流鏑馬!起死回生の一矢⑥
あれから数日。決闘の日がやってきた。
この十日間、私は流鏑馬のことだけに集中してきた。決闘を受けている間は、不定期試験が来ることは絶対にない。だからこそ流鏑馬に集中できた。
私は卓城や紅に見送られながら、決戦の地へといざ向かう。
馬暗疾風、彼は強い。そんなのは彼の経歴を見れば一目瞭然。
流鏑馬の大会で最も大きな大会で、彼は優勝した。それもただの優勝ではない。全ての矢を的の中心へ当てるという偉業を成し遂げた上で、彼は優勝したのだ。
そんな相手に、努力もせずに勝つことができるだろうか?いや、勝てない。
分かっている。強い者は努力をしていることを。だから私も努力した。彼に負けないまでの努力を、完璧を演じきれるほどの努力を。
負けられない。
この勝負だけは、何としてでも負けられない。
ユニクォーン、お前は勝ちたいと、そう言ったな。だから勝つ。ここで、絶対に。
私はユニクォーンの背中に乗り、流鏑馬の舞台となる森の中で馬暗を待つ。案外彼は時間に遅刻せず、約束の時刻ぴったり、五月十日正午、ここへ来た。
彼もまた、馬に乗ってここへやってきた。
馬暗の乗る馬は黒い羽毛をしており、それにがたいもよく筋肉のつきもいい。
対して私の乗る馬は白い羽毛で足は細く、筋肉はあまりついていない。
私の馬を見た馬暗は、抑えることなく高笑いして見せた。
「おいおい勝機か。その馬で俺に勝とうとしているのか?」
「お前、今私の相棒を笑ったな」
「笑うだろ。俺はね、君のような輩と戦いに来たわけじゃない。もう少し手応えがありそうだとは思ったけど、所詮素人。どうせ重要なのは心だ、とでも言うのだろう。そういうのさ、もう飽きたよ」
馬暗はできる限りの挑発を私にしてきた。
「飽きたか。それでも私にとっては友情こそが、心こそが大事だ。どれだけお前が心を嫌おうとも、私には心が大事なんだ。だから馬暗、私はお前に勝って証明するんだ。心というものがどれだけ美しいものなのかをな」
「心が美しい……。いずれ汚れてしまうものならば、それは美しいとはいえない。儚さとは絶望だよ。人は常に未来を見ながら生きている。故に、心は美しいものではないよ」
「決闘を始めよう。そこで見せつける。心というものが、どれほどに美しいものかをな」
「じゃあ始めようか。先攻は俺から。どうせ外さないしね」
「ああ。構わないぞ」
先攻は馬暗から。
この勝負は先に的の中心から外したら負けという内容の決闘である。そしてこの森のいたるところに的がある。そのどれかひとつを、この一本道を通って射抜くだけ。
ルールはシンプルだ。だがそれは普通では不可能なほどに難しい。
馬暗が馬を走らせようとした時、一人の女性が私たちのもとへ歩み寄っているのが見えた。
彼女を見た馬暗は、やれやれと言いながら視線を送る。
「馬暗、並びに文月。君たちの決闘の勝敗は私が公平に判断する」
「宿木先生。別にこの勝負は勝敗が曖昧な決闘じゃなく、一瞬で終わり、反則もできない。しかも勝敗が明瞭な競技ですよ。審判など」
「それでも必要だろ。見届ける者が。まあ、卓城の奴は我々にバレぬように決闘を行ったらしいが」
「ならもっとこっそりやっとくべきだったよ。はいはい、審判さん、とっとと決闘始めさせて」
先生にも怖じ気づかず、馬暗はそう呟いた。
それに微塵も嫌な顔をすることはなく、彼女はいたって冷静に呟いた。
「では決闘を始める。先攻は馬暗だな。始めて良いぞ」
「まあ、そのつもりでしたけどね」
そう言い、馬暗は手綱をひいて馬を走らせた。走る馬の背に乗り、弓を姿勢よく構え、矢を弦に絡めた。そして森の木々につけられている無数の的からひとつを狙う。
だが、的は木々に隠れて見えはしない。馬を止めてはいけない。それ故、的が見えない森の中で確かめられるは、反射神経とそれに適応する射撃能力。
(ひとつ、ふたつ、みっつ)
そう心の中で唱えると、馬暗はその手から弦を離す。引っ張られていた弦がその手から解き放たれたことにより、弦はもとの状態へ戻ろうと弾かれた。弦に絡む矢は弦が弾かれる反動で飛び、宙を駆ける。
木々につけられた的のひとつ、それが見えた瞬間に放たれた矢はその的の中心を射抜く。
(やはり一発目は中心を射抜きはしたものの、ど真ん中とはいえないな)
「宿木先生。どうでしたか?」
「成功だ。では次、文月」
私は弓を握り、手綱をひいて馬を走らせた。響き渡る鳴き声とともに、馬は大地を疾走する。
馬の背中で矢を構え、的を狙う。
(文月、君はこの一発目で負ける。なぜなら君の馬は、もう死んでいるのだから)
ユニクォーンの背中で呼吸を整え、弦をひく。だがその時、ユニクォーンは足を崩した。
咄嗟に私は矢を放つ。当然狙いは確実には定められなかった。
転がったユニクォーンとともに、私は地面へ投げ出された。体を強く地面へ打ちつけた。
(やはりか。文月、君の馬はもう走れない。その足じゃもう、勝負にならないよ)
体を地面へ打ちつけ、その反動として全身に痺れが走る。私は何とか立ち上がりはしたものの、ユニクォーンはとても走れる様子ではなかった。
「ユニクォーン……」
ユニクォーンは悲しく鳴いた。
走りたいのだろう、それでも足は限界を向かえている。走れるはずがない。
そこへ卓城は歩み寄る。
「文月。決着はついた。この決闘は俺のーー」
「ーーまだ決着はついていないよ。Mr.馬暗」
宿木は馬暗の言葉を遮り、そう言った。
「なぜです?十分結果はついていますよ。なぜなら彼女は、矢を外したのですから」
「お前の目は節穴か。よく見てみろ。上を」
宿木が指した場所へ、馬暗は視線を移した。
そこには的がひとつあり、その的の中心を一本の矢が貫いていた。それは紛れもなく文月の矢だ。
「決闘は続行だ」