正々堂々、勇ましき戦士②
後日、学校へ行くと一人の少年が私の下駄箱の前に立っている。その少年には見覚えがある。紅のサーブを思いきり打ち返した変人だ。
「待っていましたよ。文月京さん」
意外にも礼儀正しく、少年は私へそう言った。
「何の用だ?というかまずは名を名乗れ。この前の一件で用件が何かは大体理解できているが」
「それもそうでした。俺は高校一年生、卓城晃太郎。十器聖の一人だ。それで用件についてなんだが、俺と決闘してくれ」
やはりそういうことだろう。
十器聖、恐らくこの男を倒しても、次から次へ十器聖が私へ挑みに来るのだろう。それは少し面倒だな。
「なあ文月。お前は俺と同じだ。強い相手と戦えず、人生を謳歌することができていない。紅との決闘、見ていたが君はやはりまだ強い相手を欲している。そうだろ」
卓城はまるで私を理解しているかのようにそう話す。まるで私を理解しているようにだ。それを赤の他人がだ。
その言動には、私は少しばかり疑問を覚えた。
「なあ卓城。私が欲するものが、本当にそれだと思うのか?」
「ああ。紅との決闘を見ていたからこそ、君は満足できていないと感じた。そこから仮説を立て、君は何に不満なのかを推測した。その結果、君は強い相手と戦えないことに心を満たせないのだと理解できた」
「理解、か」
私は呆れた。
このような者が、この学園でも飛び抜けて優れている天才児らしい。だとすればアインシュタインは天才という言葉では表せないのだろう。
「卓城晃太郎。理解とは推測ではない。事実を知るということだよ」
「事実?」
「推測から導き出せるのは確証のない答えだけ。どれだけ推理しようとも、本当に理解することはできない。だがしかし、私は私自身すらも完璧に知ることはできていない。故に私は自らを理解できていない。いわば君が理解していない、とも一概には言えないわけだ」
「つまり、何が言いたい?」
「この世界で他者を、自分自身を理解できる者は一人もいないということだ」
卓城は言葉に詰まった。
それもそのはず、先ほどまでしていた話が意味の分からない話に変わったのだ。誰だって言葉を発することさえ忘れてしまう。
「まあそんなことはどうでも良い。今肝心なことは、君と私がする決闘の内容さ」
そこでようやく状況の整理ができたのか、卓城は重く閉ざしていた口を開け、話し始める。
「決闘の内容は卓球でどうだ?少しは得意なのだろ」
「まあな。で、日時は?」
「一週間後の午後一時、体育館にある卓球場で本番と行こう」
「そうか。分かった」
私は上履きに履き替える、
この学園の生徒はそれぞれ個室を与えられており、私は自分に与えられた部屋へ向かおうとするが、卓城は私の前に立ち塞がる。
「話はまだ終わっていないぞ」
「まだ何か用か?」
「今まで強い相手と戦ったことがなくてな、それで君と練習試合をしたい。時間を貰うが、良いか?」
この男の力を見極めるには丁度良いだろう。
正直卓球はそれほど上手くないから、練習試合の中で卓城から様々な技術を目で奪うしかないな。
そう考えた私は、その練習試合を引き受けた。
すぐに卓球場へ向かう。
卓球場には幾つか部屋があり、私と卓城は六畳ほどの個室に入り、ラケットを構えて卓球台を挟んで卓城と向かい合う。壁がすぐ近くにあり、窮屈感はある。
「文月。始めるぞ」
「ああ。来い」
卓城はボールを高く上げ、手元へ落ちてきた瞬間にラケットを振るう。
私はその軌道を腕の角度、視線、ラケットの傾きなどから推測し、来るであろう場所に移動してラケットを構える。
完璧に打ち返せるーーはずだった。だが球はいつの間にか壁へ当たり、私のコートを転がった。
「何が……」
見えなかった。
気付けば、既に球は壁に当たって私のコートを転がっている。頭でも理解できず、目でも理解できない。
動揺する私を見て、卓城は言った。
「文月京。君の力量は大体分かった。この練習試合、五点マッチでいいか。それ以上はやっても意味がない」
本当にそうだ。
今の球は、何百回打たれようとも目で捉えることで精一杯、打ち返すことなどできるはずもない。
「じゃあ二発目、行こうか」
それから一分と経たず、私は一点も取れずに敗北した。
「文月京。一週間後、楽しみが退屈に変わった」
そう言うと、卓城はラケットを置いて部屋を立ち去った。
「やはり俺を楽しませてくれる者は、そう簡単には現れないか」
退屈、それを体現するかのように、彼はそう呟いて私の前から姿を消した。
この練習試合で、私ははっきりと理解できるほどの力の差を感じ取った。
これが、よく父の言っていた経験の差、というものなのだろうか。それにしては、少しばかり理不尽すぎる。これほどまでに覆ることの難しい力量差があるのだと、そう私は全身で感じ取り、静かにラケットを握り直す。
「そうでなくちゃ、面白くない」