流鏑馬!起死回生の一矢⑦
矢が的の中心を射抜いている。その事実に最も驚いていたのは、それを成した私自身であった。
投げやりに放ったあの一撃、正直この決闘は負けたとばかりに思っていた。けれど矢は的を射抜き、チャンスを私たちへ与えてくれた。
奇跡は二度も起こらない。
だから次私の順番が回ってきた場合、それまでにユニクォーンが立ち上がれなければ敗北が決定する。
頼むユニクォーン、立って一緒に走ってくれ。
「宿木先生。始めても良いですか?」
「ああ。構わん」
「では、とっとと終わりにしようかな。もう少し楽しめると思ったけど」
そう呟くと、馬暗は馬を走らせた。姿勢よく馬に乗り、弓を構えて矢を携える。そして呼吸を整え、心の中で三つ数える。
(ひとつ、ふたつ、みっつ)
矢は放たれた。その矢は見事に的の中心を射抜いた。
完璧、圧倒的なほどに完璧な一矢。その一撃には場数の違い、経験の差を私へ自覚させた。常識的に考えて、勝てる相手ではなかった。だが私には負けられない理由がある。
私はそっとユニクォーンの体を撫でながら、彼へ問う。
「なあユニクォーン。私は勝ちたいと思った。君に勝たせてやりたいと思った。だから私は君を選んだ。限界か?」
馬は小さく鳴いた。
何と言っているのか、馬の言語を習っていない私には分からなかった。
「ユニクォーン、私は何としてでも勝ちたいよ。君と一緒に勝ちたい」
馬はまた鳴いた。
「限界か?だったら限界を越えろ。最後に良いところを私に見せてくれ。君はできる奴だ。ユニクォーン、私と勝とう。私と走ろう」
馬はひときわ大きく鳴き、震えながらも立ち上がった。立っているのだけで限界だろう、それでも私は君と一緒に走りたかった。
ユニクォーンも、そう思っていてくれるだろうか。
きっとユニクォーンは私の言葉を理解できる。だけど私は君の言葉を理解できない。何という皮肉だろうか、完璧な私にもできないことのひとつやふたつあるのだ。けど今だけは、君と些細な会話をかわしてみたかったよ。
それが叶わない。だから私は君とともに戦おう。
「ユニクォーン。絶対勝つぞ」
馬は足を振り上げ、鳴いた。
そこへ打ち終えた馬暗が寄ってきた。
「まだ立ち上がれるか。とっとと諦めていれば良いものを、それでも尚抗い続けるというのか。己の運命に」
「馬暗。私は負けないよ。私とユニクォーンは絶対に負けない」
「それも心の力か。全く、心とは何だ。例えるならば、心は俺にとってのロンギヌスの槍なのだろう。俺に敗北を刻む、刃となろうとしている。だが文月、負けないのは俺も同じだ。この決闘、勝つのは当然この俺だ」
「文月、始めろ」
私は手綱を引き、馬を走らせた。ユニクォーンは大地を疾走する。その上で、私は弓矢を構え、的を狙う。矢は放たれ、見事に的の中心を射抜いた。
(彼女自身の力はある。あとはあの馬がどれくらいもつかだ。まあそれも一時間も走れるはずがない。ただの延長に意味はないよ。結局俺がミスることはないのだから)
馬暗は過信していた。
私の一矢が終わり、次は馬暗。馬暗は見事に的の中心を射抜く。次に私、私も同様に的の中心を射抜いた。
sれから数時間の攻防が続き、正午だったはずが気付けば午後十時、既に十時間という攻防が続いている。
既に互いに百発以上は打っている、互いに体力の限界も近づいている頃合いだ。
「ふざけるな。なぜそこまで走れる?もう限界はきているはずだろ」
「限界?だからどうした?」
「お前もお前の馬も、もう走れるはずがない。どうしてそこまで醜く抗う」
「勝ちたい、勝ちたいんだよ。だから私もユニクォーンも倒れない。負けたくないから、勝ちたいから」
私の矢は的の中心を射抜く。
それに馬暗はまたかと苛立ちを見せる。馬暗いは焦り始めていた。ここまでの長期戦になるとは予想していなかったからだ。
手に汗を握りながら、馬暗は手綱を引いて馬を走らせた。
心は落ち着かず、イライラにより馬暗の脳内はごちゃごちゃだ。
(ふざけるな。俺は体力にはあまり自信がない。いつだって練習をしなくても完璧だった。だからその分体力がない。なのになのになのになのに、なぜここまでの長期戦を行っている)
馬暗は一度私を睨み、すぐに流鏑馬へ集中して弓を構える。
もう彼の腕の筋力は限界に近い。それ以前にずっと馬へ座っていたため、尻も痛く、落ち着きがなくなっている。
(大丈夫。俺は完璧だ。いつだって全て完璧にこなしてきたんだ。だからこんなところで負けるわけには……そうだ。負けるわけにはいかないんだ)
馬暗は弦を引き、的へ目掛けて矢を放つ。矢は宙を駆け、的へ進む。
だがその一撃を放った瞬間、馬暗は絶望していた。
「まずい……」
彼の放った矢は的へ当たった。しかしその場所は的の端、中心ではなかった。
「そんな……」
絶望する馬暗へ聞こえるように、宿木は言う。
「では最後、文月」
決着は見えている。
外した時点で、勝敗は決している。
私は馬を走らせ、的の中心を狙い、矢を放つ。矢は見事に的の中心を射抜き、十時間以上にも渡る攻防に決着はついた。
感極まり、私はユニクォーンへ背中から抱きついていた。
「この決闘、私たちの勝ちだ」




