最終章②『王への反逆者』
全知は本気で文月を倒そうとしている。本気の全知には本気で挑まなくては勝つことができない。
だから文月も本気で全知を止めようとしていた。
激しく繰り広げられる戦いは、まるで一本のアクション映画を見ているかの如く臨場感と迫力がある。周りにいる橙霞らは呆然と立ってその様子を眺めていた。
「この拳に耐えるか。文月」
「まだまだだよ。もっと重たい拳を寄越せ」
両者の決闘は激しさを増すばかり。
もう周りの者では止められないほどになっている。
「とおぉぉりゃあああぁぁああ」
全知の蹴りが半月を描いて文月の脳天に直撃する。一瞬意識を失いかけたが舌を噛み、意識を取り戻した。
「倒れないか」
「倒れてたまるかよ。私は私の正義を執行する。それまでは倒れられない」
強くそう叫び、全知へ走る。
「速い!」
閃光の如く素早い疾走で全知の背後をとり、横一線に蹴りを振るう。それをしゃがんでかわし、文月の顎へ手のひらを押し当ててそのまま上に振り上げる。
空中で受け身をとるも、顎に伝わった衝撃を全て打ち消すことはできなかった。痛みを顎に感じながらも、思考を止まらせることなく稼働させ、相手の行動を読みつつ自分が動ける最大限の範囲を活用して全知の攻撃をかわしていく。
「まるで檻の中の獣だな」
全知の攻撃はやむことなく続き、文月に攻撃させる隙を一切与えない。
どれだけ全知の隙を待とうとも、ひとつの動きも間違えることなく確実に、そして徐々に文月を追い詰めていく。
「文月、残り三十三手でお前は詰む」
「ならそれまでにこの攻撃の連鎖を断ち切れればいいだけだ」
「できないだろ。ただの優秀なお前では」
かわしてもかわしても、全知の攻撃範囲から距離をとることはできない。いつまでも全知の檻の中で逃げ惑い続ける。
「なあ文月、正義が全てか?なぜお前はそこまで無意味に抗う?」
「彼らの期待を背負ったからだ。助けを求める者、自由を求める者、平穏を求める者、あらゆる者の希望を背負ったから。一度期待を背負ったのだから、その責任を果たすために私はその期待を叶えるまで戦い続ける」
「責任か。そんなものを背負うから人はいつまでも成長しない。お前たちのような善人ぶっている奴らは責任を背負い、辞職やら自害やらをする。だが悪人は、僕は責任など背負わない。だからこそお前らよりも上を行く」
既に二十手もの攻撃が放たれていた。未だに攻撃の連鎖を断ち切れない。
「焦燥に駆られろ。判断力を鈍らせろ。思考が鈍れば必然と体も鈍る」
「そうか。そういう逃げ方があったな」
これまで素早い戦闘を繰り広げていた両者、その途中で突如文月は全身の動きを止めた。それに驚き、全知はつい拳を引っ込めた。
その瞬間を見逃さず、文月は全知の顎に衝撃を走らせるように手のひらを押し当てた。
「まさかーー」
「模倣させてもらったぞ。全知」
文月はそのまま手を振り上げ、全知を吹き飛ばした。全知は先ほどの文月と同じく空中で受け身をとり、衝撃を最小限にとどめた。
「模倣したのはお前だけじゃない。僕だって模倣くらいできるさ」
「まあそのくらいやってくれないとな」
「全く、急に動きを止めちゃ驚いちゃうよ。おかげで判断が鈍った。まあ、同じ手は二度も通じない」
「通じない、か。そんなことは百も承知さ。だから私は常に進化し続ける。そしてお前に牙を向く」
文月は全知へ足を踏み出す。その瞬間、全知は息を大きく吸って文月のへと一歩を踏み出す。
その一歩で両者はぶつかり合う寸前まで近づく。だが両者ともに攻撃をするような素振りはなく、顔を近づけて語り合う。
「文月、いい加減諦めろ」
「冗談かな?」
「そう思えるとはめでたいな」
「めでたくて結構。私の頭はお花畑だ。ただその花畑の中には薔薇は咲く」
「ならばいい加減決着をつけよう。僕の全力をもって、君の全力を真正面から打ち砕く。行くぞ」
両者の拳が激しくぶつかり合う。
床を駆け、壁を駆け、天井を駆ける。常人離れした二人の攻防に、橙霞らは呆然と見ていた。
互いに攻撃を仕掛けながら相手の攻撃をかわし、外す度に相手の攻撃を予測しながら攻撃を仕掛けるを繰り返している。
頭の回転はもはや地球の自転速度に等しく、思考に体が追いつくので精一杯だ。
だがそれは魂のぶつかり合い、互いの思いをぶつけ合う戦いだ。今まで全知には敵う者はいなかったーー彼は誰よりも天才であり、そしいぇ誰よりも努力をしてきたから。
しかし、そんな彼に唯一対抗できる者がいた。それが文月京。この学園の異常だ。彼女は努力に努力を積み重ね、立ちはだかる幾つもの壁を越えて行った。それが彼女の成長させた。
最強VS最強。
圧倒的強者と圧倒的強者がぶつかり合う。どちらが勝とうともおかしくない。
常に勝敗は様々なものによって大きく変動する。
息をする間もない激しい戦闘。これまでこの世に生まれてきた誰もが到達できなかった至高の領域へ、二人は土足でずかずかと踏み入った。
全人類未踏の領域で繰り広げられる激しい攻防は見ている者すら呼吸するのを忘れていた。
全知は高く飛び上がり、文月の背後へ移動する。文月はすぐに距離をとり、後ろへ下がる。それを読んで全知は文月よりも速く文月へ歩み寄る。そして拳で一撃をくらわせた。
その一撃を両腕で防いだものの、文月は大きく吹き飛んで床に手をついた。そこへ全知が素早く走ってきている。
窮地の中ですぐに回避法を探った文月は、手をつけたまま天井まで飛び上がろうとしていた。だが突如床が崩れ、文月はそのまま一階下の三階に転がった。
予想外のことに上手く受け身をとれず、床に体を激しく打ちつけた。
「このタイミングで欠陥か……」
脇腹に痛みを感じていたため、文月はゆっくりと立ち上がった。そこへ全知が牙をむき出しにして現れた。
「決闘にハプニングはつきものだ。運すらも実力、だから文月、己の弱さを悔やめ」
強く床を踏みつけ、文月の額へ人差し指を当てた。その瞬間に文月は意識を失うように倒れた。
「僕のこの精神掌握術からは誰も逃れられない」
文月は倒れたまま起き上がらない。
「この決闘、僕の勝ちだな」
文月は敗北し、勝者は全知に。
学園の支配者はとうとう全知にーー
「まあ落ち着け。全知全夢」
ーーまだだ。
学園の支配者はまだ決まらない。
倒れている文月をかばうように、全知の前には和国、氷上、落雷、神代、橙霞が立ちはだかった。
「何のつもりだ?」
「決まってるだろ。この学園にはお前には渡さないという私たちの反逆だ」
まだ決闘は終わらない。
「お前らじゃ僕は止められないぞ」
全知は殺伐とした怒りを向ける。それに臆することなく彼らは真っ直ぐに全知へと言う。
「それでもだ。それでも戦わなきゃいけない時があるって気付いたんだよ」
「文月がしてくれたように、私たちは文月を護る」
「一応文月には世話になった。だから俺はこの拳が砕けてでもお前に反逆するぜ」
「そうだね。君が強いことは百も承知さ。でもそれで諦めるんじゃ話にならないだろ」
「だから私たちも戦うんだ。この学園を取り返すために」
和国、氷上、落雷、神代、橙霞はそう訴えた。
彼らだけじゃない。この学園で戦ってきた者は誰もがそう思っている。もう力尽きて倒れていった者たちのためにも、彼らは相手が誰であろうと戦う。
「そうか。ならば来い。お前たちをも倒し、そしてこの学園を支配する。時代はいつだって勝者とともにある。だからこの時代を僕の時代に染め上げる」
全知はたった一人であろうとその牙は折れることはない。むしろその牙は鋭く凶暴な牙へと変わり、彼の強さを向上させた。
「「「「「革命を」」」」」
「革命返しを」
今、全知と橙霞らは激しく衝突する。
革命には革命返しを。
互いの思いがぶつかり合う二戦目の攻防。
文月をも凌駕した全知に橙霞らは立ち向かう。
その頃、一台のヘリが学園へ向かっていた。




