流鏑馬!起死回生の一矢①
十器聖の一人、卓城を倒した。
それから数日が経った。あれから十器聖と呼ばれる者は誰一人として私へ挑むことはない。
息を殺して牙を研ぎ澄ましているのだろうか、それとも私へ脅え、腰を抜かしてしまったのだろうか。どちらにせよ、私は必ず戦いを挑んでくると、そう確信していた。
五月一日。
この日は恋が始まる日や鯉の日、すずらんの日など多くの名前がつけられていた。
だがこの学校で恋が始まるわけもない。この学園に入学した者の多くが成績を保つことだけで精一杯なのだから。
私の友達である紅もその一人。
「紅。成績はどうだ?」
「授業は分かりやすいから良いんだけどさ、それでも覚える量が多すぎて頭に入らないんだよ」
この学園では授業がある。
それはどの学校でもそうだろうが、この学園では少し違う。
この学園の場合、受けたい時に受けたい授業を受けられる。この学園に入った時点でその生徒には一人専属の教師がつけられる。
「紅の専属教師って誰だっけ?」
「確か……無常先生っていう男の先生。この人のプライベートが面白くてさ、」
急にワントーン上げ、楽しそうに紅は話し始めた。
「無常先生の趣味は精神統一らしいんだけどさ、私、一回先生を怒らせちゃったことがあってさ。最初はイライラしてるだけで怒りはしなかったけど、私が先生にちょっかいばかりかけてたら怒っちゃってさ。でもすぐに座禅を組んで、一分経ったら温厚になって勉強教えてくれたんだよね」
「その先生、何か怖いね」
「怒らせたりしなきゃ優しい先生だしね。勉強も分かりやすいし。そういえば文月の専属教師はどんな人なの?」
「私の専属教師か……。今思ったんだけどさ、私、一度も専属教師に会ったことないかも」
「じゃあ勉強は?」
「独学だよ。私、勉強は独学の方が分かるしさ。それにこの学園には色んな教材が揃っている図書館もあるし、専属教師から教わる必要はないんだ」
「凄い……」
「まあね。頑張ったおかげって感じかな。昔の私が頑張っていなかったら、今の私はこの学園には入れてなかったし」
「文月ってやっぱ努力家なんだね」
「努力家っていうか、ただ努力が報われることを知っているからね。だから私は努力した。ようやく掴んだ第二の人生、私は謳歌するつもりなんだ」
中学一年生の私と、二年年上の先輩の紅、この二人が十時十二分から今の十一時十二分まで、図書館の席から離れることなく勉強している。普通の学校ならばありえない光景だろう。
授業というものは先生が教えるものだ。
義務教育を受けてきた者の多くがそう答える。
確かにそれは正論で、至ってシンプルであり、単純明快な答えである。だがそれは、あくまで生徒よりも教師の方が知能指数が高い場合のみであって、逆の場合ではその構図がそっくりそのまま反転する。
それはまるで鏡の世界。鏡の向こう側の世界。
何も教育免許を取った大人が勉強を教えるということは絶対ではない。
しかしそのシステムにより、この学園では大きく二つに分けられる。
自分で勉強できる者と、他者から教えられて育つ者。
どちらが正しいか、そのような議論に時間を費やす暇があるのなら、私は勉強へいそしむことだろう。
最初に言っておくが、答えはない。
ただどちらが自分に合っているか、それを冷静に分析し、見分ける者でなければ学力の向上は計れない。
才能とは、引き出し方によって大きく変化する。
サッカーの才能がある者が十年間テニスをしていれば、サッカーをしていれば良かったと悔やむのは必然。だがもしその者がそこでテニスの才能を開花させられるのなら、必ずしもテニスをしていたことが間違いであった、と言えるはずもない。
重要なのは通過点ではない、あくまでも結果だ。
だが多くの者が通過点で挫折し、結果へたどり着くことはない。誰しも未来を見る魔眼を持っているわけでもないし、的中率百パーセントの預言者などでもない。
人は与えられた能力の上で多くのことを成す。だが多くの人間が等しく能力を与えられる。その中で個性を見出だすには、必要なのは通過点。
その人がどのような道を歩んできたか、それが重要と言えよう。
だが、当然答えはない。
正しいはない。
絶対はない。
これ以上言葉をかわす必要はない。
意味もない。
それ故、私は通過点だの、結果だのに対する思考を放棄する。
それに時間を費やすことがどれだけ無意味なことか、私は知っている。
悩むことも、苦しむことも、今の私には必要ない。
だから私はページをめくり、次の白紙に知恵を刻む。