最終章④終『表裏一体』
この戦いに、終わりがやって来る。
だからーー
週末はやって来るし、終末はやって来る。
だからこの戦いにももちろん終わりがやって来る。
「どうしてお前がここにいる!?小唄」
「君を救いに来たんだよ。私の大好きな君を救いに来た」
小唄は真っ直ぐに全知を見てそう言った。
一瞬全知の心は揺らぎかけたが、すぐに悪の心に染まって小唄を睨みつけた。
「何を今更。僕はもう過去は捨てた」
全知は拳を構える。
だが小唄は無防備に立っている。
「全知、お前がその道を進んでしまったのは全部私のせいなんだろ。全てお母さんから聞いたよ」
「だったら僕の前に現れるな」
「それでも私は君とまた昔みたいに笑い合いたいよ。一緒に遊びたいよ」
「もうそんなことは望んでない。僕は、僕はこの学園を支配さえできればいい。だから小唄、たとえお前でも僕は殴る」
全知は覚悟を決め、拳を握りしめた。
それでも小唄は戦う気を見せない。そんな素振りは見せなかった。
「戦う気がないのなら僕の前に立つんじゃねえよ。僕の野望の邪魔をするな。小唄」
この時、全知は感情的になった姿を初めて誰かに見せた。
いつだって、自分は強いと言い聞かせていたから弱さは誰にも見せなかった。そんな全知は今初めて弱さを誰かに見せた。
「全知、私の手を掴んでくれ」
小唄は手を差し伸ばす。
だが全知はその手を掴もうとはしなかった。ただ拳を握り、試行錯誤して悩みに悩んでいる思考を整理するので精一杯だった。
分からない、分からないから怖いんだ。だから逃げた。なのにーー
「小唄……いつだってお前はライバルだった。ライバルであり、僕が憧れた人だった。だから、ずっとそばにいてほしかった。なのにお前はーー」
全知は拳を握り、小唄へと走った。
小唄を護ろうと走る文月だが、小唄は「大丈夫」そう言って文月を止めた。
その優しさはまるで天使のように、その温もりは晴れの日の太陽のように。
「全知、私の手を掴んでくれ」
「僕は、僕は……」
拳は小唄の顔の前で止まった。その拳は触れることなく、むしろそれを脅えているように止まった。
「ねえ全知、私は君から遠ざかってしまった。本当にごめん。でももう君のそばから離れたりしない。だから、」
小唄は突如咳き込み、血を吐き出した。
彼女は病弱だ。だから全知のもとから去り、しばらく入院することになった。それでも彼女の病は未だに完治していなかった。
「小唄、小唄、小唄……」
敵意を向けていたはずの全知は、苦しそうにしている小唄を心配していた。
「大丈夫だよ。もう私は……君のそばから離れないって誓った、から……」
力尽きていくその手を、全知は必死に掴んだ。
「生きて、生きてよ」
全知は小唄へ必死に呼び掛けた。
それでも小唄の意識は少しずつ遠退いていき、手の力は弱まっていく。
そんな状態に体が置かれても、小唄はなんとか笑みをつくって全知へ言う。
「全知、君は私が護るから……。もう、大丈夫だよ……」
「小唄……」
まるで死にそうに、小唄は苦しんでいた。
そんな苦しそうな顔を全知は見ていられなかった。
「小唄、しばらく眠っていろ」
全知は小唄の額に指先を当て、眠らせた。
「すぐに治療してやる。だから今は、眠っていてくれ。必ず君を救うから」
全知は小唄を抱える。
そこへ宿木教師と月宮理事長が現れる。
「全知、今すぐ病院に行くぞ」
「……はい」
それから全知はヘリで治療室へと行き、自ら小唄の治療をしたという。
小唄は不治の病に侵されていた。だから治すことは不可能だと思われていたが、全知は小唄と離れ離れになったこの長い期間で全ての病を治すことができる治療法を確立していた。
その治療法を使い、小唄を治したそうだ。
きっと全知は小唄を自分の手で救いたかったのだろう。
だからこうして学園を支配し、医療設備を学校に備えた。そしていつか迎えに行こうとしていたのだろう。
小唄は一晩の間眠り続けた。
その間、全知は病院の屋上に文月を呼び出し、話をしていた。
「なあ文月、戦争、やめるか?」
「お前はどうしたいんだ?」
「僕は、戦う意味を失った。正直今までずっと悩みはしていた。どうして僕はこんな最悪な道を進んでいるのだろうと。それでも引き返すことなんてできなかった。もう進んでしまったこの道は、簡単には引き返せなかった」
後悔した表情で全知は語る。
「ならどうする?今なら引き返せるだろう。それに、私は少しお前を見直した。お前がなぜそこまでして支配者にこだわるのか、少しだけ分かった気がするよ」
「思い返せば簡単なことだった。だがプライドが邪魔をしていた。でも今はもう大丈夫な気がする。そんな無意味なプライド、捨てられたよ」
「起きたら小唄に感謝を伝えておけ。彼女が死にかけの体を引きずってここまで来てくれたんだ」
「ああ。感謝するさ」
全知はようやく戻れなくなっていた道を引き返せた。
何度も戻ろうとして戻れなかったその道からようやく抜け出すことができた。
もう彼を縛りつける鎖はない。もう彼は自由だから。
「文月、今までごめん。本当にごめんなさい」
「その調子で皆にも謝れ。許してもらえるかは分からんけど、それでも君の反省はきっと伝わるから」
「ありがとう。文月」
この戦いに終わりが訪れた。
長い長いこの戦いは、今を以て終わりを迎える。
多くの人々の思いがぶつかり合い、多くの人々の感情がぶつかり合い、その果てにこの戦いは終結した。
だからもう、戦うのは終わりだ。
ーーこれから新しい時代が幕を開ける。




