最終章①『王と女王』
城の最上階、そこに全知は姿を現した。
戦意喪失、その演技をして文月らを騙していた全知は堂々たる構えで文月の前に姿を見せた。
「全知、やっぱお前はそういう奴だよな」
「僕が欲望をそう簡単に捨て去ると思うなよ」
「強欲の塊のような男だな」
「強欲じゃない。僕は本当は怠惰でいたかった。誰よりも怠惰でいたかった。だがそれを君たちはさせてくれないじゃないか。この学園はさ、僕以外の者に統治させるわけにはいかないんだよ。僕は誰も信用しちゃいないから」
全知は淡々と、静かに語っている。
全知という者を前にして、橙霞や和国らは緊張で固まっていた。
「文月、君は和国を倒し、新たな支配者となろうとしている。だがここで僕が君を倒したとすれば、今後の支配者は誰になるかな?」
「この期を見計らって戦意を隠していたのか」
「そうだよ。わざわざ敵を警戒させるわけがない。そもそも君が悪いんだ文月。君が学園を支配しようとしなければこの学園は平和なままだった。それが君が現れた途端、」
「全て私のせいかよ。なあ全知、どうせ最初から企んでいたんだろ」
「そんなはずはないだろ。僕はただ自分の立場さえ守れれば良かったからね」
「ならなぜ必要以上に私を狙った?」
「ただ僕の怠惰を守るためだ。怠惰を守るために危険と見なした君を学園から追放したかった」
「最初から私に学園を統括させ、その後何食わぬ顔で玉座に君臨する。小物が考えそうなことだ」
そう言って文月はため息を吐いた。
「最初は確かに君を追放しようと考えていた。だが君が並外れた才能の持ち主だと知り、君を利用することにした。だがそれを邪魔したのが和国、君だ。さすがに君に関しては警戒していなかったよ。
君は真っ直ぐな馬鹿だと思っていたのに。それが演技だったとは、宿木先生が君が僕に似ていると言ったのも頷ける」
「なるほど。それでこの期を狙って玉座を奪おうと、か」
「ああ。僕の怠惰の邪魔をするのならば誰であろうと排除する。だから文月、玉座を渡してくれないか」
「断る」
迷うこと無く、文月は真っ直ぐにそう告げた。
「そうか。まあそうでなくちゃな。だから奪うだけだ。僕はお前から玉座を奪う。さあ始めようぜ。最後の決闘を」
「最後じゃねえ。お前に玉座は渡さない」
「渡さない?だったら僕を越えてみせろ。早速行くぞ。文月京」
全知は文月へ襲いかかる。
相変わらず喜怒哀楽のどの感情も見せず、そのどれとも取れない表情を取り繕っている。
「それがお前か。全知、お前の本懐は何だ?お前の本懐は支配者になることか?違うだろ」
「君が何を知っている?お前が僕の何を知っているっていうんだよ」
「知らないさ。何も知らない」
「だったら僕を語るなよ」
全知の拳が激しく振るわれる。その拳を足場にして高く飛び上がり、全知の背後をとった。そして全知の腕を掴んでそのまま背負い投げをーー
「そう来るか。だがバレバレだ」
背後から右腕を掴まれた全知、だが文月の背中を足場にして半月を描いて飛び上がり、文月の手の中から右腕を引き剥がした。
「文月、君は確かに優秀だ。だが僕のような天才の前には敵わない」
「天才?それ普通自分で言うか?」
「良いことじゃないか。自らの力量を正しく理解している証とも言えよう。最近は自らを低く評価する者が多いからね。それじゃ駄目だ。自分の力はちゃんと周囲に見せつけなきゃ」
「それもお前が学園を支配したい要因のひとつか」
「ああ。学園を支配し、システムをゼロから作り替えるのさ」
「全知、それがお前の正義か」
「いいや。これが僕の悪だ」
全知は少しではあるが感情を表に出しつつあった。その上少し気分が良くなっているようにも思えた。
そんな全知は流れに身を任せて言う。
「僕の本懐を教えてやるよ。僕の本懐は自らが絶対的な強者として君臨し、弱者を蹂躙することだ」
「そうか。ならば私はお前の野望を打ち砕く」
「来い、文月。僕を止められるのはお前だけだ。全力でかかってこい。でなきゃ死ぬぞ」
始まった最後の決闘。
底知れぬ信念を背負っている全知は勝つために全力で文月にぶつかる。
彼の本気を受け止められるのはたった一人。
文月は全知を止めることができるのか。




