正々堂々、勇ましき戦士④
決闘の日は来た。
私は卓球場の扉の前に背をつけ、彼が来るのを静かに待っていた。
午後一時、約束の時間丁度、彼はラケット片手に卓球場へ姿を現す。彼の表情には内からわき上がる高揚感からその足取りは軽快であった。
「文月。逃げずに来たか」
「私を少々侮り過ぎだ。今回ばかりは完璧は譲ろう。だが代わりに私は完全になろう」
「それはつまり、」
私が何を言おうとしているのか理解したのか、卓城は私へそう促した。その促しの後、私は気持ち良く答えた。
「完全試合。つまりは一点も取らさせず私が勝利しよう」
無理だとか、不可能だとか、私はそんなものに微塵の興味もない。なぜなら今の私は完全であるから。
敗北に興味はなく、決して無欲などではない。強欲であり貪欲であり、欲に従順である、それが私だ。
「久しぶりだよ。これほどまで緊張するのは」
「よく言うな。完全試合とかいっておいて」
「完全試合、その上で私は君へ敗北を刻む。私はいつもこういう性格でな、勝負を挑んでくる相手がいるのなら徹底的に叩き潰す。だが今回ばかりは大目に見て、完全試合で決着をつけよう」
「大目に見てそれか。だが、その方が面白い」
卓城は笑みをこぼし、私へ期待の眼差しを向ける。
「文月京。君へ敬意を表し、私が全力で叩き潰してあげようではないか。完全試合は、俺の専売特許だしな」
「お互い様というわけだな」
久しぶりの感覚だ。いや、もしかしたら初めてなのかもしれない。
これほどまでにワクワク感情を、他に抱いたことがあるだろうか。いや、ない。
「じゃあ早速始めようか。サーブは文月からで良いぞ」
「なら私から行かせてもらう」
卓球台一つを挟み、私と彼は向かい合う。
審判として紅がコートの真ん中に立ち、点数板を持っている。
個室の中の卓球場、どこぞの誰かが聞けば変な妄想を抱いたりもするだろうが、これから始めるのは真剣勝負。真剣勝負にやましさは必要ない。
どれだけ虚言を吐こうとも、既に目で捉えた真実に嘘偽りは通用しない。だから私は、まだ見てもいない未来に脅えはしない。
ただボールを高く上げ、ラケットを振るう。直後、私の放ったサーブは卓球台の角に当たり、急降下して床を転がる。
さすがに取ることができなかったのか、足元へ転がった球を卓城はゆっくりと拾う。
「やっぱ面白いね。文月」
「まずは一点」
だがこの技が二度三度と通じるはずがない。
なぜなら今私が戦っている相手は、それほどまでの強者なのだから。
「サーブは二点交代。もう一回やって良いよ」
また同じサーブならば打ち返される。この日のために、昨日十一の策を練ってきたのだ。
この試合は十一点マッチ、故に、その十一の策が通じれば勝てる。
私は高くボールを上げ、そして振る。ボールは再び角へ、だがこの球にはカーブがかかっており、角に当たるとともにボールは横へーーだが、それを卓城は読んでいた。
「回転はもっと強くだよ」
卓城は落ちる球を勢い良く振り当てるも、私のコートギリギリで入らず、ボールは壁に当たり、床を転がる。
その一連の動作を見て、私の脳に電撃が走った。
私は昨夜まで行った卓球練習を思い出していた。
空間計算能力は空間認識能力とは少し違う。
空間認識能力は物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力。
だが私が独自で生み出した空間計算能力はそれの進化系、動く物体に加えられている力の割合やその方向、そして空間認識能力を応用して球の軌道を読むことが可能となった。
当然先ほどの球はコートに入らないことが分かっていた。だが実際、もし入っていればあの球は打てなかっただろう。
それを目の当たりにし、脳内で形成されていた十一の策が全て崩れた。それと同時、ある策が私を勝利への道へ繋げた。
「なあ卓城、この試合にルールはないんだろ」
「ああ。まあ大まかなルールは守ってほしいけど、君、何か面白いことを思いついたんでしょ。なら俺にぶつけてよ。やはり君との戦いは、凄くワクワクするよ」
私はボールを拾い、卓城へ渡す。
「じゃあ行くよ。文月」
「来い」
卓城がボールを上げたと同時、既に私の観察は始まっていた。
球を上げた時の軌道、そして卓城の視線、ラケットを握る力、それらから推測し、卓城が打とうとしていた方向が見えた。そこへ体重を移動させたのを悟ってか、卓城の視線は私とは逆方向へ向けられた。
「見えた」
卓城がサーブを打った先は私とは逆方向にあるコートの端、しかも角を狙った。
(さあ、どうする)
などと心の中で思っているのだろう。だがこの程度、何度対策したことか。
私はボールへラケットを伸ばし、この個室内を空間認識能力を使って把握する。
そこから、空間計算能力を利用し、私が刹那で生み出した技を披露する。
一二三、リズム良く壁を足場に音を立てたピンポン球は一度卓城のコートへ落ち、ネット一つ踏み越えて私のコートを転がり、私の手もとへ戻ってきた。
「何が起きた……」
卓城は困惑していた。
目の前で起きた現象に理解できなかったからだ。
「新技、"空間テーブル"。今この場にある床以外の全てが卓球台だ」
ルール無用の卓球勝負。
だからこそできる反則技。
「3ー0、どうした卓城。私の球は打てないか?」
「面白いことを言うね。だがまだあと八点、勝負はここからだ」
次回、決着。