正々堂々、勇ましき戦士③
紅は最近文月京を見ることはなかった。
いつもは図書館で本を読んでいるのだが、図書館に彼女の姿はなく、学校に来ていないのではないか、それとも退学されたのではないか、確証のない疑問ばかりが彼女の脳裏を埋め尽くしていた。
友として文月京を心配する。
そんな中、卓球場へ行った生徒たちが口々にあることを言っていた。三日三晩、毎日個室の中で卓球の練習をしている者がいると。しかもその者は一回も外へ出ることなく、何度も何度も打ち続けていると。
そんなことはないだろうと思いつつも、紅はその卓球場へ向かう。噂通り、ある個室からは延々と球を打ち続ける音が響く。だがある時音が止んだ。
気になってその部屋の中を覗いてみると、その部屋では卓球台に上半身を寝転ばせ、倒れている文月の姿があった。
「文月!?」
すぐに文月のもとへ駆け寄る紅。
額へ触るととても熱く、文月は高熱だった。
「文月。早く保健室に」
「駄目だ……。私は……私はこんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ……。私は……完璧でなくちゃ……いけな……い……」
文月は意識を朦朧とさせ、千鳥足になってふらつき、再び倒れた。
「文月、文月、文月……文月ちゃん……」
ああ。体が熱い。
元気も湧いてこないし、力もでない。やる気も出るはずがない。
こんなに熱をひいたのは何年ぶりだろうか。それにしても熱を出すというのは、やはりしんどいことだ。熱くて熱くて、胸が痛いよ。
そういえば何で私はこんなに熱を出しているんだっけ?別に熱湯に入ったわけでもないし、マグマにダイビングをしたわけでもない。
そういえば卓球をしてたっけ。でも何でさっきまで卓球をしていたんだっけ……。
「……決闘」
そう叫び、私は目を覚ました。
そこはベッドの上、私は勢いよく上体を起こしたせいか、布団がめくれている。
ここはどこだろうか、しばらく周囲を観察してみる。そこから見える空は真っ暗、夜なのだろう。窓際には時計が置かれ、午前一時と表紙されている。
ベッドの横に椅子が置かれ、そこで座りながら紅が眠っていた。
「紅、そうか。私を保健室まで運んでくれたのか」
私は少しずつ思い出しつつあった。それとともに、決闘で負けるであろうということを思いつつあった。
だがそんな私のもとへ、ある少年は現れた。
「文月。熱を出したようだな」
「卓城、今回の決闘は私が負けるだろう」
仕方なく私は敗北を宣言した。
練習をする時間が数日分も削られたのだ、仕方なくその現実を受け止める以外に選択肢はないだろう。
「俺がここに来たのはお前の敗北宣言を聞くためじゃねーっつーの。ほらよ」
卓城は私へあるものを投げた。それを私は両手で掴んだ。
「箱?」
「中を開けてみろ」
私は箱を包み込む紙を取っていき、その中身を見た。
それは『TableTennis』と書かれた箱、その箱の中身を開けるとラケットが入っている。
「所詮安物だ。とはいえ、試し打ちはしたいだろ」
「あ、ああ」
私はラケットを手に取り、気づいていた。
相当高価なものが使われているであろう面、それに汗で染みて錆びないように持ち手には何重にもされたコーティングの跡が分かる。それにこのラケットからの香りは、ラケットが臭くならないようにするためのフェイクか。
この男、安物と言ってはいたが、相当高値なものを買ってくれたらしい。
「俺が付き合ってやるよ。どうせ決闘は明日、それまでは付き合ってやる」
この男、意外にも優しいのだな。
私は紅へ布団をかけ、保健室を後にする。そして卓城とともに久しぶりに卓球台へ戻ってきた。
ラリーを交わし、それとともに言葉も交わす。
「なあ文月、お前は俺には勝てないか?」
「今の私では、きっとお前に勝つことなどできない。それは明白だ」
「そうだな。そもそもお前が得意なのは勉強であり、スポーツはその次なのだろう。だからこの決闘の勝負にルールを追加する。この卓球に、ルールはないというルールを」
この男ーー卓城、実に面白い奴だ。
私は笑みがこぼれた。
「良いのか。それで」
「俺は自分が決めたルールの中で正々堂々と戦いたい。文月、お前がどんな戦いを見せてくれるのか、俺は凄い楽しみなんだよ」
「なら期待に応えなくちゃな。決闘は明日、それまでに私はお前を倒す算段を見つけてやるさ」
「自信過剰で傲慢、それでこそ文月京だ」
「ああ。私は完璧だ。故に私は負けないんだよ」
私は既に勝つ算段を見つけていた。
この策ならきっと勝てるだろう、故に私はこの勝負、絶対に負けることはないだろう。
「期待している。じゃあ明日、また会おう」
卓城は部屋から去った。
入れ違いに、寝起きの紅が卓球場へ足を運んでいた。
「あれ?文月、また卓球やってるの。寝てなきゃ駄目だよ」
「紅、すまんが付き合ってほしい。勝つ方法が、見つかったんだ」
私は笑みを浮かべ、紅の肩を叩いてそう言った。
だが私が決闘などをしていると知らない紅は何を言ってるのか理解できないのか、首を傾げて言う。
「勝つって……何に?」
「これまで戦ったことのない、面白い強敵にさ」
「そういうことね。なら付き合ってあげる。で、何をすれば良いの?」
「卓球、それもかなり難しい技術が必要だ。空間計算能力、私は自分の中にあるそれを試したい。だからどうか力を貸してくれ」
「了解。じゃあ早速やろ。その空間なんちゃらってやつを」