正々堂々、勇ましき戦士⑤終
文月京、彼女が打った球に卓城はしばし考えていた。
壁に何度か球が当たった音がし、気付けば球は卓城のコートを一回バウンドし、いつの間にか文月の手もとへ吸い込まれるようにして戻っていった。
卓城は一連の光景にある憶測を立てたが、だとすればそれほどまでの強運を、もしくはそれに値する実力を有していることになる。
「どうした卓城。私の球は打てないか?」
私は立ち尽くす卓城へそう言う。
「3ー0か。確か完全試合だったか」
「ああ。完全試合で私は勝つよ」
卓城は一度私を凝視し、先ほど何をしたのかを疑っていた。
恐らく前の一回では私が何をしたのかを見抜けはしなかったのだろう。
だが彼もプロ、すぐに切り替えた。
「だがあと8点。それに今の一撃のおかげで俺は丁度ヒートアップしてきたところなんだ」
卓城は髪をかき上げ、ラケットを手の中で何度も回転させて何かのイメージトレーニングでもしていた。もしくは、前の技がどういうものだったのかを考えているのか。
今は卓城のサーブの番、サーブを打つ前に見破られる可能性もある。
だが結局分からないままなのか、卓城は疑問を抱えたような表情を浮かべながらボールを持ち、サーブを打つ。先ほどと同じ角へ当たり、跳ね上がるようなバウンドをせず落ちる球だ。
私は再度先ほどと同じように前傾姿勢でラケットを振り上げ、勢い良く振るう。球は卓城の真横の壁へぶつかり、そしてさらに壁二枚と通って卓城のコートへバウンドする。その後球はネット一つ越え私の手もとへ戻ってくる。
「なるほど。まぐれではないか」
卓城はようやく理解したらしい。
これが私の"実力"であると。
「4ー0。未だに君から私は点を取れないか」
「取れない、ではない。取らせないだ」
「なるほど。壁に打って正確にコートへ落とす。簡単に見えてとても難しいことを君はしている。相当努力したらしいな。君は」
「努力と結果は比例しない。だから努力しない、そう一度でも思えば私は努力が実らないという言葉はきっと言い訳に使ってしまう。だから努力は必ず実ると、そう私は思うのさ」
「そういうのを、世間では綺麗事というのだよ」
「構わない。綺麗事でも構わない。それでも私は努力に意味がないと思いたくない。だからその目に、心に、魂にしっかりと焼きつけろ。努力がどれほどに意味があるものなのかということを」
私はラケットを卓城へ向け、そう言い放った。
「では見せてみろ。お前の言うその努力の成果を」
敗北は好まないーー悔しいから。
敗北は受け入れがたいーー悔しいから。
敗北は望まないーー悔しいから。
過去の悔しさが私をここまで連れてきた。
ここまで来て、私はもう一度悔しいなんていう感情を味わうなんて嫌だから。
「始めるぞ」
そこから私と卓城の攻防戦は始まった。
壁へ何度も当たり卓城の死角よりボールは卓城のコートへ戻ろうとその歩みを進める。だが卓城はその軌道を読み、来る場所を予測してラケットを構えた。
彼は卓球台に立った以上、決して振り返りはしない。勘だけを頼りに、卓城はラケットを振るう。ジャスト、そこへタイミングよく壁を何度も跳ね返ったボールがやってきた。ピンポン球はラケットへ命中し、私の背面にある壁へ当たる。
このタイミングで同じ技を、目で盗んだか!
だが跳ね返ったボールは私のコートげ落ちることなくネット一つ越え、卓城のコートへバウンドする。
「失敗か」
「ああ。やはりそう簡単にはいかないようだ。さあ、次行こうか」
幾度もの攻防が交わされる。
何度も打ち合い、その度にボールは激しく火花を散らす。
それはまるで宮本武蔵と佐々木小次郎との戦いにように激しく、戦えば戦うほどにその激しさを増し、見る者全てに緊迫感を与える。
ここは巌流島か。
そう思う者も少なからずいるのだろう。
気付けば戦いは既に終盤。
10ー0。
残り一点、文月が取れば文月が勝ち、もし取られれば文月が宣言した完全試合は失敗に終わる。
その戦いの結末はどうなるのか。
関門海峡に浮かぶ巌流島、そこで戦うは宮本武蔵と佐々木小次郎。
それに対し、今そこで戦うは文月京と卓城晃太郎。刀に対し、彼らが持つのは卓球ラケット。
今、卓城晃太郎はサーブを打った。
角、ではない。球は見て分かる通り激しい回転がかかっている。右回転の球、それに適応し、文月はラケットを構える。
「残念。この球だけは打たせない。魔の回転球」
球がコートへ落ちると同時、激しい回転がかかりコートには文字通りの火花が散る。それとともに回転した球は急カーブしてネット方向へ跳ね返る。
「右回転でも左回転でもない。超変則カーブ、魔の回転球」
私はその瞬間に気付いた。
そこに落ちる球を打つことはできない。私の長さでは手が届かない。
空間認識能力を有しているからこそ、私の手の長さでは届かないことを瞬時に理解した。
「ここから逆転だーー」
卓城は私が取れないと悟っていた。
初見殺しの一撃、それをここに来て繰り出したということは、恐らくここへ至るまで有していなかった技なのであろう。つまりこの戦いの中で、この少年も強くなっていた。
それでも、私は負けられない。
「ーー完全試合を成さなければ」
文月はラケットをボール目掛けて投げた。ラケットは綺麗にボールを下敷きにし、卓城のコート上を転がり、ど真ん中でピタリと止まった。
11ー0
「卓城晃太郎。私の勝ちだ」
完全試合。
それを、私は成したのだ。
「なるほど。これがあの全知が目をつけた程の天才児ーー文月京、か。本当に面白いな。お前は」
卓城は完敗した。
負けた、だが彼はその中には悔しさという感情はなかった。むしろどこか楽しそうに笑みを浮かべていた。
「最高に楽しかったよ。文月」
「私もだよ。これほどまでにドキドキしたのは、この学園へ来てから君で二回目だ。一度は紅との決闘、そして二度目は君との決闘。どうやら、この学園へ来て、死ぬ気で勉強してきて良かった。本当に良かったのだな」
私は勉強してきて抱いたことのない感情を抱いていた。
勉強がこれほどまでのサプライズを私へ届けてくれた、クリスマスでもないのにだ。それに私は嬉しいと、そう感じている。
「ありがとう。卓城晃太郎」
「こちらこそ。またいつか戦えると良いな」
「ああ。その日が来るのを楽しみに待っている」
二人は熱い握手を交わした。
激戦であった戦いの後に交わされた握手、それは私にとって嬉しいものであった。
努力したからこそ、私は今これほどまでに生き甲斐を感じている。
今の気分は、最高より上の言葉を探さなければ当分答えられるはずもない。
卓城晃太郎VS文月京
決着はついた。
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人知れず決闘が行われていることに気付き、一人に教師が十器聖トップーー全知全夢のもとへと向かう。
「全知。どうやら卓城が決闘をしたらしいですよ。しかも相手は君が目をついていた文月京だとか」
その名を聞き、退屈そうに本を読んでいた全知は急に目の色を変え、本を閉じて教師へ視線を向けた。
「勝敗は?」
「文月京が勝利したようです」
「やはりか。彼女はどこか違うとは思っていたが、まさかこれほどまでとはね」
文月が勝利したと聞き、全知は嬉しそうにしていた。
「戦いは終わりました。文月京について、どうされますか?」
「いや、これは始まりさ。我々十器聖を彼女が倒すまでの物語だよ。だからまだこの戦いは終わらない」
「全知様。それではまるであなたが倒されるような言い草ではありませんか」
少年の側に立つ教師は焦るようにしてそう少年へ言う。そんな彼へ少年はいたって冷静のまま呟いた。
「安心しろ。僕は十器聖トップの実力を有しているのさ。負けるなんてあり得ないよ。でも楽しみだね。文月京」
少年はこれまで文月がこの学園で受けてきたテストの結果を見て感嘆する。
「全問正解か。やはり彼女の相手には、僕以外には務まらない。まあそれ以前に、残りの十器聖を倒せるかどうかだけどね」
少年はそう言うと、将棋盤に置かれた王将の駒を二歩進め、味方である歩の駒を取って将棋の駒が無数に入っている箱へと入れた。
「文月京、是非とも見せてくれ。規格外の君の力を」
全問正解子ちゃんはしばらくお休みさせていただきます。
これまで見てくださった方、ありがとうございます。
六月始めくらいには再開できますので、その際には読んでいただけると光栄なのであります。
それと少し強欲にはなってしまうかもなのですが、感想や評価を頂けると嬉しいのです。
どうか頂けないでしょうか……なんて。




