ、興味深い本があった。
タイトルは"多重人格"。
そのタイトルを見た時、卓城は宿木先生が言っていたことを思い出した。
ーー文月、彼女の中には万人が潜んでいる。
「文月、お前は……」
卓城は静かに本を置いた。
「お待たせ」
そこへ文月が戻ってきた。
卓城は振り返り、何も見ていなかったかのように振る舞う。卓城は上手く笑えてはいなかった。ぎこちない笑みに文月もつられていた。
十分程度の会話を交わし、
「じゃあ……また」
そう言い、文月は本をそこに残したまま去っていく。
机に置かれている英語の問題集、その横に広げられているノートのページには幾つかの単語が書かれていた。
realize、recogngnize、notice、help……
卓城はその問題集を閉じ、机に山積している本を一つ一つ本棚へと返していった。
(ああ、神様がいるのなら教えてください。俺はどうすれば良かったのでしょうか。間違えてしまったのではないでしょうか。俺は……俺は……)
後悔を滲ませながら本を片した卓城は図書館を後にする。
そこへキワノというフルーツの缶ジュースを残して。